表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧版】マレビト来たりてヘヴィメタる!  作者: 真野魚尾
第1章 天上のヒマワリ、地上の太陽

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/158

第10話 ひまわり(1)

 飛虎(ヒコ)(セツ)・十五日――例年どおり開催された、夏祭りの一日目。


 ワツリ神社の境内は、村人たちと近隣から集まった旅行客による賑わいに満ちていた。


 夕闇に浮かぶ提灯の列が、ずらりと建ち並んだ屋台を照らし出す。色とりどりの浴衣が行き交う光景は、普段見慣れた場所を非日常の異空間に変えている。


 それは(けん)()にとって、高揚感よりも懐かしさを覚える風景であった。そこかしこから漂うザラメやウスターソースの匂いがそうさせるのだろう。


「たこ焼きがそんなに珍しいのか?」


 そう尋ねるのは、仕事着である袴姿に(じょう)を携えた(かしわ)()


 対する献慈は甚平に雪駄履きという、のびのびとした格好だ。


「その逆です」


「そうか。お前の故郷にもあるか。不思議なものだな」


「同感です。それにしても、こう人が多いと警備も大変そうです」


 会場の中央に設営された舞台へ目をやる。旅芸人の一座が寸劇を披露する中、百人分はあろう客席はほぼ埋まっていた。


「旅立つ前の景気づけに、今からでも飛び入りしてはどうだ?」


「冗談やめてくださいよ」


 献慈は数時間前、舞台の安全確認を兼ねてギターの弾き語りをお披露目していた。


 その時は聴衆が顔見知りだけだったからよかったものの、さすがに祭り本番ともなれば勝手が違う。


「冗談に聞こえたか? お前は武芸より先に度胸を鍛えるべきと思うのだが」


 打ち解けた仲となっても、柏木の憎まれ口は変わらない。


「今さら遅いですよ。明日には出発だなんて、まだ実感が湧きませんけど」


「感傷的になるのもわかるが、自信を持て。お前は(もり)()として選ばれたのだからな」




 遡ること一月前――宮司・(おお)曽根(そね)の口から宣言された御子(みこ)(ほう)じの再開は、村人たちに驚きと祝福をもって受け入れられていた。


 御子付きの守部が年若き異邦人であったことは、さほど問題とはならなかった。御子本人の推薦に加え、宮司と衛士(えじ)(がしら)のお墨付きとあれば、表立って異論を呈する者がいようはずもない。


 しかしそのことが、かえって献慈にプレッシャーを与えていたのもまた事実だった。




「……柏木さんは」


「何だ?」


「元々才能があって、そのうえ努力もしてきたから、そんなに自信が……」


 献慈が言い終えぬうちから、柏木の顔つきが見る見る険しさを増していく。


 なるほど、自分は卑屈に違いない。そんな煮えきらない姿勢をこの男がずっと嫌っていたのも、今となっては理解できる。


「言え。最後に愚痴ぐらいは聞いてやる」


「俺は……元の世界じゃ大して努力もしてこなかった、毎日能天気に暮らしただけの凡人で……それがいきなり武術だの、ご大層な能力まで手に入れて……今だって持て余してるぐらいなのに……」


 愚痴どころか、これでは八つ当たりだ。半ばそう自覚しながらも、献慈は今とばかりに鬱屈した思いを吐き出した。


「ずるいですよね。守部だなんてみんなが羨む名誉を、借り物の力を振りかざした奴が、横から掠め取るような真似して……」


「……思い上がりだな」


 静かにただ一言、言い放った柏木の言葉を、献慈は頭の中で反芻する。


(思い上がり……? 俺が……?)


「力を得る道筋にずるいも正しいもあるものか。どんな力を持っていようと何も成さなければ無意味だ。現にお前はまだ旅の一歩さえ踏み出していないではないか」


「……それは……」


「戦うだけならば代わりの人間などいくらでもいる。あの人の隣にいるべきがほかの誰でもなく、お前でなければならない理由が必ずあるはずだ。それを証明してみせろ、己の力と意志で」


 懇々と述べ立てられる言葉に込められたものが、叱責ではなく激励であるとわかるにつれて、献慈の口元に笑みが湧き上がってくる。


「……はは」


「おい。人が真剣に話しているというのにお前はまたヘラヘラと……」


「柏木さんに励まされるなんて、以前の関係からじゃ考えられないですよね」


「フン、元をたどればお前が刃向かってきたのが始まりだろう。……あの時の気概を忘れるな」


 柏木は背中越しに言い残し、雑踏の中へ紛れるように去って行く。


 だが今、献慈を満たしていたのは取り残された淋しさなどではない。


(そうだよな……晴れの日に浮かない顔なんかしてられないよな)


 むしろ、快く送り出された清々しさをこそ感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ