第12話 唸れ、太刀風(3)
手当てが一段落した頃、澪は男たちに此度の事情を問う。
「どうして皆さんはこんな街道から外れた場所に?」
顔を見合わせる男たち。戦いの最中は確かめる余裕がなかったが、よくよく見ればそれぞれ帽子を取った頭には獣に似た耳、そして着物の裾からは尻尾が覗いている。
彼らはトゥーラモンドにおける少数民族、いわゆる獣人種であった。
「お察しかとは思いやすが、あっしらは商人でしてね――」
一番年かさらしい四十絡みの男が口を開く。ナタを振り回し大見得を切っていた、親分格の男だ。彼だけは一見ヒトと変わらぬ外見をしていたが、縦長の瞳孔が獣人の血を引いていることをほのめかしている。
男の名は千代田両児。西にあるウスクーブという都市を拠点に、各地から道具や素材を仕入れて回る商人であった。
「ナコイまで商売に来たついでに、ちょっくら寄り道をね。ここいらは安全だってんで、つい護衛代をケチったのがマズかった」
両児は近くに生い茂る草地に目をやる。
それを見た澪も得心したようだ。
「暮半草の群生地……」
暮半草はナカツ島東部に自生する薬草である。霊力の回復を促す効果があり、料理の薬味などに使われるほか、香水の材料としても用いられる。日が暮れる頃になると花が開き、薬効も落ちてしまうため、午前のうちに採取を行うのが常だ。
「ピロ……知り合いに手土産をと思いやして、欲張っちまったのが運の尽きでさぁ。小鬼どもに加えて、あんなデカブツにまで出くわすたぁ……面目ねぇ」
両児たちは揃って地べたに座り込み、深く頭を下げた。
元より彼らを責める気持ちなどないが、しょげ返る様子を前にして献慈は恐縮してしまう。
「もういいですって……皆さん無事だったわけですし」
「兄さんは菩薩の生まれ変わりか何かかい? そっちの姐さんも大層腕が立つようだし、まるで〝太刀花の君〟の再来かと思いやしたぜ」
両児が褒めそやすも、澪の微笑みはぎこちない。
「いえ、私はとてもその……まだまだ及びませんから」
(澪姉……?)
「無事に切り抜けられたのは、遠くからどなたかの援護があったからです。本来ならその方にもお礼を言うべきだったんですけど……」
先ほどまで聞こえていた勇ましい歌声は、いつしかぱたりと止んでいる。正体不明の緑風もまた、影も形もない。
「へぇ……何にしろ、ここにいる姐さん方は間違いなくあっしらの命の恩人だ。町に着いたら、たっぷり礼をさせてもらわにゃ気が済まねぇ」
「お礼はともかく、あんなことがあった後ですし……ね、献慈?」
澪の言わんとしていることはわかる。ここは護衛も兼ねて一緒に行くべきだろう。
うなずき合うふたりを交互に見つつ、両児が尋ねる。
「ところでおふたりさん、随分とお若ぇが……ひょっとして夫婦ですかい?」
「いえ、ちが……」
「ちっ、違います!!」献慈の言葉を遮り、澪が真っ向から否定する。「まだ……じゃなっ、か、家族みたいな関係っていうか……」
「家族みたいな関係……」
両児が微妙な顔つきで復唱する。これでは余計に誤解されそうな気もする。
「えっと、俺たちはイムガ・ラサの神宮を目指して旅をしてる途中で……詳しいことは道すがら話しましょうか」
献慈は確認のつもりで澪の方を見やる。うなずいてこそいるが、表情はどこか不満げだ。
「冷静すぎ……」
「え?」
「……ううん。ここは危ないし、さっさと出発しましょ」
澪の先導で出立の準備が進められていく。
(俺みたいな素人が出しゃばったのがマズかったかなぁ……)
思い悩むも一瞬だった。
「献慈」つと声がかかった。「さっきはありがとね」
澪が優しく目配せしてくる。両児たちを避難させた件なのか、それともツチグモ戦での援護に対してだろうか。
「あ、うん」
献慈にとってはどちらであれ問題はなかった。澪の笑顔、自分に向けられた一言、それら一つ一つが、前へ踏み出す勇気と力を与えてくれる。
いつしかみじめな気持ちなど、どこかへ吹き飛んでしまっていた。
(それにしても夫婦だなんて……澪姉もいい迷惑だろうな)
妙にくすぐったく、にやけそうになる顔をぐっと引き締め、献慈は皆の待つ馬車まで駆け寄って行く。




