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【旧版】マレビト来たりてヘヴィメタる!  作者: 真野魚尾
第4章 渡り、川、渡り

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第25話 おやすみ(2)

 献慈の部屋、澪とふたりきりでの夕食だ。


 付近ではちょうど猟期に入ったばかりらしく、座卓に並んだ夕食は山菜と肉料理が中心だった。丁寧に拵えられた鹿肉の鍋物は、平時であったなら嬉しいご馳走であったことだろう。


「うわぁ、美味しそうだね~」


「そうだね」


 不自然なほど普段どおりの澪を前に、献慈は男子としての強がりを無意識に働かせた。


 空っぽになった胃は、戸惑いながらも身体の主の命に従おうとする。


 真新しい惨劇の記憶に蓋をして臨む食卓は無味無臭で、生命維持の役割を果たすだけのものでしかない。


 その時はただ、澪と交わした他愛のないお喋りだけが、献慈の心を豊かにしてくれた。


「……でさ、ゲーセンで碧郎(へきろう)の奴が――」


「へぇ~、面白いねー」


 いつ振りになるだろうか。ユードナシア(むこう)での出来事をたくさん語った。


 家にいた頃、澪はあちらの文化やファッションについて、よく聞きたがったものだ。


 今はもっと個人的な、献慈の生い立ちや家族、友人たちとの話ばかりをしていた。


 あの日から四ヵ月、すべてが遠い昔に思える。過ぎ去った時間の隔たり以上に、自分と故郷との距離が遠く離れてしまったせいかもしれない。


 すでに献慈はトゥーラモンド(こちら)で、さまざまな物と、人々と、土地と、多くの縁を結んでしまっている。


 入山(いりやま)献慈という存在は今、どこに属しているのだろう。


 ひょっとすると、元の世界にとってはもはや異物と成り果てているのではないか。


「……献慈、大丈夫? 疲れちゃった?」


「ん? ううん、べつに……」


「いいよ。お皿、私が持ってく」


 献慈が引き止める間もなく、澪は食べ終えた二人分の食器を盆に載せていく。


「あとで私の部屋来てね。お布団……用意しとくから」


 そそくさと部屋を後にする後ろ姿を、黙って見送った。その時献慈が抱いていたのは、三分の一の下心と、三分の一の親愛の情と、もう三分の一の気持ち――。


(澪姉……俺は澪姉の心が知りたいよ)




  *




 澪は髪を両肩の前で緩く二つ結びにしていた。


「じゃ、そろそろ寝よっか」


 素朴で可憐な佇まいには少女としての側面を映す一方、さり気なく施された寝化粧には女としての矜持が垣間見える。


「……う、うん」


 高鳴る胸を押さえつつ、布団に入る。


「消すね」


 障子越しの淡い月明かりが部屋の中を照らす。いまだ上半身を起こしたままの献慈の影が、壁の方まで伸びていた。


 畳の上に二つ並べられた布団。一応は寝床こそ分かれてはいる。


(自分で応じておいて何だけど……)


 初日の()賃宿(ちんやど)での記憶が献慈を悩ませていた。


 あの時よりも互いに打ち解けたとはいえ、仮にも婚姻前の男女が同室で寝起きするのだ。やはり澪は内心抵抗を感じているのではないのだろうか、と。


「……寝ないの?」


「何ていうか……俺……一応、男なのに……」


「そんなに気負わなくてもいいんじゃない?」


「……え?」


「男だ、女だって、自分に気合い入れるのはいいと思う。けど、四六時中そんなだと疲れちゃうでしょ」


 言葉足らずの招いた誤解であったが、それはかえって献慈の卑屈さを言い当ててもいた。


(……そうだ。無理をしてないと、俺は駄目な自分を認めなくちゃならなくなるんだ)


「周りが強い人ばっかりだと、つい張り切っちゃう気持ちもわかるけどね。私も……お母さんとか、カガ姐さんとか、(あけ)()もああ見えて忍……あ、これ言っちゃいけないんだった」


(思いっきり『ニン……』って聞こえましたけど!? 忍んでる職業の人ですよね!?)


 献慈は表情筋を一時停止させ、聞かなかったふりをした。


「私も結局はそういう強い人たちに助けられてきたから、ここにいられるわけで。だから献慈も遠慮なんかしないで、私にどんどん頼ってくれて構わないんだからね?」


 澪を心配していたはずが、逆に励まされている自分がいる。


(そうじゃないんだ……たしかに澪姉は強いよ。俺の……憧れの人だ。でも……心が傷つかないわけじゃないだろ? 俺が本当に癒してあげたい傷は――)


 さまざまな想いが浮かんではくるものの、どれも言葉にする前に臆病な心の淵へと沈んでいく。


 無力感に押さえつけられるように、献慈は自然とその体を布団に横たえていた。


「やっぱり……澪姉がためらったのって、俺があんなこと言ったせい?」


 自分が不甲斐なかった。肝心なことは言えずじまいのくせに、後ろ向きな言葉ばかり口に出せてしまう。


 甘えているのだ、彼女の寛容な心に。


「……違うよ。あれは私の問題。献慈のせいじゃない。私にまだ覚悟が足りなかったの」


(覚悟なら……俺だって……)


「お母さん、言ってた。剣の道を歩む以上、どうあってもその先は命を奪うことに行き着く。それは誰を生かそうとか、守ろうとか言い訳をしても避けられないことだから、肝に銘じておきなさい、って」


「…………」


「相手にとってもそれは同じかもしれない。立場の違う正しさ同士がぶつかり合って、どちらか片方しか生き残れないとしたら、相手に対するせめてもの敬意として己の武を磨くしかない。武術ってのはね、そういう殺し合いの作法なの」


 澪の語る言葉の、一つ一つが重くのしかかる。


 肯定も否定も、献慈には何一つ返す言葉が浮かばない。立っているステージが違いすぎるのだ。戦いに臨む意識の差を、改めて思い知らされた。


「参ったな……俺……どうして澪姉を守るとか支えるとか、できると思ったんだろ……」


 悔しかった。大切な人の力になれない自分が、許せなかった。


 布団の外へ放り出された手を、ぐっと握りしめる――


「がんばれー」


 よりも早く、しなやかな指先が滑り込んできた。


「わたしも……がんばるから……げんき、だして…………ね」


 重なり合った手のひらから、声にした言葉以上の何かが伝わってくるようだった。


「澪姉……」


「…………」


(寝ちゃったのか……)


 預けられたその手に、献慈はそっと指を絡ませる。


 込み上げる想いの正体を、認めずにはいられない。




 ――、――、――、――。




 声を立てぬよう、天井に向けて吐き出した。


「……おやすみ」


 やがて眠りに落ちるまどろみの中で、ふと手を握り返されたような気がした。

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