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第参拾弐話 【死霊王】ファウスト

 



「失態だな」



 主力だったリッチとドラゴンゾンビがシュラに敗北する一部始終を眺めていたリッチロードのファウストは、怒りを堪えるように静かに呟いた。



「まさか私のアンデット軍団がここまでしてやられるとはな……恐れ入ったぞ」



 初めはただの蹂躙を眺めていれば終わるだろうと思っていた。

 それがキラーアントの奇襲から始まり、どこもかしこも隊長格がやられてしまう。それは能力の相性もあるだろう。


 無策の力押しで殲滅しようとした自身に比べ、敵の大将は情報を入手して有利になるよう配置してきたのだ。


 慌ててリッチとドラゴンゾンビを投入したが、敵の大将にやられてしまう。

 アンデット軍は壊滅。主力も失い、残っているのは自身だけ。


 なんという失態だろうか。

 帝国からの侵略を千年と防衛し続けてきた驕りと慢心が、この事態を招いてしまったのだ。

 ファウストの主君である魔王キュラソンからの信頼は大きく失ってしまうだろう。



「後悔は後だ。まずは結果を出す」



 どう足掻いても失態した過程は取り戻せない。

 主君から失望されるのは仕方ないが、勝利が揺らぐことだけは絶対に許されない。


 ファウストは空中に浮いている椅子から立ち上がると、戦場に向けて骨の右手を翳した。



「【亡者復活アンデットリザレクション】」



 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!



「「「クカカカカカカ!!」」」


「な、なんだ!? 何がどうなっているんだ!?」


「見ろ、倒したアンデットが甦ってるぞ!」


「何だと!?」



 ファウストがユニークスキルを発動した刹那、地面が大きく揺れた。


 直後、大量のアンデットの残骸がカタカタと不気味に動き出し、魔王軍が倒した筈のアンデットが次々と復活していく。

 その光景は気味が悪く、嫌でも恐怖を掻き立たれてしまう。


 ファウストのユニークスキル【亡者復活】は、アンデットを復活させる能力だ。

 キラーアントに喰われて身体が残っていない者や、ミコトが強制成仏したゴースト系に、跡形もなく屠られたリッチなどは復活させられないが、それ以外は全て復活できる。


 その数は約千分の七百超。

 ドラゴンゾンビに加え、魔王軍の主力に敗れた隊長格もぞくぞくと復活してしまった。



「クソったれが! また一からやり直しかよ!」


「こんな事が一人の魔族にできるものなのか!?」


「ムフー! タロス、倒す!」


「いやはや、老体にはちと厳しいですな」



 復活して襲い掛かってくるアンデットと戦いながら、クレハ達が文句を吐き出す。

 それは仕方ないだろう。勝利は目前だったのに、一瞬で振り出しに戻されてしまったのだから。


 しかもアンデットは変わっていないが、ゴップ達は体力も魔力も消費して疲れている。

 最初よりも圧倒的に不利な状況に陥っていた。


 アンデットの最大の強みは、不死性にある。

 その時はバラバラになっても、時が経てばやがてくっつき完全に復活する。それはこの世界に魔力が存在する限り不変であった。


 さらにアンデットには体力という概念がなく、無限に動き続けることができる。


 そんな厄介極まりないアンデット軍団をさらに凶悪にさせたのがファウストの【亡者復活】であった。魔力は多く消費してしまうが、一瞬でアンデットを復活させることによって、状況を一変させ敵に絶望を味わわせる。


 超軍事大国であるゼーラ帝国からの侵略を、千年にも渡り防衛し続けてきたアンデット軍団の真骨頂が今発揮されたのである。



「狼狽えるな! 我がファウストを倒せばアンデットも復活はできん!」



 復活したアンデットによって動揺が広がり、士気が下がってしまった仲間を大声で鼓舞するシュラ。ファウストにあんな恐ろしい力があると知っていれば、最初から叩きに行っていた。


 折角倒したアンデットを復活させてしまったのは仕方ないが、ファウストさえ叩けば二度は起こらない。

 元々、力の差では魔王軍が圧倒していたのだ。ファウストを倒せばこの戦争は勝てる。



「そう考えているのは私も同じだ。シュラ(貴様)を消してしまえば後は腐れ竜だけで事足りる」


「――っ!?」


「【闇の手で殺す魔法(ダグドハンデス)】」


「ちっ!」



 突如、遠くに居た筈のファウストが背後に現れる。

 シュラが驚愕し振り返ると、ファウストの身体から無数の触手が出現し襲い掛かってきた。電光石火によって間一髪回避し、大きく距離を取るも、再び背後を取られてしまう。



(奴も我と同じ速さで動けるのか!? いや、これは――)


「貴様の疑問に答えてやろう。移動速度は速く動くだけではない」


(考えを読まれている!? やはり、サイ様と同じ空間魔法か!)



 高速で移動する度に何度も背後を取ってくる。まるで力を見せつけたいが為にわざとそんな行いをしているようだった。


 ファウストが何故自分よりも速く動けるのか不可解だったが、恐らくサイが得意としている空間魔法(変わり身の術)と同じものだろう。


 速さで後手に回ってしまうのなら、それを逆手に奇襲をかければいい。シュラは再び電光石火で距離を取ると、タイミングを見計らって背後に斬撃を放った。



「紫電閃!」


「頭が良いな。だが残念だ、私はいかなる物理攻撃が効かないからな」


「何だと!?」


「【黒炎を放つ魔法(ダグフェルム)】」


「ぐぉぉおお!!」



 雷を纏った斬撃がファウストに直撃するも、刃は水を切るかの如く身体を通過してしまった。

 手応えがないことに驚いていると、ファウストが上級魔法を放ってくる。電光石火で避けようとしたが、近距離だったので避けきれず左腕が負傷してしまった。


 ファウストが言った通り物理攻撃が通じないのだとしたら、魔力による最大攻撃を仕掛けるしかない。

 シュラは刀を鞘に仕舞うと、動かせる右手に魔力を溜めて撃ち放った。



渦雷ウズライッ!!」



 電撃と竜巻が合わさった凄まじい嵐がファウストを襲う。

 だがファウストはその場から動かず避けなかった。あの攻撃を喰らっては流石のファウストも無事では済まさないだろうと期待していたシュラの顔が驚愕に染まる。


 嵐が消えても、まるで何もなかったかのようにファウストがそこにいたからだ。



「希望を持たせて悪いが、私には魔法も効かないぞ」


「馬鹿な……」


「貴様もただの魔族にしてはレベルが高いが、私とは歩んできた年期が違うのだ。千年経ってから出直してこい」



 死霊の王(リッチロード)

 リッチの上位種であり、アンデットの中でも最強種に位置する魔族。


 元々は、千年以上も前の時代に生きていた大魔法使いファウスト。


 永遠に愛を誓った恋人を生き返らせる為に禁忌の黒魔法に手を染めた彼は、呪いによって不死者アンデット化してしまう。

 人間であることを捨て、蘇生魔法で恋人を生き返せることには成功したが、そこにいるのは恋人ではなく別の何かだった。


 ファウストは完全な蘇生を諦めきれず、悪魔に取り憑かれたように何年も何年も死者蘇生の研究に没頭する。

 しかし、既に“あの世”に成仏してしまった恋人の魂を“この世”に連れてくるのは不可能だった。


 それでも諦めきれないファウストは、魔界に足を踏み入れて蘇生方法を探す。そんな時に出会ったのが、当時魔王になったばかりのキュラソンだった。

 キュラソンは、リッチになったファウストにこう問いかけてくる。



「貴様は、本当にその人間の女を好いているのか?」


「っ……」



 その言葉は余りにも衝撃だった。

 確かに恋人が死んだ時は悲しくて、胸が張り裂けそうになり、どうしてももう一度会いたくて黒魔法に手を染めた。


 だが何百年も経った今では恋人に会いたいというよりも、死者蘇生の魔法を完成させたいといういかにも魔法使いらしい目的にすり替わっている。


 今となってはもう、愛した彼女の顔を思い出すこともできない。

 それは、とっくの昔に愛が失われていた証拠であった。事実を突き付けられ呆然としているファウストに、キュラソンがこう言ってくる。



「何もすることがないのなら、私の配下になれ」



 そう言ってくれた魔王キュラソンの配下になることにした。

 ファウストはアンデット軍団を任され、ゼーラ帝国からの侵攻を防衛していた。


 当時、大陸の中心にある魔界を除く人界の半分を手中に収めていた大帝国に対し、ファウストはアンデット軍団を引き連れて返り討ちにしていた。


 その経験値によってリッチロードに進化したファウストは、魔族あるあるで調子に乗ってしまい魔王の座をかけてキュラソンに戦いを挑んだ。


 勿論完膚なきまでに敗北し、そこまで忠誠心がなかったファウストもキュラソンに忠誠を誓うようになる。


 以来、ファウストは千年に渡って帝国からの侵攻を防いできた。

 昔は最強を謳っていた帝国も弱体化して国土も縮小し、現在ではもうファウストが直々に相手をすることがなくなってしまったが、力と技は錆びていない。


 シュラのような魔族など、千年に渡って積み重ねてきた【死霊王】ファウストの前では取るに足らない雑兵となんら変わりないのだ。


 冒険者ギルドによる討伐ランクはSS。

 魔王級までは及ばないにしても、人類を滅ぼす災害レベルの脅威がファウストなのだ。



「我は絶対に諦めん!」


「そう粋がっていた奴も、私の前では皆等しく死んでいったが、貴様はいつまでも持つかな」



 ◇◆◇



「うむ、命が作ってくれたおはぎは美味いな」


「チョコとどちらが美味しいですか?」


「う~む、甲乙つけがたい」



 リズの質問に対し、俺は曖昧な返事をした。

 前世の懐かしき味であるおはぎも程よい甘さで美味しく、今世で初めて食べた凄く甘いチョコも美味しく、どちらにも良い所があって俺には決められん。



「リズと小夜はどちらが好みだ?」


「私は断然チョコですね。もちゃっとした触感が受け入れられません」


「小夜はおはぎが良いです」


「そうか」



 異国の者は米が苦手だからな。

 父上と母上にも、オーガの集落から持ち帰った米飯を食べてもらったが反応はいまいちだった。米で作られるおはぎも異国の者は苦手なのだろう。


 小夜に関しては、俺の記憶が影響しておはぎを好んでいるかもしれん。ジャガーノートの小夜は俺の記憶をもとに人間の姿に化けているからな。味覚も反映されているかは知らんが。



「ご主人様は戦いに向かわなくていいんですか?」


「ああ。俺はシュラ達を信じて戦地に送り出した。ならば、心配することなくどっしりと構えていればいい」


「そうですよ、わざわざサイ様が戦うことないです。いつまでも甘やかしていたら彼等もサイ様離れができませんからね」


「いや、信じているから手を出さないだけであって、頼られたら戦うからな」



 説教臭く話すリズに反論する。

 俺だってこの地に愛着があるし、米が食べられる田んぼや日本風の屋敷を失いたくはない。


 無論、物に限らずシュラ達やボルゾイ殿、この地に住む全員を大切に思っており、死んで欲しくないと心から思っている。


 だがリズの言っていることも尤もであり、俺がいつでもいられる訳ではない。シュラ達が自分の力でこの地を守り抜かなければならんのだ。


 力を貸したくない訳でなく、いざとなれば俺も参戦するつもりだ。



「サイ様ー! サイ様ー! 大変です、大変なのですよ!」


「ナポレオン、何があった」


「大変なことになってしまいました! 最初はキラーアントの奇襲が上手くいき、シンゲン殿が華麗に敵を倒して――」


「お主の前置きは長いから、要点を頼む」


「おっと、我輩としたことがまたやってしまいました。うおっほん! では改めまして、我等魔王軍は優勢に運び、シュラ殿の参戦もあって一時はアンデット軍を壊滅させたのですが、敵将ファウストの能力で折角倒したアンデット軍が復活してしまいました。シュラ殿はファウストと交戦しているのですが、状況は芳しくないであります……」


「そうか」



 初めははきはきしていたが、徐々に小声になりながらも報告してくれたナポレオンに礼を言う。


 ふむ、死兵が復活とは厄介だな。それでは時が経つごとにこちらの分が悪くなってしまうだろう。恐らくシュラも二度目は阻止しようと敵将と戦っているが、敗戦濃厚らしい。


 半年前ならいざ知らず、今のシュラでも勝てないのか。ファウストとやらは相当手強いみたいだな。


 頭の中で整理していると、ナポレオンを頭に乗せている政宗が申し訳なさそうに謝ってきた。



「申し訳ありませぬ、サイ様。どうにかオレ達だけの力で脅威を払いのけたかったのですが、このままではシュラや仲間達が殺られてしまう。どうか、サイ様のお力を貸していただけないでしょうか」


「我輩からもお願いします、サイ様!」


「二人共、顔を上げてくれ」


「「……」」


「お主達の判断は正しい。手遅れになる前に報告してくれて助かった、礼を言う。ありがとう」


「「サイ様……」」



 側に置いてある、ダンケが作ってくれた渾身の一振りを持つ。静かに立ち上がると、母上に頂いた漆黒の外套をリズが着せてくれた。



「お気をつけて」


「うむ。リズはここを頼んだ」


「はい。何人足りとも踏み込ませないので、安心してください」


「小夜、お主はついてこい」


「は~い!」



 心配そうな顔を浮かべている政宗とナポレオンの頭に手を置いて、こう言った。



「では、往ってくる」



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