第37話 予行演習(2)
そうして一同が宿の方へ引き返して来た矢先だった。
「はぁ~……ホント食えないオッサンだよ」
開口一番、悪態をつくカミーユを、例によってライナーがたしなめる。
「カミーユ、娘さんの前でそれはいかがなものかと」
「いいのいいの」と、澪。「実際、私たちを出し抜こうとしたのにはムカッときたし」
「でも最後にミオ姉が一本取ってくれたから、おあいこだよね?」
「その前に献慈が男を見せてくれたから、私たちの勝ちだもん」
澪は献慈の手を取り、したり顔でカミーユにアピールする。
すかさず返ってくる、苦い顔。
「まったく……このバカップルは……」
「えっ、それって俺も含まれんの?」
「ちょっと献慈! 私だけおバカ扱いしないでくれる?」
「ハハ……これはますます仲が深まったみたいですね」
和やかに沸く四人を、輪の外から静観していたシグヴァルドが暇を告げる。
「さぁて……そいじゃ新人のおふたりは先輩方にお任せして、オレぁ仕事に戻るとするかな」
「シグヴァルドさん、今回もいろいろとお世話になりました」
献慈はその背中へ礼を述べた。
「なぁに、これも仕事のうちだってよ」
「……貴方は、本当にただのアルバイトなんですか?」
「ただのバイトじゃあないぜ?」
「……! それじゃ、やっぱり……」
「組合の受付業務をよく任されるバイトさ」
そう言い残し、シグヴァルドは颯爽と店の奥へ消えて行った。
(……そのまんまじゃん……)
「献慈って、あの人とずいぶん仲いいんだねー」
澪らしからぬ冷やかしが献慈を狼狽えさせる。
「えっ? べ、べつに、普通だと思うけどなー」
「……なぁんてね。仕方ないよねー。献慈、可愛いもん」
(それって喜んでいいのか……?)
複雑な心中で立ち尽していると、横からカミーユまでが茶々を入れてくる。
「モテ期到来だねぇ、ケンジ。嫉妬には気をつけなよ?」
「カミーユまでやめてくれ……。というか、言いそびれてたんだけど」
「何? 改まって」
「今さらだけど、ありがとう、カミーユ。今回の討伐騒ぎに、俺や澪姉を巻き込まないように気を遣ってくれてさ」
「だからそ、それは……言ったでしょ? 戦力的に不安があったからだって……それに、結果的には無駄になっちゃったわけだし……」
たちまちカミーユは歯切れが悪くなる。
そんな彼女を上手に言いくるめるライナーの手腕は堂に入っている。
「僕が言えた立場ではありませんが……カミーユ、烈士の先輩として、ここは素直に受け取っておきましょう?」
「なるほどな……わかった。後輩たちを危険から守るのも、先輩としての努めだからな。今後はちゃんと気合い入れて臨むんだぞ? いいなっ?」
「ハイッ、カミーユ先輩」澪は小気味よく応じつつ、「それと、ライナー先輩」もう一人へも迫る。
「どうしました? ミオさん」
「私、あなたたちを利用するつもりとか、ないから」
「…………」
「期待もしてない。でも――信頼はしてる」
「……そうですか」
「なのでっ」澪の手が献慈の袖を掴み、ぐっと引き寄せる。「献慈ともども、よろしくお願いします!」
照れくさく苦笑いする献慈をよそに、澪とカミーユは屈託なく笑みを交わし合う。そんな二人を、どこか憂愁を帯びた笑顔でライナーが見守っている。
緊張感など、どこ吹く風といった風情だ。それは、自分たちがこの先向かおうとする苦難を思えば、決して似つかわしいものではなかったかもしれない。
だがそれでも献慈は、今だけは、この光景を噛み締めていたいと、強く願うのだった。
左手中指に宿した、決意の証を見つめながら。
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