第肆拾漆話 帰還
「オオジジ様、ワタシに話とは何でしょうか」
『うむ、ハクヤにはオリアナについて行って現女王に今回のことを謝罪してきて欲しいのじゃ』
「謝罪ですか?」
夜黒が率いた若い竜達による竜時代への革命が鎮圧された後、白夜は竜王に呼び出されていた。
怒られるのかと内心ビビッていると、意外な言葉が出てくる。白夜が真意を問いかけると、竜王は『うむ』と言って、
『ヤクロが王国の兵士を傷つけてしまった上、人間を滅ぼすなんて物騒な発言をしてしまったからのぉ。それの謝罪と、儂等竜には人間と争う意志がないと伝えてきて欲しいのじゃ』
「わかりました。ワタシがしかと女王にお伝えして参ります」
『頼んだぞ。それと、役目が終わってからといって早く帰ってこんでいいぞ。外の世界をゆっくり見てきなさい』
「……はい!」
◇◆◇
竜王から言伝を預かった白夜は、父の赤真に王女についていくことを伝え、馬鹿なことをした兄の夜黒のことを頼んだ。
それからオリアナ達に同行する旨を伝える。
「ということで、ワタシもお前達に同行することになった。構わぬだろうか」
「はい! 私は大丈夫です!」
「ハクヤ殿とはもっと話してみたいと思っていたのだ。なぁナポレオン殿?」
「はいであります! 一緒に居られて光栄でありますぞ」
「はは、よろしく頼むぞ」
◇◆◇
「うっ……」
「気が付いたか、ヤクロ」
サイの電撃を浴びて一日中気絶していたヤクロは、目が覚めた後に仲間から状況を説明された。
自分は一日中気絶していて、若い竜達は全員アカマにボコボコにされて、白夜が今回のことを謝りに人間達について行ったと。
「まさかヤクロがやられるとはな」
「どうする? この際アカマさんのことは放っておいて、オレ達だけでも人間の国に喧嘩を吹っかけるか?」
懲りておらずそう提案してくる仲間に、ヤクロは「いや」と小さく首を振って、
「情けねー話だが、人間の子供一人に負けちまったんだ。こんな体たらくじゃ天下を取るどころの話じゃねぇ」
「そうか……」
「けど勘違いすんなよ、竜の時代を取り戻すことは諦めてねーからな。もっと強くなって、今度こそオレ達が覇者になるんだ。テメェ等も、オヤジ一人にやられっぱなしじゃ話にならねぇから鍛えておけよ」
「「ヲヲ!」」
「覚えておけよ、クソガキ。今度会ったら妹の件も纏めてぶっ殺してやるからな」
◇◆◇
「隊長、本当にやるんですか!?」
「ああ、やるさ! それがコーネリア様のご命令だからだ!」
闇夜の中、王国の兵士達がひそひそと会話をしている。
彼等は今、オリアナの暗殺計画を実行しようとしていた。予定通り竜王と顔合わせを済ませた帰りに、王女を始末する。
そうすれば、竜が王女を殺したという話をでっち上げることができて、コーネリアが望んでいる竜と人間の共存関係が白紙になる話が、現実のものとなる日が来るだろう。
だが一つ問題なのは――、
「でも、もしあの竜にバレたら殺されてしまいますよ!」
「それはそれで構わん。王女を消したことで怒った竜が私達を殺せば、さらに対立の理由に加算されるからな」
「そんな……」
死ぬ覚悟が決まっている隊長に、部下は弱音を漏らす。
当初の予定と違ったのは、白夜が同行することになったことだ。ただでさえ常に警戒している侍女のエリスが厄介なのに、超強い竜がオリアナの側を片時も離れないので、始末するタイミングがどこにもない。
今はドラゴニックバレーの手前にある戴冠式用の家で一泊している。
ここを過ぎると人の目が多くなってしまうので、できれば他に誰も居ないここで始末したい。例え白夜に殺されようとも、オリアナを排除しなければならないのだ。
「行くぞ」
「「はい」」
兵士達が決死の覚悟でオリアナ達が眠っている宿に忍び込もうとした――その時だった。突如金縛りにあったように身体が動かなくなり、次々と気を失ったように倒れてしまう。
そして気が付けば朝になり、致し方なく昼間に決行しようとするが、やはり失敗してしまう。
次の日も、その次の日もオリアナを暗殺しようとすると謎の現象が起きてしまい、結局王都に着くまで兵士達がオリアナを殺すことはできなかった。
「申し訳ございません、コーネリア様」
◇◆◇
「では、竜王様や竜達は人間と敵対する意志はないのですね」
「そうだ。こちらで既に解決しているし、二度と起こらぬよう注意する」
(はぁ……気高き竜でさえそういう愚かな考えを抱く輩がいるのか。この世に争いがなくならん訳だな)
王都に到着した白夜は、現女王であるアルミラに謝罪と竜王からの言伝を伝えていた。その場にはエイダン宰相も居て、今回の騒動の発端となったヤクロや若き竜達の騒動を聞いた彼は、胸中で深いため息を吐く。
「身内の恥を晒して申し訳ないと思っている。兵士を傷つけてしまったし、王女にも恐い思いをさせてしまった。改めて謝罪させて欲しい、申し訳なかった」
「その謝罪を受け入れましょう、ハクヤ。これからも竜と人が共存していきたいと、竜王様にもお伝えて願いますか」
「勿論だ。オオジジ様にはワタシから言っておく」
「ありがとうございます。そうだ、折角王国に来られたのですから観光されてはいかがですか」
「実はそのつもりなのだ。オオジジ様にも外の世界を見てきてよいと言われているし、暫くの間オリアナの世話になろうと考えている。この城に滞在しても構わんだろうか?」
「ええ、是非ゆっくりしていってください」
「ありがとう」
(高位竜を仲間に加えたか。いつまでここに居るか分からんが、これではオリアナ王女に手出しするのは難しくなるだろう。さて、コーネリア様は今後どう出てくるか)
王国の滞在許可を求めるハクヤに、アルミラ女王は笑顔で了承した。
その話を黙って聞いているエイダンは、頭の中で考えを巡らす。
ハクヤがオリアナの側にいるとなると、暗殺は余計難しくなってしまうだろう。そもそもオリアナが帰還時に暗殺する計画が失敗しているし、次期女王の座を狙うコーネリアにとっては手痛い結果になってしまった。
(これも小童の計画の内か? 竜との対立を阻止したのも小童だし、王女の暗殺を阻止したのも小童によるもの。麻薬の件ではまだまだケツが青いと思っていたが、中々使えるじゃないか)
継承の儀で起こった件は全て、サイから報告済みである。
ハクヤと協力はしたが、暴走の主犯であるヤクロを止めたのもサイであり、コーネリアが送った刺客を一人も殺さず無力化して、オリアナを無事帰還させた。
ハクヤが王国に謝罪しに来ることと、オリアナと行動を共にすることはサイに全く関係はないのだが、エイダンはそれもサイの手腕ではないかと勝手に評価を上げている。
とりあえず、人と竜の争いを未然に防いだことは国家を守るにあたって素晴らしい功績なので、エイダンはサイに「よくやった」と手放しに褒めた。
けれども、折角褒めてやったのに笑顔になるどころか表情が微動だにしなかったので、エイダンは少しだけ(なんだこいつ……)とムッとしてしまった。
(あの小童、全く笑わんがディルの奴はどういう育て方をしたのだ)
サイが甘菓子を食べると笑顔になる唯一の方法をエイダンが知るのは、まだ先の話である。
◇◆◇
「己ぇ、王女一人も殺せんとはなんて役立たずな連中なのだ!」
「兵士を責めてやるな、父上。彼等は竜が側にいる恐怖の中、決死の覚悟で任務を遂行してくれようとしたのだぞ」
ドンッと机を叩きながら怒鳴り声を上げる第二王配のオズワルド公を、娘であり第二王女のコーネリアが諌めようとする。
継承の儀での一件は、分隊長から報告と謝罪を受けていた。一部の竜が共存関係を破って王国に牙を向けようとしたり、オリアナを暗殺しようとすると何故か身体が動かなくなり失敗したことを。
「失敗しては何の意味もないわ! この後はどうする、コーネリア。ハクヤとかいう竜が付き纏うとなると、益々オリアナを殺しにくくなるぞ」
「慌てる必要はありません。オリアナを始末する機会ならいくらでもございましょう。それより今は……」
「ん、どこに行くのだ」
「少々、確認したいことがあります」
険しい顔を浮かべて立ち上がった娘に父が問いかけると、コーネリアはそれだけ言って部屋を出てしまう。
彼女が向かった場所は、“もう一人の王女”のところだった。
「お、おやめくださいコーネリア様! 許可なく入られては困ります!」
「退け」
道を阻んでくる兵士を強引に退けたコーネリアは、大きな扉を勢いよく開ける。部屋の中で侍女達に全身マッサージしてもらっているその人は、妖艶な笑みを浮かべて妹に問いかけた。
「おやおや、誰かと思ったら我が妹ではないか。どうした、お前が妾に直接会いに来るなど珍しいじゃないか」
「腹を割って話がしたい、姉上」
「ほう、妾とお前がか? どういう風の吹き回しかのぉ。まぁよい、久しぶりに姉妹仲良く話でもしようじゃないか」
コーネリアが険しい顔を浮かべながら尋ねると、第一王女のマーガレットは可笑しそうに笑った。
一対一で話がしたいというので、侍女達を全員部屋から出す。それから豪奢なソファーにゆったりと腰かけ、対面に妹を座らせる。
マーガレットとコーネリア。
父違いの姉妹がこうして二人っきりで会うのは随分と久しい。元々仲が良いという訳でもないし、次期女王の座を狙う政敵であるからそう易々と会える機会もなかった。
だが、どちらもその能力は認めて合っている。
女王になるのなら、二人の内どちらかだと断言するほどに。
「で、腹を割るほどの話とはなんなのだ?」
「まず確認したい。オリアナの暗殺を妨害したのは姉上か」
「ははは、これまたずばりと突いてきたのぉ。残念じゃが、妾の仕業ではないぞ」
「本当か」
「ふっ、嘘を吐いてどうする」
(確かにな……)
答えを聞いたコーネリアは、当てが外れたといった顔を浮かべる。
正直なところ、オリアナの暗殺を妨害したのはマーガレットだと考えていた。何故なら、オリアナには味方が誰一人としていないからだ。
コーネリアは各貴族に根回しをして、オリアナに協力者がいない事を確認している。
ならば、一番手の内が読めないマーガレットしかいないだろうと考えていたが、本人は否定している。嘘かもしれないが、嘘を吐くメリットもないだろう。
では、誰が暗殺を阻止したのだと新たな疑問が浮かぶ。
もし、王国の兵士達が一人でもアカマの威圧を受けて気絶しなかったら、サイの存在を感知できたかもしれない。
サイとヤクロが戦っている場面を見てさえいれば、身体を金縛りにして暗殺を防いだ妨害者をサイに結び付けられた可能性は低くともあった筈だ。
一先ず妨害者が誰なのかは置いて、次の質問に切り替える。
「では次だ、姉上はオリアナの味方なのか?」
「まだ妾を疑っておるのか? 安心せい、オリアナには微塵も興味がない。お前がさっさと殺してくれるまで静観しているつもりじゃよ」
「そうだろうとは思っていた」
姉が女王を諦めていないにしても、わざわざ姉が手を下さずとも自分がオリアナを始末してくれるだろうと考えていることは読んでいた。
だからこそ暗殺妨害の件は不可解だったのだが、やはりマーガレットの仕業ではないそうだ。
“今は”姉も敵対するつもりはないのだろう。本人が言う通りオリアナが死んで、どちらかに竜紋が発現するまでは余り動かない筈だ。
二人共オリアナを殺す体で話を進めてはいるが、それに関しては揺るぎない共通認識だった。
マーガレットかコーネリアか、どちらかが次期女王になる。
だから、女王になった“未来”の話がしたい。
「次で最後だ」
「おや、もうお終いか?」
「もし姉上が女王になったら、どんな政策を取るおつもりだ」
「う~む、答えてもよいが、まずはお前の意見を聞きたいのぉ」
先に話せと言われたコーネリアは、国の未来について語り出す。
「私はもっと軍事力を強化したいと考えている。勘違いしてもらっては困るので先に言っておくが、これは父上の考えではなく私自身の考えだ」
「だろうな、お前があの頭でっかちな愚父の言うことを聞く訳がない。続けよ」
「私が軍事力を強化したいのは、単純に自国のことは自国の力で守らねばならんと考えているからだ。現状我が国の外敵は、ゼーラ帝国と大魔境だ。どちらも竜と『竜魔結界』が抑止力になっているが、竜の庇護がいつなくなるかも分からない」
ドラゴニス王国は大陸の西側にあり、北側の帝国と中心の大魔境と隣接している。帝国も大魔境も、大陸では一、二を争うほどの脅威だ。
帝国は竜が抑止力になり、大魔境は『竜魔結界』が守護しているから今のところ大きな戦いに発展してはいないが、仮にそれらが消えたら王国は一瞬で地図上から消えてしまうだろう。
大国といえど、ドラゴニス王国には帝国や大魔境を凌ぐほどの軍事力はない。コーネリアはそのことを憂いているのだ。
「それどころか、竜が国を滅ぼさんと企んでいたことも発覚した。いつ背後から撃たれるか分かったものではない」
「じゃが、竜王は敵対する意志はないと言っておるのだろう? だから雌の竜を謝罪させに来させたのではないか」
「竜王だっていつ死ぬか分からないだろ。今回は収まったが、もし竜王が死ねば牙を剥いてくる竜達もいる筈だ。今回のようにな」
「それもそうじゃな」
「いつまでも竜に頼っては駄目なのだ、姉上。自国のことは自国の力で守る、その為の軍事力の強化だ。私の政策は嘘偽りなく述べた、今度は姉上の考えを教えて欲しい」
真剣に尋ねてくるコーネリアに、マーガレットは深いため息を吐いてから口を開いた。
「考えも何も、妾が女王になっても“現状維持”のままじゃよ」
「何だと……姉上はこのままでいいと仰るのか」
「うむ、無暗に竜と対立する必要はないじゃろ。竜が反旗を翻すのも、竜王が死ぬのも“もしも”の話じゃろ? 今のままでも国は十分繁栄しておるし、妾が死ぬまでそのままでいてくれればよい」
「今だけが大事で、姉上が死んだ後は国がどうなってもよいと、本気でそう思っているのか?」
「無論、手は尽くすぞ。竜にはこれからも守ってもらう為に交流を増やし信頼を築く。現状は一方的に守ってもらっているだけで竜には旨味がないので、供え物をやったり要求を呑むのもよいじゃろうな」
「……」
「軍事力を強化するのもよいが、我が国が竜無しで帝国と大魔境に渡り合えるとは到底思えん。竜の方が圧倒的に抑止力になるのだから、それを使わん手はないだろ?」
姉の言葉に、妹は反論できず口を閉じた。
確かに今まで平和ボケをしていた王国が今更軍事力を強化したところで帝国に勝てるかと言われれば無理だが、遠い未来を考えたらやはり今動き出すしかない。
竜と対立し、自国の力を強化しようとするコーネリアに対し、竜と交流を深め、現状維持を保とうとするマーガレット。
未来を取るか、現在を取るか。どちらの考えも正しいといえば正しい。
竜がずっと守ってくれる保証はないし、竜がずっと守ってくれるかもしれない。
どちらにせよ、“もしもの話”なのだ。
「見解の相違だな。だが姉上の考えは分かった、教えてくれて感謝する」
「別に構わんよ。それよりも、妾達がこうして話していてもオリアナが女王になったら何の意味もないぞ。それは分かっておるのか」
「勿論だ。オリアナには死んでもらう」
「精々頑張っておくれ、妾も影ながら見守っておるぞ」
椅子から立ち上がって退室するコーネリアの背中にそんな言葉を投げる。
恐らく、この姉妹がこうして話をするのは後にも先にもこれで最後かもしれなかった。
「さて、お手並み拝見といこうかの。それにしても、オリアナの暗殺を妨害したのはどこのどいつなんじゃろうな。どれ。妾も少し探ってみるとするかの」
◇◆◇
「お疲れ様です、若様。お茶をどうぞ」
「うむ、ありがとう」
アルフレッドが淹れてくれた紅茶を一口煽る。
芳醇な香りがして美味しい。やはりこの老執事が淹れてくれる紅茶は一味違うな。
俺はエイダン宰相閣下に今回の事を報告し終え、隠れ家に帰ってきていた。
竜王と直接会話したことは話していないが、竜とのいざこざや兵士の暗殺を防いだことは報告してある。
白夜がこちらについて来て暫く姫様のもとに居ることになったのは意外だったが、俺としては姫様に強力な味方ができて大助かりだ。
茶碗を机に置いて背もたれに身体を預けていると、父上が話しかけてくる。
「お疲れ様、サイ。見事王女を守り抜いたね。それに竜のいざこざを止めたのもよくやったよ、閣下も珍しく褒めていた」
「いえ、俺は王女に危害を加えるのを許さなかっただけで、そこまで深く考えてはおりませんでした」
「それでもだよ、よくやったね」
「……はい」
俺としては当たり前のことをしただけなのだが、父上に頭を撫でられると何も言えなくなってしまう。
「継承の儀も終わったことだし、一安心じゃないかい?」
「いえ、そんなことはありません」
父上の楽観的な言葉を否定する。
今回姫様の暗殺を防いだことで、コーネリア王女は更に苛烈に仕掛けてくるだろう。王宮の外だけではなく、中も警戒を強めなければならない。
「ここからが本番ですよ、父上」




