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第参拾話 枯葉と命と水月

 



「ご報告します、ファウスト様。ワイトソルジャー、サイクロプス、フランケン共に敵の主力によって撃退されました。第一部隊も壊滅しております」


「ええい、たかだか百にも満たない雑魚に何を手間取っている!」



 配下のリッチから戦況を報告されたファウストは、苛立ちを隠さず怒鳴り声を上げた。敵に恐怖と絶望を与える千のアンデット軍団が、数少ない敵を踏み潰すどころか逆に押し返されてしまっている。


 速やかに終わらせて魔王キュラソンに勝利と新魔王の報告をしたいと考えていたのに、このざまは何だと怒り狂った。



「レイス共を動かせ。奴等の中に光魔法が使える者や破邪の神聖魔法を使える者はいないだろ。どれだけ肉体が強かろうと、精神攻撃には弱いからな」


「承知しました」



 ファウストに命令されたリッチは行動に移し、空中に彷徨っている悪霊ゴーストや上位種の死霊レイス達に攻撃命令を下した。


 攻撃命令を受けたゴーストの群れは、地上で戦っている魔王軍に攻め入ろうとするのだが――。



「オン。ソバハバ。シュダ。サルバダルマ。シュドウカン――急急如律令」


「「オワアアアアアァァ――……」」



 呪文を聞いた瞬間、苦しそうに悲鳴を上げながら無理矢理成仏させられてしまった。

 何十体ものゴーストを一斉に黄泉へと叩き落としたのは、数珠を持って印を結んでいるミコトであった。


 ファウストの予想は当たっていた。

 シュラが率いる魔王軍は、物理攻撃に長けた者ばかりで魔法が使える者は少ない。ましてやアンデットが苦手とする光魔法や、神を信仰する者しか習得不可能な神聖魔法を扱える魔族などいやしないだろう。


 だが、一人だけいたのだ。

 対アンデットに特化した能力を有している者が。



「み、皆さんはウチが守ります」



 それが、魔王軍の中で最も非力なミコトだった。

 屈強な肉体を持っているオーガの中でもミコトだけは貧弱で、気弱な性格から戦い自体も苦手で、いつもクレハに守ってもらっていた。


 魔王リョウマが消えてから、この地を守ろうと同胞たちが必死になって戦う時も、影に隠れて身を潜ませるだけ。


 次々と同胞が死んでいくのを眺めながら、彼女はごめんなさい……ごめんなさい……と心の中で謝るだけだった。


 そんな自分が嫌だった。

 自分だけ戦わず隠れて怯えているのが嫌だった。


 だけど、自分には戦う力もなければ立ち向かう勇気もない。

 そんな守られるだけのミコトを変えたのが、サイだった。


 小さな人間の子供は教えてくれた。

 ミコトには霊を操る【巫女いたこ】というスキルがあると。自分にそんな能力があるなんて今まで知らなかった。


 確かに幽霊を見ることはできるが、仲間達から変わり者だって気持ち悪がられてからは目を背けるようにしていた。


 でも、幽霊が見えるのはスキルの力だとサイは言った。

 そしてこの能力は、戦う力になってくれると勇気をくれたのだ。



「後はお主がどうしたかだ。戦いが嫌なら無理にとは言わん。だが、皆を守りたいと思うのなら、俺が使い方を教えてやる」



 そう言ってくれたサイに、ミコトは顔を上げて頼んだ。

 教えて欲しいと。今度は自分が皆を守りたいと。


 サイと二人で【巫女】スキルの能力を検証しつつ、彼が知っている陰陽師おんみょうじというものが扱う特殊な術を教えてもらう。


 教えてくれるサイも、理屈を知っているだけで扱うことはできないらしい。なら何故そこまで詳しく知っているのかと聞いたら、こう返してくる。



「敵を知り己を知れば百戦危うからずといってな、敵の能力を事前に知っていることが戦いにおいて重要なのだ」



 子供なのになんて深い言葉と考え方を知っているのだろうと驚いた。

 サイは前世で、何度も妖術使いや陰陽師と戦っている。正面から戦わずほぼ不意打ちによって瞬殺しているが、万が一の為に陰陽師について学んでいたのだ。


 サイは鑑定眼によってミコトのスキルは陰陽師の術で力を引き出せることを知り、彼女に伝授した。

 そしてミコトは、ついに自分だけの戦う力を手に入れたのだ。



「な、何が起こったのだ……ゴースト共は何故消えた!?」


「オン。ソバハバ。シュダ。サルバダルマ。シュドウカン。――急急如律令」


「「オワアアアアアァァ――……」」



 ミコトは印明護身法の浄三業じょうさんごうの印を結び、浄化の呪文を唱える。自らを清めると同時に、強制的に悪霊を成仏させ黄泉へと送る。


 ミコトの存在はゴースト系にとって誤算だっただろう。

 物理攻撃が効かなくて無双できる筈だったのに、光魔法や神聖魔法でもない未知の能力を持つ一人のハイオーガによって予定を狂わされてしまったのだから。



「あいつだ! レイス共、あのオーガの女をやれ!」


「「ゥゥウウウ……」」


「オン。バシロ。ドハバヤ。ソワカ。――急急如律令」



 ゴースト隊を率いている集合死霊レギオンが命令を与えると、死霊レイスがミコトに襲い掛かっていく。


 ゴーストの進化系であるレイスを強制成仏させるには、ミコトの能力ではまだ難しい。なので彼女は印明護身法の金剛部三昧那こんごうぶさまやの印を結ぶと、持っている数珠をブンッと振り払った。



「口寄せ――き、来てください、鬼丸様」


「オレを呼んだか、嬢ちゃん」


「「ギャアアアアアッ!!」」


「な、なんだアレは!? どこから現れた!? 何故レイスに物理攻撃が効くのだ!?」



 ミコトが召喚した巨大な鬼が、レイスを殴り潰した。

 彼の名前は鬼丸おにまるといって、古の時代にいた歴戦のオーガの祖先である。【巫女】のスキルが開花したことによって鬼丸のことを認識できるようになった彼女は、力を貸して欲しいと彼に頼んだ。



『なんでオレが言うこと利かなきゃなンねーんだ。嬢ちゃん、そういうものは力付くで従わせるんだよ、それが大鬼オレたちのやり方だろーが』と断られてしまったミコトは、【巫女】スキルを駆使して何度も挑戦し、やっとのことで彼を調伏した。


 持ち霊となった鬼丸を、ボルゾイが作ってくれた数珠を媒介にして降霊したのである。レイスをぶん殴れたのは、元々鬼丸が霊的な存在だったからだ。



「何だあの巨大な鬼は……もういい、私直々に呪い殺してやる!」


「ちっ!」


「お、鬼丸様!?」



 レイスの進化系であるレギオンが自らミコトに攻撃を仕掛ける。咄嗟に鬼丸が防いだが、腕が消し飛んでしまった。


 生前の彼がどれだけ強かろうとも関係ない。彼の力は、巫女であるミコトの実力に値する力しか引き出せず、本来の力にはほど遠いものであった。



「気張れや嬢ちゃん。敵をぶっ殺す時は、いつだって気合と根性だ」


「は、はい!」



 気弱なミコトには似合わない言葉だが、それでも彼女は言われた通りに数珠に力を込める。消し飛んだ腕が元通りになった鬼丸は、両拳を組んでおもいっきりレギオンを叩き落とした。



「オラよ!」


「グォォォオオオオッ! クソっ、ならば物理攻撃だ! あの女を狙え!」


「「ウォオオ……」」


「――っ!?」



 鬼丸の攻撃を受けて苦悶の声を上げるレギオンは、周囲にいるスケルトン系やグール系のアンデットに慌てて命令した。


 ミコトさえ消してしまえば、ゴースト系に対抗できる者はいない。物量で押せば、ミコトを殺すなど容易いはず。

 だが、アンデットの群れはミコトに襲い掛かる前に、どこからか放たれた衝撃波によって蹴散らされた。



「安心しろ、ミコトに手ぇ出す奴はアタイがぶっ殺してやるからよ」


「ク、クレハちゃん!」



 ミコトの目の前には、いつも見ているクレハの大きな背中があった。


 男勝りで、喧嘩っ早くて、弱い自分を守ってくれるかっこいい友達。幽霊が見えて気持ち悪がられても、彼女だけは「あんなの気にすんなよなと」と一緒に居てくれた優しい友達。


 そんな強くてかっこいいクレハが、また助けてくれた。



「こっちはアタイに任せな。ミコトはさっさとあいつをぶっ飛ばしちまえ」


「う、うん!」


(へへ……“うん”だってよ)



 ミコトの返事を聞いたクレハは、迫るアンデットを殴り飛ばしながら嬉しそうに笑う。

 気弱で臆病で、自分の意思を出せなくて、いつも自分の影に隠れていたミコト。そんなミコトのことを、クレハは子供の頃からずっと守ってきた。


 魔王が居なくなってこの土地を守る為に戦っていた時も、ミコトだけは死なせないと側においていた。


 正直、クレハはミコトのことを弱者だと見下している。自分が守ってやらないと生きていけない奴だと。


 だがそれは間違いだった。

 今のミコトは、ゴースト系の魔物をたった一人で請け負っている。戦うのが恐いだろうに、皆を守る為に必死に勇気を振り絞っている。クレハの後ろで縮こまっている弱者はもうどこにもいない。


 ミコトが心も力も成長したのは、小さい頃からの友達ダチとして心の底から嬉しく思う。これからはお節介する必要もないし、自分が守らなくても一人で戦えるだろう。


 それでも――。



「ミコトを守るのは、アタイがやりたいからやってるだけだ!」


「「ギャアアアアア!!」」



 蹴り放った衝撃波で、スケルトンの集団を薙ぎ払った。


 確かにミコトは成長し強くなったが、それでもクレハは彼女を守り続ける。例え本人から「もう大丈夫、一人でやっていけるよ」と言われても関係ない。


 大事な友達だから、ミコトを死なせたくないから勝手にやるだけだ。



「貴様等、あのオーガを止めろ!」


「「カカカカカカ」」


「ちっ、面倒なのが出てきやがったな」



 突如機敏な動きで攻撃してくるスケルトンの集団。

 彼等はただのスケルトンではなく、死霊魔術師ネクロマンサーがコレクションとしている武術家の遺骨に魂を詰め込んだ特別なスケルトンであり、言うなれば骸骨武術家スケルトンファイターだった。


 数は決して多くはないが、スケルトン達は様々な武術を用いて攻撃を仕掛けてくる。それに対し、クレハは防御に徹していた。防戦一方という訳ではなく、敵を観察する為である。



「【金剛不壊】というスキルの力で、お主の身体はタロスよりも頑丈だ。だからこそ、お主は“後の先”での戦いができる」



 自分でも身体が頑丈なのは分かっていた。

 だからこそ、いつも自分が切り込み隊長の役を買って出て、攻撃を喰らっても気にせず目の前の敵をぶっ飛ばしていた。


 しかしサイから武術を学んで、ただ力任せに殴る蹴るだけだった頃から成長すると、戦い方も敵によって変えることにした。


 相手が強敵だったら、防御力を活かしてまずは観察する。

 そうすれば余計なダメージも減ったし、後の先によってクレハからの無駄な攻撃も減った。それもこれも、サイから武術を習ったからだ。



「オラァ!」


「ば、馬鹿な!? 生前は名立たる武術家だった私のコレクションが、あんな野蛮なオーガ如きにやられるだと!?」


「へっ、技があったってな、全部軽ぃんだよ!」



 全てのスケルトンファイターを倒したクレハ。

 武術を習得していない以前のままだったら、攻撃が当たらず「訳が分からねぇ!」とキレて自滅していたかもしれない。だが同じ武術家同士なら、肉体強度の差が出る。


 筋肉がない骨だけの武術家など、武術を知った今のクレハなら倒すのに苦労はしなかった。



「ならば貴様を呪い殺してやる! 受けてみるがいい、数多の武術家を殺してきた闇魔法を! 【呪い殺す魔法(カース・キール)】!!」


「あん、何かしたか?」


「馬鹿な!? 呪いが効かないだと!」


「よくわかんねぇけどよ、アタイは一度も風邪とか引いたことがねぇんだ」


「か、風邪と呪いを一緒にするな!」



 ネクロマンサーが闇魔法をかけたにもかかわらず、クレハがけろっとしている。彼女が死なないのは、【金剛不壊】スキルの状態異常に犯されない能力によって呪いがかからないからだった。



「瞬歩」


「――ッ!?」


 クレハは特殊な歩法を用いて驚愕しているネクロマンサーに肉薄する。

 拳の一点に力を集約し、一気に解き放った。



「金剛鉄砕!」


「グハアー!?」



 放たれた拳がネクロマンサーの頬骨を捉え、頭部を木端微塵にする。頭部が破壊されたことで、身体も朽ちるように灰となった。



「操る本人はザコだったな」


(クレハちゃんは、やっぱりかっこいいな)



 ネクロマンサーを粉砕するクレハを横目に、ミコトは嬉しそうに口角を上げる。


 今度は自分がクレハを守る番だと頑張っているつもりだったが、そんなことはなかった。彼女は誰かに守られるほど柔ではない。

 それが寂しくもあるけれど、クレハのそういう所が自分は好きで、憧れるのだ。


 だからせめて、自分の戦いは自分で勝つ。

 ミコトは数珠に魔力を捧げ、被甲護身ひこうごしんの印を結ぶ。



「オン。バサラギニ。ハラチハタヤ。ソワカ。――急急如律令! お、鬼丸さん、お願いします!」


「ありがとよ、嬢ちゃん!」



 ミコトが呪文を唱えると、鬼丸の身体に鎧が纏われ、具現化された金棒が現れる。武装の具現化は魔力消費量も激しくまだ完全に習得している訳ではないが、レギオンを倒すにはこれしかないと覚悟を決めたのだ。



「あの世に逝きな、クズ霊さんよ」


「クソガァアアアアア――……」



 鬼丸が巨大な金棒を振うと、レギオンは耳障りな悲鳴を上げ消滅した。

 自らの手で強敵を倒して安堵したのと、魔力を使い過ぎたのもありふらっと倒れそうになってしまうミコト。

 そんなミコトを、クレハが支えた。



「ク、レハちゃん……」


「やるじゃねぇか、ミコト。見直したぜ」


「う、うん……頑張った、よ」


「クレハもミコトも、随分と強くなった。これもサイ様のお蔭ですな」



 孫を見る目で二人の戦いを見守っていたスイゲツ。

 老練のオーガの周りには、骸骨兵士スカルソルジャーや上位種の骸骨騎士スカルナイトの残骸が散らばっていた。


 剣を持つスケルトン系の魔物は、スイゲツがたった一人で請け負っていた。それでも尚、クレハとミコトの戦いを見守るだけの余裕が熟練の老剣士にはあった。



「余所見をしていていいのカ?」


「おや、できますね。隠れていたのでしょうか?」


「隠れていた訳ではなイ。待っていただけだ」



 不意を打つかのような斬撃を受け止めるスイゲツ。

 今まで雑魚とは違い、この骸骨剣士が強敵であることは一太刀交わせただけで理解した。


 それもその筈、彼は上位種の骸骨将軍スカルジェネラルであり、生前はどこかの国の英雄と呼ばれた者だからだ。


 スイゲツにも勝るとも劣らない剣術。

 老体のスイゲツでは力勝負に持ち込まれると分が悪い。それでも負けることはないだろうが、折角だからと新たに編み出した技を試すことにした。


 突如、ぴちょんと水滴が落ちた音が鳴り響く。



「【幻を見せる魔法(イリュベーゼ)】」


「怪しげな魔法でワタシを欺けると思うナ」


「さて、それはどうでしょうか?」


「笑止!」



 ブンッと英雄がスイゲツを斬るも、パシャッと水のように消えてしまう。今度は背後に現れたので同じように斬るが、同じように消えただけ。


 ならばと、英雄は全方向に斬撃波を繰り出すも、またスイゲツは現れてしまう。



「何がどうなっていル!? 卑怯者め、小細工をするなど剣士の風上にもおけン」


「それは違いましょう。剣は殺しの道具であり、それを持つ以上は皆等しく殺しの土俵に上がった畜生に過ぎません」


「――ッ!?」



 スカルジェネラルの背後にぬるりとスイゲツが現れ、首を刎ねる。さらに一瞬で胴体を細切れに斬り裂いた。


【鏡花水月】。リズから色々な魔法を教えてもらっている中でも特に気に入った、幻を見せる魔法を自分なりにアレンジを加えてスキルへと昇華した攻撃。


 スイゲツは混乱させる為に敢えて呪文を唱えているが、実はその前の水滴の音から幻術は始まっている。【鏡花水月】は水滴の音を聞いた者に、幻術をかける能力であった。


 これはサイすらも欺いた攻撃。

 鑑定眼を持っていないスカルジェネラルが見破ることは不可能だった。



「さて、そろそろ本丸が動く頃合いでしょうかね」



 チンッとボルゾイ製の本刀ぽんとうを鞘に仕舞ったスイゲツは、遠くの空を眺めながら呟いたのだった。



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