第9話 血は争えない(3)
四畳半の部屋の一角に、白木造りの仏壇に似た家具が置かれている。これはカムナヤ様式の霊舎と呼ばれるもので、故人を供養するという役割については仏壇と同様だ。
「そもそも……美法が逝ってしまったのは、事故のようなものだったんだ」
「事故……ですか」
二人が正座する霊舎の前には、大曽根が今しがた取り出した、小さな写真立てが飾られていた。
「ああ。旅の途中、恐ろしい怪物と出くわし、辛くも追い払った。身を挺して娘を守ったんだ――自分の命と引き換えにね。美法ほどの猛者でさえそれが精一杯だったんだ。これ以上わたしや娘に一体何ができよう」
写真の中から、澪とよく似ているがもっと年かさの、鋭い目をした女性が、こちらを勇気づけるように笑みを送っていた。
「でも澪姉は……忘れられない様子でした」
献慈の言葉に、大曽根は深くため息をついてうつむく。
「美法を失ったのは……わたしだってつらい。仇が憎いよ。だがそれ以上に……澪には危ないことなどやめて、平穏無事な人生を送ってほしいんだ。だって、そうだろう? 母親が、誰より娘を愛しているであろう美法が、命を懸けて救ってくれたんだ。父親として、どうしてこのうえ娘が危険な目に遭うのを許せるというんだ?」
語気を強めたり、早口になりそうになるのを抑え込みながら、努めてゆっくりと語ろうとする大曽根から、献慈は目を逸らすまいとしていた。
子どもにはつつがない人生を歩んでほしいと、親ならば誰しもが願うものなのだろうか。
さんざん身勝手をしでかした。たくさん心配もかけてきた。そんな息子を両親は、どんな思いで見ていたのだろうか。
確かめられぬ今がもどかしく、確かめなかった自分が腹立たしい。
「お父さんの言っていることは……正しいです」
「……そうか」
「でも、その正しさは澪姉の気持ちを置き去りにしてしまうから……。上手くは言えないんですけど、このまま澪姉がお父さんの望むような人生を送ったとして、心はずっと前に進めないままなんじゃないかって、俺は思うんです」
「…………」
返事はない。
生意気で差し出がましい、それどころか、自分を棚に上げての発言であるのを、献慈は自覚していた。
「それに……澪姉が旅に出るのは、仇討ちのためだって決まったわけじゃない。一度は叶わなかった御子封じを成し遂げることが、お母さんの供養になると考えただけかもしれない――これは完全に俺の勝手な想像ですけれど」
「なるほど……そうか。その考えはなかった」
大曽根の表情がほんの少し和らいで見えた。
献慈とて自分の考えに自信があったわけではないし、その場しのぎの出任せかと問われれば危ういところだ。
確実なのはただ一つ。澪の心に寄り添いたい――その気持ちだけだった。
どうやらそれだけは大曽根にも伝わったらしい。
「献慈君、御子封じには君が付き添うんだね?」
「はい。お父さんの許可さえ頂ければ」
大曽根は深く息をつき、再び口を開いた。
「やはり……賛成はできないな」
「そう……ですか」
「父親としては、だ。だが一人の男としては、君を応援したいという気持ちが勝っているよ」
「……それじゃ……」
「だから……そうだね、君が行って、澪を連れ戻して来てくれないかな。わたしはどうにも意気地がない父親なものでね」
口ぶりとは裏腹に、それが大曽根の粋な計らいであることは献慈にも理解できた。
「わかりました。すぐ行って来ますから、ここで待っていてください」
献慈は澪の両親へ言い残すと、すぐさま家を後にした。




