第参拾伍話 宿命
七歳になった。
それはつまり、異国の地にサイ=ゾウエンベルクとして生まれ変わってから七年の時が経ったということである。
言葉も文化も異なる異国での新しい生活に慣れるのは苦労したが、父上のディルを初め、母上のミシェルに、老執事のアルフレッド、メイドのリズのお蔭もあってどうにか上手くやれている。
そうそう。
人ではないが、俺のユニークスキルである【鑑定眼】もまた、異国での生活を含め戦いなどでも大いに役立ってくれていた。
生まれたばかりの頃は【鑑定眼】のせいでまともに目を開けられずにいたから、厄介扱いしていたのだがな。
今ではゾウエンベルク家だけではなく、他にも多くの繋がりができていた。
魔王リョウマが支配していた大魔境から避難してきたボルゾイ殿やダンケのようなドワーフ達に、暴れ回っていた【破壊の権化】たるジャガーノート。
俺はジャガーノートと戦い勝利し、なし崩し的に使い魔にした。
新しく小夜という名前を与え、ゾウエンベルク家の見習いメイドとして働いてもらっている。まあリズによるとサボってばかりらしいがな。
これからも交流を続けていくドワーフ達を外敵から守る為、悩んだ末に魔王代理になることを決めた。
ゴブリンのゴップや魚人族のペペ、ミノタウロスのタロスにキラーアントの信玄、デアウルフの政宗に、鼠人族のナポレオンなどの魔族や魔物、亜人と話し合いをして魔王代理であることを認めてもらう。
姿を消した魔王リョウマに代わって領土を守ってきた修羅達といった大鬼族とも、俺の力を示したことで納得してもらった。
魔王代理となってからは彼等を成長させるのに忙しい毎日。
半年間かかって皆が強くなった頃、魔王キュラソンとやらの配下である【死霊王】ファウストがアンデット軍を引き連れて侵略してきた。
俺は魔王軍の大将を修羅に任せ見守ることにした。
修羅達はあと一歩のところまで敵軍を追い詰めたが、ファウストによって形勢が逆転してしまう。
ナポレオンと政宗から救援を求められた俺は、小夜を連れてファウストとアンデット軍を殲滅した。
ファウストとの大きな戦いがあったのが最後で、それ以降は平和が続いている。
元凶である魔王キュラソンや、他の魔王達が侵略してくることもない。ゴブリンキングのような、新しい魔王の座を狙う余所者の数も極端に減った。
俺の脅しが効いたのか、ハンターのような良からぬ人間達も入ってきてはいない。荒れ果てていた魔王リョウマ領は、平穏を取り戻したのだ。
皆に頼まれてしまったので、俺はまだ魔王代理を続けている。
が、俺も後回しにしてもらっていた勉強などがある為、領主的な役割は修羅に任せていた。
アルフレッドに貴族としての厳しい勉強を課せられる毎日の傍ら、父上や母上と出かけたり、リズと小夜を連れて修羅達のもとへ行き、米飯を食べたり温泉に入ったりする日々。
俺はもう完全にサイ=ゾウエンベルクとして生きていた。
だが、才蔵として生きた前世を忘れたことは片時もない。
小さい俺を兵士から守る為に死んだお父とお母。
死を待つだけだった俺を拾ってくれた、忍びの師である抜け忍の半兵衛。
俺を受け入れ、育ててくれた武士の藤堂義秀様。
そして御屋形様の娘であり、我が主君である藤堂織姫様。
俺は姫様を守る忍びだったのにもかかわらず、姫様を死なせてしまった。姫様の後を追うように、焼き崩れる屋敷と共に俺もあの世に逝ったのだ。
今でも、姫様に逢えたらと思うことがある。
もし逢えるのならば、今度こそ守り抜くと誓おう。
だが姫様と逢えることは恐らくないだろう。
同じ時代に、同じように異国の地に生まれ変わり、前世の記憶を持っているなんて奇跡は起こる筈がない。
ないと分かっている筈なのに、俺はまだ心のどこかで諦めきれていない。
その理由は、姫様と交わした一つの約束。
『来世でも、私に仕えてくれる?』
『勿論です。何度生まれ変わろうとも、俺は姫様に仕えます。俺は姫様の忍びですから』
最後に姫様と交わした約束が、俺と姫様を再び出逢わせてくれる糸だと信じているからだった。
◇◆◇
「若様、今日のところはこれで終わりです」
「うむ」
「それと若様。今夜、お一人で教会にお越し苦下さい。旦那様から大事なお話があります」
「父上から?」
勉強が終わってから、アルフレッドから唐突にそのような事を告げられる。
教会というのは、異国の神を祀る場所だ。前世で例えるなら神社と同じようなものだろう。
ゾウエンベルク領にも小さな教会があるが、一応あるだけで全く使われていない。ゾウエンベルク領はど田舎だから、聖職者もいなければ神に祈りを捧げに来たりする信徒もいないのだ。
そんな場所で、父上自ら俺に話があるという。
それも何故か夜中に指定している。いったいどんな内容なのかと疑問を抱いていたら、アルフレッドが「はい」と続けてこう言ってくる。
「くれぐれもお忘れなくお願いいたします」
「うむ」
「お疲れ様です、サイ様。よろしければこの後、お庭でお菓子を食べませんか? 奥様もご一緒ですよ」
「お菓子は小夜が作ったんですよ! ご主人様もきっと喜んでくれます!」
アルフレッドに返事をしたところで、リズと小夜が部屋に入ってくる。
丁度勉強も終わったところで、頭も疲れていたから甘い菓子は助かるな。が、小夜が作ったとなると少々不安だ。
最近リズの指導のもと菓子作りに励んでいるようだが、焦がしたり味が微妙だったりと出来が今一だからな。
だがまぁ、母上も一緒ということは成功したのだろう。
本人も自信がありそうにしているしな。
「うむ、では頂こう」
◇◆◇
「父上、サイです」
「入ってきてくれ」
「失礼します」
その日の夜。
アルフレッドに指示された通り、夜更けに一人で教会へとやってきた。古びた扉を叩くと、父上から入室の許可を得たので中に入った。
教会は薄暗く、横に長い椅子が並んでいて、人間ほどの大きさの十字架だけが飾られている殺風景な内観である。
父上は十字架の前、天井の窓ガラスから入り込む月明りの場所に立っていた。俺は父上に歩み寄り声をかける。
「父上から俺に大事な話があるとアルフレッドから聞きました」
「うん、そうだよ」
「大事な話とは何でしょうか?」
早速本題に入ると、父上はかけている眼鏡を指で直し、真剣な顔を浮かべてこう答えた。
「僕から話す内容は、ゾウエンベルク家の“宿命”についてなんだ」
「宿命……ですか」
「そうだよサイ、宿命だ。我が一族は代々、女王陛下に仕え、国家に仇名す外敵を排除する“影の組織”なんだ。暗殺は勿論のこと、大魔境を除いた人界に存在する全ての国家に諜報員を送り情報収集している。僕が度々家を空けているのも、影の仕事をしているからなんだ」
ふむ、そうだったのか。
父上が国家に関する仕事で家を空けていたのは、表向きの領主とは別にゾウエンベルク家としての影の仕事を行う為だったという。
その仕事が暗殺だとすれば、父上が人間にしてはレベルが高いのも頷ける。
それに父上は田舎領主とはいっても辺境伯なのにも関わらず、アルフレッド以外兵士がいないのは、いないのではなく領外に出ていたからなのか。
長年抱いていた疑問がようやく解けたな。
それにしても影の組織か……まるで前世でいう忍びのようだな。
忍びの里に居た半兵衛から教えてもらっていたが、忍びの仕事は主に暗殺や情報収集に諜報活動などを行っており、父上から今聞いた内容と酷似している。
俺は抜け忍となった半兵衛から忍びとしての生き方や技術などを学んだだけで、“本当の忍びではない”し、忍びとしての活動もしたことがない。
なのに忍びと似ていることをしているゾウエンベルク家に生まれ変わったのは、何かしらの意味や縁を感じてしまうな。
「余り驚いていないようだね。サイの驚く顔が見られると思ったのにな」
「いえ、驚いていますよ。ゾウエンベルク家にそのような重役があるのも知りませんでしたし、父上が家を空けているのも納得しました」
「家を空けてばかりで、サイに構えってあげられなくて悪いと思っている。寂しい思いをさせてごめんよ」
「謝らないでください。仕事なら仕方ないでしょう。因みに母上はこの事は?」
気になったことを尋ねると、父上は首を横に振って否定した。
「ミシェルには話していない。知っているのは僕とアルフレッド、それにリズだけだ。夫の仕事が人殺しなんて、ミシェルには口が裂けても言えないよ」
「……そうですね」
悲しそうに告げる父上に、俺も同意するように頷いた。
母上は心優しく、太陽のような方だ。そんな母上に、裏では人殺しが仕事ですなどと言える訳がない。
ゾウエンベルク家の裏の顔を話さず母上と結婚したのは卑怯だと罵られるかもしれないが、それでも父上が母上と結ばれたのは何か理由があるのだろう。
「ミシェルに被害が及ばないように、僕は裏の素性を隠し、表では無能な田舎領主を演じている。僕が影の存在だと万が一にもバレないようにね。当然、知っている者も限られている」
「たった今、俺もその中の一人に入ったということですね」
「うん、そうだよ。ゾウエンベルク家に生まれた者として、サイにも宿命を背負ってもらう。ただ、ゾウエンベルク家の人間ではなく一人の父親として謝らせて欲しい。ごめんね、サイ。こんな重い宿命を背負わせてしまうことになって」
真摯に謝罪してくる父上。
父親として、子供に人殺しを強要するのは本来嫌なのだろう。母上と同じで、父上も心優しい人だからな。
だからせめて、こうして謝ってくれたのだ。先代当主である祖父は厳しい方と聞いているから、父上の時は背負うのが当たり前だと強く言われたかもしれない。
結果的には同じだが、申し訳ないと思ってくれている父上の優しさが俺は嬉しい。
「その話を聞いても、俺はゾウエンベルク家に生まれたことを後悔しておりません。尊敬している父上と同じく、宿命を背負う覚悟です」
「ありがとう、そう言ってくれると助かるよ。ただ、本当ならこの話を伝えるのはサイが十三、早くても十歳になる頃だと思っていた。七歳になったばかりのサイに言うのは酷だよね」
「遅かれ早かれ知るのなら次期はいつだって構いません。ですが、次期が早まったということは何か問題が発生したのでしょうか?」
「ははっ、やっぱりサイは察しが良いね。その通り、つい最近になって問題が起こったんだ」
やはりな。
そしてその問題は、俺が解決しなければならないものなのだろう。
「ドラゴニス王国を治めているのは、女王陛下だということは知っているね?」
「はい」
「女王となる者はね、竜王ジークヴルムと盟約を交わした初代女王が宿ったとされる“竜紋”を代々引き継いでいるんだ」
「竜紋……ですか?」
初めて聞いた言葉に首を傾げていると、父上が説明してくれる。
「竜紋とは、竜王と交わした盟約の証のようなものだ。この竜紋がある限り竜王との盟約が続いている証で、我が国を守護している『竜魔結界』も維持されている。そして竜紋は代々王家の“女性”に引き継がれていて、今は現女王陛下であるアルミラ様が竜紋を宿しているんだ」
「そうですか。その竜紋はどのような仕組みで現れるのですか? 生まれた時から宿っているのでしょうか」
「それがそうでもないんだ。生まれた時から宿っている場合もあるけど、王女が十五歳の成人を越えた頃に突然現れる場合が多い。でも、今回ばかりは色々と違ったんだ」
「違うとは、何がでしょうか」
「我が国には、女王候補が三人いる。第一王女のマーガレット様、第二王女のコーネリア様、第三王女のオリアナ様。三人の中でもマーガレット王女とコーネリア王女はとっくに成人していて、正直二人のどちらかに竜紋が現れると皆が思っていた」
思って“いた”ということは違ったのだな。
そして最後に残っているのは、第三王女のオリアナ様。
つまりそれは――。
「竜紋が現れたのは、まだ十歳になったばかりのオリアナ王女なんだ」




