第19話前編 流星群の幻惑(1)
流星錘が左右から、風を切って飛来する。
それらを時には避け、時には刀の鍔で弾いてやり過ごす。
反撃の太刀筋が、吹けよ風、呼べよ嵐と唸りを上げる。
精妙な足運びが白刃を擦り抜け、逆襲の円弧を描く。
視界の隅では、女傑たちの飽くことなき応酬が繰り広げられている。
(あの流星錘の動き……よく見ると――おっと)
「よそ見しとる暇ぁないで!」
正面に意識を戻せば、しなやかな剣先が今にも献慈を刺し貫こうとしていた。
孟永定――この少年道士が献慈の今戦うべき相手だ。
(迷いのない剣筋……位置取りの確かさ……この相手は――)
異能の眼――〈トリックアイ〉のおかげで攻撃は見えている。
そして同時に視えてもいた。付け入る隙の無さまでもが、皮肉にも。
(――〝本物〟だ)
右手に軟剣、左手は剣訣――人差し指と中指を伸ばし剣の形とした構え――を結び、足運びも常に有利な間合いを維持している。永定の動きは、正式に武術を学んだ者のそれであった。
「逃げてェ! ばっかしやァ! 勝たれへんぞッ!」
今はまだ無傷、されどそれとて時間の問題だ。
「ク……ッ、うぁ……ッ、ぶな……っ」
後退に次ぐ後退。体力が尽きるのが先か、丘の崖っぷちに達するのが先か。
(逃げるなら――とことんだ!)
突き出された敵の剣身を、杖の金属部分で弾き返す、柏木直伝の〈帚木〉の型だ。
「おぉ……っ!?」
体勢を崩す永定に、献慈は大きく回り込みをかける。目指す先は崖の反対側、逆に相手をどん詰まりへと追い込む――はずだった。
「ハイ、ドォ――ン!!」
踏み下ろされた永定の震脚が、大地に波紋を起こしたかのような錯覚に陥る。
事実、走り出した献慈の足首は砂に呑まれ、今にもバランスを崩そうとしていた。
(砂……だって――?)
すんでのところで杖を立て、ぐるりと向き直る。献慈の視界を迎えたのは、一面に広がる砂地であった。
その中心に立っていたのは、ほかでもない。
「逃がすも逃さへんもボクの〈土遁〉次第や――憶えとけッ!」
永定は剣先で砂をすくい上げ、こちらへ向けて弾き飛ばした。撓る剣身は強靭なバネと化し、侮れぬ威力をもって砂塵の刃を射出する。
「(これは躱せ――)う……っ!!」
献慈の肩口を鋭い痛みが襲う。切り裂かれた服に血が滲んだ。
「〈沙英剣〉ッ!」
間を置かず永定の攻撃が襲い来る。今度は膝だ。
「づぅ……っ!」
見えているのに躱せない。踏み出そうにも沈み込む砂に足を取られ、思うように動けないのだ。
逆に相手は軽功――内功の応用技術である――を用いた身軽さで、足場の悪さを物ともしていない。
立て続けに第三波、第四波。皮膚が裂ける痛みに、献慈は身をすくませる。
「クッ……〈ペインキル〉!」
治りの早さからして見た目ほどの殺傷力はないようだ。
だからといって、このまま持久戦を挑むのは悪手だ。弾丸は敵の足元に無尽蔵に積まれているのだから。
「どうしたァ! 逃げると立ち止まるしか能がないんか、ワレェ!」
(今……今、決断しないと――)
吹き荒ぶ砂の嵐が幾度も心を挫こうとする。
だが献慈にはわかっていた。退くと進む、まだ選択の生きている今こそが、立ち向かう時なのだと。
(――前に進まなきゃならないんだ!)
「……ぬぉっ!?」
防御をかなぐり捨て、杖を頼りにおぼつかぬ砂の上を最短距離で突き進む。向かい来る砂刃は何度も手足を掠めたがお構いなしだ。
なぜならば、
(……やっぱりそうだ。一度も胴体を狙って来ない。こいつには俺を殺す気なんて端からないんだ)
相手は自分を弱腰と侮っている。その甘さに、付け込ませてもらう。
「何やねんワレェええぇ!! ちっとは怖がるとかしろやァああぁ!!」
「うぅるせぇええ――――ッ!!」
出会い頭の小手打ちで剣を叩き落とす。
「いだっ!」
「あ、ごめ……じゃなくて、今は我慢しろコラァ――ッ!!」
未熟者は未熟者らしく、泥臭く勝ちにいく。
得物をかなぐり捨て、懐へ飛び込む。がっぷり四つ。崖を背にした相手は土俵際。あとはこのまま押し切るだけだ。
「ぐがが……ッ、わ、ワレェ、正気か……!?」
実のところ献慈は知っていた。崖の下は先ほど澪と通って来た道だ。見上げた高さも大したことはなく、落下しても軽傷で済むはずだ。
腰を落とし、力の限り、押して、押して、押しまくる。
「いぃ寄り切りィいい、ぅおぉいちばぁああァ――――ん!!」
「ほげぇえええェ――――ッッ!!」
ついには断崖を踏み越え、永定もろとも滑り落ちる。
その狙い自体は、確かに達成はできた。
(やった…………あれ? 思ったより…………めっちゃ高くね……!?)
落「下」枝に帰らず。上から見下ろす崖下は、想定よりも遠く――。




