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第肆拾肆話 ドラゴニックバレー




「ふむ、今のところ問題はないな」



 気配を消し、姫様の様子を窺う。

 エリスに淹れられた紅茶を美味しそうに飲んでおられ、テーブルに乗っているナポレオンに甘菓子を渡している。

 ぬぅ……ナポレオンめ、姫様から菓子を貰えるとは羨ましい限りだ。



「ドラゴニックバレーもすぐ目の前か」



 竜王ジークヴルムに会いに姫様が王都を旅だってから、既に十日ほど経っていた。


 基本的には馬車に乗って次の町まで移動して、町にある宿に寝泊まりしているといったことを繰り返している。


 だが竜王ジークヴルムがいるドラゴニックバレーは、王国の西端にある僻地だ。近づくにつれて人や町の姿がなくなり、豊かな自然の光景が増えていく。


 人が泊まれる宿なんてどこにもないが、宿の変わりに小さな家が建っていた。女王が代わる度に儀式を行わなければならないので、野宿しないように中継地点に家を建てたらしい。


 姫様達は、十日かけて最後の中継地点まで来ていた。

 周囲を自然に囲まれている中、場違いな家がぽつんと建てられている。獣に荒らされないよう、魔法の結界で覆われているそうだ。


 その家の周りを、十人の兵士が警護している。

 この十日間の旅路の中でいつ襲ってくるかどうか見守っていたが、今のところ大人しく怪しい動きも見せることはなかった。


 やはりエリスの予想通り、行きでは何もせず帰りの道中で姫様を始末する気なのだろう。



「明日からが本番だな」



 夜が明けて、姫様たちはドラゴニックバレーへと出発した。


 しかし馬車が通れるようなまともな道がないため、中継地点から先は徒歩となってしまう。姫様はまだ子供なので、馬を操っているエリスの前に座らされていた。他の兵士達は全員徒歩である。



「ゴアアアアア」


「キュルルルルルル」


「凄いです……」


「竜王騎士団のワイバーンは見たことがあるが、こんなに多くのドラゴンは見たことがない。壮観だな……」


「我輩、なんだか心臓が痛くなってきましたぞ」



 あちこちにいるドラゴンに、皆が圧倒されていた。

 姫様は呆然とし、エリスは子供のように興奮した様子で、ナポレオンは気絶しそうになっている。

 竜が現れるようになったので、恐らくドラゴニックバレーの領域に入ったのだろう。



(あれが竜か……)



 初めて見た竜に、俺は少し感動していた。

 雄々しく気高いその生き物は、まるで神の化身のような存在だった。もし日本に竜がいたら、間違いなく神と祀られていただろう。


 日本にも竜ではなく龍といったものが信仰されているが、龍は概念であって実際に存在している訳ではないからな。


 実際に存在している分、龍よりもどらごんの方が信仰されそうだ。


 それにしても様々な竜がいるのだな。少し調べてみるか。



(鑑定眼)


『ステータス

 名前・無し

 種族・竜族(地竜アースドラゴン

 レベル・120』


『ステータス

 名前・無し

 種族・竜族(旋風竜ウインドドラゴン

 レベル・237』


『ステータス

 名前・無し

 種族・竜族(蛇竜バジリスク

 レベル・183』


『ドラゴンとは、いにしえの時代から存在する種族。高い知能を持ち、膨大な魔力を内包している。基本的に魔力を吸収するだけで生きていられるが、種によっては獣を食べたりしているドラゴンもいる』


(流石は竜といったところか……どれもこれもレベル100越えとはな)



 そんな強い竜も種は様々だった。

 アースドラゴンは翼がなく亀のようだし、バジリスクは巨大な蛇といったところだろう。ウインドドラゴンは身体の線が細いが、両手足があって翼もある。


 姿に違いはあれど、共通して言えるのは全てかっこいいということだな。

 竜を見ていると、ボルゾイ殿に忍具を作ってもらった時のような高揚感が湧き上がってくる。




「ひぃぃ……」


「隊長、あのドラゴン達襲ってきませんよね?」


「お前達の気持ちは分かるが、絶対に襲ってきたりしないから安心しろ。私も前回の儀式で、アルミラ女王陛下についてきた時は卒倒しそうになったものだ」



 竜を見て興奮している俺とエリスとは逆に、兵士達は襲われないかと身体を震え上がらせていた。

 この隊を指揮している分隊長だけは平気なようだが、それは一度経験しているからだそうだ。


 いったい何十年前の話だろうかと気になっていたら、突如空から白く美しい竜が舞い降りてくる。着地の際に起きた暴風から顔を防いでいると、信じられないことが起こった。


 白き竜が、人間の姿に化けたのだ。

 太陽に照らされて輝く白銀の髪に、晴眼で美しい顔立ち。雪のように白い肌を包むのは、独特な白い衣装。


 白き竜は、白く美しい人間の女に変貌してしまった。


 いったい何が起きのだと困惑した俺は、白い女を鑑定眼で見る。



『ステータス

 名前・白夜ハクヤ

 種族・竜族(白竜ホワイトドラゴン

 レベル・555』


『高位の竜は擬人化することができる。擬人化する理由は人間と対話する為や、大きな身体で自然を破壊しないよう小さくなった為と云われている』



(強いな……)


 なるほど、人間の姿に化けたのは擬人化の能力だったのか。

 それにホワイトドラゴンの白夜ハクヤは、レベルが555と俺が出会ってきた生物の中でも五本の指に入る。


 感心していると、白夜が姫様達に話しかけた。



「新しい人間の女王よ、よくぞこの地に参られた。ワタシはハクヤ、女王の案内役を担っている。オオジジ様の所に案内するからついてきてくれ」


「私は第百代目女王候補のオリアナと申します。あのハクヤ様……どうして私達が来ることが分かったのですか?」


「竜紋の継承者が現れたことは既に知っている。新たな女王がオオジジ様に会いに来るのを待っていたのだ」



 ふむ、姫様に竜紋が発現したことは竜側も知っていたのか。

 それで姫様が来るのを待って、案内役の白夜がわざわざここへ来てくれたと。一応歓迎されているようだな。



「それより、“女王候補”とはなんだ? 其方は竜紋が宿りし女王なのだろう?」


「えっと、竜紋はあるのですがまだ私は成人を迎えていなくて、正式な女王ではないのです。けど、しきたりなので竜王ジークヴルム様に会わせていただきに参りました」


「う~む、人間の言っていることはよく分からんな。竜紋があるのなら構わない、ついてきてくれ」



 そう言って、踵を返して先を行ってしまう白夜と、困惑しながらも後をついていく姫様と兵士達。


 確かに竜側からしたら、人間の事情など知ったことではないのだろう。姫様に竜紋が宿った、それが全てだ。


 辿り着いた先には、人が住むような集落があった。

 そこでは、白夜のような人間に擬態している竜が沢山いる。どいつもこいつもレベルが200以上もあるが、とりわけ高いのは二人のドラゴンだった。



「よくぞおいでくださいました、人の国の新たな女王よ。私はアカマ、竜族の長をしております」


「ドラゴニス王国第三王女のオリアナと申します。この度はアカマ様にお会いできて大変嬉しく存じます」


「はは、そんなに畏まらなくてもよい。取って食ったりはせんのだからな」


「ちっ」


『ステータス

 名前・赤真アカマ

 種族・竜族(赤竜レッドドラゴン

 レベル・???』


『ステータス

 名前・夜黒ヤクロ

 種族・竜族(黒竜ブラックドラゴン

 レベル・720』



 姫様と挨拶を交わす二人の男。

 竜を束ねているのは、レッドドラゴンの赤真。髪が赤く、外見が五十代ほどの男だ。今の俺でもレベルが測定できないということは、少なくともリズや小夜と同程度の怪物だということだろう。


 もう一人は、姫様への態度が悪いブラックドラゴンの夜黒。黒髪で目つきが悪い青年の姿をしている。こちらも、測定不能を除けば俺が出会った中で一番レベルが高い。



(ふむ……これがドラゴニックバレーか)



 大魔境には恐ろしい魔物が跋扈しているが、多くの竜が暮らしているドラゴニックバレーも全く劣らない魔境だな。

 それに加え、まだ姿を見せていない竜王ジークヴルムが残っている。


 ドラゴニス王国が何千年にも渡って歴史に消されず繁栄してきたのは、この竜達と共存関係を築きあげてきたからなのだろう。


 これほど頼もしい味方はどこを探してもいないな。王国軍がどれだけ増強したとしても、竜の足元にも及ばない。



「では女王よ、早速オオジジ様に会ってもらおうか」


「は、はい」


「悪いが、オオジジ様に面通りできるのは女王のみだ。他の者等はここで待っていてくれ」


「承知致しました。頑張ってください、王女」


「わ、我輩達はここでお待ちしておりますよ」


「はい、行ってきますね」


(王女様、本当に強くなられたな。私なんか高位竜に会って心臓が破裂しそうなのに。シノビ殿の存在がそれほど大きいのだろうか。流石はシノビ殿、どんな言葉をかけたら十歳の女の子が竜を前にして堂々としていられるのだ)



 むむ、他は待たされて姫様だけが案内されるのか。

 本来は付き添ってはいけないのだが、姫様を一人にしてはいけない。


 女王一人のみという禁を破ってでも、俺は姫様を守る為についていった。


 赤真に案内されたのは、何もない崖先だった。そして崖の先には大きな湖が見える。



(いや待て、まさかこれは“海”という奴ではないか!?)



 どこまでも続く果てしない湖を見た俺は、これが海であると気付いた。鑑定眼で調べてみると、やはり『海です』という答えが出てくる。



(これが海か……なんと壮大なのだろう)



 俺は前世でも、異国に生まれ変わった今でも海を見たこと一度もなかった。知識でも、湖より大きな水がたたえている場所というぐらいしか知らない。


 どこまでも続く青の一面を目にした俺は、感動して言葉も出なかった。

 ただただ、素晴らしいという感情しか湧き出てこない。


 初めて見る海に感動していると、赤真が崖の上から海に向かって叫んだ。



「オオジジ様ーー! 新たな女王が参られましたよーー!」



 ――ゴゴゴゴゴゴゴッ!!



 な、何だこの揺れは!?

 赤真が叫んだと思ったら、突然地面が大きく揺れ出した。困惑していると、ぬっと崖の下から何かが出てくる。

 その何かとは、巨大な竜の首と頭だった。



(でかい!?)



 崖の下から出てきた金色の竜の頭。

 頭が崖よりも上だとすると、恐らく小夜が完全体のジャガーノートになった大きさと同じぐらいだろう。

 六十メートル(小山)ほどある巨大な竜だ。


 あの黄金に輝く竜こそが竜王ジークヴルムで間違いない。



(か、勝てない……!)



 竜王を目にした俺は、初めて絶望を味わった。

 前世で戦ったどんな敵でも、アルフレッドでも、ジャガーノートでも、【死霊王】ファウストでも、俺は戦う前から自分が負けることは考えなかった。


 例えどれだけレベルの差が開いていたとしても、試行錯誤し僅かな勝機を見出せる自信があった。


 だが“あれ”は違う。

 俺の物差しで測れる相手じゃない。姫様に牙を剥けば勿論命を賭して戦うが、戦う前に俺は姫様を抱えてすぐに逃げる選択を取るだろう。


 姫様をお守りできるなら戦うが、勝てない相手に戦っても姫様の命が危ないだけだからな。


 あれが、最強生物である竜の王か……。

 竜王がどんなものか気になった俺は、鑑定眼で調べてみる。



『ステータス

 名前・???

 種族・???

 レベル・???

 スキル・???』


(馬鹿な、何も分からないだと!?)



 鑑定眼で調べても、全て???と表示されて何も測定することができなかった。小夜とリズでさえ、名前や種族を判定することができたのだぞ。竜王ジークヴルム……なんて規格外な化物なのだ。


 竜王の底知れぬ強さに畏怖を抱いていると、竜王は姫様を見下ろして、



『ほう、今度の女王は随分と小さいの』


「オオジジ様、私は引き継ぎが終わるまで後ろで待機しております」


『分かった。少しの間待っていてくれ、アカマ』


「はっ!」



 竜王にそう告げられた赤真は、姿が見えなくなる距離まで戻ってしまった。


 それにしても不思議だ……竜王は一切口を開いていないのに言葉が聞こえる。いや、言葉が聞こえるというより、音が響いているといった方が正しいかもしれない。



『小さな女王よ、其方の名前を教えてくれんか』


「えっと、ドラゴニス王国第三王女のオリアナと申します」


『オリアナか、良い名じゃの。それに、ディアナにもよく似ておる』


「あ、ありがとうございます。お褒めの言葉大変嬉しく存じます」



 ふむ、流石の姫様も竜王の前では緊張するか。

 まぁ仕方あるまい。誰だって神のような存在の前には正気でいられないだろう。



『それではオリアナよ、儂と盟約を交わそうか。安心せぇ、ちゃちゃっと終わるからの』


「も、申し訳ございません竜王様。私はまだ盟約を交わせないのです」


『むむ? どういう意味じゃ』


 頭を深く下げて侘びる姫様に、困惑する竜王。

 すると姫様は、成人になっていないのでまだ正式な女王と認められないことを説明する。今回は儀式を行うのではなく、顔合わせに来ただけだと。



『其方に竜紋が宿っているかどうか、一応確認してさせてもらってもよいか?』


「勿論です」


『うむ、確かに儂との盟約の証である竜紋じゃな。見せてくれてありがとうの』



 俺からは見えないが、姫様が襟を胸あたりまで伸ばして首筋を見せる。俺も知らなかったが、姫様の竜紋は胸あたりに刻まれているみたいだ。



『年齢など、それこそ永い時を生きる儂等にとっては気にする必要はないのだが、人が作ったルールならそれに従おう。また五年後にここへ来るがよい、オリアナよ』


「はい……と言いたいのですが、きっと五年後まで私は生きておりません。その時は、違う女王が竜王様にお会いしに来ると思います」


(姫様……)



 顔を俯かせながら、か細い声で話す姫様。

 やはり五年後まで自分が生きているとは考えられないのだろう。既に死を覚悟しているように思える。


 糞……シノビでも姫様の不安を拭うことはできないのか。



『心配することはないぞ。其方はきっとまた儂に会いに来る』


「えっ」


『其方には守ってくれる者がおるのだろう?』


「はい!」


『うむ、良い返事じゃ。そやつを信じてやればきっと大丈夫。さて、顔合わせはこのくらいでよいだろう。今アカマを呼ぶからの』


「ありがとうございました、竜王様。また五年後に会いに来ます」


『うむ、待っておるよ』



 竜王ジークヴルムと姫様の顔合わせは無事に終えられた。

 待機していた赤真が姫様を連れて集落に戻っていくので、俺もついていこうとした――その時だった。



『ちょっと待たんか、人の子よ』



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