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【旧版】マレビト来たりてヘヴィメタる!  作者: 真野魚尾
第7章 再会

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第47話 澪標(2)

 執事ハーディの案内で、献慈たちはマシャド家の応接間へと通される。


 中庭に臨んだテラスと、涼しげな白い壁とが四方を囲んでいた。磨き立てられた床板の上には、ロココ調の――トゥーラモンドではどう呼ぶのかは知らないが――家具が整然と配置されている。


 五歩、六歩と足を踏み入れる、部屋の中ほど。シーズンオフの暖炉を飾る熱帯植物が、エキゾチックな芳香を漂わせ、遠来の客人を歓迎する。


 ハーディが退出し、三人が部屋に残る。この人数では持て余す広さだ。


()いぃ所からよう来ちゃったねぇ。たちまち座りんさい」


 ラリッサ・アルモニア・マシャド嬢。


 献慈に紹介状をくれたジオゴの娘であり、今は亡きカヲル・サナダ・マシャド――真田馨の孫娘にあたる人物だ。


「早速なんですが……俺がここに来ること、貴方たちは……」


「ラリッサぁー」


「貴方は、知っ……」


「らぁりっさーぁ」


「…………。ラリッサ……さんは、どうやって知ったんですか?」


 質問する側よりも、される側のほうがはるかに堂々としている。


 その答えもまた、率直であった。


「んー……知っとったゆうか、信じとった。ばぁばもな、『もし入山くんがトゥーラモンドに来てるなら、私のこと必ず探しに来てくれるはず』言うとったけぇ」


 馨は、初めから確信していたというのか。自分と同じように、献慈もこの世界へ流れ着くであろうことを。


「信じて……」


「うん。信じとった。うちも、ばぁばも」


 大きな瞳。碧緑の湖面にオレンジ色のオーロラを閉じ込めたかのような、秘密めいた色合いをしている。


(……あんまり似てないな)


 そう思う一方で、先ほどから感じていたこともある。


「お祖母さんとは、仲良かったんですね」


「ほうね……うち、こまい頃身体弱かって外にもよう出られんかったけぇ、ばぁばと一緒におること多かったんよ。そん時にようけ話聞かせてもろうてなー――」


 孫娘に心細い思いをさせまいとしたのだろう。馨は幼いラリッサに、自らの体験を度々語って聞かせたのだそうだ。


 烈士として活動していた頃の冒険譚。


 ユードナシアで暮らしていた頃の思い出。


 波乱の半生の中、出会った人々との交流――そこには献慈についての話もあった。


「……そんなことがあったんですね」


「思とったんと一緒じゃ、献慈くんのイメージ。じゃけん、さっきたまげてもうたんよ。もしかしたら献慈くん、こっちで長いこと暮らしとったりして、すっかり大人なってもうとってもおかしゅうないわけじゃん?」


 献慈の胸がちくりと痛む。


 ゆめみかんで澪に背中を押されていなければ、ここを訪れるのが後回しになっていたのは確実だ。それこそ何年後、下手をすれば何十年後になっていたかもしれない。


 加えて、献慈の意志とは別の要因もある。


 ユードナシアとトゥーラモンド――両世界の時間軸が並行ではないと考えられる以上、マレビトがどの時代に流れ落とされるかは完全な運任せだ。


 もし献慈がもう少し後の時代に現れていたら。


 あるいは献慈と馨の〝順番〟が逆であったなら。


「そう……かもしれません。俺は――」


 献慈は、自分がトゥーラモンドを訪れてから半年足らずであることを告げた。そして澪の理解と協力の下、このパタグレアへとやって来られたことも。


 じっと耳を傾けるラリッサの後ろで、ノックとともに部屋の扉が開く。


「お待たせいたしました」


 ハーディが、メイドを連れて入室する。


 眼鏡をかけたメイドは立派な体格をしたクマびと(メドベール)で、手には細長い袋を携えていた。


「まずはこちらを」ハーディが封筒を手渡す。「馨様から、入山様へ宛てられた書簡にございます」


「真田さんから……」


 献慈は慎重にそれを受け取った。


 続けてメイドが、袋を両手で捧げ持つ。


「大奥様の形見の品でございます」


「同じく、お渡しするよう仰せつかっております」


 ハーディの目配せに応じ、メイドは紐を解き、袋の口からその中身を覗かせた。


 白鞘に収められた、一振りの刀。


「馨様はここパタグレアで烈士としての半生を歩まれ、数多の民を、弱者を救うためその身を尽くされました。この刀は馨様とともに戦い抜いた愛刀、その名を――(みお)(つくし)天玲(てんれい)


(澪標……)


 献慈が振り返るよりも早く、橘の香りが鼻を掠める。


 一旦袋ごと受け取った刀を、献慈はすぐ横の澪に預けた。


「……私が見ても?」


「刀の扱いは澪姉のほうがずっと慣れてるし。だから、一緒に見てみよう」


「うん」


 澪はゆっくりと刀を引き抜いた。


「綺麗……」


 ラリッサが感嘆の声を漏らす。


 なるほど、見事な業物であった。


 巳九尼流の剣勢を表すかのように重ねはやや厚く取られ、刃先に描かれた濤乱(とうらん)の刃文は荒々しくも幽玄な趣を湛えている。


 刀身全体に宿した淡く冷涼な水色の光は、仇敵の手中にある〝あの霊剣〟と同系の力であろうか。


「こんなに素晴らしいものを、本当に俺たちが受け取ってしまっていいんでしょうか?」


「いかようにでもお使いくだされば。それが馨様のご遺志にございますゆえ」


 ハーディはメイドとともに一礼し、再び退室していった。


 霊刀を仕舞う傍ら、献慈の脳裏に浮かんだのは、


(この刀ならば、ヨハネスが持つドナーシュタールにも対抗できるかもしれない)


 という一つの打算と、


(真田さんが、俺の……俺たちの運命をつないでくれている……?)


 それを上回る大きな感情だった。


「ラリッサさん」


「何ね?」


「実は俺たち、近いうちに大事な戦いに臨まなければならなくて、心残りがないようにとここまでやって来たんですけど」


「うん」


「その戦いに勝つため、この刀――澪標を使いたいと言ったら、お祖母さんは許してくれると思いますか?」


「ほうじゃねぇ……」


 ラリッサの言葉を引き継ぐように、


「それは馨さんに訊いてみないと――でしょ?」


 澪はそう言って、献慈に()(づか)をそっと渡してきた。


「……そうか……そうだよね」


 献慈は小柄を借り、先に受け取っていた手紙の封を切る。


(大丈夫だ。俺は、落ち着いてる)




前略


 伝えたいことがあふれてきて、なかなかまとまりません。




(日本語だ……)


 便箋から目を離し、左右を窺う。


 澪はうつむき気味に顔を逸らし、ラリッサは体はこちらを向けているものの、視線は横を見たまま指で髪をいじっている。


(…………)




 ここへたどり着くまで、きっと苦労したよね。それともすんなり来れたのかな。


 今のあなたはも――




(……あっ)


 便箋の間から、滑り落ちようとする何かを咄嗟に手ですくう。


 白黒の、古い写真。


(――真田さん)


 年の頃は二十代半ば、いや前半ぐらいだろうか。写真の中の彼女は、あの日と同じように微笑んでいた。


「……やっぱ……あとに、する」


 写真と一緒に便箋を封筒へ戻そうとするが、なぜだか上手くいかない。


 そうだ、畳むのを忘れていたのだ――そんな簡単なことに気づく前に、献慈はそばにあったキャビネットの上へ、半ば放り出すように手紙を置いた。


(俺、何してんだっけ? いや違うだろ、俺は落ち着いてるだろ……何しに来て……読めばいいだけで……だから、もう割り切ってるから大丈夫で……)


 よろめく体を引きずって、中庭の方を向いた献慈の背中越しに、


「……『――たどり着くまで、きっと苦労したよね。それともすんなり来れたのかな』」


(……えっ……?)


 聞こえるはずのない、あの人にとてもよく似た声が、手紙の文面を語り聞かせる。




 今のあなたはもう大人? もしかすると、すっかりおじいちゃんになっていたりして。


 私にはもう確かめるすべはないけれど、私の知っている入山くんが、あなたの中から失われていなければいいな。


 あなたの気持ちには何となく気づいていました。……もし勘違いだったらごめんね。


 想われることの幸せを知れたのは、あなたと、夫のおかげです。


 あなたのくれた優しさを支えに、前に進めたからこそ、私は素敵な仲間を、家族を得ることができました。


 願わくばあなたにとって私の存在が、あなたを過去に縛りつけるものではなく、未来へと背中を押してあげられる存在でありますように。


 私にとっての入山くんがそうであったように。


 もう会えないのは残念だけれど、私はいつでもあなたの幸せを祈っています。


                                    かしこ




「(……違うんだよ、真田さん……俺は……)俺は……何も、してない……」


 読み手の方をゆっくりと振り返る。


 歪みかけた献慈の視界に、手紙を広げ持つラリッサの、ぐしゃぐしゃにそぼ濡れた顔が飛び込んできた。


「いいから……献、慈……」


 裏返りそうな声をすすり上げながら、澪が両肩に覆いかぶさってくる。


「…………」


 そうだ。


 これはただの、もらい泣き。


 何も恥ずかしがる必要なんてないのだ。

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