第肆拾壱話 リファーナ領
「安いよ安いよー!」
「おやそこのお兄さん、良いのあるから寄ってってくんな!」
「ここがリファーナ領で一番大きな町か……人も多く、随分と栄えているな」
「リファーナ領は最近になって、商業で名を馳せつつあるようです」
「ふむ、例の物のお蔭か」
「さぁ、それはどうでしょうか」
俺はエイダン宰相から与えられた試験を達成する為に、リファーナ領を訪れていた。
閣下が言うには、非合法の麻薬がリファーナ領に広まっているらしい。
麻薬が王都に流れつく前に、出所を探り出して潰すのが試験の内容だ。
父上の協力は得られないので、アルフレッドを借りている。
別に俺一人だけでも構わないと言ったのだが、人を使うことを覚えるのも勉強だと父上に諭されてしまったので、仕方なくアルフレッドを同行させることにした。
リファーナ領の大きな町では露天商がずらっと並んでおり、人の行き交いが激しい。まるで町全体が市場になっているようだ。
殆どは平民が買い物をしているようだが、注意して見れば行商人らしき者も多く見掛けられる。この町で仕入れて他の場所で売っているのだろう。その逆もまた然りだ。
「アルフレッド、手分けして情報を得るぞ。日没前に宿に集合だ」
「承知しました、若様」
アルフレッドに指示を与え、二手に別れる。
俺は見掛け通り平民の子供のふりをして、町の様子を窺いながらリファーナ領についての聞き込みを行う。そうしていく中で、ふと怪しい取引をしている連中を見掛けた。
「今回の品質は良いぜ、旦那」
「本当だろうな、前回は質が悪くて客に怒られたんだぞ」
「大丈夫ですって、安心してくださいよ」
(むっ)
傍から見ると、行商人が露天商人から果実を買っているように見えるが、手渡した額が果実を買うのには余りに大きい。
それに、果実ではなく茶色い小袋のようなものを金と交換している。
鑑定眼で調べてみたが、実際に中身を見ないことには調べることができなかった。ならば、直接物を手に入れるしかない。
しかし露天商から奪うのは難しいだろう。人目が多く、背後には壁があるから後ろから盗むのも難しい。そもそもまだ持っているのかも分からない。
確実なのは、今買っていった行商人から奪うことだ。
気配を消しながら行商人の後を追いかける。
中々買い物が終わらず時間を食ってしまったが、人気の無いところに出たところで意識を刈り取る。
気絶して倒れた行商人から茶袋を取り上げて中身を確認すると、さらに小さい袋に小分けにされたものが出てきた。
(鑑定眼)
『アシの葉から作られる麻薬。口または鼻から接種すると、一時的に快楽を得られ興奮状態になる。中毒性があり、幻覚作用や身体機能を破壊する』
「ふむ、どうやら当たりのようだな」
◇◆◇
日没前に宿に戻ると、既にアルフレッドが戻ってきていて紅茶を用意していた。市場で良さそうな紅茶と甘菓子を見つけたので、俺の為に買ってきてくれたのだとか。
気持ちは嬉しいが、今はお菓子を食べている場合ではないだろう……。
とため息を吐きつつも、出された菓子と紅茶を食す。
うむ、確かに美味い。
「ご満足いただけて何よりです」
「俺はまだ一言も口に出していないのだがな」
「若様のお顔を見れば十分美味しいことが伝わりますので」
「うぬぅ……分かったから報告してくれ」
「かしこまりました」
アルフレッドが得た情報によると、リファーナ領の領主であるシャブブ=リファーナ子爵は、ここ一、二年で領土を目まぐるしく発展させているそうだ。
それまでは地味な政策だったのに、突然商業に舵を取った。
すると金が回って潤い、人も増え町も大きくなった。それだけ聞くとリファーナ子爵は相当なやり手に思えるが、今まで全く上手くいっていなかったことを鑑みるに何か悪い手口に手を出していると思えなくもない。
例えば、この麻薬とかな。
「若様はどうでしたか」
「俺も大体同じだ。だが、これも収穫できた」
「おお、もう物を手に入れたのですか。流石は若様ですな」
小袋に入った麻薬をテーブルに出す。
実は行商人から一つだけ盗んでおいたのだ。勿論、残りは全部処分しておいてある。
「町の露天商と行商人が取引をしていた。隠れて行ってはいたが、あの手慣れ方は大分前からやっているな。恐らく他にも取引現場はあるだろう」
「それはつまり、リファーナ領では麻薬が手に入れられるといった情報が行商人に出回っており、売買が常習されているということですな」
「だろうな」
リファーナ子爵も、最初は見つからないよう慎重に売っていたと思う。
しかし麻薬が儲かると分かるや否や、欲を掻いて規模を大きくしていった。町が発展していったせいで、リファーナ領が麻薬商売をしていることを知った行商人がこぞってやって来ては、麻薬を裏で買い取る。
麻薬商売は闇市場と化していた。
愚かだな……欲張らずに慎重になっていれば、閣下の耳に入り潰されることもなかっただろうに。
「どうされますか、若様」
「大麻の商売を牛耳っている元締めがいる筈だ。まずはそいつ見つけて色々と吐かせる」
「若様、こういうのは大元を叩かない限り、下っ端を捉えても蜥蜴の尻尾切りにされるだけでございますよ」
「大元などとっくに分かりきっているだろう」
「ほう、既に見当はついていると。はて、いったい誰でしょうか」
そう問いかけてくるアルフレッドに、俺はこう答えた。
「シャブブ=リファーナ子爵だ」
◇◆◇
「ぐふふ、馬鹿共から巻き上げた金で買う酒は極上に美味いのぉ」
でっぷり太った醜い身体を豪奢な衣服と装飾で着飾っているシャブブ=リファーナ子爵は、ワインを口に含みながら下卑た笑みを浮かべた。
彼は元々、父親の跡を継いだだけの極普通の領主だった。
父親から引き継いだ仕事を無難に熟していただけに過ぎなかったのだが、とある御方に会ったことで転機を迎える。
「これも全部、“あの御方”のお蔭だな」
突然ある日、さる御方から麻薬を売りさばかないかと相談を持ち掛けられたシャブブは、話に乗ることにした。目上の方からの相談を無碍に出来ないのもあるが、上手い話に乗っかろうと企んだのだ。
シャブブはその御方から麻薬の栽培から作り方、売り方まで全て教わった。
初めは小銭稼ぎ程度だったのだが、徐々に買っていく行商人が増えて儲けも増していく。調子に乗ったシャブブは麻薬を作る農園の規模を大きくして手下も増やし、気付いた頃には町が大きく発展していた。
そしてシャブブは、なんの取り柄もない貴族から金持ち貴族に成り上がることができたのだ。
それもこれも、麻薬を教えてくれたあの御方のお蔭である。
その御方にも一定量の麻薬を毎月上納するだけだ。上納する量も少ないし、もっと増やせと無理強いを言われることもないので、殆どの金はシャブブの独り占めだった。
「こんな毒にどいつもこいつも蝿のように集りおって、全く馬鹿なものだ」
麻薬が入った小袋を持ち上げてひらひらと動かす。
シャブブは麻薬にどんな効果があるか、あの御方から聞いている。一時的な快楽を得られるが、中毒になって身体を壊してしまうことも。
自分はそんな危ない物に絶対手を出さないが、世の中には欲しがる連中が五万といる。その中には毒だと知らず使っている者もいれば、毒だと知って使っている者もいる。
一度快楽の味を知ってしまったら抜け出せないのだろう。
だが、売っている側からしたらありがたいことこの上ない。麻薬を買ってくれることでこちらの懐は溜まっていく一方なのだから。
こんなぼろ儲けな話は他にない。
「ぐふふ、これで私も一流貴族の仲間入りだな……むっ、何だ?」
「随分と楽しそうだな」
「な、なんだ貴様!?」
浮かれながらお気に入りのワインを注いでいると、部屋の明かりがふっと消える。
部屋の中が暗くなって慌てると、突然誰かの声が聞こえてきた。声の方に顔を向ければ、何故か空いている大きな窓の内側に侵入者が立っていた。
月光に照らされるその者は、白い仮面を被り、黒ずくめの格好をした子供のようだった。
怪しげ……というより不気味な侵入者に危機感を抱いたシャブブは、部屋の外にいる見張りの者を呼ぶ。
「衛兵! 何をしている衛兵! 侵入者だ、早く来て捕らえろ!」
「叫んでも無駄だ、屋敷にいる衛兵は全員眠っている」
「な、何だと!?」
侵入者の言葉に驚愕する。
シャブブは念のため、屈強な衛兵を雇っていた。子供一人が敵う相手ではない。
実際に衛兵を無力化したのは子供ではなく執事なのだが、サイが戦っても結果は同じだろう。
これはヤバいと焦るシャブブは急いで出口に逃げようとするが、金縛りにあったように身体が動かなくなってしまった。
「か、身体が動かん……!?」
「シャブブ=リファーナ子爵。麻薬の件で話がしたい」
「な、何のことだ? 麻薬? 聞いたことがないな。そんなもの私は知らない! あったとしても関与していないぞ!」
「誤魔化そうとしても無駄だ、貴様の手下が吐いたからな。それに、その台に置かれている物が何よりの証拠だろう」
「ぐぬぬ……」
サイがテーブルに置かれている小袋を指すと、シャブブは息を詰まらした。
自分が麻薬を取り仕切っていることが全部バレている。これでは言い逃れをても無駄だろう。
(あの御方の名前を出すか? いや、そんなことしたら私があの御方に消されてしまう!)
自分の背後にいる権力をちらつかせれば、この場は回避できるかもしれない。
だがあの御方からくれぐれも素性は誰にも言うなと注意されているし、バラしたりしたらリファーナ領ごと消されてしまうだろう。
とりあえずこの場はなんとか言いくるめて凌ぐしかない。
手下と麻薬の農園さえあれば、やりようはいくらでも。
そうシャブブが考えているだろうと見越して、サイはこう言い放った。
「先に言っておくが、貴様の手下は全員排除した。麻薬を作っている農園も工場も全て燃やし尽くしておいたからな」
「な、何だと!? そんな馬鹿な!」
サイの言葉に目を見開くシャブブ。
――そう、サイはシャブブの屋敷を訪れる前に、麻薬に関する全てを潰していたのだ。




