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匂わせ

作者: Chie

 カーテンの隙間から入り込んだ光が、チラチラと瞼


に触れる。うっすら舞い戻ってきた意識に聞き慣れた


声が飛び込んできた。


「今朝のゲストは、北村聖哉くんでしたあ」


布団をはねのけ、三段跳びの三番目のジャンプくらい


の勢いでベッドから跳び出た。


 推し、推し、私の推し!


引き戸を思い切り開けると、七十五インチの四角い画


面に笑顔とバイバイが一瞬だけ見えた。が、次の瞬間


にはコマーシャルに切り変わってしまった。


「もう! 見てたんなら起こしてよね!」


「ごめん、ごめん。あんま注意して見てなかった」


コーヒーを飲みながら、一足早く起きていた夫が言っ


た。


「それに」


カップをもう一度口に運んでから続けた。


「どうせ後で見るだろ」


そりゃあさあ、動画はいろいろ上がるだろうけど。


「リアルタイムがよかったんだもん」


私はわざと大げさにむくれた。ハハッ夫が笑う。


「そりゃ、残念」


 結婚して二年。損保会社の社員だった彼と彼の担当


する代理店で働いていた私は、度々仕事で顔を合わせ


ているうちに、何となく食事に行くようになり、その


流れで付き合うようになった。彼の会社と聖哉の事務


所が近いことが会話を弾ませるきっかけとなったのだ


から、人生は分からない。


 街中で偶然に聖哉に会えないの?


とせっつく私に、


 ハハッ。そんなに滅多に会えるもんじゃないよ。気


をつけて見てないせいかもしれないけど。


当時の夫は少し困り顔で笑った。推し活をしている私


を嫌がるわけでもなく、嫉妬するわけでもなく、こん


な風に笑って受け入れてくれる彼は、歳は同じだが大


人だった。


 自然体で一緒に過ごせる人。私はそんな彼が大好き


だった。仕事が忙しく、すれ違う毎日だが日々は平和


で充実していた。


「聖哉の誕生日の動画配信はリアルタイムで見れた!


 おとといの夜」


「そう、よかった」


夫が笑う。おとといの夜は、仕事が立て込んだのか、


日付けが変わってからの遅い帰宅となった夫。彼に話


せていなかったトピックを、私は冗談交じりに嬉々と


して話した。


「星哉のピアスがRだったの。R! リカの『リ』だ


ったりして。もう、聖哉ったら私との熱愛匂わせちゃ


って!」


寝起きの、いつもの、軽いジャブのような冗談。それ


なのに、さっきまでの和やかさは消え、珍しくツッコ


ミも入れてこない夫。お、もしかして、嫉妬とか?年


下の男の子に嫉妬とは、夫もなかなか可愛らしい。そ


う言えば、あいつのどこがいいの?と一度だけ、夫に


毒づかれたこともあったっけ。推しは、夫とは別枠で


私の人生の彩りなのだ。だから、推しの熱愛だって、


私の生活のアクセント。まあ、誕生日を一緒に過ごせ


て、推しに優しくキスされるRの女性に嫉妬はしちゃ


うけど。


 黙っていた夫が立ちあがった。聞こえるか聞こえな


いかの声がボソッと聞こえた。


「匂わせ?・・・子どもだな。」


珍しくトーンの低い声。うん。これは嫉妬だな。たま


に嫉妬されるのもなんだか嬉しいかも。まあ、謝って


おくか。


「リョウ、怒った?ごめんね。ねえ、リョウ、リョウ


ってば!」


リビングに引っ掛けてあったキーホルダーを夫が手に


した。結婚前にプレゼントしたイニシャル入りのキー


ホルダー。リカとリョウ。刻字された二人のイニシャ


ルが目に入る。夫のイニシャルも同じ


「R」


私の知らない顔で夫がこちらを振り返る。そしてその


まま玄関を出る。

 

 バタン。


ドアが閉じた。


削りすぎたり、多すぎたり・・・


オチが分かってもらえたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 情景が分かり易くとても読みやすいです。 [一言] 好みのタイプと結婚する人は必ずしも同じ一致しないらしいですが、一概には言えないかもしれませんね。 拝読させて頂きありがとうございます。 …
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