第肆拾弐話 シャブブ成敗
「昼間は活気づいていたが、夜になると雰囲気ががらりと変わったな」
「そうでございますね。ゴロツキが目立ちます」
シノビの格好に変装した俺と、仮面だけを被ったアルフレッドは宿の屋根から夜の市場を見下ろしていた。
あれだけ騒がしかった市場の様子は欠片もなく、人の数もめっきり少なくなっている。その変わり、浮浪者のような者達が徘徊していたり、ごろつき共がそこかしこにたむろっていた。
昼間の明るい市場だった場所とは俄かに信じがたい。
さらに路地裏では堂々と麻薬の個人取引が行われていた。
「なぁ頼む! 頼むよ! アレをくれよ! アレがないと駄目なんだ!」
「なら金を出しな」
「か、金はねぇんだ。全部アレに使っちまったからよ。なぁ頼むよ、ちゃんと後で払うからさぁ」
「駄目なもんは駄目だ! 金がねぇならさっさと消えろ、貧乏人が!」
「あぎゃ!?」
麻薬を買い求めた浮浪者のような者が、ごろつきに突き飛ばされる。
他の連中も、気持ち悪い笑い声をあげながら寄ってたかって浮浪者を嬲っていた。
吐き気がするな。
前世の戦国の世では見なかった光景だ。
戦国の世ではその日を生きるのに皆必死で、村を襲い人を殺めたり、飢饉が続き食料を奪い合うなんて話はどこにでもあるが、こんな吐き気がするような光景は見たことがない。
これ程までに人間から正常性を奪ってしまう麻薬とは、なんと怖ろしい物なのだろうか。そして、そんな怖ろしい麻薬を我が国で広めている奴等は許してはおけん。
いずれ姫様……オリアナ王女が女王となる国に、麻薬などあってはならないのだ。
「俺は奴等を脅して元締めに案内させる。アルフレッドは他のごろつき共を逃がさないように排除しろ。生死の有無は問わん」
「承知いたしました、若様」
アルフレッドに指示を与えた俺は、宿の屋上から飛び降りて浮浪者をいたぶっているごろつき共の前に着地する。
「何だテメエ?」
「ガキが変な格好しやがって、遊びたいならよそでやんな」
「へへへ、俺達が食っちまうぞ」
「御託はいい、貴様等の親分に俺を案内しろ」
「いきなり出てきて何言ってんだこのガキ? この糞野郎みたいに痛い目に遭わせてやろうか――ぎゃ!?」
俺に近付いてきたごろつきの額にクナイを投げつける。
額から血を噴かせて倒れる仲間を目にした他の連中が怒声を上げながら襲い掛かってくるが、一人だけ残して後は瞬殺した。
「案内する気になったか?」
「待ってくれ! 俺は下っ端も下っ端なんだ! ボスの居場所なんて知らねーよ!」
「分かった、居場所を吐くまで三秒待ってやろう。三、二――」
「本当だって、信じてくれぎゃあああああああ!!」
「今は親指を切り落とした。次は人差し指だ、三、二――」
「バラしたら俺がボスに殺されちまう……なぁお前麻薬が欲しいんだろ? 俺が持ってるもの全部やるから許しぎゃああああ!! 痛ぇぇええええええ!!」
「次は残っている指三本だ。言っておくが、今死ぬか後で死ぬかの違いだぞ。よく考えろ、三、二――」
「分かった、案内する! 案内しますからもうやめてくれ!!」
泣いて懇願してくるごろつきに、俺はクナイについた血を払って懐に仕舞いながら脅しをかける。
「小細工はするなよ。おかしな動きを見せればすぐに仲間のもとへ逝かせるからな」
「わ、分かりました……」
このままだと出血死してしまうので、とりあえず切り落とした指を止血させてから、親分のもとまで案内させた。
親分がいる場所は町から少し離れた畑農家のようなところ。
ここら一帯の畑に植えられている葉が全部同じだったので鑑定眼で調べてみると、麻薬の元となるアシの葉だった。さらに、製造工場のようなものもある。
成程、ここで栽培して作ったものを市場で売りさばいているのか。
よくここまで施設を大きくしたものだな。全部処分するが、それは親分を始末した後だ。
「ボスはあの建物の中にいる」
「そうか、ごくろうだったな」
「か……あっ……何で、案内したら逃がしてくれるんじゃ……」
額にクナイが突き刺さり、倒れていくごろつきにこう告げる。
「俺がいつそんなこと言った」
◇◆◇
「はっはっは、また俺の勝ちだな!」
「も~ボス~、強過ぎますって~」
「勘弁してくださいよ~」
「お前等マジで弱ぇな。張り合いがねぇとつまんねぇぞ」
シャブブの代わりに麻薬関連の仕事を取り仕切っているボスのザジは、カードゲームで勝利した掛け金を自分の所に集めながら手下を煽った。
ザジは元々、リファーナ領では有名なゴロツキだった。
手下を作って脅しや暴力をしていたが、貴族に目を付けられない程度に弁えている頭も持ち合わせている。
そのずる賢さを買われたのか、貴族であるシャブブに麻薬を売買するのに協力してくれと突然頼まれた。
町のゴロツキが一転して貴族のお抱えになれるビックチャンスを逃す訳にはいかないと、ザジは喜んで引き受ける。
初めは麻薬を栽培する畑仕事とか、製造作業とか面倒な仕事をやりたくなかったが、麻薬が儲かると分かるや否や張り切って取り掛かった。
徐々に儲けも増え、手下も増え、施設も増える。
ザジは晴れて、働く側からは働かせる側になったとのだ。一、二年で大きくなった商業市場は、全てザジの力と言っても過言ではないのだろう。
麻薬は非合法ではあるが、こちらはお貴族様のお膝元で行っているのだ。このリファーナ領では誰からも咎められることはない。
現在のザジはボスとしてたまに監督作業をするだけで、一日中美味い物を食べたり、賭けのカードゲームに興じている。
ただのゴロツキであった自分がここまで成り上がるとは夢にも思わなかった。
「あ~イライラするぜ。く~コレコレ! やっぱ一発キメねぇと頭が冴えねぇわ」
「おいおい、あんまり使うと町の浮浪者共みたいになっちまうぞ」
「説教なんていらねぇよ。さぁボス、もう一勝負といこうぜ。今度は勝つからよ」
「ちっ、仕方ねーな」
麻薬を使って調子に乗り出す手下に、ザジがため息を吐きながら了承した時だった。バンッと扉が開いて、部屋に入ってきた手下が慌てた様子でこう言ってくる。
「やべーぞボス! とんでもなく強ぇガキが現れた!」
「はっ、何言ってんだお前? 麻薬の使い過ぎで幻覚でも見てんのか?」
「嘘じゃねぇんだって! 早く逃げねーと殺され――……」
「っ!? おい、どうし――」
ザジと手下は、最後まで口を動かすことができなかった。
何故なら、グサッと突き刺すような音が聞こえたと同時に、手下の心臓辺りから剣の切っ先が出てきたからだ。
剣が引き抜かれると、手下は血を吐き出しながらうつ伏せに倒れる。
その後ろには、見たことがない形をした剣を携えている、黒ずくめの格好をした子供がいた。
サイは仮面越しにザジを見ながら問いかける。
「貴様が麻薬の元締めか?」
「おいテメエ等、こいつを殺れ!」
「「おう!」」
流石はボスと直近の手下といったところだろうか。
瞬時にサイを敵だと判断すると、用意していた剣を持って襲い掛かる。
が、直近の手下は血を噴きながら倒れてしまう。
瞬殺だった。早過ぎてサイが何をしたのかも見えなかった。
ただ分かるのは、持っている刀に手下達の血が付着していることと、返り血を一切浴びていないことだった。
(こいつはヤバいぜ……)
額に冷や汗が浮かぶ。
ゴロツキ時代には暴力で支配していたし、力比べでは衛兵よりも強いと自負しているザジでも、目の前にいる化物は強さの次元が違うと悟った。
力で敵わないのなら口で戦うしかないと判断した彼は、交渉に出る。
「何が望みなんだ? 麻薬か金を奪いにきたのか? 欲しけりゃくれてやるよ、持ってきな。それともここを乗っ取りにきたのか?」
「そんなものに興味はない。聞きたいのは二つ。貴様がここの元締めなのか、貴様の背後に誰がついているのかだ」
「ああ、俺がここのボスだ。けど俺の後ろにゃ誰もいねーぞ。全部俺がやってることだ」
「そうか」
「な、なぁ……何が目的か知らねぇがよ、俺と組まねぇか? こんな物を作って売るだけで楽して儲かるんだぜ? 分け前の半分をやるからよ、俺と組めば楽しく生きられぎゃああああああ!!」
交渉している最中にも関わらず、ザジは腕を斬り落とされてしまった。
跪きながら腕を抑えて睨んでくるザジに、サイは淡々と尋ねる。
「嘘を吐くな。貴様の背後にリファーナ子爵がいることは知っている」
「ンだよ、最初っから知ってんじゃね~か! そうだ、俺のバックには子爵がついてんだ! ってことはつまり、テメエは貴族にたてついたってことなんだよ! ざまーみやが――」
耳障りな喚き声を聞きたくなかったのか、サイはザジの首を刀で刎ねる。
丁度そのタイミングで、アルフレッドがサイのもとにやってきた。
「終わりましたか?」
「うむ、言質は取った。やはりリファーナ子爵が関与していたな。そちらはどうだ?」
「麻薬を手にしている者を見つけ次第始末しました。残りはここを処分するだけでございましょう。既に行商人に渡ってしまった麻薬はどうすることもできませんが」
「根っこさえ叩けばそこまで追いかけなくていいだろう。さっさと施設を破壊して、リファーナ子爵のところに行くぞ」
「承知いたしました、若様」
麻薬を取り仕切っているザジとその一味を排除したサイは、火遁の術で麻薬を栽培している農園と製造工場を死体ごと燃やし尽くしたのだった。
◇◆◇
時は進み、サイがシャブブに麻薬に関与する全てを潰したと伝えた場面。
これまで手掛けたものを失ったと知ったシャブブは、怒りに震えながら叫んだ。
「よ、よくも私が作った麻薬を壊してくれたな! 絶対に許さんぞ!」
「ほざけ。本来領主として民を導かねばならん筈の貴様が、民を苦しめ搾取するような真似をしていい筈がないだろう」
「人聞きの悪いことを言うな! 私はこの町を大きく発展させたんだぞ!? 平民共もその恩恵を受けているじゃないか! それの何がいけない!」
「やり方が間違っていると言っているのだ。非合法な麻薬を扱っている時点で貴様は罰せられる。それも貴様のせいで、既に麻薬がばら撒かれてしまっているんだぞ」
「そ、そんなこと私の知ったことではない! 悪いのは売っている奴等と買う行商人のせいだろ!」
「そう仕向けたのが貴様だと言っているんだ」
「あぎゃあああああ!? 己小僧、よくもやってくれ――げふッ!?」
五月蠅い言い訳をこれ以上聞きたくなかったのか、サイはシャブブの指を一本切り落とす。それでも負けじと睨んでくるので、死なない程度にありとあらゆる骨を折ってやった。
「も、もうやめ……許して……」
「貴様のような外道は斬り伏せたいところだが、腐っても国家の貴族だ。今回だけは見逃してやる」
「あ、ありがとう……ございます」
「だが努々忘れるな。再び同じような真似をしたら、今度は腐り切ったその身体を真っ二つに斬り裂いてやるぞ」
「ひぃぃいいいいい」
最後に、シャブブの目の前で床に刀を突き立てて脅しをかける。
恐怖か痛みか定かではないが、シャブブは泡を吹いて倒れてしまった。
これぐらい痛めつけて忠告しておけば、二度と麻薬売買に手をつけないだろう。
これでリファーナ領の麻薬売買の件を片付けることができたサイは、仮面の下で一つ息を吐いた。
すると、扉が開いてアルフレッドが入ってくる。
「終わりましたか、若様」
「うむ。明日にでもエイダン宰相閣下に報告しに行ってくる」
「お見事でございました。ささ、お疲れでしょう。宿に戻ったら紅茶とお菓子をご用意致します」
「うむ、よろしく頼む」
次の日。
サイは王宮を訪れ、リファーナ領の麻薬の件を片付けたことをエイダン宰相に報告していた。
「仕事が早いな。やるではないか、小童」
「お褒めいただき恐悦至極に存じます」
「既に出回ってしまっている品を除けば、もう新しい物は作られないのだな」
「はい。シャブブ=リファーナ子爵の手下は全て始末し、麻薬の製造工場も農園も全て焼き払いました。あの地で新たな麻薬が作られることはないでしょう」
「うむ、よくやった。試験は合格とし、小童をオリアナ王女の影となることを認める」
「ありがたき幸せ。この命に代えても、王女を守り抜くと誓います」
試験が合格となり、サイは正式にオリアナ王女の影となることを認められた。
サイが跪きながら誓いを立てると、エイダンは「そこまで言う?」みたいな顔を浮かべて言葉を付け足す。
「言っておくが、オリアナ様はまだ正式な女王となった訳ではない。それを忘れるでないぞ」
「はっ! 心得ております!」
「ならよい。下がれ」
「はっ!」
エイダンが告げると、サイは部屋から出て行った。
二人のやり取りを見守っていたサイの父であるディルが、息子を自慢するように口を開いた。
「だから言ったではないですか。サイは僕より優秀だって」
「ああ、確かにそのようだな。まさかこんなに早く終わらせるとは思ってもみなかった。アルフレッドから聞いた報告でも、手際が良いことに間違いはない」
「そうですよね」
息子を褒められて嬉しそうにしている親馬鹿に、エイダンはため息を溢しながら「しかし……」と続けて、
「少々やり方が雑というか、力任せなところがあるな。それに、大元がリファーナ子爵だと断定したのも早計だ。あんな無能子爵が麻薬を使って金儲けするなど思いつく筈がなかろうて」
「ですね……」
エイダンの意見にディルも同意した。
二人共、最初っからシャブブが元凶だとは思っていない。
しかしそういった経験が浅いサイは、リファーナ領の領主であるシャブブ子爵が元凶だと決めつけ、その奥でシャブブを操っていた黒幕に辿り着けなかった。
「閣下、僕が麻薬の件を引継ぎましょうか」
「捨ておけ。どうせ侯爵あたりの誰かが子爵に吹き込んだのだろう。奴等は証拠を残さんし、子爵に言質を取らせてもしらばっくれるだろう。追及するだけ時間の無駄だ」
「では、サイの試験は不合格ということでしょうか?」
「それも構わん。儂が与えた試験は“リファーナ領で広がっている麻薬の出所を探り潰す”ことだ。それ自体は達成されておるからな」
「寛大なお心遣いに感謝いたします、閣下」
「まぁ、これであの小童もまだまだ尻が青いことが分かったな」
何故か少し嬉しそうなエイダンにディルが疑問を抱いていると、宰相閣下は「それに……」と続けて、
「どの道、小童がオリアナ王女の影となるのも継承の儀までだろう。既にコーネリア王女が動いているとの情報も耳にしておるし、王女の命はその日までだ」
そう断言するエイダンに、ディルは「それはどうですかね」と笑顔で否定して、最後にこう告げた。
「息子なら……サイならきっとオリアナ王女守り抜いてみせますよ」




