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第肆拾伍話 夜黒と白夜、兄妹喧嘩

 



『ちょっと待たんか、人の子よ』


「――っ!?」



 気付かれただと!?

 馬鹿な……俺は完全に気配を消している筈だぞ。何故気付かれたのだ。


 どうすればいい、素知らぬふりをして立ち去るか? いや駄目だ、もし竜王の機嫌を悪くさせれば、俺のせいでドラゴニス王国との信頼関係にひびが入ってしまう。


 糞……なんたる失態だ。



『お前さんの存在は最初から気付いておったよ。別になんもせんから、いつまでも隠れていないで出てきなさい』


「……無礼な行い、大変申し訳ございませんでした」



 逃げ切れないと判断した俺は、潔く竜王の前に姿を現した。

 跪き、頭を下げながら誠心誠意謝罪する。この無礼は姫様も国家も関係なく、全て俺が独断で招いたことだと赦しを請う。



『それくらいで咎めたりせんよ。オリアナを守ろうとしたからついてきたのじゃろ?』


「はっ! (全てお見通しという訳か……)」


『ならよい。もし罰せられたいというのなら、オリアナがまた儂に会いに来るその時まであの子を守ってあげなさい。それが其方に対する罰じゃ』


「承知いたしました。この命に代えても、必ずや姫様をお守りいたします」


『うむ』



 ふぅ、と胸中で安堵の息を吐く。

 竜王が寛大な御方で助かった。もし命を寄越せと言われたら、例え負けると分かっていても戦っていただろう。


 俺はまだ死ぬ訳にはいかない。姫様が天寿を全うするまで、今度こそ守り抜かねばならないからだ。



『時に人の子よ、よければ顔を見せて名を教えてくれんかの』


「……サイ=ゾウエンベルクと申します」


『ほう、“異世界の転生者”か。それに加えて“厄介な眼”を宿しておるとは、これまた難儀な運命さだめを持っておるのう』


「どういう意味でしょうか(竜王は何を言っている? 厄介な眼とは鑑定眼を示しているのか?)」



 仮面を取って名乗ると、俺を見る竜王が意味深な発言をする。


 何を言っているのか分からないので真意を尋ねるも、『儂の口からは言えんな』とはぐらかされてしまった。

 うぬぅ、凄く気になるのだが……。竜王に問い詰めるような真似はできないし、今は諦めるとするか。



『サイよ、話は変わるが何故儂が初代女王と盟約を交わしたか分かるか?』


「(急に話が変わったな)申し訳ございません、俺には分かりません」


『な~に、ディアナのケツが儂の好みじゃったからじゃよ』


「……」



 予想外の回答にどんな反応すれば正解か分からず呆然としていると、竜王は可笑しそうに続けて話した。



『冗談じゃよ、そんなことで盟約を交わしたりせん。まぁ、ディアナが良い女でケツが好みなのは本当じゃがな』


「……」



 なんというか、意外だな。

 神の如く神々しいお姿に、鑑定眼でも測定できぬほどの強さ。竜王ジークヴルムはもっとこう言葉を交わすことさえ許されぬ至上の御方だと思っていたのだが、いざ話してみると非常に親しみやすい。


 竜王に対して大変失礼な例えだが、まるで近所の助兵衛すけべえ爺と世間話をしているような感覚に陥っていた。



『儂がディアナと盟約を交わしたのは、共に悪と戦った友情の証なんじゃよ』


「友情……ですか」


『うむ。もう三千年も前のいにしえの時代になるかの。突如世界を滅亡しようとする邪悪な存在が現れたのじゃが、その悪を滅する為に、人と竜と魔族が手を取り合って戦ったのじゃ。その時儂の背に乗って共に戦ってくれたのが、ディアナだったんじゃよ』



 壮大な話だな。

 三千年前に、世界を滅亡する邪悪な存在との戦い。俺には想像もできない事件だ。それに、初代女王となるディアナ様が竜王と力を合わせて戦えるほどの力をお持ちだったというのも信じがたい。


 ディアナ様はそれほどまでに強かったのだろうか。


「その邪悪な存在は滅ぼされたのでしょうか?」


『うむ、多くの犠牲を払ってしまったが滅することはできた。それで儂は、共に戦ってくれた盟友ディアナとその家族達を未来永劫守ると誓い、盟約を交わしたのじゃ。懐かしいのぉ……人と竜と魔族が手を取り合ったのも、後にも先にもあれが最後じゃろうて』


「竜王様、何故その話を俺に聞かせたのでしょうか」



 気になるのはその点だった。

 竜王は脈絡もなく突然ディアナ様との昔話を始めた。その話を俺にすることに何の意味がある?

 ただ、老人が子供に武勇伝を語りたいようなものなのだろうか。



『別に大した意味はない。オリアナを見て盟友ディアナを思い出しただけじゃ』


「そう……ですか」


『サイ様、サイ様大変ですぞ!』


(ナポレオンか? どうした、何があった?)


『ヤクロ殿と他のドラゴン達が突然我輩達を襲ってきました! アカマ殿とハクヤ殿が抑えてくれておりますが、このままでは王女に被害が出てしまいますぞ!』


(何だと!?)



 突如、ナポレオンから念話を介した連絡に驚愕する。

 何故共存している筈のドラゴン達が姫様達を襲っているんだ? 何がどうなっている……いや、悩んでいる場合ではない。

 今すぐ姫様を助けに行かねば!



『どうやら身内が馬鹿な真似をしておるようだの。すまんがサイ、儂の代わりに其方が治めてくれんか』


「(竜王も気付いたようだな)はっ! 承知いたしました!」



 竜王に命じられるまでもない。

 姫様の身が危ないとなればすぐにでも駆けつける。


 俺は千里鑑定眼を使い、一瞬で状況を把握すると変わり身の術で現場に転移したのだった。



 ◇◆◇



「誇り高き竜族のオレ達が、どうして下等種族である人間共の面倒を見なくちゃならねぇ」


「そーだそーだ!」


「ヤクロの言う通りだ!」



 時は、アカマがオリアナを竜王のところまで案内している場面に遡る。

 高位竜が暮らしている集落の一軒家に、血気盛んな若き竜達が集まって会議を行っていた。会議の内容は、竜が人間と共存する必要はないというもの。


 いや、共存なんてしていない。

 実際は竜が大魔境や周辺国への抑止力になっているだけ。言ってみれば、人間に良いように使われてしまっているのだ。


『竜魔結界』だけではなく、一部のドラゴンやワイバーンも人間に使われ戦いに駆り出されている。


 誇り高き竜が、下等種族の人間から道具のように扱われるなど我慢ならない。



「それによ、大陸の中心では魔族の王だとかが好き勝手のさばってやがる。魔族如きにいつまでも調子に乗られるとムカつくんだよ。オレ達ドラゴンこそが最強だろうが、なぁ?」


「そーだ!」


「オレ達より弱ぇのにイキがってるなんて許せねぇ!」



 ヤクロの煽りに、若き竜達が高らかに賛同する。

 それこそ、古の時代では竜が世界を支配していた時があった。なのに今は人間と魔族に押しやられ、大陸の隅で静かに暮らしている。


 それもこれも、竜王ジークヴルムが人間と盟約なんぞを交わしたせいでもあり、ヤクロ達の親世代であるアカマ達が人間に都合良く使われていたせいだ。


 いつまでも黙っていられるか。

 今こそ竜が世界の覇権を握っていた頃に返り咲くのだ。



「まずはオレ達をこき使いやがった人間の国を滅ぼしてやる。それから調子に乗っている魔族共をぶっ殺し、オレ達が大陸の覇者になるんだ」


「ああ、やろうぜヤクロ!」


「オレ達なら余裕だ!」


「手始めに、のこのことやって来やがった人間共をぶっ殺してやる。あの女王だとかいうガキも一緒にな。さぁおっぱじめるぞ、テメエ等!」


「「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲッ!!」」



 ヤクロ達若いドラゴン勢が革命を起こそうとする中、エリスやナポレオンはハクヤに茶を出されおもてなしをされていた。



「なるほどな、あの娘が正式な王女でないというのはそういう事情があったのか」


「はい……なので最悪の場合、オリアナ様ではない王女が再び来られるかもしれません」


「仕方がないだろうな。王の座を争うのはどの時代も、どの種族とて同じことだ。わかった、その時はワタシがまた案内しよう。成人になったオリアナか、違う女王をな」


「よろしくお願いします、ハクヤ様」



 エリスとハクヤが話している内容は、オリアナが正式な王女でない理由についてだった。成人を迎えていないのでオリアナはまだ王女にはなれず、成人になれるまで生きていられるかも分からない。


 どちらにせよ、もう一度こちらへ来てお世話になってしまう。二度手間になってしまうがよろしく頼むということでエリスがハクヤに頭を下げていると、隣にいたナポレオンが口を出した。



「な~に、心配ありませんよ。王女は必ずサ――シノビ様がお守りますから。だから五年後も我輩達がこちらへ参りますぞ」


「そうか。それにしてもお前は面白いな。喋る鼠なぞワタシは初めて見たぞ。この見た目で魔物でも魔族でもないのだろ? 外の世界はやはり面白そうだな」


「ハクヤ様はこの竜渓から出られたことがないのですか?」



 エリスに問いかけられたハクヤは、苦笑いを浮かべて肯定した。



「ああ、ワタシは何百年と生きているが、この竜渓から出たことがないんだ」


「出たいと思ったことはないのですか?」


「あまりないな。確かに外の世界には興味があるが、ワタシにはオオジジ様から王女の案内役を仰せつかっているからな」



 ドラゴンの中でも温厚で人当たりが良いハクヤは、竜王から女王の案内を任せられていた。父親であるアカマは外見がおっかなくて人間を警戒させてしまうし、兄のヤクロは論外。案内を任せられるのはハクヤしか居なかった。


「そうですか……」


「哀れんだりしないでくれ。ワタシはこの地が好きだし、家族や仲間もいる。それに行こうと思えばいつでもいけるさ。ワタシ達ドラゴンには、大空を駆ける翼があるのだからな」


「それもそうですね」


「いいですな~、我輩も空を自由に飛んでみたいですぞ! こんな風に、トゥ、ヘア!」


「はは、その調子だぞナポレオン」


「ぐわぁぁああああああああ!!」


「「――っ!?」」



 そんな風に三人が和やかに談笑している時だった。

 突如、家の外から叫び声が聞こえてくる。顔を見合わせたエリスとハクヤが即座に立ち上がり家の外に出ると、王国の兵士とヤクロ達が睨み合っていた。


 その中でも一人の兵士が、手首から先がなくなっている。



「人間如きがオレに剣を向けるんじゃねぇよ」


「兄さん、客人に対してなんてことをしているんだ!?」


「おお、ハクヤか。オレ達はこれから大陸を支配することにした。お前も一緒にやらねぇか」


「まだそんな馬鹿なことを言っているのか!」



 ヤクロ達が竜の立ち位置が気に入らないことはハクヤも知っている。若者達はずっと前から世界を支配しようと竜王や族長のアカマに何度も打診していたが、争う必要はないと聞き入れられず却下されていた。


 今までは抑え付けられて仕方なく我慢していたが、オリアナ達の来訪に溜まっていた怒りが爆発してしまったのだろう。



「馬鹿だと? 逆だハクヤ。オレ達からしてみれば、何でオヤジを入れた老い耄れ共や呑気なテメエ等が人間に肩入れしているのかが微塵もわからねぇんだよ」


「それは、オオジジ様と初代女王との盟約が――」


「そんなもん知ったこっちゃねぇんだよ。ジジイが勝手にやってることで、オレ達には関係ねぇだろ」


「それは――」


「もう話をする必要はねぇ。オレの邪魔をするならテメエも殺すぞ、ハクヤ」


「くっ!」



 殺気を放ってくる兄に、もう何を言っても無駄だと口を閉ざしてしまう妹。



「お前達、ここで何をしている」


「――っ!?」



 一触即発の雰囲気を斬り裂くような言葉が放たれる。


 全員がそちらを向くと、竜王に会いに行っていたオリアナとアカマが帰ってきていた。兵士の一人が負傷しているのを目にした父は、怒気を含ませた声音で息子に問いかける。



「ヤクロ、これは何の真似だ」


「見たらわかんだろーが。ここにいる人間殺して、王国もぶっ潰して、魔族も全部ぶっ殺してオレ達が天下を取るんだよ」


「まだそんなくだらん事を抜かしているのか、ヤクロ。いい加減目を覚ませ」


「目を覚ますのはオヤジ達の方だろうが! 誇り高きドラゴンのオレ達が、人間なんかに良いように使われていていいのかよ!?」


「使われているのではない。共存しているのだ」


「これのどこが共存だっつってんだよ! 守ってやってるだけで、オレ達は人間から何一つ与えられてねぇぞ!」



 怒鳴り声を上げて、ヤクロはアカマの側にいるオリアナへと突進する。

 その間にハクヤが割って入り、ヤクロを止めた。



「やめるんだ、兄さん!」


「邪魔すんなよハクヤ! テメエ等、人間共をぶっ殺せ!」


「「ヲヲッ!!」」


「やめろと言っているのが分からんか」


「「――っ!?」」


(な、なんという圧力プレッシャーだ……意識を失いかけたぞ)



 膝から崩れ落ちそうになるが、ギリギリ耐え抜いたエリス。

 アカマが殺気を放つと、王国軍の兵士は全員プレッシャーに耐えられず気絶してしまった。


 耐えられたのはエリスと、大魔境にいる猛者達と一緒にいて慣れているナポレオン。


 それと殺気を向けられていないオリアナだけだ。だからオリアナは、何故兵士が気絶したのかも分からず困惑している。まぁ、さっきからずっと困惑しているが。



「ビビッてんじゃねぇ! オヤジは強ぇが、数で攻めればなんてことねぇよ!」


「ああ、そうだな! アカマさん相手ならオレ達でもやれる」


「調子に乗るなよ、若造共」


「「王女!」」



 アカマが若者達の相手をしている間、エリスとナポレオンはオリアナのもとに駆けつけ身を守るように盾になる。

 さらにエリスはスカートの中に隠していた細剣を抜いて構えた。その間にナポレオンは、慌ててサイに念話を送り助けを求める。



「オレに一度でも喧嘩で勝ったことがねぇだろ、ハクヤ!」


「これは喧嘩ではないだろ! 考え直してくれ、兄さん!」


「うるせぇっつってんだよ!」


「ぐぁ!」



 凄まじい拳打の嵐を繰り広げていた兄妹だったが、やはり兄の方が一枚上手でありハクヤは殴り飛ばされてしまった。


 邪魔者を排除したヤクロは、オリアナに向かって歩みを進める。迫ってくるヤクロにエリスとナポレオンが剣を構えるが、恐怖で剣を持つ手が震えていた。



「テメエ等を殺して、竜の時代を取り戻す」



 ヤクロがオリアナ達に凶手を向けた――その時。



「雷遁、鳴神」


「ぐぉぉおおおおおおおお!!?」



 凄まじい雷撃がヤクロの腹を打ち抜いた。

 間髪入れずに強烈な蹴りを顔面に入れられ、遠くまで吹っ飛ばされてしまう。そんなヤクロを、“黒い影”が追いかけていった。



「貴方が守ってくれたのですか……シノビ」


(来てくれたのか、シノビ殿!)


(サイ様ーー!!)



 ほんの一瞬だったし、後ろ姿しか見られなかったが、その影がシノビであると確信するオリアナ。王女と同じく、エリスとナポレオンもシノビであると気付き、助けてくれたことに安堵していた。



「クソが……許せねぇ、どこのどいつだ。オレを蹴りやがったヤツは!」


「許せぬのはこちらの方だ」


「アアン!?」



 蹴られた頭を振りながら怒声を放っていると、不意に声が聞こえてくる。


 声の方に向けば、サイが岩場の上に乗っていた。サイは無表情の中に怒りを滲ませ、ヤクロを見下ろしながらこう告げる。



「よくも姫様に牙を剥いたな。ただで済むとは思うなよ、蜥蜴」



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