第11話 相部屋(2)
入り口の検問では、ワツリ神社発行の手形に加え、神宮へ届ける書状が身分証の役割を果たしてくれた。
制服姿の厳めしい門番から許可を受け、献慈と澪は宿場へと歩み入る。
「すんなり通れてよかったね。人もそんなに多くないし」
「もう一日遅かったら、お祭りも終わって、もっと混んでたかも」
町の規模は小さいながら、各種商店や町役場に代官所――警察署に相当する――など、一通りの施設は揃っている。安心して滞在できそうだ。
今は夏場、日没までにはまだ間がある。
「お風呂入りた~い。歩き通しでもう汗だくだよ~」
「それじゃ銭湯の煙突を探そう。きっと宿も近くにあるはずだ」
日陰を選びながら通りを進んで間もなく、
「あっ!」
「見つかった?」
「かき氷売ってるぅ~! ね、何味がいいと思う?」
「……まぁ、かき氷ぐらいならいいか」
ふたりは屋台でかき氷を一杯ずつ食べて行くことにした。
その後、上機嫌の澪と歩き出して間もなく、
「んっ!?」
「見つかっ――」
「この匂い、たい焼きかなぁ? それとも大判焼き?」
「……大判焼き……じゃないかな」
「ざ~んねん、たい焼きでした! 私の勝ちだから奢って!」
「……たい焼き一つください」
献慈はたい焼きを一尾、購入する運びとなった。
再び、ご満悦の澪と歩き出して間もなく、
「はっ!?」
「見つ――」
「あのお団子美味しそ~う!」
「ちょちょちょ、ちょっと待って! まさかこの調子で食べ歩くつもり!?」
みたらし団子を買って行く運びとはならなかった。
「え? 何かおかしかった?」
「うん。たしかにお菓子は買ったけど」
「あははは!」
「じゃなくてぇ! 忘れてるかもしれないけど俺たち、旅の間は無収入だからね!?」
「そ……そうだった……!」
(やっぱり忘れてたかぁ……)
当面の旅費は出発前に友人知人から貰った餞別と、ふたりが貯めておいた資金だけである。こう早くから散財することに慣れてしまっては、後々自分たちの首を絞めかねない。
「ご、ごめんね。私ったら旅行気分でちょっと浮かれてたみたい。みんなにも信じて送り出してもらったんだし、きっちり節約していかないとね」
澪が思い改めたとなれば、献慈としてもこれ以上強く言う気にはならない。
「うん、まぁ……ちょっと買い食いするぐらいなら全然いいんだ。けどもし手持ちが尽きたら……奥の手を使うことになるからさ」
献慈の意識は背中の荷物へ注がれていた。中身は何を隠そう、今回の旅を決意したあの日に手に入れたギターである。
「弾き語りして稼ぐんだよね? それも面白そう」
「他人事じゃないからね。澪姉にだって歌ってもらうつもりだし」
「え? 私も?」
「そうだよ。千里さんから聞いたんだけど、三味線習ってた頃、小唄……だっけ? 得意だったらしいじゃない」
おだてれば乗ってくると踏んだ献慈であったが、予想に反して澪の反応は優れない。
「その話って……どこまで?」
「どこまでって……そのぐらいだけど」
「……ふぅん。ならいいけど」
ひとまず落ち着いたように見える澪の様子に、献慈は胸を撫で下ろす。
(何だろ……あんまり触れたくなかったのかな)
「献慈はその……ギター、誰かに習ったり、した?」
「初めのころ教室には通ってたかな。ほんの半年ぐらいだけど……って、前に話さなかったっけ?」
「そ、そう? それじゃ、誰かに教えたりとかは……?」
「いや、ないけど……もしかしてギター習いたいの?」
献慈が訊き返すと、澪は一転、表情を輝かせた。
「う、うんっ。実は献慈が弾いてるの見て、ずっと羨ましいなぁって……」
「そっか。それなら俺なんかじゃなくて、ちゃんとした先生に習ったほうがいいかもね。変な癖がつくと後々面倒だし。それから楽器も自分に合った物から選んで……」
「…………」再び急激に頬をこわばらせる、澪。「……やっぱりいい。興味なくなった」
「えぇっ!? い、今ずっと興味あったって……」
「間違えたのっ。ほらぁ、早く泊まるとこ探さないと日が暮れちゃうからぁ」
澪は俄然、献慈の袖を引っ掴み、通りを奥へと突き進んで行く。問答無用のその勢いには、逆らう余地など微塵も感じさせない。
「わっ、わかったから……そんなに引っ張らなくても……」
怪訝な眼差しを向ける通行人たちに愛想笑いを振り撒きながら、献慈は澪の後をついて行くよりほかなかった。
*
ふたりは銭湯で一風呂浴びた後、澪が以前にも泊まったという木賃宿の一室にやって来ていた。
そう。二人で、である。
「本当に……相部屋で済ますつもり?」
「せ……節約するって言ったばっかりだし。ほら、お布団もちゃんと二組あるし。へーきへーき」
六畳一間に、折りたたんだ布団二組と、ちゃぶ台がひとつだけ。炊事場その他はすべて共用、本当にただ寝泊まりするだけの部屋といった風情だ。
(そういう問題かなぁ……)
出費を抑えようという澪の意欲を買った献慈ではあったが、それはそれとして戸惑いはある。
前回の旅では毎度二人部屋に宿泊していたという澪だが、母娘と未婚の男女とではわけが違うのだから。
とりあえず荷物を下ろしたはいいが、献慈はどうにも落ち着かない。
「……そろそろご飯の支度、する?」
「いいよ。お米は家から持って来てるよね」
「うん。米研ぎは俺がやるよ」
「じゃあ私はお味噌汁と、あと……献慈は今日何食べたい?」
「そうだなぁ……」
話を続けるうち、献慈は自分の思考がちょっとした空想の中に踏み込みつつあることに気づいた。
(このやり取りは何だか……新婚……)
「どうしたの?」
澪に問われるも、さすがに思ったままを答えるわけには行かない。
「あっ、えっと、何だろ……旅の間、ずっと一緒の部屋なのかなーとか思って……」
「……私といるの、嫌?」
「嫌じゃないよ! ただ、その……何というか……」
「えー、何? はっきりしてほし………………あ」
澪は急に眼を泳がせ、身をよじり始めた。
「ど、どうしたの?」
「……そ、そっかー。ごめんね、気づかなくて……献慈もお、男の子だし……一人になりたいときもあっ、あるよね?」
「ん? それはまぁ、ある……のかな……?」
献慈が曖昧に肯定した途端、澪の挙動不審ぶりはますます加速する。下を向いたまま、目すら合わせてくれない。
「や、やっぱりそうなんだ……じゃあそのときはみ……じゃなくて! わっ、私、席外すようにするから……い、言って!」
「うん? まぁ、そのときになったら言う――」
「あ――っ!! やっ、やっぱり言わないで! 言わなくていいから!!」
こちらへは顔を伏せたまま、澪は悲鳴にも似た調子で前言を撤回する。
途方に暮れる献慈だったが、とにかく気まずそうな澪の気持ちだけは受け取った。
「わ、わかったよ。あの……次からは部屋、別々のほうがいいかな?」
「ぅ……うん。ごめんね、そうしよ……」
両手で顔を覆ったまま、澪は提案を受け入れた。




