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【旧版】マレビト来たりてヘヴィメタる!  作者: 真野魚尾
第7章 再会

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第49話 かわいいよ(1)

「『いつもの所』だって、(ヨン)(ティン)くんが」


「わかった。ついて()いや」


 永和(ヨンホァ)を先頭にラリッサが並んで歩き、その少し後ろを(みお)(けん)()が付いて歩く。


 狭い路地は避けて進む。取り立てて急ぐこともしない。


 近くを通る路面鉄道の客足に紛れて行けば、もうそこには隣の区画で起こった騒動を気にする者などいなかった。


「ゴメン……うちのせいであがぁな騒ぎなってもうて……」


 肩を落とすラリッサに、ふたりで慰めの言葉をかける。


「いいって。正直言うと私、ちょっと楽しかったし」


 ノリノリで演奏していた澪が言うのには説得力がある。


「俺も気にしてないよ。元をたどればラリッサさんが俺のこと助けようとしてくれたのがきっかけだし。それに永和さんが無駄に煽ったのが騒ぎを大きくしたわけで……」


 励ますつもりが、うっかり口を滑らせていたことに献慈は気づいていなかった。


「なかなか言うてくれるねぇ。次は献ちゃんが相手してくれるん?」


「あっ! いや、当てつけで言ったわけではなくて! つまりは、その……」


 弁解を始める献慈をじっと見つめていた永和が、不意に目元を緩ませた。


「わかっとる。せやかてこっちも目の前で弟ぶち転がされとるしやな、黙っとれんかってん――あ、今のは当てつけで言うとんで?」


「うぅ~……永和姐さんのイケズぅ~」


 口を尖らすラリッサの肩越しに、澪がにんまりと顔を覗かせる。


「ふぅ~ん……意外と弟思いなんだぁ」


「アホか。ウチかて人並みの情ぐらい持っとるっちゅうねん。こまい時分、アイツがおったからウチの心も救われたみたいなとこもあるしなぁ……ま、そんな話はどうでもええやろ。もうじき到着や」



 一行が足を止めたのは、何の変哲もない道端であった。


「えっ? 『いつもの所』って――」


 献慈の疑問は瞬時に晴らされる。


 街路樹の陰からひょっこりと姿を現した〝先客〟の存在によって。


「ここやで」永定である。「ついでに警察(サツ)も撒いてきたったわ」


 市内で活動することも多い烈士たちにとって、いかにもな目印は隠密行動の妨げになる。孟兄弟が用いる「いつもの所」「例の場所」「あそこらへん」などは一種の符牒であり、それぞれに街中の目立たぬ地点が設定されているとのこと。


 先ほどの偽装工作といい、彼らははかりごとに長けているようだ。


「ご苦労さん、っちゅうか自分、背中んとこ砂だらけやん」


「うわ、ホンマや。忘れとった」


 永定が剣訣(けんけつ)で衣服を軽くなぞると、付着した砂が一粒残らず地面へと吸い込まれてゆく。


「それ……ずっと思ってたんだけど、どういう仕組みなの?」


「企業秘密や。それよかワレの治癒能力? えらいパワーアップしとったやん。あれ教えてくれんねやったら、こっちも教えたるわ」


「あの力は、何というか……」


 異能を語るには、まずマレビトについて触れなければならない。ところが、この場にはマレビトの孫娘まで居合わせており、説明するにも何かとややこしい。


 そんな献慈を緊張から解放したのは、隣から鳴り響く腹の音であった。


「うぐっ……」


「何でいっちゃん動いてへんヤツが腹空かしとんねんな」


 永和の言い分が的を射ているだけに、澪も真っ向から反論できない。


「ちょ、ちょうどいい頃合いだし! 話の続きはお昼食べながらとか、どうかなぁ~……なんて思ったり」


「ほんなら、うちに奢らしてもらえん?」声を上げたのはラリッサだ。「みんなには迷惑かけてもうたけ、埋め合わせんなるとも思わんけど……」


 彼女が感じているであろう引け目を思えば、申し出をあえて断る理由は見当たらない。




  *




 所変わって裏通り。献慈たち五人はクレープ屋台の前に集まっていた。


 ラリッサいわく、エイラズーでは知る人ぞ知る名物スポットとのことだ。


「こないな店、よう知っとったなぁ。さすがは地元の子やわ」


「値段とか気にせんで、好きなもん頼んでええけぇね」


「えへへ、それじゃお言葉に甘えて~」


 活気づく澪を皮切りに、皆それぞれメニューを注文する。タピオカ粉を使用したモチモチ食感のクレープが勢揃いだ。


「見て見て、私の。パパイヤだって。献慈のは?」


「俺はアサイーかな」


「ボクのはミックスベリーやで。こんなんぜったい美味いやつやん?」


 これ見よがしにクレープを差し出す、(ヨン)(ティン)の体勢が何かを誘っていた。


「どれ、見してみぃ……」むしゃっ。「……なるほど、こら美味いわ」


「ほうなん? ……」ぱくっ。「……うわっ、ほんまじゃ。ぶち美味しい!」


「私もー……」がぶり。「……ふぁっ、本当。甘~い」


「何をみんな普通に食うてんねんな! ボクの()うなってまうがな! おい、献坊ォ!」


「永定くん、かわいそう」


「うん、ありがと――ちゃうくてや! ワレは食わへんのかい! 優しなぁ!?」


 さもあらん。かわいそうな永定の分は、改めて注文し直された。




 お約束の展開を経て、一行はテラス席へと移る。


 クレープと一緒に女子たちはアイスティー、男子はアイスコーヒーを手にテーブルを囲む。


 全員が着席したところで、ラリッサが幾度目かの謝罪の言葉を発した。


「改めて言わしてもらうけど、ほんまゴメンな。話も聞かんと姐さんにはケンカ売ってもうたし、いきなり弟くんのドたま踏んづけてもうたし」


「もうええて。キミみたいな可愛い子ちゃんに踏まれてん、ちょっとしたプレイやと思えば逆に嬉し……あれ?」


 だらしない笑みをさらす永定に、女性陣の冷たい視線が突き刺さる。


「ふつうに気持ち悪い」と、澪。


「あー、うん……」露骨に目を逸らすラリッサ。


「自分、そういうとこやぞ? あぁ?」


 永和(ヨンホァ)に至っては実力行使だ。


「ふぐぅ……っ!!」


 鋭い指先を脇腹に受け、永定は椅子にもたれかかるだけの木偶人形と化す。


(すまない、永定くん……俺じゃフォロー無理みたい……)


 献慈は自分の存在感を消し去ることで、姑息にもその場を乗り切った。


「澪ちゃん、コイツの分は没収や」


「任せてっ……はぐはぐ」


 頼み直したばかりの永定のクレープは即刻、澪の胃袋に収まった。


「このアホはほっとくとして」永和はラリッサの方へ向き直る。「さっき言うたおかんの言葉な、続きがあってん」


「ママの依頼のこと?」


 いわく、ラリッサは烈士としての晴れ姿を見せる前に、仲の良かった祖母を亡くしてしまった。普段は気丈に振る舞ってはいるが、その心残りが落とす小さな影を、母だけは感じ取っていたのだ。


「要するに、今回の依頼いうんも建前みたいなもんや。娘には直接気合い入れたったほうが、下手に慰めるよりよほど効くやろ――っちゅうこっちゃ」


「ほうね……すっかり見抜かれとった」


 しんみりと答えるラリッサの指先が、テーブルの水滴を当てどなくなぞっている。そっと紙ナプキンを差し出す永和の面差しが、いつになく優しげだ。


「どうやら要らん心配やったみたいやね」


「ううん、ありがとう。献慈くんたち来てくれるまでヘコんどったんはほんまじゃけ。ママだけじゃのうて、ここにおるみんなのおかげで元気なれたん、ぶち感謝しとる」


 てらいなく言い切るラリッサを、おずおずと窺う者が約一名。


「そ……それはボクも含まれますかいや……?」


(あ、復活した)


「もちろん!」


 屈託のない笑顔を向けられた永定はたちまち色めき立つ。


「ラリッサちゃん……キミ、天使や! 大天使パラディデルの生まれ変わりや!」


「永定くん、大袈裟な。女の子にウザいとか絡みづらいとか言われん?」


「うん! よう言われるわ!」


 笑顔のまま投げかけられた無慈悲な問いかけを、永定は涙目で肯定した。これはこれで息の合ったやり取りになっているのは何とも皮肉だ。


 傍で見守る姉にしてみれば案外、理想的な形なのかもしれないが。


「何やウチ、嬢ちゃんとは仲良うできそうな気するわ。そういえば嬢……リッサちゃんでええか。アンタ、烈士始めてどんくらいなん?」


「夏休みに五等まで上げたったけぇ、三ヵ月ぐらいね。本格的に活動するんは学校卒業してから思うちょる」


「そら早いなぁ。澪ちゃんもやけど、有望な新星ばっかしや。ウチらもうかうかしてられへん」


 烈士の世界には、ずぶの素人から腕自慢の実力者まで、日々さまざまな人間が飛び込んでくる。その中でもとくに出世の早い新人は「新星」と称され、皆から一目置かれることになるのだ。


「ほんまやで」とは、永定。「そういやイムガイ行った時、超新星の噂立っとったなぁ。ボクらは会えずじまいやったけど……献坊らは何か聞いてへんか?」


 超新星とはその名のとおり規格外の新星で、いずれは上級烈士にも届くであろうポテンシャルを有した者をいう。


「超新星? 俺は知らないなぁ。澪姉は?」


「う~ん……案外、私のことだったりして~?」


 半分はお茶目であろうが、大した自信である。


「そんなわけあるかいや」


 さっそく永和にツッコまれた。


「むぅっ……」


「アンタ烈士なったばっかしやろ。噂聞いた時期が合わへんのよ。合うとるんはイムガイのモンっちゅうことだけやし。知らんねやったらべつにええ」


「そっか……つまり私の実力については認める、と」


「ウチの老師が目ぇ掛けるぐらいや、現時点での見込みは充分やろ。そっからさらに上行けるかどうかはウチゃ知らんけど」


「あなたさぁ、ほんっと素直に認めたがらないよね?」


 ライバル同士にらみ合う横で、新たな挑戦者・ラリッサもそわそわと腰を浮かせている。


「なぁなぁ、もっと鍛えたらうちも上行けるかな?」


「リッサちゃんやったら行けるんとちゃう? 誰かさんと(ちご)うて性根も真っ直ぐやしな」


「なぁんであなたはそう一言多いかなぁ~!?」


 放っておくとすぐに険悪さを増す女子組――主に特定の二名――の様相に、献慈は戦々恐々とするばかりである。


「あ、あのぅ……もう少し仲良く……」


「大丈夫や、献坊。ちゃんと仲良うできてるて」


「そうなの?」


 半信半疑で振り返り見るも、永定はまるで落ち着いている。


「アネキへそ曲がりやからなぁ。気に入っとる相手には昔っからあないな感じちょっかい出しよんねん。ボクん対する態度見ればわかるやろ?」


「えっ? う、うん……そうかも?」


「何で疑問形やねん! 愛情表現! ボクは愛されとる!」


 声を荒げる永定。当然その行為は姉を呼び寄せる引き金となるわけで、


「自分、やかましいねん」


 手元にあったクレープをすぐさま口に突っ込まれる結果となった。


「あいおぉ(愛情)……ほぉへん(表現)……」


「そ、そうだね……」


 ひとまずは永定に同意してやることだけが、友人としてせめてもの助けであった。


 縮こまる男子たちをよそに、永和は平然と話を進める。


「さて、食べ終わったらリッサちゃん一緒に服屋行こか。おべべ台無しにしてもうたん、弁償したらなあかんし」


「弁償とかはべつにええけど……あっ」思い出したように、「ほんなら澪ちゃんも一緒に来ん? 昨日言うとったアレ、永和姐さんにも()(つど)うてもらおうや」


 ラリッサが意味ありげに提案すると、永和もこれに食いついた。


「何のこっちゃ。詳しゅう聞かしてーな」


「えっ? えっと……い、いいけど」


 戸惑いながらも、澪は二人の誘いに乗る姿勢を見せていた――なぜだかチラチラと、献慈の方をを窺いつつ。

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