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第肆拾捌話 使者

 



(ふむ、今日もコーネリア王女に動きはなかったか……)



 王宮から隠れ家に戻ってきた俺は、老執事のアルフレッドに淹れてもらった紅茶を飲みながら思考に耽っていた。


 前世で主君だった、藤堂織姫とうどうおりひめ様と瓜二つな新しき我が主君、ドラゴニス王国第三王女のオリアナ様が継承の儀を終えてから早くも十日が経っている。


 姫様の暗殺を企てていた第二王女のコーネリア様は、今回の継承の儀で暗殺が失敗したことにより焦りを抱いて王宮内でも仕掛けてくると予想していた。


 そんな俺の予想は良い意味で裏切られた。

 王宮に忍び込んで――王宮内で魔力は使えないので自力で忍び込んでいる――朝から晩まで姫様を陰ながら警護しているが、仕掛けてくる様子は一切ない。


 料理に関しても、毒見をしてくれている使い魔のナポレオンによると今の所毒が盛られたことは一度もなく。

 侍女のエリスからも、姫様が花を摘んでいる時や湯あみの時にも怪しい気配は感じていないと報告を受けている。


 不気味なほどに静かだった。

 第一王女のマーガレット様に動きがないのはともかく、姫様を邪魔としているコーネリア様が継承の儀以降に全く動きがないということはどうなのだろうか。



「う~む、待ち構えているだけでなく、探りに行ってみるか?」



 今までは姫様を守る為に受けに回っていた。

 だが本来、自らが敵の懐に潜入する情報収集というものは忍びの専売特許だ。コーネリアが何を考えているのか知る為に潜入するのも手ではあるが……。



「いや、安易に慣れぬことをしてしくじると全てが終わってしまうな」



 俺は師匠である半兵衛から忍びとしての技や生き方を教わっただけで、“本当の忍びではなく”、潜入や情報収集を経験したことがない。


 俺がやっていたことは専ら、御屋形様と共に戦場について行って敵兵士と戦ったり、時々厄介な妖術師を暗殺していたぐらいだ。


 慣れぬ潜入をしてもし正体が見つかってしまったら、今後姫様を守るのに大きな支障が出てしまう。


 我がゾウエンベルク家は女王に仕え、国家に仇なす外敵を排除する影の組織。その存在を明るみに出してはいけない。知っているのはゾウエンベルク家の者と国家を動かしているエイダン宰相のみ。


 もし俺がしくじってしまえば、父上や歴代の先代達の顔に泥を塗ってしまう。

 他国に潜入するのなら容易だが、王宮内で鑑定眼や忍術といった魔力を使ってはいけない状況の中、コーネリアの周りをうろちょろするのは得策ではないだろう。


 今の俺では王宮に忍び込んで陰ながら姫様を見守るぐらいしかできん。



「今は敵が動くのを待つしかないか――むっ」



 今後どう動くかを考えていると、突如魔力の気配を感じる。

 襲撃に備えいつでも忍術を使えるようにしていると、眼前の空間が裂け、裂け目から二人の人影が出てくる。



「ご主人様ぁぁあああああ!!」


「むぐっ」


「こら小夜! それは私がやろうと思っていたのになに抜け駆けしてるんですか!」



 勢い良く抱きいてきたのは、俺の使い魔である【破壊の権化】ジャガーノートの小夜だった。後ろで小夜に怒っているのは、ゾウエンベルク家のメイドであるエルフのリズ。空間の裂け目はリズの空間魔法によるものだろう。



「小夜はご主人様と会いたくて会いたくて居ても立っても居られなかったんですよぉ。クンカクンカ……あぁ、久しぶりのご主人様の匂いです。ん~ま、んーま、はぁ……久しぶりのご主人様の味ですぅ」


「こら小夜、匂いを嗅ぐな。顔も吸うな、汚いだろう」


「いい加減にしなさい」


「ぎゃ」



 抱き付いている小夜は、俺の頭を嗅いだり頬を吸ってきたりする。しかも目が血走っており、どう見ても平常ではなかった。


 別に麻薬を吸ったりしている訳ではない。小夜はいつもくっついてきて甘えてくるが、暫く放っておくとこんな風に過剰に接触してくるのだ。


 そういう時はリズが小夜を引き剥がしてくれる。今も小夜の襟を掴んで後ろに放り投げていた。

 その後、俺と向き合うリズは手を後ろに回して優しく抱擁してくる。



「お元気ですか、サイ様」


「うむ、俺は元気だ。お前達も息災のようでなによりだ」


「お仕事もお忙しいでしょうけど、たまには屋敷に帰ってきてください。こんなにサイ様と会えないのは私も初めてのことで、凄く寂しかったんですから」


「すまなかった。ここのところ少々立て込んでいてな……って、お前もどさくさに紛れて匂いを嗅ぐんじゃない」


「あら、バレちゃいました?」



 中々離れようとせず、俺の首筋に顔を埋めているリズに注意する。

 お前……それでは小夜のことを叱れる立場ではないだろう。全く、相変わらず身勝手なメイドと使い魔だな。


 だが、それほど寂しくなるぐらい二人と離れている時間が多かったということだろう。

 王都へ出発してから十日。戴冠式に継承の儀と忙しく、気付けば二月近くゾウエンベルク領から離れていた。


 当初の予定では戴冠式を終えて帰宅するつもりだったが、姫様を守るために予定変更して暫く王都に滞在することになったからな。



「それで二人共、どうしたのだ。まさか寂しくて俺に会いに来た訳ではないのだろう?」


「そうですよ。サイ様と会えなくて寂しくて来ちゃいました。小夜も限界寸前で、このままではジャガーノートになって王都に飛んでいきそうでしたので連れてきました」


「そ、そうか……止めてくれて助かった」



 ジャガーノートになった小夜が王都に飛んできたら騒ぎどころの話ではない。あの怪物を目にしたら国中が恐怖のどん底に叩き落とされるだろう。

 リズの判断に感謝せねばな……と思っていたら、彼女は続けて、



「というのもありますが、実はちょっとした問題が起きました」


「問題? 母上に何かあったのか?」


「いえ、そちらではなくシュラさん達の方です」


「修羅ということは、大魔境の方か」


「はい」



 我が父ディル=ゾウエンベルク辺境伯が治めている領土は王国の東端にあり、大陸の中心を占める大魔境と隣接している。大魔境には魔物が跋扈しており、魔界とも呼ばれていた。


 そちらは元々魔王リョウマが支配していた領土だったのだが、色々あって俺が魔王の代理になっている。

 俺が留守の時は、魔族を代表して大鬼族オーガの修羅に皆を纏めてもらっていた。



「ファウストのような敵が再び現れたか? 今度は魔王自ら襲撃してきたか」


「いえ、今回は敵ではなく使者が来訪してきました」


「使者だと?」


「はい。サイ様はカロリー王国をご存知ですか」


「無論だ。アルフレッドに叩き込まれたからな」



 問いかけてくるリズに即答する。

 カロリー王国は、ドラゴニス王国の南東側に隣接している小国だ。冒険者ギルドや非合法のハンター協会は存在しているが、軍事力に秀でている訳ではない。


 その変わり俺の好物であるチョコや果物を使った甘い菓子を生産していて、特産品が豊富な国だそうだ。



「そのカロリー王国から、サイ様に対して使者が訪れてきたんですよ」


「俺に使者だと?」


「サイ様というより魔王シノビに対してですけど」


「ちょっと待て、魔王シノビというのはどういうことだ」


「私の推測ですが――」



 リズの話に引っかかりを覚える。

 シノビは魔王代理であって魔王ではないぞ。何故知らぬ間に魔王になっているのだ。


 話を聞いたところ、ハンター協会から新しい魔王が誕生したという噂が広まってしまったらしい。


 そういえば魚人族の人魚を捕獲しようとしたハンター達に、生かして逃がす代わりに二度とこの地に入らぬことと、俺が魔王の代理になったことを各地に広めろと命じたのだったな。


 恐らく奴等が俺の言う通りに噂を広めたのだろうが、魔王代理ではなく魔王シノビとして噂が広まってしまったというのがリズの推測だった。



「また面倒なことになってるな」


「元はと言えばサイ様の優しさが招いたことですよ」


「うぬぅ……それはそうなのだが」


「ですけど、そのお蔭でハンター達が魔界に来て悪さをすることはなくなったので、私は間違っていないと思います。それよりも今は使者の方です。あちらはサイ様に会って話がしたいそうですよ」


「そうか」



 哨戒していたデアウルフの政宗が、魔界に侵入してきた使者達を発見し、追い返そうとしたしたら俺に会いたいと申してきたそうだ。


 政宗は修羅に相談し、一先ず使者達をオーガの集落に案内して待機してもらっているらしい。

 その後、『竜魔結界』を通れるドワーフのボルゾイ殿がわざわざゾウエンベルク家にやってきて、リズと小夜に相談してきたということだった。



「シュラさんじゃ判断をしかねるので、サイ様に来て欲しいということですよ」


「とかいって、皆も久しぶりにご主人様と会いたいだけだと思うんですけどね」


「そうか……」



 戴冠式の後、ナポレオンに使い魔になってもらいたくて大魔境に寄ったっきりだったな。一月ぐらいはあいつ等に顔を見せていないだろう。


 それぐらいで寂しがるとは思えんが、使者の件もあるし、久しぶりに顔を見せに行ってもよいかもしれんな。



「わかった。シュラ達のもとへ行こう」


「やった~! 久しぶりにご主人様と居られます!」


「ちょっと待っていてくれ。行く前にやっておくことがある」



 俺はリズと小夜に待っていてもらい、父上とアルフレッドに大魔境に向かう旨を伝える。その後、ナポレオンに念話をした。



『ナポレオン、聞こえるか』


『ふわぁ!? サ、サイ様!? はい、聞こえておりますぞ!』


『姫様の様子はどうだ?』


『ハクヤ殿と楽しそうにお話されていますぞ』



 白夜ハクヤというのは、ドラゴニックバレーにいた女王の案内役でもある白き竜のことだ。高位竜で擬人化もでき、若き竜達による暴走の件で竜王ジークヴルムからアルミラ女王に謝罪してきて欲しいと頼まれ、一緒に王都へ来た。


 それからは、姫様と共に寝食を共にしている。

 最近では姫様と王都を観光したりと仲を深めていた。



『そうか。実は用ができてしまってシュラ達のところに行く事になった。ナポレオンには申し訳ないが、そのまま姫様の護衛をしてもらいたい』


『構わないですぞ! エリス殿やハクヤ殿とも気が合いますし、王女には美味しいチーズを頂いております! 我輩のことは気にせず行ってくだされ!』


『わかった。もし姫様に何かあればすぐに念話で伝えてくれ』


『了解いたしました! シュラ殿やマサムネ殿によろしくお伝えください!』



 ナポレオンも久しぶりに仲間の所に帰りたいかと思って気を遣ったが、案外そうでもなかった。楽しそうなのは構わんが、護衛の方もしっかりやっているか少々不安ではある。


 まぁ、そのあたりはナポレオンを信頼するしかあるまい。


 本当は姫様の近くから離れたくないが、コーネリアにも特に動きは無いし、エリスとナポレオンと白夜がついているから大丈夫だろう。

 何か問題があればすぐに対処すればいい。



「よし、準備は終えた。シュラ達のところへ往くぞ」


「「はい」」



 リズの空間魔法によって、俺は久方ぶりに大魔境を訪れたのだった。



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