第参拾陸話 王都へ
「竜紋が現れたのは、まだ十歳になったばかりのオリアナ様なんだ」
「十歳……ですか」
七歳の俺が言うのもおかしな話だが、十歳の王女には荷が重いだろう。
しかし何故、第一王女と第二王女を差し置いて第三王女に竜紋が宿ったのだろうか。普通に考えれば、第一王女のマーガレット様に現れると思うが。
それについては俺だけではなく、誰もが思っていることだろう。
「竜紋は女王に相応しい者に発現すると言われているんだよ。つまり竜紋はマーガレット様でもコーネリア様でもなく、オリアナ様を正統継承者として選んだのだろう」
「そうなのですか。竜紋が選んだのであれば、十歳であろうが第三王女であろうが、周囲は認めざるを得ないのではないでしょうか」
「そうだね。でも、これには裏があるんだ。もし、何かの理由でオリアナ様が死んでしまったりしたら、竜紋は次の継承者に現れることになっているんだよ」
「なるほど、その仕組みが本当ならば――」
――オリアナ王女は確実に殺されるだろう。
オリアナ王女が死ねば、残る継承者の内の二人、第一王女か第二王女のどちらかに竜紋が現れる可能性が高い。
お二方の御心は分からぬが、もし次期女王の座を狙っているのだとしたら間違いなくオリアナ王女を殺しに来るのではないか。
「うん。サイが思っている通り、オリアナ王女の命は危ないだろうね」
「一つ疑問なのですが、それがまかり通ってしまうのなら王女三人が死んでしまうという最悪の事態があり得るのではないですか? そういった場合、竜紋はどうなるのでしょうか」
「あり得る……というよりも過去のケースでは実際にあったんだ。血みどろの政争で、王女が全員死んでしまったことがね。その時は、王女でなく王家の血を引いている女性に現れたんだ」
「そういうことですか」
「逆に、王女ではなく平民の女性に竜紋が現れたって話もある。よっぽどのことがない限り王女の中から女王が誕生してきたけど、長い歴史の中ではそういった珍しいパターンもあるんだよ」
「厄介ですね」
“竜紋が現れた者が次期女王になる”という仕組は、全ての関係をややこしくしてしまう。
普通に考えるのならば、次代の女王となる者は嫡女――正妻が産んだ長女――となる。
それか、下剋上により優れた能力がある者が王家の代わりに天に立つこともあるだろう。
しかしドラゴニス王国の場合は竜紋によって女王を決められてしまう。
女王たるに相応しい能力がなくとも、王家の人間でなくとも竜紋が現れてしまえば女王になれてしまう。
かといって竜紋継承者以外の者を女王にはできない。竜王ジークヴルムとの盟約があり、『竜魔結界』を維持する為の人質となっているからだ
ならば答えは一つしかない。
女王に相応しい者に竜紋が現れるまで、全て排除する。
そして最初の犠牲となるのは、オリアナ王女だ。
「此度の問題に対し、父上はどう動くおつもりなのでしょうか」
「僕はアルミラ陛下に忠誠を誓っている身だから政争には関われない。サイが大きくなったら、次代の女王に忠誠を誓ってもらうつもりだった。でも――」
「今の状況では女王が誰になるのか分からない、と」
「そうだね。現時点ではオリアナ王女が女王候補だけど、正式な女王になる為には成人となる十五歳にならないといけないんだ。もし第一王女や第二王女に竜紋が現れていたら、すぐにでも女王になれていただろうけど」
「成人となるまであと五年。それまでにオリアナ王女が生きている可能性は無いですね」
断言する俺の言葉に、父上は小さく頷いた。
命を狙ってくる敵が多い中で、力無き十歳の少女が五年も生き延びるのははっきり言って不可能だ。
一つ気になるのは、何故父上がこの話を俺に言ったかということ。
新しい女王に俺が仕えることになっているようだが、オリアナ王女はまだ女王となっていない。
ならば五年後か、オリアナ王女が死んで次の候補に竜紋が宿って女王になった時に話せばいいと思うのだが、そうしなかったという事は父上にお考えがあるのだろう。
俺はその真意を問い出した。
「それで父上、俺はどうすればよいのでしょうか。ゾウエンベルク家の宿命を“今”話していただいたということは、この問題を俺に対処して欲しいと受け取っています」
「はは、サイには敵わないな。実はそうなんだ、サイにはオリアナ王女を守ってもらいたい。竜紋に認められた最初の継承者が女王になるべきだと僕は思うし、それにまだ十歳の女の子が突然政争に巻き込まれて死んでしまうなんて可哀想じゃないか」
「ええ、そうですね」
「でも、これは僕の個人的なお願いで、強制している訳じゃない。嫌なら断ってくれても構わないからね」
「いえ、承りました」
「えっ……本当にいいのかい?」
即答すると、父上は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべる。
自分でお願いしておいて驚くとは、父上も面白い人だな。それとお優しい方だ。俺に強制しないこともそうだし、オリアナ王女を守る理由も優しさからきている。
ならば俺は、父上の息子としてその優しさを大切にしたい。
「勿論です。遅かれ早かれ、俺は次期女王に仕えるのでしょう。ならば、正統継承者と認められたオリアナ王女に今仕えても同じこと。俺が王女をお守りいたします」
「ありがとうサイ、父として君を誇りに思うよ。じゃあ早速だけど、明日から僕と王都に行ってもらう」
「王都……ですか?」
「うん。まだ正式とはいかないけど、竜紋が出現したから仮の戴冠式が執り行われる。それに貴族である僕等も同席するんだ。長旅になるから、準備してね」
「わかりました」
「アルフレッドもよろしく頼むよ」
「手配は済んでおります、ディル様」
父上の背後からアルフレッドの声が聞こえてくる。
最初から居るのは分かっていたが、父上もアルフレッドも何も言ってこないので俺も黙っていた。
「王都へはアルフレッドにも同行してもらう。ミシェルと屋敷はリズに任せてある。それと一応聞くけど小夜君はどうするんだい? サイについてきちゃうのかな?」
「いえ、置いて行きます。小夜がいても邪魔なだけですので」
「そ、そうかい? なら、話はこれで終わり。サイなら分かっているだろうけど、ゾウエンベルク家の宿命については他言無用だよ。将来サイに奥さんができても、絶対に話してはいけない」
「心得ております」
「うん、じゃあ明日に備えようか」
最後にそう言って、俺達は一緒に屋敷に戻る。
珍しく父上が一緒にお風呂に入ろうと言い出したので、二人で風呂に入った。
「へ~、サイが大魔境から持ってくるお米はそうやってできるんだ」
「そうなのです。稲刈りと言って――」
他愛もない親子話をしながら、互いの身体を洗ったりする。そういえば、父上の背中を洗ったのは初めてかもしれない。
父上の身体は傷だらけで、今までの勲章が刻まれていた。
その大きな背中を、俺は誇りに思ったのだった。
「では往ってくる。こちらは任せたぞ」
「はい。サイ様もお気を付けて」
「ご主人様~! 何で小夜を連れて行ってくれないんですか~!」
「行ってくるよ、ミシェル」
「行ってらっしゃい、ディル。サイを頼むわね」
明朝。
王都へ向かう準備をした俺と父上は、母上とリズと小夜に挨拶をしていた。
リズは母上と屋敷を守ってもらう為に残ってもらい、小夜にはシュラ達や大魔境のことを任せてある。あとはメイド業も頑張れと。
母上には、父上の仕事に俺も同席すると伝えてある。
「ディル様、準備が整いました」
「うん。じゃあ行こうか、サイ」
「はい」
馬車を用意してくれたアルフレッドが声をかけてくる。
俺と父上は馬車に乗り込んで、母上達に見送られながら王都へと出発したのだった。




