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第弐拾玖話 タロス・シンゲン・ゴップ

 



「勘付いたか。魔王リョウマが居ない今、雑魚共が抵抗したところで意味などないわ。即座に終わらせ、キュラソン様にご報告せねばな」



 リッチロードのファウストは、空高く浮遊する豪奢な椅子に座り、元リョウマ領を見下ろしていた。


 眼下には、千の不死者アンデットの軍勢。

 地上では魔物や亜人の屍鬼グール系に、屍人ワイト系、骨人スケルトン系が犇めいており、空中では夥しい数の悪霊ゴーストが彷徨っていた。


 この光景を目にした者がいるならば、誰もがこの世の終わりだと見紛うだろう。

 いつの間にか地獄に堕ちてしまったのかと錯覚してしまうほど、信じられない光景だった。



「ゆけ、アンデット共! 進軍せよ!」



【死霊王】が命令を下すと、ガシャッガシャッ……アンデット達が不気味な足音を立てて元リョウマ領へと突き進む。

 しかし、先頭にいたワイトやスケルトンの兵士達が突然姿を消してしまう。いや、悲鳴だけはどこからか聞こえてきていた。



「「カリカリカリカリ」」


「「あぎゃーーーーーー!!!」」



 キラーアントの群れが、大きな落とし穴に落ちたアンデットの身体を貪っていた。グロテスクな光景は一か所だけではなく、数か所にわたってみられる。


 サイがキラーアントに授けた、蟻の特性を活かした奇襲攻撃が見事に嵌ったのだ。落とし穴に落ちた獲物はろくに身動きができず、恐怖に駆られながら強靭な顎によってその身が貪られるの待つだけ。



「何をしている! 落とし穴なんぞお前等の死体で埋めてしまえ! 屍を越えるのだ!」


「兵士を犠牲にするとは、それでも将か?」


「何だァ貴様はァ?」



 出鼻を挫かれてしまったことで、先陣隊を率いている屍人将兵ワイトソルジャーが怒鳴り散らす。


 ファウスト様が魔王になられる大事な戦だといういのに、失敗しては先陣を任された己の面目が立たない。急いで失敗を取り返そうと兵士達を犠牲にしていると、突如奇妙な魔族が現れた。


 その魔族とはキラーアントのボスであるアントマンのシンゲンだった。

 どういう理屈なのか全くもって不明だが、何故か武士道精神に目覚めているシンゲンはワイトソルジャーの非道な行いに腹が立っていた。



「ワタシはシンゲンだ。問いに答えろ」


「アアン!? アンデットは死のうが生き返る! ならどう扱おうと問題ないだろう!」


「ナルホド。死人の特性を活かした戦い方をしているという訳か。だが、それでも兵をいたずらに苦しめるのは気に食わんやり方だ」


「ほざいてろ害虫風情が! 虫のように踏み潰してくれるわ!」



 ワイトソルジャーが槍を持ってシンゲンに斬りかかるも、霞のように姿が消えてしまう。


 否――消えたのではなく、目にも止まらぬ速さで動いたのだ。刀のように鋭い手刀がワイトソルジャーの首を掻っ切っていた。




「ハン! たかがこの程度の切り傷でアンデットを殺れると思うな!」


「それで十分だ。オマエはもう死んでいる」


「何ぃぃ!? おっ、オロロロロロロロロッ!?」



 突如、ワイトソルジャーの腐体の穴という穴から蟲が這い出てくる。

 内部から腐肉を喰らっていき、瞬く間に全身を喰らい尽くしてしまった。


 シンゲンの【身中之虫しんちゅうのむし】スキルによって、首につけた傷から虫を体内に寄生させたのだ。怖ろしく強力なスキルだが、シンゲン自身は武士道に反するので余り好んで使おうとはしなかった。


 だが今回は、敵が余りにもクズだったので怒りに任せ使ってしまった。そういうところは、やはり魔族である。



「タロス、ゴップ、次はお主達だぞ」



 シンゲンが高速移動と手刀により、目の前のアンデット達を次々と殲滅していく中、ミノタウロス隊も動き出していた。



「「ブモオオオオオオッ!!」」



 劈くような雄叫びを上げながら、ミノタウロス達がアンデットを薙ぎ払っていく。数は十人と少ないが、その分一人一人が十人分の戦力を持ち合わせている。


 ドワーフが作成した巨大な斧を振り翳せば、貧弱な身体のアンデットなど吹けば飛ぶ塵の如く薙ぎ払われていた。



「ドケ、牛共」


「「グモゥ!?」」


「下がれ、奴はタロスが相手をする」



 敵もやられてばかりではいられない。

 ミノタウロスにも負けぬ重量級のスケルトン系が現れ反撃されてしまう。


 中でも強者つわものであるのは、ミノタウロスよりも大きい一目鬼サイクロプスのスケルトンだった。超骨密度の膂力から放たれる骨槌こつづちは、ミノタウロスの怪力を持ってしても防ぎきれない。


 そんな骸骨のサイクロプスに立ちはだかるのは、ミノタウロスのボスである牛魔将軍ミノスジェネラルのタロスである。


 腕を組んで仁王立ちするタロスに、サイクロプスがいけ好かなそうな声音で告げた。



「牛風情がナニを粋がっている。オマエもオレ様の力には勝てまい」


「なら、試してみるがいい」


「ホウ、早く死にたいのなら望み通り殺してやる!」



 サイクロプスは木槌をバットのように持ち、棒立ちでいるタロスの横っ腹目掛けてフルスイングする。ズドンッと重音が鳴り響くも、タロスは一歩も下がることなく受け止めていた。


 タロスは大きな鼻から息を吐き出すと、木槌を掴んで、ナニィ!? と驚愕しているサイクロプスを投げ飛ばした。


 傍らに置いてある巨大な戦斧を肩に担ぎながら尻もちをついているサイクロプスに近付く。勝手に【威圧】スキルが発動しているタロスに戦意を挫かれたサイクロプスは、怖れながら懇願する。



「ま、マってくれ! 悪かった、許してくれ!」


「命乞いは受け付けていない。【牛刀割鶏ぎゅうとうかっけい】」


「ギャアアアアアア!!」



 戦斧を振り下ろし、サイクロプスの骨体を一刀両断する。

 ボルゾイが手掛けたタロス専用に作られた戦斧ラブリュスは、巨大かつ超絶重くて持ち上げられる者はタロス以外に居なかった。いや、タロスでさえ初めの頃は持ち上げられなかった。


 そんな凶悪な武器がタロスの膂力と【牛刀割鶏】スキルによって放たれた一撃を受け止められる者はアンデットの中に存在しないだろう。



「ゆくぞお前達、力を示せ」


「「ブモオオオオオオ!!」」



 戦場に牛鬼の雄叫びが轟く。

 タロスが仲間と共にアンデットを蹴散らしている中、ホブゴブリンも奮戦していた。



「はっ!」


「やぁ!」


「「ウウウウウウ……」」


「ちくしょう、オレ達にも圧倒する力があれば!」



 数と罠で敵を嵌めるキラーアントや、圧倒的なパワーで押し潰すミノタウロスに比べて、ホブゴブリン達は倒すのに苦労していた。苦戦ではなく、あくまでも苦労である。


 ホブゴブリンにとってアンデットは相性が悪かった。

 サイから直々に忍びの技を教えてもらった彼等は、真正面からぶつかるというよりも裏をかいて殺す暗殺術に特化している。


 忍びの歩法で足音や気配を消し、手裏剣やクナイで急所を一突き。

 だがアンデットには急所がなく、折角の忍びの技も活かせない。とにかく相性が悪かった。


 それでもホブゴブリン達は、スケルトン系を無視して比較的倒しやすいグールやワイトに狙いを絞り、柔らかい首をクナイや刀で切り落としていた。



「落ち着け、ない者ねだりして騒いでも仕方がない。サイ様が言っていただろ、持ちうる手札で何ができるか考えることが大事だとな」


「ボス!」



 弱音を吐く仲間を鼓舞するのは、ゴブリンキングのゴップだ。

 黒装束を身に纏う細身のゴブリンキングは、右手にはクナイを持ち、背中には鎖鎌と刀が×印のように背負われていた。

 そんなゴップは、全体の陣形が崩れないようにカバーしつつ、刃物が通り辛いスケルトン系の敵を一人で担っている。



「はっ!」



 ゴップはクナイを懐に仕舞うと、背負っている鎖鎌を取り出し勢いをつけるために振り回す。十分な回転が生まれたところで投げ放つのだが、投げる部分は鎌の方ではなく、逆側についている分銅ぶんどうだった。


 一直線に飛来する分銅は、スケルトンの頭蓋骨を次々に破壊していく。ミノタウロス達のように豪快ではないが、殲滅力は劣っていなかった。


 この分銅つき鎖鎌はボルゾイが手掛けてくれた一品であり、鉄を斬り裂くほどの切れ味と砕く破壊力を兼ね備えている。

 この武器を手足のように扱えるようになるのは大変苦労した。最初は練習用の木物きぶつで訓練したのだが、教えてくれるサイのように全然上手くいかない。


 それでも訓練を重ねて自由自在に扱えるようになると、ゴップの一番の強みとなった。ゴブリンキングは腕力を活かした斧や大剣などを主な武器にしているが、ゴップには技術を生かした武器の方が性に合っている。



最弱ザコのゴブリン如きに何を手間取ってんだてめえら! 邪魔だ、オレ様がぶっ殺してやる」


「見たことが魔族だな……お前は何だ」


「オレ様はフランケン! ファウスト様の手によってあらゆる強い魔物の要素を取り込んで作られた、改造魔族だ!」


「改造魔族だと……」



 自らを改造魔族だと名乗ったフランケンの身体は異様だった。

 知性と牙を兼ね備えたキングレオの頭。右腕はシザースクラブの鋭爪に、左腕はデッドリースネーク。シルバーゴーレムの頑強な胴体で、下半身はソニックゴートの健脚。


 優れた魔物の優れた部分を無理矢理継ぎ接ぎにしたような歪な外見だった。

 醜いフランケンに哀れな眼差しを送りながら、ゴップは可笑しそうに告げる。



「寄せ集めて強くなったつもりか……笑わせるな」


「ゴブリン如きがオレ様を馬鹿にすんじゃねぇ! ぶっ殺してやる! デッドリースネーク!」


「そんなもの――なに!?」


「はっはっは! そいつはテメエを食うまでどこまでも追いかけるんだよ!」



 左腕のデッドリースネークがゴムのように伸びて襲いかかってくるのに対し、ゴップは横に躱した。しかし、まるで意志があるかのように蛇の頭はゴップを追尾してくる。


 ならばと、背負っている鞘から刀を抜き、逆手に持ってデッドリースネークの頭を細切れに斬り刻んだ。



「オレ様の左腕がぁあ!? ザコの癖にやりやがったなァア!」


「ちっ!」


「ガハハッ! どうだ、オレ様のスピードについてこれまい! ズタズタに斬り裂いてやるよぉ!」



 怒るフランケンはソニックゴートの健脚を活かした素早い攻撃を仕掛けてくる。振るわれるシザースクラブの鋭爪に、ゴップは紙一重で躱すか刀で受け流すかの防戦一方に陥る。


 カウンターを仕掛けても硬いシルバーゴーレムの胴体には傷がつかず、ならばと顔面を狙おうとしても素早い機動力によって回避されてしまっていた。



「ムダムダァア! 強力な魔物を合体させたオレ様に、ゴブリン如きが勝てる訳ねーだろーがよぉ!」


「……」



 確かに、それぞれの魔物の良い所取りをしたフランケンのスペックは非常に高い。ゴブリンキングに進化した今の自分よりも能力は優れているだろう。


 しかし、ゴップは知っている。

 生死を分かつ戦いにおいて、身体能力が優れている方が勝つとは限らないということを。


 勿論身体能力が高いに越したことはないが、いかに敵の弱点を見抜き、自分の手札の中にある技能カードを使って攻略できるかを“考えることこそ”が重要なのだと、サイに教えてもらった。


 そしてゴップは、ずっとフランケンを観察して続けてついに弱点を見つけた。


 刀から鎖鎌に持ち帰ると、ブンッと鎖鎌の方を投げる。しかし躱されてしまい、フランケンは怒涛の攻撃を仕掛けるが、ゴップも移動を続けながらギリギリで回避していく。



「フン、ザコは必死に逃げるのが似合ってるなァ」


「オレが逃げているだけだと思っていたのか?」


「なにを強がって――なにぃ!? カラダが動かねぇ!?」



 動揺するフランケン。

 急に身体が動かなくなったのは、ゴップの鎖鎌の鎖の部分に雁字搦め縛られているからだった。


 ゴップは逃げるふりをしつつフランケンの身体に鎖を纏わせ、準備が終了した段階で一気に鎖を縛り上げた。身動きを封じられたフランケンは、力任せに鎖を振り解こうとする、



「こんなもので、オレ様を止められると思ってるんじゃねえ!」


「忠告しておくが、無理に動かない方がいいぞ」


「黙りや――うァああああああ!? オレ様の身体がァあああああ!!」



 フランケンが強引に鎖を振り解こうとした瞬間、ぐしゃっと身体が弾け飛ぶ。綺麗に四散した四肢を見て、頭だけになったフランケンはわけがわからず絶叫した。



「な、何がどうなってやがる!? オレ様の身体がなんでバラバラになってんだよ!?」


「無理に動くなと忠告しただろう。お前は自分の力で身体を引き裂いたんだ」


「何だと!?」



 ゴップはただ鎖を絡めた訳ではない。

 フランケンの頑強な身体で唯一脆い継ぎ接ぎの部分に絡めたのだ。


 そしてフランケンが限界を越えた力を加えた瞬間に各パーツが綺麗に弾け飛んだのである。フランケンにとっては、なまじ痛覚がないアンデットだからこそ起きてしまった弱点であり、ゴップをそれを逆手に取ったのだ。



「ふざけるな……改造魔族のオレ様が最弱のゴブリン如きに負けるはずがねぇ!」


「戦いは力だけではない。心技体を制する者が勝つんだ。それを覚えておけ」


「ちくしょぉおお――……」



 ずどんっと、ゴップが投げた分銅がフランケンの頭部を粉砕した。



「「「この程度か、侵略者共」」」



 シンゲンが率いるキラーアント隊、タロスが率いるミノタウロス隊、ゴップが率いるゴブリン隊は、次々と戦果を上げていく。

 いや、彼等だけではない。音を立てず近づき敵を大河に引きずり込んでいる魚人族だったりと、他の亜人や魔族もアンデットの数を減らしていった。


 百にも満たない魔王軍が、千のアンデットがいるファウスト軍を逆に押し込んでいたのだった。


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