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【旧版】マレビト来たりてヘヴィメタる!  作者: 真野魚尾
第7章 再会

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第48話 白昼の大立ち回り(2)

 書店の売り場をひと通り回った後、それぞれに好きな本を買う。


 ラリッサの会計時、折り悪くレジが混み合ったため、献慈と澪は先に外で待つことになった。


「新刊の発売日かぁ。急にお客さん増えるわけだ」


「都会だと入荷早くていいなー。ワツリ村なんか、入荷待つよりも街まで買いに行ったほうが早いぐらいだし」


 雑談を交わしながら、店の外へ足を踏み出す。


「あぁ、()(さと)さんも同じことぼやいてたっけ」


「そうだよ。あの人、発売の前日に合わせてナコイまで乗り込んだこと――あっ?」


「どうしたの?」


 ちょうど真向かいにある美容室から、見知った姉弟が退店して来た。


 言わずもがな、(モン)永和(ヨンホァ)(ヨン)(ティン)の二人である。


「おぅ、献坊やないかい。連日デートとはええご身分やな」


 早速と永定の冷やかしが献慈を襲う。


「べつにデートってわけじゃ……永定くんこそ、お姉さんの荷物持ち?」


 そう口にしてみてから気づく、かつて実姉に虐げられし弟としての発想。


「何やぁ、妙に実感のこもった目ぇしよって」


「いや……他意はない(ある)よ?」


「まぁええ。今日は何っちゅうか、野暮用や」


 姉を横目に見つつ、永定は答えた。


「野暮用?」


「ボクは付き添いや。ぶっちゃけウチのアネキ別嬪やん? 一人で街歩かしたら男どもがアホほど寄って来るよって、横におったらなあかんくてや」


 誇らしげに胸を張る永定を、姉は冷ややかに見つめる。


「要するに虫除けみたいなもんやね」


「そうそう……って、誰が蚊取り線香やねん!」


 息の合ったやり取りとは反対に、顔かたちの似ていない孟姉弟。なるほどナンパ除けとしてはお手軽かつ適任である。


「言うてへん言うてへん。……にしてもアンタらとはよう会うなぁ。こっちにはいつまでおるん?」


 普段にも増しておしゃれにキメた永和は、こちらもまた自信たっぷりの眼差しを澪に送る。


「いつだっていいでしょ」


「つれないなぁ。あん時のこと、まだ怒っとるん?」


「べつに――」


 口を尖らせ、一度は言い捨てるも、澪は思い直したように前言をひるがえす。


「――ううん。やっぱちょっとムカつく。私をバカにしたのはまだ許せるけど、献慈のこと挑発のダシに利用したのだけはすごいモヤッとする」


(ダシに……そりゃそうだよな)


 かのオッペィレーション事件が、実質的に澪対永和の延長戦であったことを、今さら察せぬ献慈ではない。


 そもそもの永和の所業からして、献慈を一端の男性として意識していたとは到底思えないのだ。


「そうかぁ。あん時イケズしてもうたんな、正直アンタに負けた腹いせや。自分が修業不足なん棚上げてから、ほんま大人げなかった。謝るわ」


 思いのほか(わきま)えた永和の態度に、澪は拍子抜けしている。


「えっ? うん……まぁ、いいけど」


「何や、鳩が豆鉄砲を食うたみたいな顔しよって。そっちがはっきり不満言うてくれたさけ、ウチもスッキリしたわ」


「そっ、そう? 私も……ずっとキツい態度取って、ご、ごめ……」


 打ち解けたかのように思えたのも、束の間のことであった。


「あー、でも最後の一撃、あれ無駄に痛かったわー。ゆうても今戦ったらウチ、アンタにはぜんっぜん負ける気ぃせえへんけどなー」


「なっ……何ですってぇ~!? 聞き捨てならないんですけどーっ!?」


 一転して元の木阿弥と化した姉コンビの惨状を前に、


「アネキ、アレなぁ、照れ隠しやで」


 永定は献慈にだけ聞こえる声でつぶやいてみせた。


「うん。何となくわかるよ」


「そやけど、ボクらが強なっとるんはホンマやで。このひと月、老師にみっちりしごかれたよってなぁ」


「うん。それも何となくわかる……気がするよ」


「ほー、献坊もボクらの実力見抜けるまでに成長したっちゅうこっちゃな。……そういや前に会うた時より、少ぉ~しガタイ良うなった感じするなぁ」


 厚かましくも胸板をペタペタと触ってくる永定。


 献慈の脳裏をよぎるのは、でたらめな点穴を施された忌まわしい記憶だった。


「やっ、やめて……」


「何やぁ、おかしな声出すなや~」と、再度手を伸ばそうとした永定が、「ちゅうか、ワレぇ胸ンとこ傷つぃ――」


 献慈の視界から瞬時に消え去った。


「――え? よ、永定くん……じゃない!?」


 永定と入れ替わるように、献慈の眼前に立ち現れていた人物――


「くぉのチンピラ烈士がぁッ!! 献慈くんに何しょんならァ――ッ!!」


 血走った両目をひん剥き、こめかみに青筋を這わせた、鬼の形相のラリッサであった。


(えっと――何が起こった!?)


 冷静に一瞬前までの映像を振り返る。


 ちょうど本屋からラリッサが出て来る。


 永定に絡まれ、嫌がる献慈を発見。


 ラリッサ、ダッシュで到来。


 しかる後、ムーンサルトで永定の頭上へ両足で急降下。


 以上が事の顛末であった。


「あ――――ッ!!」


 足元を見やると、苦悶の表情を浮かべた永定が、地面から首だけを出した痛ましい状態で発見された。


 頭の上にはサンダルの靴跡。


「何やこれ……献坊ォ、説明して?」


 差し当たって永定は無事のようだ。砂化した地面に自ら埋没することで、足蹴にされた衝撃を緩和していたおかげであろう。


「おどりゃあ黙っちょれぇあ!!」


 ラリッサは噛みつかんばかりに永定を罵倒したかと思えば、


「献慈くん、どこもケガとかしとらん?」


 一転して優しげな表情で献慈に呼びかける。その豹変ぶりが、ちょっぴり恐ろしい。


「お、俺は、その……」


「こがぁに怯えちゃって、ほんま怖かったんじゃね? 安心しんさいや――こんならぁ、今からギッタギタにブチまわしちゃるけぇの!」


「あのォ……ボク、すでにブチまわされとる気ぃすんねんけど……」


 力なくツッコむ永定を無視し、ラリッサが対峙する相手は誰あろう、彼の姉である。


 その永和もまた、ラリッサの急な狼藉に対して憤りをあらわに進み出る。


「嬢ちゃんや、よくも弟のドタマ足蹴にしてくれたわいなぁ」腰に巻いたチェーンベルトに手を掛けるや、「これ以上アホんなってもうたら、どないすんねん!」


 投げつける勢いで力いっぱいに振り抜いた。


 ラリッサの反応も素早い。


「クッ――!」


 手にしたバッグを投げ出し、くるりと後方へ――永和が内功によって変化をつけられる横方向ではなく――回避したのは、図らずも正しい判断だった。


 その対応に永和は感心の声を上げつつ、


「ほー。さすがはエイラズーの新星、っちゅうとこやね。マシャド家のお嬢ちゃん――でええんよな? 澪ちゃん」


 ベルトに見立てた九節鞭――何本もの金属棒を鎖の輪でつないだ暗器――を元どおり装着する。その瞳は、ラリッサのバッグをそそくさと回収中の澪へと向けられている。


「えっ、知って……」あまりの急展開に、さしもの澪も当惑顔だ。「そ、それより! いきなり暴力とか! どっちもよくない!」


「それ、アンタが言うん?」と、永和。


「うっ……い、言うもん! 今日に限っては友だちとして言わせてもらうから!」


 さて、そうなると今度はラリッサが驚く番である。


「友だ……えっ!? あんたたち、知り合いなん!?」


「ごめん。先に言うべきとは思ったんだけど……」


 献慈が答えるのを待たずして、ラリッサは大きくうなだれる。


「いけん……うち、やらかしてもうた……」


「ほんまやねぇ」追い討ちをかけるのは永和だ。「誰彼構わんとケンカ売るなんぞ、烈士としては下の下もええとこや」


「それ、あなたが言うの?」


 負けじと澪が口を出すも、やはり永和はこれを突っぱねる。


「いーや、言わしてもらうわ。親御さんから依頼もろとるさけな」


「……っ!?」


 つとラリッサが身構えるも、永和は意に介さず言葉を継いだ。


「娘が今後、烈士としてやっていけるかどうか試してほしい――老師づてで頼まれてん。今からお家訪ねるつもりやってんけど、そっちから来てくれたんなら話が早いわ」


「ママの仕業じゃ……パパはうちのこと応援してくれちょるけぇ」


 言うまでもなく、ラリッサの母親は食品会社の社長を務めるという美名子(ミナコ)氏であり、父親は献慈たちがここを訪れるきっかけとなった一等烈士のジオゴである。


 面識があるかどうかは不明だが、永和もそれは承知のはずだ。


「おとんの期待に答えたい思うねやったら、嬢ちゃんの実力のほど見してもらうしかないなぁ? こっちも武器は使わんといたるさけ」


 旗袍(チーパオ)の裾から魅惑的な脚線美を覗かせ、永和がおもむろに形作ったのは、彼女が得意とする(しん)()(しょう)の歩型である。


「……わかったわ。そっちがそのつもりならステゴロで勝負じゃ!」


 小考ののち顔を上げたラリッサも、気迫充分と相手を睨みつける。


「(どうしよう……二人ともすっかりやる気だ)澪姉、止め――」


「もういいんじゃない? 止めなくても」


「え……」


「拳を交えてこそ、わかり合えることだってあるって」


(そうだった! こういう人だった!)


 仲裁の道が絶たれ、あえなく永和対ラリッサのストリートファイトが開幕する。


 まず目を引いたのは、ラリッサの動向であった。重心をやや低めに、手足を交互に入れ替えながら、前後左右に絶え間なくステップを踏んでいる。


「私あんな流派、見たことない」


 この異彩を放つ武術との出会いに目を見張ったのは、澪だけではない。


「似たようなのなら知ってる(ゲーセンの格闘ゲームでだけど)。たしか――」


 献慈が思うに、ラリッサの見せる独特な挙動は、カポエイラの基本動作・ジンガに酷似していた。


「舞闘術、やな」


 足元で永定が声を上げる――相変わらず砂から顔だけを出した格好で。


「知ってるの? 永定くん」


「おぅ。正式には『カリオン舞闘術』、その起源は今を遡ること四百年前――」


(あ、何か始まった)




 その昔、パタグレアの地に集ったさまざまな獣人たちは、異なる文化を互いに尊重しつつ、音楽や踊りを通じて友好を深めていった。


 数世紀に及ぶ交流の過程で、各民族の芸能や武術は融合と発展を繰り返す。そして、その末に世にも稀なる戦闘体系を生み出した。


 それこそが、現在も脈々とこの地に受け継がれるカリオン舞闘術である。




「植民地政権下、多民族芸能集団アングレイアはその戦闘術をレクリエーションに擬態して密かに伝承した。抑圧の中で技術は洗練・先鋭化され、ついには先の独立戦争で――」


(まだ続けるんだ……)


 残念ながら永定の解説は一顧だにされることはなく、戦いの火蓋は切って落とされていた。


 先手を打ったのは、永和。


「珍し武術使いよるんやねぇ。せっかくの機会やし、じっくり、たっぷり、堪能さしてもらおやないの」


 歩法の妙技にかけては辰摩掌とて負けてはいない。円を描く足運びで永和は接近し、まずは小手調べとばかりに横殴りの掌を打ち込む。


 対するラリッサの初手は、


「お断りじゃあぁっ!」


 まさかの大技によるカウンターだった。素早く体を入れ替えるや、側宙からの浴びせ蹴りで迎え撃つ。


(一撃で決めるつもりだ……!)


 献慈は刮目し見届けた――左右から躍り出た両者が、ぎりぎりで互いの攻撃をかいくぐり、位置を入れ替え終える、その瞬間までを。


 結果、双方とも――少なくとも、その身体は――無傷ではあった。


「ふふ……技も大胆ならカラダも大胆っちゅうわけやね」


 ほくそ笑む永和の指先には、引きちぎられた布の切れ端がはためいていた。


 してやられたラリッサだが、こちらも堂々と、


「あいにくただの鳩胸じゃけぇ……あんたと(ちご)うての!」


 ダメージ加工させられたシャツの胸元を物ともせず、永和の言葉を突っぱねる。


 仕切り直しから一転、ジンガと走圏――互いに得意とする足運びで間合いを計りながら、蹴りと掌打の応酬が始まった。




(まずい……これは長引きそうだ)


 献慈はいよいよ気が気でなかった。


 それというのも、ここは往来のど真ん中なのである。


「何だ何だ? またケンカか?」


「どうしよう。警察呼ぶ?」


 騒ぎを聞きつけた通行人たちが、相次いで異常に気づき始めていた。


(警察!? でも二人を置いて逃げるわけには……)


「ボクに任しとけや」


 折よく、永定が地面から這い出してきた。砂地は元の石畳へと戻っている。


 永定が手際よく収納袋から取り出したるは、パンデイロとビリンバウ――いずれも民族楽器である。


「え? 何をする気――」


「こっちならいけるやろ」


 永定はタンバリン(パンデイロ)を献慈に押しつけると、自分は慣れた調子で弓付き瓢箪(ビリンバウ)を叩き始める。


「い、いきなりこんなの渡されても……」


「オロオロすな! 歌ぉてごまかせぇ!」


(ごまかす……そうか!)


 永定の意図を察した献慈は腹を決めた。


「♪~ホーゥリレァーン ホゥリラァン……イゾ!」


 オフビートを維持しつつ、献慈がそれっぽく歌い出すや否や、


「楽しそう! 私もまぜて!」


「よっしゃ。澪さんはコイツやな」


「わぁい」


 太鼓(アタバキ)を渡された澪は、上機嫌で献慈たちの演奏へ加わるのだった。


 斯くして周囲の反応は――。


「……何だ。試合(ジョーゴ)か」


「ふーん。聴き慣れない拍子(トーキ)だな」


「本当。どこの団体だろ?」


 カムフラージュには成功したものの、ギャラリーはかえって増えてしまった。




 一方の永和たち。


「何しとんねん、あいつら……」


「よそ見しんさんなや!」


 手数においては永和が優位に立っている。それにもかかわらず有効打が少ないのは、ラリッサの不規則な動きが、点穴を正確に狙い打つのを妨げるよう働いていたせいだ。




「むこうのオネエチャン、アネキ相手になかなかやりよるな」


 演奏の傍ら、永定は献慈に話を振ってきた。


「うん。常にカウンターをもらう危険があるから、永和さんも深追いできないんだ」


「よう見とるやんけ。ただ……踏み込めへんゆうより、届かへんっちゅうんが正しいんかもしらん」


 事実、側転や倒立といった型破りな体勢から繰り出される蹴り技は、同時に急所となる部分を相手から巧みに遠ざける攻撃体勢を兼ねてもいたのだ。


「そっか、それがカリオン舞闘術の強みってわけだ」


「あぁ。そやけど実際にあんだけ高水準で使いこなしとるんは、オネエチャン自身の努力と才能やろ」


 永定の言うとおり、尻尾を有する獣人のバランス感覚をヒトの身で再現するのは、持ち前の強靭な体幹あってこそだ。


 さらにはもう一つ、ラリッサは余人に真似できぬ能力を秘していた。




「よんほぁー。そんなしょっぱい攻めじゃ、また老師に叱られるよー」


 澪の野次を真に受けたわけではなかろうが、


「やかましいこっちゃ」


 永和は一転、側面から回り込みをかける。捌き続けるには厄介な蹴り技、その間合いの内側へと入る算段だ。


 となれば、相手も牽制をしたくなるのは道理。


「同じ手は食わん――」


 ラリッサの繰り出した掌打(ガロパンチ)が、


(なるほど。これを誘って……)


 おそらくは永和の目論見どおり空を切ったかに見えた。


(……違う。誘い出したのは――)


 ラリッサの掌に渦巻く清冷なる霊気は、属性こそ違えど、献慈の持つ力と同質であった。


(〝異能(こっち)〟だ)


「――〈翠星氷霜波(ジェアダ・エステラ)〉!!」


 炸裂する衝撃波。細かな氷粒が煙となって弾け飛び――止んだ。


「ほー……〝それ〟が嬢ちゃんの隠し玉っちゅうわけや」


 不敵に微笑む永和の横髪は、うっすらと霜で白く染まっていた。


「ばぁばから受け継いだ力……じゃったんけど、な」


 空を切ったラリッサの腕が、そのまま力なく垂れ下がる。


(点穴で奥の手を封じてきた……か)


 奥の手を明るみに引きずり出されてしまった今、ラリッサが持っていた優位性は大きく揺らいでいた。


 双方の間に横たわる実戦経験の差は、勝負の行方をあるべき結果へと収束させてゆく。




「煽っておいて何だけど……そろそろ止める準備しておいたほうがいいかも」


 太鼓を打つ合間から、澪がつぶやくように言った。


 実際、偽装し続けるには戦いが白熱しすぎている。献慈も重くうなずいた。


「うん。でもここまで実力差があるとは思わなかったな」


「そうとも言い切れん思うで」と、永定。「よう考えてみい、あのオネエチャンが序盤から勝負急いどった理由」


「……言われてみれば」


 内功による身体操作に加え、コンパクトな動作を主とする永和の攻め手に対し、全身を大きく使うラリッサの戦闘スタイルは本来、長期戦向きではないのだ。




「残念やわぁ。もうちょい遊びたかってんけどなぁ」


 勝利を確信したかのような、永和の挑発。生じた隙を狙って、


「何を抜かしょんなら――望みどおり遊んぢゃるわい!!」


 ラリッサは前蹴り・蹴り上げと連撃を放つも、当てることは叶わない。


 ただ、その余勢に乗じ後転で身を退く判断は的確であるかに思えたのだが、


「悪いけども――」


 宙返りを打つ瞬間、死角を狙った永和のつま先が、ラリッサの肩口に蹴り込まれていた。


「――その動き、最初に見てん」


 永和は腰に巻かれた九節鞭を指先で弾いてみせた。


 残されたもう片方の腕までもが封じられ、ラリッサは歯噛みする。


「……クッ……」


「さて――嬢ちゃんもわりかし頑張った思うし、ここで降参するんやったら、ウチのほうからお母ちゃんに口利きしたってもええで?」


「……たしかに、引き際は大事よね」


「せやったら――」


「でも、それはすべてを出し切ってからの話じゃ!!」


 ままならぬ両腕を顧みず、踏み出した足が宙へ駆け上がる。一見して自棄を起こしたかのような後ろ回し蹴りは、永和の(きん)()術にとって格好の餌食となるはずだった。


「――ッ!?」


 直前で手が引っ込められる。


 同時に、襲いかかったラリッサの蹴撃が――より正確には、足先から発せられた凍結の衝撃波が――永和の体を大きく吹き飛ばした。


 場に立ち込める熱気をかき分け、冷たい風が吹き抜ける。両雄を結ぶ直線上に、真っ白な霜柱が道を作っていた。


「……土壇場でエラいマネしてくれよるわ」


 振り払う腕から氷片がパラパラと剥がれ落ちる。はたして永和は、練り上げられた分厚い〈霊甲(シェル)〉によってその身を守りきっていた。


「足使えばええって、教えてもろうたけぇね……きっちりお礼せんにゃいけん思うただけじゃ」


 口ぶりこそ威勢はよいが、今のラリッサにこれ以上の打開策があるとは考え難い。


「ハハ……おもろい……ホンマおもろいなぁあ!! これやから戦いはやめられへん!!」


 あふれ出る愉悦を隠そうともしない永和。こちらはまだ余裕に満ちあふれていた。




 誰の目にも明らかだった。潮時である。


「はい、そこまで!」


 澪がここぞと立ちはだかるも案の定、ラリッサは不満を滲ませている。


「うち、まだ戦える……」


「わかってるよ。そうじゃなくて、周り」


「……あ」


 周辺に群がる野次馬たちを見て、ラリッサもようやく騒ぎの大きさを認識したようだ。


 その一方で永定も、


「アネキぃ! それ以じょ――ぅぶべっ!」


「お前……何を急に飛び出してきてん」


 身を挺して姉の暴走を止めていた。


「(ケガ人増えてるし! まとめて治すけどさぁ)――〈ペインキル・(リマスター)〉」


 手負いの二人プラス一人に向けて、献慈は念を飛ばす。【リヴァーサイド】での出来事を境に、接触せずとも治癒を行えるようになったのは大きな進歩である。


「おっしゃ、ずらかるで!」


 永定が〈土遁〉で砂を巻き上げ、ギャラリーの目を逸らす。


「……しゃあないなぁ。続きはまた今度や」


 興を削がれて不服そうな永和であったが、渋々と撤収を受け入れる。


 ともあれ、どうにか大事には至らぬまま、白昼の大立ち回りは幕を下ろしたのであった。

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