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【旧版】マレビト来たりてヘヴィメタる!  作者: 真野魚尾
第5章 しるし

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第37話 予行演習(1)

 (けん)()(みお)への想いを伝えた日――あれから、二日後。


 その日の午前中、予定どおり(おお)曽根(そね)臣幸(おみゆき)がナコイを再訪していた。転移術でのとんぼ返りだった前回とは異なり、今回は常識的に馬車での訪問だ。


 目的は言うに及ばず、献慈とその看病のため残った澪を村まで連れ帰るためである。




 大曽根父娘と献慈、久し振りに三人揃っての会食を終えた午後であった。


 〝莫迦(ばか)丸亭(まるてい)〟二階のラウンジへと集まった面子は、カミーユとライナーを含めた五人。俎上に載せられた議題が何であるかは言うをまたない。


 椅子に座り、険しい面持ちで腕組みをする大曽根を、四人が――ある者は座ったまま、別のある者は立って――取り囲む。


「話は今、娘さんが述べられたとおりです。俺たちはヨハネスを倒しに、オキツ(とう)へ渡ります」


 献慈はきっぱりと言い切った。一歩も退く構えはない。それはほかの三人の表情にも表れていた。


 本島・ナカツ島より南西、オキツ島の港からヨハネスの目撃談が寄せられたのが、ちょうど昨日である。対策本部は早くも現地へと移動していた。対象のおおまかな位置が特定でき次第、討伐作戦は開始されるだろう。


 烈士組合の試算によると、その時期は遅くとも一ヵ月以内に訪れると見られていた。


「……君たちは、自分たちのしようとしていることが、しっかり見えている自覚はあるのかね?」


 大曽根は厳かに、皆へ問いかけた。


 進み出るのは、先の死闘に加わり、その一部始終を冷静に見続けていた男。


「ええ。ヨハネスは明らかな格上です。こちらが数と戦術で対抗しようにも、決定打を与えうる攻撃力と、少なくとも一撃を耐え切るだけの防御力は最低限必要でしょう」


 ライナーが述べ立てるのを、大曽根は黙って耳を傾けている。


「ミオさんの剣術と、僕の呪楽があればこれらは両立可能です。そこへ現在のケンジ君とカミーユの援護が加われば、戦力的にかろうじて拮抗できると僕は見ています」


 ここへ及んで、ライナーもまた烈士にあるべきしたたかさを備えた人物であることを実感させた。その実、娘の復讐を手伝ってやるから自分を連れて行けと言っているに等しいのだ。


「……かろうじて、拮抗できる、だと?」


「そうです。勝機はあります。危ういバランスの中にですが」


 ここでもライナーは淡々と、図々しく言ってのける。


 大曽根の顔つきが、より一層厳しさを増していた。息の詰まりそうな重々しい雰囲気が、辺りを支配していた。


 堪えきれなくなったのか、澪が先んじて一歩を踏み出そうとする。


「聞いて、お父さん」


「待ってくれ」献慈がそれを制した。「今回の件、言い出しっぺは俺だ。だから、俺が言う」


「どういうことだね? 献慈君」


 大曽根は真っ直ぐにこちらを見据えていた。


 対する献慈もまた、目を逸らすことなく応える。


「お父さん、貴方も俺たちと一緒に行きましょう」


「……わたしがか?」


「俺を死地から救った貴方ほどの術士に戦力として加わっていただければ、こちらが優位に立てる可能性は充分にあります。それに貴方自身、奴を討つべき理由は俺たち以上にあるはずでしょう?」


「なるほどな……いかにも若者たちが考えそうなことではある」


 大曽根は相好を崩すと、やおら椅子から立ち上がった。その様子に俄然、献慈たちは期待の眼差しを注ぐ。


 期待は、叶えられたかに思われた。


「わたしは行こう、ヨハネスを討ちに――腕利きの一等烈士たちを募ってな」


 大曽根の口から出た言葉に皆、色を失った。


 澪はわなわなと肩を震わせ、絞り出すような声で訴えかける。


「お父さん……どうして……?」


「どうして? 自分たちで言ったことを忘れたのか? わたしには妻の仇を討つ理由がある。そして協力を得るならば……君たちのような半端者よりも、実力のある烈士を集めて臨むほうが事を成すには確実というものだろう?――さあ、こちらへ」


 大曽根の一声で、柱の陰から大柄な男が姿を現す。


「よぅ、お邪魔するぜぇ」


「……バイトの人……?」


 カミーユが小さく驚きの声を漏らす。


 小脇にクリップボードを抱え、近づいて来たのはシグヴァルドだった。軽薄な笑みはそのままに書類を数枚、大曽根へ手渡す。


「連絡のつきそうな一等連中の名簿だ。オジサマのご希望に添えるといいんだが」


「いや、充分だよ。さて……澪と献慈君は、帰り支度のほうは済ませたかな?」


 背を向けようとする大曽根に、献慈がかける言葉はただ一つだった。


「俺たちはまだ帰りません」


「……聞き分けのない子どもたちだな」


「まだ用件が済んでませんから。貴方の目的は俺たちと……澪姉と同じだ。一緒に来ない理由がない」


「わたしの話を聞いていたのかね?」


「無論です。貴方はヨハネスを『討つ』と言いました。奴が(たお)されさえすればいいというなら、最初から最後まで腕利きたちに任せたほうが確実のはず。にもかかわらず、自ら『討つ』と。それは俺や澪姉の決意と少しも変わらない。……もう一度言います。貴方は俺たちとともに戦うべきだ」


 頑として譲らない献慈を前に、大曽根は「んん」と低く唸った。次いで娘の方へ顔を向ける。


「……澪、お前は?」


「お父さん……憶えてる? 力は所詮、力だって」


「……()(のり)の言葉か」


「強さってのは力じゃない、意志なんだ、って……今さらだけど私、わかった気がする。だからね、お父さん……私、引っ張ってでも連れて行くからね?」


 澪も、献慈と並んで立ち、真っ向から父親と向き合う姿勢を見せていた。


 三人はその場に対峙したまま、いずれも動こうとはしない。


 そして五秒、十秒と時が過ぎゆく中、ふと一同の輪の外で笑いを漏らす者があった。


「ククッ……もうその辺でいいんじゃあねぇのか? オ・ジ・サ・マ」


「な……何?」


 気味悪がって眉をひそめるカミーユ。彼女ならずとも、皆が一斉に、この状況に違和感を抱いたようだ。


 シグヴァルドと、もう一名を除いて。


「そうだな……そろそろ芝居を続けるのも疲れた頃合いだ」


 大曽根は、先に渡された書類の間から何かを取り出し、テーブルの上へ置いて見せた。二枚あったそれは、紙に似ていながらも、どちらかというと白く透き通る薄いフィルムのように見えた。


「烈士の誓約書!」


 カミーユが声を上げてそれを指差す。唖然となったのは献慈のみならず。


「ど……どういうこと……?」


 澪は父親を振り返ったまま、口を閉じるのを忘れている。


「こういうことだ」


 大曽根はシグヴァルドから万年筆を受け取ると、二枚ある誓約書の保証人欄へ、自分の名前を立て続けに記す。


 薄々とその意図が飲み込めつつあった献慈たちだが、揃って言葉が出てこない。


「ん? どうした、ふたりとも。烈士になるとか約束してたんじゃなかったのか?」


「そ、そうですけど……というか、申請に一ヵ月ぐらいかかるって、受付で……」


 しどろもどろになる献慈へ、シグヴァルドのウインクが飛んだ。


「なぁに言ってやがる。最初にオレんとこ来てからもう一ヵ月だろうよ。また世話なるっつーから、こうして用意しといてやったんだぜ?」


「そ、な……ま、まさかお父さんもその時から……?」


 これには大曽根も首を横に振る。


「それはさすがにまさかだよ。だが先日、献慈君を治療し終えて帰る前、そこの彼と話をしてね。こうなることを見越して、諸々仕込ませてもらった」


「……んもおぉぉぉ~っ! お父さああぁん!!」


 眉を逆立て、真っ赤になった澪が大曽根へ食って掛かる。胸や肩に娘のゲンコツをぽかぽかと叩き込まれる、父親の顔は満更でもなさそうだ。


「はっはっは……澪がこんなにも早く元気を取り戻すとは、実のところ期待以上だった。しかも反対したわたしを置いて行くどころか、意地でも連れて行くときた。……ありがとう、献慈君」


「それでは……一緒に来てくれるんですね?」


「ああ。ただ、わたしも村では責任ある立場だ。そちらの要件を片づけた後、君たちとは現地で必ず合流すると約束しよう。よろしく頼む――ライナー君、カミーユ君も」


 大曽根の呼びかけに、二人は出し抜かれたことも水に流し、快く応じる。


 さて、残る問題はただ一つといってよい。


 テーブルに置かれた二枚の書面。シグヴァルドはそれらを横目に見下ろしつつ、献慈たちをせっついてきた。


「どぉーでもいいんだけどよォ、せっかく持って来てやったんだから、おふたりさんの烈士デビュー、早く見届けさせてくんねぇかなぁー?」


「あ……そうでした。やっぱりこれって今すぐ済ませたほうがいいですか?」


 献慈は言いながらも、自分で自分の悠長さに呆れていた。


 案の定、カミーユからはツッコミが入る。


「アンタねー……この界隈、たとえ見習いでも、烈士の肩書きがあるとなしとじゃ信用が段違いだかんね?」


「そっか……で、具体的にはどうすれば……?」


「まずは上の欄に、ご自分の名前を。文字の種類に制限はないはずです。ケンジ君の場合、ニホン語でも構わないでしょう」


 ライナーの丁寧な助言に感謝しつつ、献慈は受け取った万年筆で自分の名を書き記す。隣では澪が、同様に名前を書き終えていた。


「次は?」


「文面が書かれてるが、こいつにはある呪文が綴られてる。そこは無視して下の空欄に血判を押すんだ。それで完了だ」


 シグヴァルドはさらりと言ってのけるが、「血判」と聞いて献慈は内心、少なからず躊躇を覚える。


(け、血判って……あの、自分の親指をガッとやって、グッとやるやつ……だよな?)


 献慈が自分の指を見つめたまま立ち尽くしている間に、


「……これでいいのね?」


 澪は左の親指を、まさに下ろしきる寸前にあった。


(早っ! 澪姉ってば、思い切りがいいなぁ)


 いぜん呑気な感想を抱いていた献慈の目の前で、それは起こる。


 澪の指が離れた途端、誓約書は淡い光を放ちながら変形と収縮を始め、見る見るうちにその姿を変えていた。


 『星辰戒指(リング・オブ・スター)』――カミーユやライナーの指に光るそれと同じ烈士の証、水晶のように透き通る小さな指輪であった。


「これが呪文の正体だ。星幽鉱(アストラライト)で編まれた誓約書と指輪――見てくれこそ違っちゃいるが、本質的には同じモンらしいぜ。ノーラが言うには……同位相? だっけかな」


 シグヴァルドに続いて、ライナーが口を開く。


戒指(リング)は血判を押した本人だけが身に着けられるよう作られています。ちなみに僕らを含め、多くの烈士が左手の中指に()めていますね」


 仕事運を上げるゲン担ぎが慣習化された結果なのだそうだ。


「……で、次はアンタの番じゃないの?」


 カミーユの一言で、周囲の視線が献慈に注がれる。


 さて、ここは素直に方法を尋ねるべきか、それとも適当な刃物などを使わせてもらえるよう確認するべきか。


 大曽根に対し大見得を切った手前、見苦しい振る舞いは避けたいところだが、


「(こんなときに見栄張ってる場合じゃないか……)え――」


 それは、あれよという間の出来事だった。


 横から腕を掴まれたと献慈が気づいた時には、すでにその左手薬指を、澪が口に含ませている最中であった。


(――ぁ痛ッ!)


 指先に走る小さな痛みと、柔らかな唇の感触。それらを献慈が愛おしむ間もなく、澪は口から離したその指を懐紙で覆う。


 思いやりに満ちた澪の眼差しが、無言で背中を押してくれていた。


(……ありがとう)


 感謝を表情で伝えつつ、薬指の爪と第一関節の間に刻まれた噛み傷から、献慈は親指の腹で血をすくい取った。それを押捺するとともに、もう一つの指輪が卓上へ現れ出る。


「これを……嵌めればいいんですね?」


「待って」はやる献慈を制止したのはほかでもない、澪だ。「私に……着けさせて」


「……わかった。頼むよ」


 献慈があっさりと承諾したことに、彼女はほんの少し目を見張っていたものの、行動に移るまで時間は要さなかった。


 澪は献慈の左手を取り、その中指に指輪を――嵌めた。


 なじんでゆく、肌へ、身体へ、そして意識へと。


 まるで持ち主の体温や肌の弾力までをも写し取ったかのように、その透明な円環からは冷たさも硬さも感じない。血の盟約によって、それは自身の存在と同質だと定義づけられていたのだ。


 さて、今度は献慈の番である。


「澪姉……いい?」


「お願い……します」


 心持ち下向きになった睫毛の奥から、琥珀の煌めきが恥ずかしげにこちらを覗いている。わずかに口角の上がった唇に、献慈は自分に期待されているものの重みを感じていた。


(大丈夫だ。これは予行演習……って、何の予行演習だよ!? いや、でもいずれは……うん、ただ指に嵌めるだけだから……ハメるだけ……はっ!? 俺は一体何を考――)


「……早くぅ」


「ご、ごめん。今やるよ」


 献慈は澪の手を取り、彼女の中指へそっと指輪を通す。何気なくかち合わせた指輪同士、仄赤い光が揺らめいた。


 名残惜しげにふたりが手を離す最中、澪がつぶやく。


「……何だか不思議な感じするね。あるべきところに収まった、みたいな」


「そうだね(……ん? どっちの意味だ……?)」


 献慈が答えたのが合図となったかのように、大曽根が帰り支度を再開させる。


「さて、成り行きも無事見届けたことだ。わたしはそろそろ出発する。献慈君、娘のことは任せたよ」


「はい!(……って、これもどっちの意味なんだ!?)」


 半ば勢い任せの返事であったにもかかわらず、大曽根が頬を緩ませていたことに、献慈は素直な安堵を覚えるのだった。


「澪も……最早わたしからは何も言うまい。お前がしっかりとこの先の人生を歩んでいけるよう、父親として全力で協力するつもりだから、安心しなさい」


「お父さん……でもね、それは私の台詞でもあるから」


 澪は晴れ晴れとした面持ちで、父親に宣言する。


「お父さんだって、人生まだまだこれからでしょ? いつまでも立ち止まったままになんかさせておかないから。ちゃんと区切りをつけて、前に進ませてみせる。それが私と――お母さんの願いだもの」


「これは……ふふ、参ったな」


 大曽根は目頭を押さえ顔を背けるも、大きく息を吐いた後、程なく立ち直る。


「礼を言うのは、この一件を終わらせてからだな。それでは皆、むこうで会おう」


 一同に見送られ、大曽根は階下へ、そして宿酒場の外へと去ってゆく。


 会談が始まった時点では想像もしなかった、清々しい別れであった。

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