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【旧版】マレビト来たりてヘヴィメタる!  作者: 真野魚尾
第3章 三者三様

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第21話 後ろ向きだなんて思わない(2)

「二人とも、見ぃーつけた」


 おどけた声を発しながら、浴衣姿の(みお)が早足で近づいて来た。


 その後ろにはライナーの姿もある。


「おやおや、内緒で夜のデートですか? ……あっ、じょ、冗談ですよ?」


 軽口もそこそこにライナーは身をすくませる。澪が急に振り返るので驚いたのだろう。


「……だよねぇ。シルフィードもついてるし」


 澪はにこやかな顔でこちらに向き直った。


「澪姉、ライナーさんも。何だかんだ言って結局カミーユのこと探しに来たんですね」


「私が連れ出したの。……ってことにしとく?」


 澪が言うのを、ライナーはとくに否定しない。


「はは……まぁ、今日中に話しておきたいこともありますしね」


「今日中? どゆこと?」


 カミーユは目をパチクリさせながら訊き返す。


「夕食の席で話し合ったのですよ。このままミオさんたちの旅にご同行できないかと。イムガイは僕らにとって不慣れな土地でもありますし、一緒のほうが心強いでしょう」


「普段は私たちの歩みに合わせてもらうけど、途中であなたたちに都合ができた場合は、そちらを優先しても構わないって条件でね」


 澪が補足する。


「カミーユがなかなか戻って来ないので勝手に話を進めてしまいましたが……貴方が嫌だというのであれば、この話はなかったことに――」


 ライナーが言い終えぬうちに、カミーユは波打ち際へと走り出している。


「ばっかやろぉ――――っ!!」


 海へ向かって心情を吐き出し終えると、心なしか晴れ晴れとした面持ちを引っさげ戻って来た。


「仕方ないなー。ライナーがそのほうがいいって判断したなら、あたしもそれに従うかー」


「そうですか。ふふっ……」


 目尻を下げるライナーへ向けて、カミーユは言い返せぬ不満を表すかのように口を尖らせていた。


「さて、それでは明朝に向けて、我々は一足先に宿へ戻らせていただくとしましょう」


 ライナーに続いて、カミーユたちがその場を動こうとした時だった。


「あ、カミーユ」澪が思い出したように言う。「部屋におにぎり用意しといたから。もしお腹すいてたら食べてね」


「ミオ姉……ありがと。ついでにケンジもな」


「どうしたしまして」


 献慈が言うが早いか、カミーユは場に残っていた光球に向け、祭印(サイン)を作った指先を接触させた。〈発光する精霊スピリット・オブ・レディアンス〉の再召喚である。


「延長しといたんで。ごゆっくりどーぞ」


「Hesi'e hemew fozen'ry idemeka, jak-ra.」


 シルフィードは意味ありげに微笑んだ後、去り行くカミーユの背中へ吸い込まれていった。




 精霊の光が照らす浜辺に、ふたりだけが取り残される。


 輪の中心にいた賑々しき人物は去り、意識を向ける相手は必然的に絞られていた。


 潮騒が今や今やと献慈を急かしつける。


(夕食の時、話しそびれたのはマズかったな……せめてカミーユを探しに行くタイミングで澪姉も誘っとけば……)


「あの……」


 先に切り出したのは澪だった。


「やっぱり年上として、私のほうから言わせて。昨日から、その……つまらないことで感情的になったりして、ごめんなさい」


 深く頭を下げる澪に、献慈は慌てて言葉を返す。


「い、いいって! べつに俺は……俺が言いたかったのは、澪姉にはいつも笑顔でいてほしいって、それだけだから。俺の勝手な理想を押しつけてるだけだってのは、わかってるけど……」


「……そっか」


 澪は伏し目がちに微笑んだかと思うと、おもむろに砂の上へと腰を下ろす。そして膝を抱えながら、訥々と心情を漏らし始めた。


「献慈は……私なんかよりずっと大人だな。これじゃお姉ちゃん……澪姉失格だ」


「そんなこと……」


「ううん。私、いい気になってた。感情任せで力を振りかざして、それで献慈やカミーユのこと守ってあげてるなんて勘違いしてた。本当は……献慈の優しさに守られてるのは、私のほうだったのに」


「それは買い被りすぎだよ」


 献慈は澪のすぐ隣に――と思ったが、やはり照れがあるので、拳ふたつ分ほど空けた場所に腰を下ろす。


「俺だって同じだ。澪姉に守られてるばっかりじゃないんだって、背伸びして格好いいとこ見せようなんて焦ってた。内心怖くてビクビクしてるくせに、不必要に出しゃばったりして……本当みっともない」


「そう……だったんだ。でも……やっぱり謝らせて。そういう献慈の気持ち、私ちっとも考えようとしてこなかった。だから、ちゃんと反省するね」


「反省なら俺もしなきゃだよ。元はといえば、澪姉を怒らせちゃったも俺のせいなんだし。俺に隙があったから、あの……目の前で、永和(ヨンホァ)さんに……その……」


 献慈の脳裏にオッペィレーション事件の記憶がよみがえる。今も手のひらに残る甘美な手触りと、胸に突き刺さった苦々しい思いは、もはや切っても切り離せない。


「あ、あれはべつに、怒ったんじゃなくて……何というか、し……嫉妬というか……」


 澪は身をよじりながら反論するが、その言い草はどうにも漠然としている。


(嫉妬……? どういう意味だろ……)


「はぁ……私って本当ちっちゃいなぁ、って」


(〝ちっちゃい〟……〝嫉妬〟……〝永和〟さん……)


「悔しいけど、あの人――永和のほうがずっと堂々としてる。それに比べて私なんてまるで子どもみたい。全然成長できてない」


 澪は心細げに胸の前で手を合わせている。


(〝子どもみたい〟……〝成長できてない〟…………はっ! ま、まさか……!?)


 献慈の胸の中で、すべてが――つながった。


「こんなつまらない女、献慈だってヤだよね?」


「……それは違うよ」


 献慈は言葉を選びながら、胸の内を吐露する。


「つい目先のものに囚われちゃう瞬間は俺だってある。でもさ……そういう表面的なことよりも、まずは澪姉自身と向き合いたいって、俺は思うから。きちんと向き合った先にあるものなら、俺は何だって受け入れられるよ」


「あ……ありがとう。そんなふうに言ってくれるなんて思わなかったから、すごく……嬉しい」


(納得してもらえてよかった。さすがに「平らなのも好きです」とは言えないしな……)


「私、自分を卑下するのはもうやめるね。これからは胸張って生きてかなくちゃ」


 胸がすいたような澪の表情を見て、献慈もほっと胸を撫で下ろした。


「それじゃあ……」


「うん。遅くなっちゃったし、そろそろ戻ろっか」


 澪は立ち上がって、両手で腰に付いた砂をはたき落とす。


「ねぇ。お尻に砂、付いてないよね?」


「え……」


 献慈が腰を上げようとしたところへ、絶妙なアングル、絶妙なタイミングで眼前に突き出されたもの。


 それは、まごうことなき澪のお尻であった。


 精霊の放つ光のもと克明に浮かび上がる形状は、より明確となった陰影に縁取られるまま、かつてないまでに存在感を増し、審美を司る心の根底へと甘美なる真実の姿を突きつけて止まない。むっちりと隆起した膨らみが、布地に作り上げた皺をかき集め、お端折(はしょ)りを歪ませる様は、巨大な質量が空間を歪ませるという一般相対性理論における命題の相似形を思わせた。張り詰めた生地を突き破らんとする勢いで、左右に押し合いへし合いする二つの球体が、互いに己の丸みを誇示する。それぞれが頂点に頂くハイライトが、神々しいばかりに眩しい。上下向かい合わせになった三角形の影とのコントラストが、これ以上ない程にその神聖性を称揚せしめていた。しかしながらそれも表層的な現象に過ぎぬのではないか、そんな疑念が頭をもたげるも、大きく張った骨盤の上にたっぷりと盛りつけられた極上の肉質が描き出す構図は、人という獣の内に脈々と息づく根源的欲求を呼び覚まし、あまつさえ生命という飽くなき闘争へと駆り立てる(とき)の声となって小宇宙に(あまね)くこだまするのだ――刮目せよ、と。その果てに観測者が導き出す解答はただ一つ。いとえろし。眼前に鎮座する〝神〟に対し、(おごそ)かに呼びかけるのだ。そう、つまるところエロスとは、人が心の内に抱きうる無上の愛の神格化にほかならない。献慈は今この瞬間も、とめどなくあふれ出る〝愛〟を、水平線の彼方で眠り呆けている太陽に向かって、心の限り叫びたい気分だった。


(ふォあああぁァ――――ッッ!! ゥオオォスィリイィ――――ッッ!!)


「ちょっと、聞いてる? ねぇ、献――ひゃっ!」


 突如、辺りが暗闇に覆われた。〈発光する精霊スピリット・オブ・レディアンス〉が時間切れで強制送還されたのだ。


 驚きはそれだけにとどまらず。


「――むぐゥっ!?」


 献慈の顔面を襲う、懐かしき衝撃。


 熱いほどの温もりと布の肌触り、柔らかく心地よい弾力こそはまさに、献慈がこのトゥーラモンドへとやって来た直後受けた〝あの感触〟の再来であった。


(これぞまさに……暗闇にドッ(シリ)――)


 砂浜へ仰向けに倒れるまでのわずかな刹那、献慈の意識は煩悩の猛りと涅槃の安らぎとの間を幾度となく往復していた。


「あっ! ごめんなさい、大丈夫?」


 澪の呼びかけで、献慈は我に返るが、


「――――!? だっ、大丈夫! ちょっとポジ……直すだけだから」


 献慈は素早く身を起こし、己の前面をかばうようにうずくまる。


「治す? ケガしてるの!?」


「あっ、えと……気にしないで!」


 手早く身支度を整えて、献慈は立ち上がる。ちょうど明かりが消えていたのも手伝い、暗闇で上手い具合に隠れていた――はずだ。


「さ、行こっか」


「う……うん」


 澪は若干の戸惑いを見せつつも、献慈と肩を並べ歩き出した。


「……献慈、もしかして……」


「え! な、何かな?」


「今のって、カミーユのイタズラだよね」


「…………あ、明かりのことね。うん、多分」


「もぉー、困っちゃうよねー」


 はにかんだような微笑みが、夜道を明るく照らしてくれる。


「そ、そうだね……(本当……困りものだ)」


 宿まではそう遠い道のりではない。だからこそ、こうして夏の終わり、星空の下をふたりで歩いてゆくわずかな時間さえも、献慈にはとても尊く思えてならなかった。

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