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【旧版】マレビト来たりてヘヴィメタる!  作者: 真野魚尾
第5章 しるし

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第35話 宿題(2)

 さらに数分ほど後になる。


(お金はともかく……一ヵ月だって……? しかも、保証人とか……)


 烈士組合の受付を背にしながら、献慈はトボトボと宿側の階段付近まで引き返して来る。


(勢いだけで何とかなるとは思ってなかったけど……幸先悪いな、これは)


「おい、邪魔だぞ。小僧」


 不意の呼びかけに、献慈は身を震わせ振り返った。


「はっ、すいませ……何だ。カミーユか」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ待ち構えていたのは、献慈もよく知る、小柄なリコルヌの少女であった。


「何だ、とは失敬な。しっかし……思い返せばあれからひと月かぁ。この絶世の美少女を前に、ガッチガチに緊張してたケンジが懐かしいよ」


「俺も成長したのっ。……で?」


「で? じゃねーから。アンタこそ何してんのさ? こんな所で」


「何って…………就職活動」


「……はぁ?」


 猜疑と嘲笑と挑発の入り混じったような顔つきで、カミーユは献慈を見上げている。いや、それは表面的な動作であって、本質的には「見下げている」というべきか。


 そのとおりであれば、これ以上献慈が付き合う道理はない。


「じゃ、そゆことで」


 場を去ろうとする献慈に、予想に違わずカミーユが全力で立ちはだかる。


「待てェ、コラァ! 説明しろォー!」


「説明も何も、生きていかなきゃならないだろ……この世界で」


「…………」


「……な、何?」


 無言の圧力にたじろぐ献慈の着物の裾を、カミーユは引っ掴むと、


「オマエ、ちょっと来い」


 その体格に似合わぬ力強さで酒場の方へズルズル引きずって行く。


「ど、どこに…………あっ」


 フロアの一角、席に座り優雅にサンドイッチを摘むライナーと目が合う。


 献慈が目礼すると、むこうもにっこりと笑って応じた。


「一応……連れて来たから」


 カミーユはそう言って、テーブルの前で献慈を解き放った。何事かと彼女に目で訴えかけるも、視線一つ返ってはこない。


 代わりに献慈を席に着くよう促したのは、ライナーだ。


「立ったままでも何でしょう。どうぞ、お掛けになってください」


「え……はい」言われるまま、献慈は空いた席に腰を下ろす。「二人はその……今日はどこかに外出とか……?」


「僕は修理に預けていた楽器の様子を確認して来たところです。ちょうどお店の方に部品が届いたとのことで。支払いの見積もりもありますしね」


 先の戦闘で破損したライナーの愛器・ローターヒンメルの件である。


「そうでしたか。時間は掛かりそうなんですか?」


「遅くとも(セン)()(ヨウ)までには調整が終わるそうです。それと、遅ればせながらケンジくんにはお礼を言わなければなりません。緊急時とはいえ、楽器をお借りしましたから」


「そんな。俺のほうこそライナーさんの応急処置に助けられた身ですし。あの時は迷惑かけてしまってすみませんでした。俺がしゃしゃり出なければ、あの場でヨハネスを倒せてたかもしれないのに」


「……ヨハネス……」


 横でカミーユがつぶやいた。かと思うと献慈の隣へ、どっかと腰を下ろす。動かぬその表情からは、内面の動きまでは窺い知れない。


「それはどうでしょうか」と、ライナー。「そもそもあの場で出くわした事自体、想定外でしたから。まともな準備すら整わぬ状況で、決定打を与えられたとは考えにくいです。何しろ、相手はあのヨハネス・ローゼンバッハ――」


「……聞いたんですね。澪姉から」


 献慈に向けられた二人の目元は、無言のうちに肯定していた。


「まさかヨハネス自身が『眷属』化して、しかも遠くイムガイの地にまで現れるとは僕も想定していませんでした。より正確には――身体的特徴を見る限り、『眷属』ではなかった様子ですが」


「どういうことですか?」


劣性(レッサー)ヴァンピール――俗にいう『なりそこない』。適性を持たなかったか、あるいは服従に激しく抵抗した反動により不完全な『眷属』化を遂げてしまった者の末路です。ヴァンピールにもなれず人に戻ることも叶わぬ、哀れな存在……」


「ヨハネスが……」


「というのは少々、感傷的すぎますかね。いずれにしても本来の『眷属』よりいくらかは(くみ)しやすい相手――元が()の勇者でなければ、の話ですが」


 そこまで話すと、ライナーは傍らに置いた湯呑みから、お茶を一口すすった。


 閑散とした午前中の酒場に、長い吐息が吹き抜ける。


「ヨハネスは……そういえば、上級烈士がどうとか、前におっしゃってましたよね?」


 頃合いを見つつ、献慈はライナーに問いかけた。


「ええ。僕たちのような一般烈士とは一線を画する、選りすぐりの精鋭たちです。全世界で百名余りの明星烈士、そしてわずか七名の極星烈士、合わせて上級烈士と称されます」


「こう言っちゃアレだけど、軽く人間やめてるレベルよ。悪魔とかドラゴンみたいな災害級の魔物と渡り合うぐらいだし。連中からしたら、こないだのヌエ退治なんかガキの使いみたいなもんだろうね」


 カミーユはさらりと言ってのけるも、おちゃらけた素振りは窺えない。


 献慈は実感が湧かないながら、上級烈士が別次元の存在であるとだけ了解する。


「そうすると、一般烈士には荷が重い仕事は上級烈士が請け負って……」


「うん。わざわざ上級の手をわずらわすまでもない仕事はあたしら一般烈士で片付けるってわけ。だから上手いこと棲み分けはできてる」


「なるほど」献慈は納得しつつ、「それでヨハネスはその、極星烈士だったり……?」本題についても確認しておかねばならなかった。


「いえ。もしそうなら、あの程度の被害では済まなかったでしょう」


(あの程度……か)


「とはいえ、明星烈士ともなれば一等烈士数人がかりでも確実とは言いかねる相手、ましてや僕らが正面切って立ち向かうなど自殺行為にも等しい」


 ライナーの見立てはもっともであるように思えた。澪と(たま)()をたやすく退け、後衛の援護――とくに弱点である光魔術の猛攻をも凌ぎ切ったヨハネスの戦いぶりを、献慈も目の当たりにしていたのだから。


「それじゃ……カミーユたちが生き残ったのは……」


「十中八九、わざとでしょ」


(やっぱり、あいつは――)


 とどめを刺さずにおけば、別の誰かが治療や援護に回る分、追っ手の数を減らすことができる。皆殺しにはせず逃げ切ろうとする理由が、ヨハネスにはあったのだ。


「それにしても、どうしてケンジだけ確実に殺そうとしたんだろ。ただの気まぐれ?」


「…………」


「……ま、憶測で物言っても仕方ないか」 


 そこまで言うとカミーユは椅子を立ち上がった。その小さな手はしっかと献慈の両肩を掴み、懸命に引っ張り上げようとする。


「ってわけでっ! ケンジはミオ姉と一緒におとなしく村まで帰りなよっ! せっかく命拾いしたんだしっ! これ以上危険に首を突っ込むこともないでしょっ!?」


「……んだよ……」


「……ぁん? 何か文句あんの?」


「どうして……カミーユまでそんなこと言うんだよ……!」


 椅子に貼り付いたまま、献慈はその説得を憮然として突っ撥ねる。カミーユはなおも反論する構えを見せてはいたが、結局は何も返さず顔を背けた。


「カミーユは……ライナーさんも、これからどうするつもりなんですか?」


 そう尋ねた献慈に、ライナーは「まず状況を整理しましょう」と前置きしたうえで語り始めた。


 烈士組合および幕府は、すでに今回の『眷属』案件の被害を把握している。


 ヨハネスと彼が持つ霊剣に関しても、各組織の中枢に近いところでは認知されているだろう。


 その行方はいまだ掴めてはいないものの、居場所を特定でき次第、必ず組合・幕府双方に動きが出るはずだ、と。


「討伐部隊の選定に関しては早くも準備が進められています。おそらく幕府側はバックアップに回り、烈士を主体としたの編成がなされるはずです」


 国際情勢を鑑みて、ヴェロイト帝国の勇者および国宝が絡んだこの件に対し、イムガイ幕府は及び腰になると予想された。


 その裏で『眷属』騒ぎそのものについては、諸国の力を借りず、国内の事件として片づけたい欲もあるはずだ。


 国家にとって烈士とは謂わば遊軍の立場、矢面に立たされるのは必然の運びといえた。それは献慈にも理解できる。そのうえで、そこにライナーたちが入り込む余地がほぼないであろうことも。


「幕府は……この件を国際問題にはしたくないんですよね?」


「僕たちの目的はドナーシュタールの回収――自身でヨハネスを討伐し、烈士の権限に基づいた戦利品として持ち帰るのが、最も無駄のないやり方です。ただ今回は情勢的にも、戦力的にも、それは極めて困難でしょ――」


「あたしらは外国人だからね。目立っちゃいけないの」


 カミーユが、ライナーの回答に言葉を被せてきた。


「……ええ。幕府はもちろん、烈士組合にも国ごとに多少の縄張り意識というものはありますし」


「かといって、あたしらも今から本国のお偉いさんと手紙で相談してる暇なんてない。あとは事後処理に何とか食い込めないか模索してるとこ」


 カミーユの態度に、献慈は単純な苛つきとも違う、腑に落ちない感覚を覚える。


「これ以上、表立って関わる気はないと?」


「そのとお――」


「方法がないこともありませんが」


 今度はカミーユの返答を、ライナーの言葉が遮った。


(何だ……? どうしたんだ、二人とも)


 困惑する献慈をよそに悠揚と構えるライナーを、カミーユが睨みつけている。


 ちょうどそんな時だった。


 酒場の出入り口が開き、一人の男が入店して来た。


 長身で体格がよく、港の労働者らしき風貌。


 テーブルの近くを横切ろうとしたその男の顔を目にして、献慈はうっかりと声を漏らした。


「……あっ!」


 直後、むこうもこちらに気がついたらしく、はっと立ち止まる。


 間違いない。ひと月前、港の路地裏で一悶着あった不良たちのヘッド格の男だ。


「クッソ……!」


 男は表情をこわばらせ、即座に踵を返す。


 ところが走り出した足は、三歩と進まず急停止させられる。


「おぅ、お兄ちゃん。急にどうしたよ?」


 男の前に立ちはだかったのは、後から入って来た、シグヴァルドだった。


 椅子を立った献慈は、カミーユを背中にかばいつつ、様子を窺う。シグヴァルドが男に言葉をかけていた。


「依頼しに来たんだろ? 場所はここで合ってるぜ」


「い、いや……その……」


 男が横目にこちらを見ている。シグヴァルドも感づいたようだ。


「……何やら訳ありみてぇだな」

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