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【旧版】マレビト来たりてヘヴィメタる!  作者: 真野魚尾
第5章 しるし

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第34話 ゆでめん(2)

「どうぞ」


 ノックに対し献慈が返事をすると、間を置いて扉が開かれる。


「失礼しますよ」


 入室して来たのは、まずライナー。


 次いで、体格の良い魔人族の男性。


 最後に、眼鏡をかけたクールビューティといった雰囲気の、同じく魔人族の女性という三人組だ。


「ミオさんから聞いて早速。無事で安心しました」


 ライナーのことは当然だが、後ろの二人についても献慈はしっかり記憶している。


 献慈は念のため、おとなしくベッドの縁に座ったまま、一礼して彼らを迎え入れた。


「すまねぇな。病み上がりだってのに、ぞろぞろ押しかけちまってよ」


 その男性、シグヴァルド・ユングベリは一輪の花が生けられた小さな花瓶を、そっと寝台脇のチェストに置く。


 以前に彼とは、階下にある烈士組合の受付で話している。その時は身に着けていなかったエプロン――〝莫迦丸亭〟の店名入り――が妙に板に付いて見える。


「ライナーさん……シグヴァルドさんもお久しぶりです。こんな形で戻って来てしまって恐縮ですけれど」


 頭を下げる献慈に、シグヴァルドは白い歯を見せて笑いかける。


「あまり気にしねぇこった。宿代も大曽根の親父さんから頂いてるしよ。ちなみにああいうオジサマはオレも結構タイプだぜ」


(その情報、要るかな……?)


「貴様が偉そうにする(いわ)れはあるまい。……あぁ、我のことは憶えておいでか? 少年よ」


 上体を屈め目線を合わせてくるのはノーラ・ポッキネン。シグヴァルドを紹介してくれたナコイ中央資料館の司書である。


「もちろんです。その節はお世話になりました」


「うむ。健康そうで何よりだ」


「そうだな。オマエも手を貸した甲斐があるんじゃねぇか?」


 横からシグヴァルドが口を挟んだせいか、ノーラはかすかに眉根を寄せる。


 その理由が別にあったと献慈が知るには、ライナーの説明を待たねばならなかった。


「今回の件ではお二人にもご協力いただいたのですよ。といっても、この宿へ貴方を運び込んだ時点ではお会いできる確証すらなかったのですが」


「ちょうどオレが居合わせたのは運が良かったかもしれねぇ。ま、可愛い子ちゃんの危機とあれば一肌脱がない理由はねぇから……な!」


 キメ顔でウインクを飛ばすシグヴァルドに対し、献慈は愛想笑いで応えるのが精一杯だった。


 そんな両者の間に割って入るのは、


「うぬは我に知らせを寄越しただけであろうが」ノーラである。「あの後にまさか転移術でワツリとの間を二往復もさせられるとは思うておらなんだ」


「転移術!? ですか……?」


 驚きの声を上げる献慈に、改めてライナーが経緯を説く。


「彼女――ノーラさんが空間魔術の使い手かもしれないと、ミオさんが口にしまして」


 澪の推測には献慈も心当たりがあった。以前に訪れた資料室で、ノーラが手際よく書物を飛来させ呼び寄せた、あの出来事である。


 澪の発言を頼りに、シグヴァルドを通じてノーラに連絡をつけてもらい、ワツリ村へは瞬間移動で――というのが、事のあらましであった。


「大したことではない……と言いたいところだが、(ぐう)()殿と娘御を伴っての連続転移はさすがに我も骨が折れた。向こう数日は霊力の回復に専念させてもらおう」


「お父……大曽根さんに来てもらったって、そういうことだったんですね。本当にありがとうございます。皆さんは……俺の命の恩人です」


 献慈は三人に向かって深く頭を下げる一方、若干の引っ掛かりを覚えてもいた。


「何、礼には及ばぬよ。おぬしには我も思うところがあったでな」


「俺にですか? そういえば大曽根さんを行き来させるより、俺をワツリ村へ転移させたほうが楽だったんじゃ……」


「それは危険すぎる。おぬしを転移に巻き込むのは何が起きるか我も予想がつかぬ」


「俺が怪我人だったから? それとも……マレビトだから、ですか?」


 今さらだ、というのだろうか。身の上を明かしたところで、動じる者はこの場にはいなかった。


 献慈としてもこの反応は予想できていた。


「やっぱり……気づいてたんですね。ノーラさんも、シグヴァルドさんも」


「伊達に何百年も生きちゃいねぇからな。しかしその面構えからすると、どうも(ハラ)ァ括ったみてぇだな?」


 シグヴァルドの紫色の双眸(そうぼう)が、献慈を真っ直ぐに捉えていた。数多くの烈士たちの生き様を目の当たりにしてきたであろう彼に、下手なごまかしなどは通用しないとみえる。


「はい。俺はこの世界で生きると決めました。実は眠ってる間に――」


 献慈が言いかけた折だった。窓の外から、正午を告げる鐘の音が聞こえてきた。


 その途端、それまでハードボイルドな笑みを浮かべていたシグヴァルドの顔が、一転して青ざめる。


「やべぇ……店長に呼び出されてたの、すっかり忘れてたッ!」


「えっ……!?」


「悪ィな、話はまた今度な!」


 呆気に取られる献慈をよそに、シグヴァルドは皆を置いてそそくさと部屋を飛び出して行ってしまった。


「な、何ですか? 店長って……」


 献慈の疑問は即刻、ノーラによって明らかにされた。


「シグヴァルドの上司に決まっておろう。あやつは酒場のアルバイト店員だぞ?」


「バ……(バイトおおぉぉォォッ!?)」


「我も会う度に愚痴を聞かされておるよ。この間もな……組合の受付の奴がしょっちゅう便所に籠もるゆえ、代わりに座らされるのが面倒だとか……」


「そ、それって……」


「あやつも無駄に恵まれた体格をしておるからな。〝くれーまー〟除けになにかと重宝され――おっと」


 ノーラがドアの方を振り返るより早く、騒々しい足音が部屋へ舞い戻って来た。言うまでもなく、当のシグヴァルドである。


「おい、ノーラぁ! 今から市場まで付き合ってくれねぇか!? 食材買い出し行かないと間に合わねぇんだよォ~!」


「貴様……まさか、今の我に転移術を使えなどと抜かす気か?」


「飛行術でもいいからさぁー、マジ頼むよー! ……どっかの社会不適合者に今の仕事紹介してやったの、誰だったっけなぁ~? 家賃折半にしてやったり、炊事洗濯その他諸々の担当、一体誰が……」


「クッ……恩着せがましい奴め」ノーラは献慈の方を一瞥し、「すまぬな。我もこれにて失礼する。また会おう、少年」


 返事も聞かず、シグヴァルドを追って出て行ってしまった。


「まったく……うぬといい、あやつといい、我を〝たくしー〟代わりにこき使いよる……」


 二人の足音に混じって、去りゆくノーラの愚痴が階下へ遠ざかってゆく。


 取り残された献慈は、長きに渡る誤解の元を回顧しながら、呆然と立ち尽していた。


(そういや本人もノーラさんも、受付だとは一言も言ってなかったっけな……)


 いずれにせよ彼らが恩人であるのに違いはないと、献慈は気を取り直す。


「ところでライナーさん。カミーユの姿が見当たりませんが、今はどこに?」


「少し遅れているだけですよ。……案外近くまで来ているのかもしれませんが」


 意味ありげに微笑むライナーの背後で、開きかけのドアから青い髪がチラチラと覗いている。


「ってか、もういるし!」正面に座る献慈が気づかぬ道理はない。「カミーユ!」


 その名を呼ばわるや、隙間の向こうで青髪がびくりと震えた。


「入って来たらどうですか?」


 ライナーに促され、ドアがゆっくりと開いていく。


 はたしてそこに現れたのはカミーユに間違いはなかった。ところがなぜだか無言、それも後ろ向きで近づいて来る有り様だ。献慈としても戸惑いを覚えざるをえない。


「ど、どうしたの……?」


「……よ、よぅ……久しぶり……」


「(声ちっちゃ!)あ、うん……おかげさまで、すっかり元どおりだよ。カミーユは……何か声、枯れてる?」


「う! ……いや、ちょっと……寝てたから……」


 やっと横顔を向けたカミーユだったが、なるほど瞼の辺りが心持ち腫れぼったい。


「そっか……俺もさっきまで寝てたし、カミーユとは意外と気が合うよなぁ」


 献慈が放言する傍らで、カミーユは歯を食いしばりながら下を向き、わなわなと震え始めた。


「またオマエは……こんな時にまで呑気なことほざきやがって……!」


「え……ご、ごめん! 冗談のつもりで――」


 弁解に入ろうとする献慈に、カミーユは凶暴な視線を向けたかと思うと、ベッドの上にあった布団を引っ掴み、その頭から覆い被せる。


「――おぅっ!?」


 視界を奪われた献慈に布団の上から小さな体躯がのしかかり、思い切り雁字搦めにする。


「この唐変木ぅ! オマエがどんだけあた……みんなに、心配かけたと……」


 布団越しに浴びせられる罵声に、献慈は倒れたままの姿勢で応対する。


「それは、ごめん。反省してるから……謝る、よ……カミーユにも」


「ったり前だぁ! ケンジが倒れてからミオ姉、ずっと泣きっぱなしで、パニック起こしたり、突然おかしなこと口走ったりして……だからあたし、しっかりしないとって、いろいろ頑張って……ケンジを助けなきゃって、頑張って……それで……」


「……うん。澪姉から聞いてるよ。自分が何もできない間、二人が一生懸命俺のこと世話したり、知恵を絞ったりしてくれてたって……感謝してるって。とくにカミーユには派手に怒られたり、平手打ちされたりしたんだって?」


「それはっ……その少しっ、やりすぎたかも……だけど……」


「澪姉は怒ってなんかないよ。もちろん、俺にだってそんな義理ないし。だから、ありがとう。俺がいない間、澪姉のこと、ずっと支えてくれて」


「…………」


「それからシルフィードのことも。カミーユの決断がなかったら、俺は今こうしてみんなと会ったり話したり、きっとできずにいると思う。だからカミーユには、いくら感謝してもし足りないよ」


「…………」


「……カミーユ?」


 返事が無くなってからしばらく、自分を押さえつけていた力が不意に緩んでいくのを、献慈は感じた。


 そして長い深呼吸――心なしか震えていた――が聞こえた、その後だった。


「……寝る」


「……そっか。おやすみ」


 足音が遠ざかり、部屋のドアが閉まる音を確認してから、献慈は被せられた布団をどけて体を起こした。


「ライナーさん……カミーユのこと、どうか頼みます」


「……ええ」


 ライナーは穏やかに、しっかりと、了承した。

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