表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧版】マレビト来たりてヘヴィメタる!  作者: 真野魚尾
第4章 渡り、川、渡り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/158

第24話 生きよう(2)

 一行の行動は早かった。


 状況が掴めずオロオロする献慈をよそに、カミーユたちはすぐさま荷物を取り、一ヵ所へ集まる。


「バラバラに逃げるべき?」


「相手の戦力がわかりません」


 楽器を抱えたままのライナーが答えた。


「全員で突っ切りましょ」


 澪は献慈の手首を引いて、走り出していた。


 しかし数歩と進まぬうちにふたりは――いや、全員がその場に立ち止まるのを余儀なくされた。


「――ふぁッ!?」


 突如、献慈の両足が宙を泳ぐ。澪が強く手を引いたのだと気づくが先か、真後ろでザクリという音がした。


 おそるおそる振り返り見ると、地面には矢のようなものが刺さっていた。形状からしてクロスボウの(クォレル)に違いない。


「私の後ろに」


 短く言い聞かせ、澪は献慈をそっと自分の背中側へ導いた。


 岩陰から、林の中から、続々と姿を現す怪しげな風体の男たち。先ほどカミーユがいた小高い丘の上には、まさしくクロスボウを構えた男の影があった。


 見渡したところ、ざっと六、七人はいる。


 ある者は和装に鎖帷子、またある者は西洋風の革鎧を身に着けており、手にした得物も手斧から柳葉刀(りゅうようとう)までと、装備に統一感は皆無で、寄せ集めの集団といった印象だ。


「間違いねぇ。オレらを捕まえに、腕利きを寄越して来やがった」


 先頭にいる、金砕棒(かなさいぼう)を担いだ鬼人族の男がつぶやいた。


「〝邪教〟の連中じゃないのか?」


「それはねぇな。異国の輩が混じってる」


「しかしこんな少数で……?」


「油断するな。精霊使いがいるぞ」


「なるほど。さっき見えた竜巻だな」


 周りの連中も口々に意見を並べ立てる。頭目らしき鬼人以下、構成員はヒトと獣人で占められている。




 ――どこかで小さく、鐘の音が鳴ったような気がした。




「リコルヌか……旦那へのいい手土産になりそうだぜ」


「おい! 余計な口を利くんじゃねぇ!」


 中の一人が頭目にどやしつけられ、縮み上がる。


「わ、悪い……」


「まぁいい。どのみちコイツらを生きて帰すつもりもねぇしな」眉一つ動かさず、頭目は軽く顎をしゃくってみせた。「……おい」


 背後に控えていた、顔に刺青のある男が軽功を使い、山の方角へと走り去って行く。


 仲間へ知らせに行くつもりだろうが、こちらとしては心配はない。今頃アジトは二等烈士の突入班が制圧している手筈だ。


 むしろ献慈たちにとっては、目の前の状況を打開するのが何より先決だった。


「ゴメン……派手にやり過ぎたかも……」


 カミーユが謝罪を口にするものの、責め立てる者など誰一人いない。


 連中が駆けつけたタイミングから見て、双方の距離はそう離れていなかった。ヌエと交戦を開始した時点で、感づかれるのも時間の問題だったはずだ。




 ――また一つ、もう一つと、かすかなチャイムの音が近くから聞こえた。




「それじゃあ、とっとと死んでくれや」


 頭目が一歩進み出たのを皮切りに、手下たちも一斉にこちらを囲むよう、にじり寄って来る。


 いずれも殺気をみなぎらせた屈強な男たちだ。話し合う余地も、逃げ場も、ありそうにはない。


 献慈がいまだ冷静さを保っていられたのは、自身の覚悟や勇気のためではなかった。澪をはじめとする仲間への信頼といった、そんな格好の良いものでも決してない。


(きっと……この人たちなら、どうにかしてくれる――)


 甘えた考え――という自覚はあった――が一瞬、頭をよぎった。


 同時に、澪が肩越しに向けた眼差しが、献慈を思いとどまらせる。


 大丈夫。私が献慈のこと、守るよ――そう言っているように、献慈の目には映った。


(――違う。どうにかしなきゃいけないのは、守らなきゃならないのは――)


 今一度、献慈は杖を強く握りしめる。




 ――音の聞こえる間隔が、徐々に短くなっていく。




「……ん? おい、貴様! 何をしてる――ッ!?」


 俄然、頭目が激昂に声を荒げる。


 指差した先には、小さく楽器を抱え込むライナーの姿があった。先ほどから微動だにしていない――一見してそう映るのも無理からぬことだった。


 その実、ライナーは指板に被せた指先だけをわずかばかり動かしていた。フレットを叩く度に、澄んだ音色が辺りへと鳴り響く。タッピング・ハーモニクスだ。


 小さな鐘の音にも似たその音色は、周辺に残留していた複数の呪楽結界で反響を起こし、発生源を巧みに偽装しながら、対象への効果を蓄積させていた。


「……ぅ……ぐぁはぁ……っ」


 高台に張っていたクロスボウの男が、紫色に変色した顔をかきむしりながら、びくびくと身を震わせている。


 仲間がそれに気づいたのも束の間、男は口から血の泡を吹き、崖の上から足下へと転落した。


 〈黒魔の屍毒(ブラック・ヴェノム)〉――()(ほう)の呪楽が起こさしめた、自家中毒の症状だ。


 ともかくも、これで狙撃される心配はなくなった。


「この野郎ォ……っ!」


 いきり立つ頭目に対し、ライナーは静かに、そして冷たく微笑み返している。


「Sistze k'tekiing!」


 迂闊にも高台の方を振り向いた一人を、シルフィードの風刃が急襲した。怯んだ隙を突いて、澪が渾身の体当たりを仕掛ける。


「献慈ッ!! 逃げて――ッ!!」


 おかっぱ頭を振り乱し暴れる男を、澪が地面に押さえつけながら叫んでいる。


 だが献慈が動こうとするよりも早く、別の敵が二人も急行して来た。


 止む無く澪は手負いのおかっぱを捨て置き、場所を変えて二者を迎え撃つ。


「あっちへ、逃げて!! 早くッ!!」


 二対一とはいえ、腕前からして澪の側に分がある。


 事実、敵側の得物はことごとく空を切っているのに対し、彼女の剣は相手の腕へ、肩へ、腰へ、背中へ、腿へ、次々と傷を負わせていた。


 明らかに異常だった。いかに屈強な男たちといえど、仕留めるのにそこまでの手数が必要な相手とは思えない。


(俺が……俺が、前にあんなこと言ったから――?)


 澪の腰が引けているのが、ありありと見て取れる。これではいくら剣を振るおうとも、致命傷は与えられない。


 その間も彼女の目は献慈の方を窺い、しきりに「逃げて」と訴えかけていた。


「……どうして」


 どうして俺が逃げると思ったんだ? 馬鹿にしないでくれ――そう言い返したつもりで、実際、献慈は言葉にならぬ喚き声を上げながら、杖を振り上げていた。


「おぇがッ!! んがぅあッ!!」


 澪を付け狙う男の片割れ、スキンヘッドの膝裏めがけて、献慈は力の限り杖を叩き込んだ。


 もんどり打って倒れ込む男に、これでもかと幾度も、幾度も杖を振り下ろした。


 もう動くな、立ち上がらず、じっとしてくれと願いながら。


 しかし――この期に及んでも、どうしても頭部だけは狙えない。


「後ろ!!」


「え――」


 献慈の背中を衝撃が襲った。


 剣で斬られたのか。それとも鎌のような何かで肉をこそぎ取られでもしたのか。


 わからない。猛烈な痛みと、焼けるような熱さとが思考を奪い去る。生温かいものが腰を伝い、腿の裏まで流れ落ちる。ぞっとする感覚に自然と両腕が力を失い、だらりと垂れ下がる。


退()けえぇッ!!」


 澪が目前の敵を振り切り、献慈の真横を走り抜ける。直後、後ろで苦悶の声が上がり、どさりと何かが倒れ込む音がした。


 おかっぱの男が血溜まりの中に横たわり、動かなくなっていた。手にした戦槌の先には、血の付いた献慈の服の切れ端が引っ掛かっていた。


「……ごめんなさい」


 囁くように言った後、澪は献慈の袖を摘まんでそっと引っ張り、その場に座らせた。


「治せる?」


「あ……うん」


 傷の深さは多分、思ったほどではない。ケンカの経験一つない人間が、初めての不意打ちを喰らい、びびっただけのことだ。


 事態が飲み込めると、周囲に目が向くだけの冷静さも戻ってきた。


(みんな――)


 カミーユは短剣(ダガー)を手にシルフィードと連携し、頭目を引きつけて攪乱(かくらん)している。


 ライナーも、敵の金砕棒の範囲から逃れるよう間合いを取りつつ、新たに呪楽を紡いでいる最中だった。


「献慈、私……今は――」


 澪の注意が完全に自分に向いている。


 死闘の場と化したこの状況下、考えるまでもなく、それはあまりにも軽率な行動であった。


「ボォゲェがあぁァ――ッ!!」


 先ほど献慈に打ちのめされ、逆上したスキンヘッドの男が二人に襲い掛かる。


 澪は振り向きざま身を(かわ)そうとするも一転、足を止めた。その位置には献慈がいる。


 一瞬の迷いが判断を遅らせた。


「澪姉ぇっ!!」


「ひぁうっ……!」


 男が振るった斧の刃先は、澪の胸を掠め、着物を赤い血が染めた。


「クッソおおおォォォ――ッッ!!」


 振り被った杖を、献慈はこれ以上ない力を込めて、澪を傷つけた敵へ打ち下ろす。


「献……」


 あっさりと踏み越えてしまっていた。


 怒りという感情にこれほどの強さがあったのかと錯覚しかけたが、何の事はない。


 ライナーの奏でていた呪楽――〈戦歌(クリークソング)〉が完成していたのだ。


 両手がびりびりと痺れていた。でたらめに混ぜた絵の具のような、奇怪な色をした塊が目の前にぶちまけられていた。


「ウッ……ぐ……」


 むせ返るほどの生臭い匂いを、すえた匂いが上書きしていく。


 だが、立ち止まっている暇などない。


「……生きよう。何をしてでも」


 澪に治癒を施しながら、誰にともなく口にしていた。


 何も言わずうなずく澪を見て、献慈は固く決意する。


 これから先も、澪ひとりに背負わすようなことは決してしない、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ