第参拾漆話 運命
王都ドライセルは王国の中心にある。
我がゾウエンベルク領は国の最東端にあり、王都に到着するには馬車で十日ほどかかってしまう。出発してから既に九日経っていて、王都はもう目の前にあった。
馬車の中から外の景色をぼうっと眺めていると、反対側に座っている父上が突然謝ってきた。
「ごめんね、サイ。初めてゾウエンベルク領の外に出るのに、まともに観光もさせてあげられなくて。帰りは色々と見て回ろうか」
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが父上、俺はこうやって眺めているだけでも十分ですよ」
そういえば大魔境を除くと、俺がゾウエンベルク領の外に出るのはこれが初めてだったな。
観光はできなかったが、様々な土地を見ているのは存外楽しく勉強になった。治めている貴族によって、その土地の色が全然違うからな。
ゾウエンベルク領のように農業に力を入れている土地もあれば、鉄などの工業に力を入れている土地もあったり、人の出入りが多い商業に力を入れている土地もあった。
土地だけではなく、そこに住んでいる領民が生き生きと生活していたり、不自由なく暮らしていたり、不満を募らせている顔を浮かべている者がいたりと様々だ。
ただ眺めているだけでも、次期領主としての勉強になることは多々ある。
しかしそう言うと父上が少し申し訳なさそうな顔を浮かべたので、慌てて言い直した。
「ですが、実際に見て回ることも大切ですので、父上と観光したいです」
「はは、気を遣わせちゃったかな。そろそろ王都に着く頃だと思うから、注意すべき事を伝えておくね。戴冠式は王宮で行われるんだけど、王宮内では絶対に魔法やスキルを使ってはいけないよ。魔力を扱った者は罪に問われてしまうからね。隠れてしようとしても、魔力の反応がすれば警報が鳴る仕組みになっているし、魔力を扱った者も判別できるから隠せないんだ」
「わかりました」
「まぁそもそも、王宮内では魔力を扱えないんだけどね」
「そうなのですか?」
「うん、魔力操作を阻害する結界が王宮内に張られているんだ。だから魔法も使えない」
うぬぅ……それは厄介だな。
スキルも駄目となると、【鑑定眼】も使うことはできない。何かあれば【鑑定眼】に頼ってきていたから、つい癖で使ってしまわぬように注意しなければな。
「他に注意すべき事はありますか」
「そうだねぇ……サイは貴族の礼節も完璧だから心配ないし。あぁ、もし他人から貶されることがあっても反論とかしないようにね。サイ自身だけではなく、僕やミシェルに対してもだよ(サイは自分のことよりも家族のことに関してムキになることがあるからね。それだけ家族を想ってくれるのは凄い嬉しいんだけど……)」
「わかりました」
「ディル様、若様、王都が見えてきましたよ」
父上と話していたら、馬を操っているアルフレッドがこちらに伝えてくる。
馬車の窓から顔を出して見ると、荘厳な都の風景が視界に入ってきた。
「ふむ、あれが王都ドライセルか」
王都に到着した俺達は、関所で身分を証明してから中に通される。
これまで通ってきた領土とは全く違う街並みで、王都の中は立派な建物が並んでおり、生活している人間も綺麗な衣服で着飾っている。
流石は都といったところか。
住む場所も、住む人間も煌びやかだ。ど田舎のゾウエンベルク領とは似ても似つかない。
他に目ぼしい物といえば、そこかしこに竜と思わしき銅像が建てられていることか。我が国は竜と共存しているから、そのシンボルとして置いているのだろう。
どこか宿に泊まるのかと思っていたが、小さな隠れ家に案内された。
裏の仕事の都合で、幾つかここ以外にも隠れ家があるそうだ。
「長旅で疲れただろう。今日はゆっくりしていいよ」
「はい。そういえば父上、戴冠式はいつ行われるのでしょうか」
「三日後だね。辺境にいるのも含めて全貴族が集まるから、十分な日数を取っているんだよ。僕等も二日前に到着する予定だったけど、一日早く着いちゃったね」
「そうなのですか」
父上はこれから用事があるらしく、一人で出かけてしまった。
王都を見て回りたい気持ちもあるが、今日の所は大人しく休息を取ることにする。ずっと馬車に乗っていたので、尻が少し痛いしな。
足腰は十分鍛えているつもりだったが、尻までは鍛えていなかった。今度からは尻も鍛えるか……尻はどう鍛えればよいのだろうか?
その日は旅の疲れを取るようにゆっくり休んで、二日目は父上と王都を観光し、三日目は戴冠式の準備に取り掛かった。
そして来る四日目の戴冠式。
礼服に身を包んだ俺は、父上と共に王宮を訪れた。
王宮は外観も内観も、前世や今世では目にしたことがないほど荘厳な造りになっていて目を奪われてしまう。父上がいる手前あちこちに視線をやったりしないが、胸中では密かに興奮していた。
これから『謁見の間』に入るのだが、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・準男爵と爵位が高い者から順に入室するそうだ。
ゾウエンベルク家は伯爵と同格なのだが、田舎者と舐められているのか男爵よりも順番が後である。
「では次、ディル=ゾウエンベルク辺境伯」
「はっ! 息子のサイも同席をお願いいたします。宰相閣下から許可は得ております」
「……よかろう、通れ」
順番が来て呼ばれ、父上の後についていく。
父上が俺のことを申告すると、門兵はじろりと俺を見た後に入室を許可した。父上と謁見の間に入ると、既に室内は多くの人で満たされていた。
部屋の奥中央には空の玉座。
玉座の両隣には三、四十代の男性が椅子に座っている。中央通路を挟んで、左右に貴族の者達が奥から順に並んでいる。父上と俺は入って左側の列の最後尾に並んだ。
「仮とはいえ、戴冠式に子供を連れてくるとは」
「辺境伯はいったい何を考えておられるのだろうか」
「くく、これだから田舎者は」
「全く、蛮族の考えていることはわかりませんな」
軽蔑の眼差しと嘲笑が、そこかしこから父上に送られてくる。
今口にした奴等の首を刎ねてやりたい衝動に駆られてしまうが、一瞬で頭を冷やした。こうやって周囲に馬鹿にされるのは、父上にとって望ましいことなのだろう。
ならば俺も、平気な顔をしている父上のように道化を貫かねばならない。
ゾウエンベルク家の人間としての覚悟を抱いていると、父上が顔をそのままに小声で話してくる。
「サイ、今から重要な御方を教えるから覚えるんだ」
「はい」
「玉座の右側に座っているのが、第一王配のユーベン殿下。左側に座っているのが第二王配のオズワルド殿下だ」
アルミラ女王陛下には二人の夫がいる。
第一王配のユーベン殿下は、四十代と思われる綺麗で賢そうな顔立ちの男性だ。
第二王配のオズワルド殿下も四十代ほどだが、こちらは王族というよりも武人の顔立ちと身体つきの男性だった。
それと陛下には三人目の夫がいたのだが、数年前に亡くなっているそうだ。
「ユーベン殿下側の先頭に並んでいるのが、ユーベン殿下との子である第一王子のカリオス王子で、その次が第一王女のマーガレット王女。反対のオズワルド殿下側に並んでいるのが、オズワルド殿下の子である第二王女のコーネリア王女と、第二王子のリヴァル王子だよ」
ふむ、こうしてみるとどちらも父親の血が色濃く反映されているな。
カリオス第一王子は、ユーベン殿下と似ていて美青年だ。確か二十五歳だと聞いているが、十代のような若さだな。
マーガレット第一王女も美しい女性だ。
紫色の巻かれた長髪は輝いていて、妖しくも美しい顔立ち。失礼ではあるが、前世の戦国武将達がこぞって手に入れたがりそうな魅力のある女性である。
コーネリア第二王女も系統が違うが美しい女性だ。
炎を彷彿させる真っ赤な髪に、刀のように鋭い眼光を放つきりりとした顔立ち。とても王宮育ちの王女とは思えん。
どちらかといえば戦場に立っているのが相応しい御方だ。
第二王子のリヴァル王子も、オズワルド殿下の面影はあるものの美青年だ。
細身ではあるが、肉体もよく鍛えられている。
オズワルド殿下の家系が武士のような風格を醸し出している理由は謎である。
この六人と、ここには居ないアルミラ女王陛下とオリアナ王女を含めた八人が王家の方々となる。
「最後に、ユーベン殿下の隣に立っているのがエイダン宰相閣下だ」
豪奢な衣服を身に纏っている白髪の老人がエイダン宰相閣下。
父上によると、国政を動かしているのが閣下だそうだ。最高決定権は女王陛下にあるが、全ての国務を取り仕切っているのが閣下であるらしい。
王家などの位を度外視すれば、陛下の次に立場がある重要な御方だ。
「皆、静かに。只今を持って戴冠式を執り行う」
父上から国家の重要人物を教えてもらっている間に全ての貴族が集まったのか、エイダン宰相閣下が厳かな声を響かせる。
その瞬間室内にいる貴族達は会話を止め、閉じられている大きな扉に顔を向けた。
きぃと音を立てて扉が開き、一人の女性が入ってくる。
刹那、この場にいる全ての者が片膝を着いて頭を垂れ、跪いた。
こつこつと石畳を踏む音が目の前を通り過ぎていき、階段を上がる音、座る時に衣服がこすれる音が聞こえてくる。
そして、静寂を切り裂くような凛とした声が室内に響き渡った。
「面を上げよ」
直後、全員が儀礼を解いて直立する。
そこで初めて、女王陛下のお姿を確認することができた。
金色の長髪に、気品のある美しい顔立ち。
王冠を被っており、白銀の衣服を身に纏っていた。
外見もそうだが、その身から溢れる雰囲気も相まって、女王陛下に相応しい御方である。
「皆の者、此度は遠路はるばる集まってくれてありがとう。誰一人として欠けていないことに感謝します。今日は我が娘、オリアナの戴冠式です。正式ではありませんが、新しい女王が誕生する瞬間をしかとその眼で見届けてください」
「「はっ!」」
「よろしい。ではオリアナ、入ってきなさい」
アルミラ女王陛下がそう告げると、再び大きな扉が開いた。先ほどと同じく、女王陛下以外の者が一斉に跪く。
だが俺は、膝を着いただけで頭を下げられなかった。
何故なら、入室したオリアナ王女に目を奪われてしまったからだ。
(お……織姫様)
入ってきたオリアナ王女の顔立ちが、我が主君だった織姫様とよく似ている。
いや、似ているなんてものではない。瓜二つだ。
勿論違う部分もある。
織姫様は黒髪で、オリアナ王女は金色の髪だ。それに、目や鼻が日本人ではなく異国人寄りになっている。
それでも尚、オリアナ王女は織姫様と瓜二つといっていいほど似ている。
「サイ」
(しまった!)
ついオリアナ王女に目を奪われてしまい、頭を下げていなかった。父上から小声で注意された俺は、急いで頭を下げる。
くそ……俺としたことが大事な場で何という失態だ。
父上に恥を掻かせてしまったではないか。
と、反省はしていても、やはり俺の頭はオリアナ王女のことでいっぱいになっていた。
(オリアナ王女は織姫様なのか? 顔が似ているだけの別人か? いや……)
分からない。
だが、俺の胸の奥にある魂が叫んでいるのだ。
オリアナ王女は、俺が仕えた織姫様ではないかと。
オリアナ王女が女王陛下の御前に辿り着くと、皆と同じように跪く。
「表を上げよ」と陛下が言えば、再び全員が顔を上げたので俺も同じように顔を上げる。
「竜紋に選ばれた正当継承者として、オリアナ=ウル=ドラゴニスを第百代目女王となることを、第九十九代目女王アルミラ=ウル=ドラゴニスが認めます」
「拝命いたします、女王陛下」
陛下が被っている王冠をオリアナ王女に被せ、王位継承を宣言する。
すると陛下は、この場にいる全員に向けて口を開いた。
「皆の者、新たな女王を称えよ」
「女王陛下、万歳!」
「女王陛下、万歳!」
「「女王陛下、万歳!!」」
全員が立ち上がり、新しき女王を祝福するかのように大声を上げる。
そんな中、俺だけは声を上げず静かに決意を抱いていた。
(元から責務を全うするつもりではあったが、気が変わった。俺の命を懸けて、オリアナ王女をお守りする)
この場に居る中で、心の底から王女を祝福している者は居ないだろう。
それどころか、全員が王女を邪魔に思って排除しようと企んでいるに違いない。
このままでは、王女は五年も待たずにその命を散らしてしまう。
それだけは断じて許されない。
オリアナ王女が、織姫様の生まれ変わりであるかどうかは関係ない。
そうでなくとも、姫様に似ている我が主君を同じ目に遭わせたりはしない。
生まれ変わったサイが、織姫様に似ているオリアナ王女に仕えることになったのはきっと意味がある。
前世で死ぬ前にした後悔が、俺と王女を巡り逢わせてくれたのかもしれない。
ならば俺は――、
(――今度こそ姫様を守り抜く)




