表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/77

第参拾捌話 エイダン宰相

 



「閣下、この子が息子のサイです。以後お見知りおきを」


「うむ、この小童がディル殿の倅か」


「ご紹介にお預かりました、ディル=ゾウエンベルクが嫡子、サイと申します。此度はエイダン宰相閣下に拝謁することができて恐悦至極に存じます」


「ほう、オリアナ王女に見惚れて顔を下げるのを忘れていた小童にしては、儀礼が中々様になっておるではないか」



 戴冠式をつつがなく終えた後、他の貴族達が祝賀会に向かう中、俺と父上は別室で宰相閣下に会っていた。


 何でも、戴冠式に唯一子供の俺が参加できたのは父上が閣下に取り計らってくれたからだとか。


 そのお礼を改めて伝えるのと、ついでに俺のことを紹介してくれる。

 ただ、田舎者の無能を演じている筈の父上が閣下と懇意にしていることが少し疑問ではあるな。



(この老人、できるな)



 顔立ちもアルフレッドに劣らぬぐらい厳かで、目の奥には老獪さが見え隠れてしている。流石は、国家を動かしている最高責任者なだけはある。


 それに、俺がぼうっとしていた所も見ていたのも抜け目ない。

 もし仮に閣下がオリアナ王女の敵になるならば、難しい戦いになるだろう。


 と、閣下を観察していたら父上が俺にこう言ってくる。



「ゾウエンベルク家の裏の顔を知っているのは、王国内では閣下ただ一人なんだ。集めた情報は全て閣下にお伝えし、閣下に命じられたことを成し遂げる。それがゾウエンベルク家の責務なんだよ」


「それはつまり、陛下も知らないという事ですか?」


「そうだよ。というか、陛下には絶対に知られてはいけない。サイもオリアナ王女に知られてはいけないよ」


「承知致しました」



 父上と閣下が懇意にしている疑問が解けた。

 ゾウエンベルク家の人間と宰相は、代々からの付き合いだったという訳か。それと女王陛下に俺達の存在を教えないのは、恐らく“影の仕事”によるものだろう。


 陛下と国家が光だとすれば、ゾウエンベルク家と宰相閣下は影。

 手を血で染めている影を、美しい光の目の届くところに入れてはならないのだろう。



「それにしても、ディル殿から息子を紹介したいと言われた時は流石の儂も驚いたぞ。その上、オリアナ王女に仕えさせたいときた。ゾウエンベルク家の責務は分かるが、些か気が早いのではないか? 王女もまだ正式な女王ではないし、せがれも下の毛が生えていない小童だろうに」


「閣下、息子は僕よりも優秀です。必ずや、オリアナ王女の御身をお守りできるでしょう」


「ふん、先代より劣っている其方から息子の方が優秀だと言われてもおべっかにしか聞こえんな。確かに賢そうではあるが、まだ七歳程度の小童に何ができる」



 話を聞くところによると、父上が強く推薦してくれたそうだ。

 父上には感謝せねばならんな。父上のお蔭で俺はオリアナ王女と出逢うことができたのだから。

 ならば、これからの事は俺自身の力で閣下を認めさせるしかない。



「閣下に認めてもらうにはどうすればよろしいでしょうか」


(ほう……この小童、儂を前にして顔色を一切変えず、動揺も見せんとは。そして儂に物申す度胸。小童にしては中々に豪胆なものだ。面白い、試してみるか)


(さぁ、どうくる!)


「よかろう、では小童に試験を与える。達成した暁には、其方をオリアナ王女の“影”となることを認めようではないか」


「寛大なご配慮に感謝いたします」



 話が分かる老人で助かった。

 これが日本人の老官だったならば、子供なぞに大役など任せられるかと突っぱねていたことだろう。やはり国を動かす宰相となると考えが柔軟だな。



「もう達成したかのような物言いだな。まぁよい、試験の内容は最近リファーナ領で広まっている麻薬の出所を探り叩くことだ」


「麻薬ですか」


「知らんか?」


「いえ、見たことはありませんが存在自体は存じています」


「そうか、麻薬とは一時の快楽を得る代わりに身体を毒で蝕む非合法の薬のことだ。麻薬は潰しても潰しても時が経てば復活するので放置している場合が多いが、今回は王都に流れ込んでしまう勢いがある。その前に潰しておきたい」


「承知いたしました。麻薬の出所を探り次第潰しましょう」


「うむ。小童であろうが、“女王の影”となる者ならこれくらいやってのけてもらわねば困る。部下を使っても構わぬが、ディル殿の協力は許さぬ。ディル殿もくれぐれも息子に力を貸すでないぞ」


「はは、僕なんか必要ないですよ」



 話は纏まった。

 父上はこれで退室しようとするが、俺はまだ肝心なことを閣下に聞いていない。だから俺は、閣下の目を見て質問した。



「閣下、一つご質問してもよろしいでしょうか」


「サイ、閣下に失礼だよ」


「構わん、話してみるがいい」


「“閣下も、オリアナ王女を邪魔であるとお考えでしょうか?”」


(ふむ、相変わらず怖いくらい無表情のままだが、目の奥はギラついているな。それは儂に対しての脅しか、それともただ感情を隠し切れていないだけか。何にせよ、まだ尻が青いな小童)



 閣下は何を考えている。

 口を噤んでいるということは、やはり閣下もオリアナ王女を邪魔に思っているのだろうか。じっと答えを待っていると、やがて閣下は口を開いた。



「正直に言えば、マーガレット様かコーネリア様が次期女王に選ばれるのだと思っていた。それは儂だけでなく、あの場にいた全員が思っていることだろう」


「……」


「だが、継承者の証である竜紋はお二人ではなくオリアナ様を選んだ。ならば、この国の宰相としてその事実は受け止めるべきである。小童の問いに対して、儂は“中立”とだけ答えておこうか」


「中立……ですか」


「うむ。このままオリアナ様が次期女王につこうとも、オリアナ王女が殺されマーガレット様やコーネリア様が女王になろうとも、どちらでも構わん。儂はディル殿と同じく、女王陛下に忠誠を誓うだけだ。故に中立。政争にも手を出すつもりはない。この答えでは不服か、小童」


「いえ、十分でございます。お答えいただきありがとうございました」



 閣下が中立でいてくれるだけで大きい。

 できれば宰相を敵に回したくはないからな。



「心配しているようだが、オリアナ様もすぐに手をかけられる事はないだろう。特に王宮の中ではな。もしその機会があるとすれば、“継承の儀”の為に竜王に会いに行く時だろう。屋外に出るその時が絶好の機会だ」


「貴重な助言をしていただき、誠に感謝いたします」


「うむ、一先ずお手並み拝見といこう。では、儂もそろそろ祝賀会に行くとするか」


「お供します、閣下」



 そう言って、閣下と父上は祝賀会に向かった。

 部屋に一人残る俺は、様々な考えを巡らしている。


 与えられた試験の、リファーナ領の麻薬の件。

 オリアナ王女が暗殺される可能性が高い、継承の儀の件。



「だがその前に、やっておかなければならぬ事がある」



 そう呟いた俺は、早速行動に移ることにした。



 ◇◆◇



「すぅ……すぅ……」


「やはり姫様に似ているな。寝ている顔もそっくりだ」



 戴冠式が行われた夜中。

 俺は黒装束と白仮面を身に着け、王宮の中にあるオリアナ王女の寝室に忍び込んでいた。こうして王女の寝顔を見下ろしていると、織姫様のことを思い出す。


 う~む、それにしても似ているな。

 離れていても似ていると感じたが、実際に近くで見てみても織姫様そっくりだ。本当に、姫様が生まれて変わったとしか思えん。


 王女の顔をずっと眺めていると、寝室の扉が開き侍女が入ってくる。

 寝台の前に立っている怪しげな俺を見つけた侍女は驚き、大きな声で問いかけてきた。



「(子供……?)貴様、そこで何をしている!?」


「やっと気づいたのか。俺が暗殺者だったら王女はとっくに死んでいるぞ」


「何を訳の分からぬことを! 衛兵! 侵入し――んぐ!?」


「王女が起きてしまうだろう。悪いが、場所を移させてもらうぞ」


「――っ!?」



 衛兵を呼ばれる前に侍女の口を塞ぐと、俺は全力で床を蹴って開けておいた窓から外に飛び出る。

 うむ、この辺りならもう王宮の外になるからスキルを使ってもいいだろう。



(千里鑑定眼、変わり身の術)



 侍女を抱えて空中にいる俺は、千里鑑定眼と変わり身の術の合わせ技を行い、父上の隠れ家の一つに空間転移した。

 抱えていた侍女を椅子に座らせ、影縄の術で身動きを封じてから俺も椅子に座る。



「貴様、一体何を――(なっ、身体が動かない!?)」


「手荒な真似をして申し訳ない。お主に危害を加えるつもりはないからどうか落ち着いて話さないか」


「世迷言を! 王宮に侵入し、王女に手をかけようとしていたではないか! それに、貴様のような怪し気な奴の言うことを誰が信じるか!」


「俺は姿を晒すことはできないんだ、どうか分かっていただきたい」


「堂々と人前に姿を晒せない奴こそ怪しいと言っているんだ!」



 うむ、駄目だな。

 一向に落ち着く気配がない。というより、思っていた以上に直情的だな。王女の側付き侍女なのだから、もう少し冷静でいて欲しいのだが。


 彼女を協力者にするのは間違いだったか? いや、王女の味方になる者は彼女の他にいない。王女の侍女は彼女一人しかいないのだから。



「単刀直入に言おう。俺はオリアナ王女の味方だ」


「味方……だと? 冗談にしても笑えないぞ」


「冗談ではない。もし俺が王女の敵ならばあの場で殺しているし、お主も今生きてはいないだろう」


「それは……私を拷問するとか色々あるだろう」


「拷問はしないが、色々聞きたいことはある」


「ほら、やっぱり私を拷問するつもりだな! いいかよく聞け、どんな拷問や辱めを受けようが私は絶対に屈しないからな!」


(本当に気が強い侍女だな。ちょっと調べてみるか、鑑定眼)



『ステータス

 名前・エリス=スタイン

 種族・人間

 レベル・34

 スキル・【剣術】』



 ふむ、侍女にしてはレベルが高いな。

 一般的な成人女性のレベルは10未満だ。しかし彼女はレベル34と侍女にしては高い、というよりそこらの兵士よりも全然高いな。【剣術】スキルも気になるところだ。



「お主、侍女にしては剣を扱えるようだが元は兵士だったのか?」


「違う、兵士ではない。私は騎士の家系に生まれた身だ。しかし女では騎士になれないから、王女の側付き侍女として王宮に勤めているのだ」


「ふむ」



 騎士の家系だから【剣術】スキルを持っているのか。

 恐らく、男爵か準男爵あたりの貴族の娘だろう。騎士には会ったことがないから分からんが、貴族のような固い口調だしな。



「侍女になったのもごく最近のことだがな。オリアナ王女に竜紋が宿ってから、元々いた侍女たちは命欲しさに皆辞めていった。そこで、騎士にもなれずくすぶっていた私に白羽の矢が立ったのだ」


「お主は逃げなかったのか? 何故王女の側付き侍女を引き受けた」


「そのような騎士道に反することはできない。例え死のうが、王女の侍女という与えられた使命を全うするだけだ」


「そうか」


 それにしてもこのエリスとやら、屈さないと言った割りには自分からべらべらとよく喋る。こちらとしては助かるが、少し……いや大分心配だ。


 だが、その忠義は高く買おう。

 王女が命を狙われていると知っても尚、彼女は侍女を引き受けた。その忠義は俺が一番求めていたものだ。


 もし忠義がなかったら力で支配しようとも考えていたが、その必要はなくなったな。是非とも彼女を協力者にしたい。



「俺もお主とこころざしは同じだ。この命に代えても王女を守り抜く」


「そう言うのなら名を名乗れ、仮面を取って素顔を見せろ」


「先ほども言ったがそれはできない。訳あって身分を明かすことはできないのだ。だが、王女への忠誠は絶対だ。この世の誰よりも、俺はオリアナ王女の味方である。どうか信じて欲しい」


「……その言葉に二言はないか」


「ない」



 間髪入れずに即答すると、エリスは深いため息を吐いた。



「わかった、なら今は信じよう。話も聞いてやる。だがその前に、拘束を解いて欲しいのだがな」


「それならとっくに解いてある」


「……おほん。それで、貴様は私に何をさせたいのだ。こうして私一人だけを攫ったのだから、私に何か用があるのだろう?」


「(落ち着いたら察しが良くなったな。能力が感情に左右されるのか)そうだ、俺はお主に協力者になって欲しい」


「協力者だと?」


「王宮の外でなら、俺はいつだって王女を守ることができる」


「ふん、大した自信だな」


「だが、王宮の中では介入できん。料理に盛られた毒、湯あみ、トイレ()、就寝。王宮内には危険が山ほどある。だがそれを付きっ切りで守れるのは、側付きの侍女だけだ」


「だから私を協力者にしたいのか」


「そうだ」


「いいだろう。元々私の責務なのだ、今までとやる事は変わらん」



 自信あり気に言うエリスに、俺は首を横に振って否定する。

 彼女は何を言っているんだろうか。“あんな警備”では全然駄目だ。



「いや、変わる。お主には四六時中気を配って欲しい。片時も王女と離れてはならん。王女が寝ている時も一緒に居て欲しい。でないと俺のようなに誰かが侵入した時に対応が遅れてしまう」


「いや、それは無理ではないか。貴様は私に寝るなと言っているのか?」


「勿論お主一人に任せる訳ではない。もう一人、協力者を用意している」


「協力者?」


「出てきていいぞ」



 そう告げると、俺の首筋からもぞもぞと小さな生き物が出てきて、その者は針を翳しながらばしっとポーズ(姿勢)を取る。



「我輩はナポレオン! 可憐な乙女よ、よろしく頼むぞ」


「ね、鼠が喋った……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ