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【旧版】マレビト来たりてヘヴィメタる!  作者: 真野魚尾
第6章 あやかし まぼろし ゆめ うつつ

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第38話 お久しゅうございます(2)

 一行は気持ちを新たに、街道を歩き出していた。


 二週間という時は思いのほか長かったようだ。そこかしこに立つ木々は赤や黄色に染まっており、本格的な秋の訪れを感じさせる。


(トゥーラモンドに来たのが春だから、もうすぐ半年になるのか……――ん?)


 感傷に浸る献慈の、前方を歩いていたカミーユが、突如その歩みを止める。


「どうしました?」


 ライナーが近くに寄り、声をかける。


「……()そう」切迫した声色だった。「積もりに積もった一週間分……来たよオォッ!」


「えぇっ!? ちょ、ちょっと!」


 澪が右往左往する一方、献慈にはカミーユが何を言わんとしているのか、すぐにわかった。


「そうか……待ちかねたよ」


「献慈まで何言って……」


「うあぁ……もう我慢できないぃ! 今すぐ出あぁすッ!!」


 カミーユは拳を握り締め、両脚をばたつかせ始めた。


 それを見た澪は本人以上に色めき立ち、


「こ、ここで!? ダメぇっ! ダメだからねっ!!」


 少女の小さな体をひょいと担ぎ上げ、林の中へ一目散に分け入って行く。


「あれっ!? ちょっと! 二人とも待ってくれよ!」


「はぐれては危険です。追いかけましょう」


 男たち二人も、取り残されぬよう急いで荷物を手に後を追う。




 人一人を抱えているにもかかわらず、澪の足取りたるや、一瞬の躊躇で見失いかねない速さである。


 一も二もなくひた走り、そしてたどり着いた林の奥。


「いやぁ――っ!! 来ないでーッ!! 見ちゃダメぇーッ!!」


 必死の形相で落ち着きなく動き回る澪。その後ろでは、カミーユが肩を震わせながら、恍惚とした表情を浮かべていた。


「波が……デッカい波が来たァ――ッ!!」


「おおぉっ!」


 献慈は目を見張った。カミーユの服の背がモコモコと膨れ上がったかと思うと、漏れ出した緑煙とともに、かぐわしい香りが辺りに立ち込める。


 やがてそれらは一点に集まり、


「ま……間に合わなかっ……?」


 涙目でへたり込む澪のそばで、懐かしき人物の像を成すのだった。


 透き通るペリドットの体、目尻の下がった優しげなラベンダー色の瞳の持ち主は誰あろう、


「お久しゅうございます、皆様」


 シルフィード。恭しく一礼する仕草もそのままに。飄々と。


「カミーユもご苦労さまです。ご覧のとおりわたくし、装いも新たに再登場の運びと相成りました。つきましては以前より情報量・密度ともに増加いたしましたがゆえ、召喚処理に負担が掛かってはいまいかと、少々心配をする次第であります」


 柔らかな秋の陽射しを照り返して煌めくのは、気分一新とばかりにその身を包む綺羅びやかな振袖であった。


「ホントだよ、まったく。しばらく見ないうちにすっかり重たくなりやがってよー。慣れるまで大変だぁー」


 カミーユの面持ちは、悪態に似つかわしくない晴れ晴れしさだ。


 さて、シルフィードの身に起こった事態を正しく理解しているのは、召喚主であるカミーユと、せいぜい献慈だけであろう。


「喋れるようになった……というより、【相案明伝(ソウアンメイデン)】に対応したんだな」


「ふむ……ケンジ君に接触した影響が少なからずあるようですね。より上位の霊格へと至った理由も」


 ライナーも了解する中、ただ一人、澪だけが不得要領のまま取り残されていた。


「誰か……説明して?」


「澪様もご機嫌麗しゅう。申し遅れましたがわたくし、献慈様と契りを交わした折、数々の形質を継承させていただいております」


「へー……え? ち、契り……?」


「はい。この日本語の習得に関しても、献慈様の巧みなピロートークの賜物と申しましょうか。ですがご安心ください。一度限りの関係にございますゆえ」


「……ん? んっ?」


 シルフィード本人からの説明に、澪の表情がみるみる引きつっていく。


「二人きりの空間で身体を重ね合わせた、あのひととき……今も忘れえぬ甘美な思い出にございます」


「うあー、ウチの子がケンジに(けが)されたー」


 カミーユの非難の声――ただし棒読み――と、


「これはこれは。ケンジ君もなかなか隅に置けませんね」


 ライナーのおちょくり発言、そして、


「じーっ……」


 澪の冷ややかな視線までが献慈に追い討ちをかける。これ以上ややこしい展開になる前に相談の場を設けるべきとの結論に達するまで、そう時間はかからなかった。


「あのー……一度全員で話し合いませんかね……?」


「それは妙案にございます。わたくしとの感動の再会を経て、積もる話に花を咲かせようとのお考えでございますね」


「まぁ……それもあるかな……」


 火種であるシルフィードが最も乗り気であるのは何とも皮肉である。献慈は頭を抱えながら皆との話し合いへ移行した。




  *




 まず献慈たちはシルフィードに直近の出来事をかいつまんで語って聞かせた。彼女の理解は早く、確認の手間すら要さぬほどだった。


 次いでシルフィードと献慈は【狭間(スレショルド)】での一部始終も含め、皆へ説明に取り掛かっていたが、それも間もなく終わろうとしていた。


「――といった経緯にございます。加えてこの度はわたくし、いささか冗談が行き過ぎたことをお詫び申し上げます」


「ま、まぁ……そんなわけでお互い、やましいことは何もないから」


「はい。わたくしのと結合中も献慈様は澪様を想い、しきりにその名を口にするほどのご執心ぶりでございましたゆえ、体は許しても心は許さず、すなわち献慈様の純潔はいまだ保たれているとの見解をわたくしからも述べさせていただきたく存じます」


(いい加減黙らせたほうがいいのかな、この人……)


 献慈はシルフィードに釘を刺すべきか思案したが、それよりもはるかに澪の反応を気掛かりとする自分へと立ち返る。


「ふぅん……そんなに私のことばっか考えてたんだ?」


 納得半分、挑発半分といった澪の態度に、献慈はたじろぎかけたものの踏みとどまる。


「か……考えてたよ。言ったじゃないか、俺は澪姉のこと、好き……だって」


「そ、それは聞いたけど……」


「澪姉こそどうなの? 俺の――」


 いよいよというタイミングで、またもやカミーユの声が割って入る。


「――待って。どうした? シルフィード」


「何やら、風がざわついております」


「魔物でしょうか?」


 ライナーがギターケースに手をかける。皆の間に緊張が走った


「いえ、ライナー様。術の類いはお控えになったほうがよろしいかと。相手方を刺激する可能性がございます」


「ってことは魔術士?」


 すぐそばの召喚主に、澪は尋ねた。


「わからない……まだ遠いけど、空間のゆらぎを感じるっていうか……結界が張られてる? いや、逆か……」


 シルフィードを通じて、カミーユは周囲を探っているようだ。霊的な領域に属する事柄なのだろう。ほかの者は見当がついていない様子だった。


「ここは黙って離れるのが賢明でしょうか」


 離脱を促すライナーに、カミーユも渋々同意する。


「微妙に気になるけど、しゃーないか。どう考えてもウチらの件とは無関係だし」


「そう。だったら早いとこ街道に戻りましょ、ね?」


 差し出された澪の手を、


「う、うん」


 献慈は――この期に及んで、緊張しながら――そっと握った。


 柔らかくて、いつもよりちょっとだけ温かい。


 心配など無用だったのかもしれない。疑っていたわけではないのだけれど。


(大丈夫だ。澪姉だって俺のこと――)


「戻るはいいけどさー……ここ、どこよ?」


 カミーユの発した質問で、踏み出しかけた全員の足が止まる。


「あっ……」


 真っ先に澪の顔色が変わったのを、献慈は見逃さなかった。


 周りを見渡しても、この場は雑木林のど真ん中。夢中で澪たちを追って来た献慈には、街道がどの方角にあったのかなど、まったく記憶にない。


 助けを求めてライナーの方を窺うものの、


「そうですね、方角さえわかれば……」


 懐から取り出した〝位置示す針(ニードル・ライ)〟――地球のような磁場を持たないこの世界での、いわゆる羅針盤(コンパス)――を確認した彼の表情は、あまり芳しくは見えなかった。


 盤を覗き込んだ献慈は、その反応に納得する。針の向きは定まらず、ふらふらとあちこちを指し示す不安定な状態にあった。


「これって……」


「カミーユが言った『ゆらぎ』とやらの影響でしょう。仕方ありません」


 太陽の位置を当てにすべきと、ライナーは手のひらを掲げ、陽を透かし見る仕草をする。


 一方でここに至る原因を作った澪はしょんぼりとした様子から、


「ごめんなさい……私の勘違いで……」


「勘違い? あー、あたしがウン――」


「ぎゃあああぁぁぁっ!! それ以上ダメだからあぁっ!!」


「んぐぐ……モゴモガ――ッ!?」


 一転してカミーユの口を塞ぎにかかる。いつものようにふざけ合っているのだろうと、献慈は気にも留めない。


「(何だか楽しそうだなぁ)ところでケ……シルフィードさんは――」


「シルフィードとお呼びください。お互いの体を許し合った仲なのですし」


「(めんどくさい……)じゃ、じゃあシルフィード、は方角とかわかり……わかるの?」


 献慈が尋ねると、シルフィードはニッコリと微笑み、一つの方向を指差した。


「街道でしたらあちらにございます。ただ……」


「ただ……?」


「その前に、相手方に見つかってしまったようです」


「えっ――」


 問いただす間もなく、突如として遠方から一陣の風が吹きつけてきた。


 木々が揺れ、落ち葉が宙を舞う中、平然と立つシルフィード以外の四人はそれぞれに顔を覆い、背け、あるいは両足を踏ん張ってやり過ごす。


 やがて風が止むと、


「……どうも長居が過ぎたようですね」


 ライナーがぽつりとつぶやくが、献慈の意識は他方へ向いていた。


 風が通り過ぎた後の、淡い残り香。


(これは……シャクナゲの匂いだ)


 春の通学路、薄桃色の花弁が連なった懐かしい遊歩道の風景が脳裏へと呼び覚まされる。もっとも、これが共感覚により生じた幻でしかないことは、献慈も承知していた。


「すぐそこまで来てるみたい」


 澪の一言で、場の空気が一気に張り詰める。


 程なくして木陰からぬるりと這い出す、隠形(おんぎょう)の術を解いた人影が二つ、並んでこちらへ近づいて来た。

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