6. 悪夢と決意
気が付けば、俺は暗闇の中で戦っていた。
「【炎の矢】【岩の杭】【水流切断】」
立て続けに繰り出された魔法がモンスターたちを切り裂いていく。
しかし、蠢く影は止まらない。
「クソッ、【光の道標】」
いつの間にか握っていた杖から光の筋が飛び出して、辺りに眩い光が飛び散った。
そして、露になるのは数え切れないほどのモンスターの軍勢。
「――【青天の霹靂】【かまいたち】」
いくら魔法を放っても、モンスターの軍勢にできた綻びはたちまちに塞がった。
分かっていた――俺がいくらモンスターを倒してもレベルアップすることがないことくらい。
「【爆裂炎】」
やけくそに放った上位魔法は、杖から出ると散り散りになって消えてしまった。
分かっていた――俺がいくら頑張っても上位魔法が使えないことくらい。
だが、何故だ?
「ふざけんなよ――【暗黒の帳】」
闇属性中位魔法の範囲攻撃がモンスターを襲い、属性を問わず纏めて暗黒に飲み込まれた。
しかし、何事もなかったかのようにモンスターは湧き出てくる。
何故だ?
何故なんだ?
闇雲に魔法をぶっ放つ。
辺りのモンスターが光を放ちながら消滅していく。
しかし、また何事もなかったかのように無数のモンスターは向かって来る。
何故だ、何故だ、何故なんだ!
半狂乱になって、四方八方に魔法を打ちまくる。
次々にモンスターが光となって飛び散り、辺りには光魔法の花が咲いたかのような光景を生み出した。
しかし、次の瞬間には何事もなかったかのように光が暗闇に吸い込まれる。
そして、後に残ったのはどこからともなく湧き出てくるモンスターたち。
何故だ!
何故――!
まるで悪夢のようだ。
――違う、ここは正真正銘夢の世界なのだ。
そうに決まっている。
そうに決まっているんだ。
ああ、こんな世界ゴミだ。
早く覚めてくれよ、こんなクソみたいな夢。
何故なんだ?
一体全体何故なんだ?
何で、モンスターを倒しても倒しても倒しても――
「――なんで金がドロップしねぇーんだよぉぉぉぉぉお‼」
「ぎゃふっ」
――はっ…俺は一体何をしていたんだ?
いつの間にか俺は図書館のカウンターの中で突っ立っていて、橙に輝く夕日が横顔を焼いていた。
「…あ、あの…な、七瀬君?」
「あ?」
俺の名前を呼ぶ声がして下を向くと、花子が床にひっくり返っていた。
女子にあるまじき姿態だが、花子のスカートは捲れ、意外にも肉付きのよい太腿が露になっている。
思わずその奥に目が吸い寄せられ――
「ってかモブじゃねぇか」
思わぬラッキースケベに内心歓喜したが、花子のモブ顔が目に入って全てが萎えた。
悲しいかな、山田花子は生粋のモブ陰キャなのだ。
「あっ、えっ、はっ――!」
自分の格好を見て慌ててスカートを膝まで引っ張る花子の姿を冷めた目で見る。
クソ、なんでこいつはモブなんだよ。
モブがわたわたすんなよキモイぞ。
…ああーもうやだやだ。
寝起きにモブキャラが椅子から転げ落ちたクソどうでもいいスチルが脳内保存されてしまった。
くっ、何で忘れられないんだ。
女子の肌色が脳内メモリをがりがりと侵食していく――花子のくせに!
というか――
「はっ!」
俺は咄嗟に辺りを見渡した。
傍から見れば、俺は完全に頭の狂った変人じゃないか。
静まり返った図書館で、さっきまで寝ていた奴がいきなり立ち上がった上に、訳の分からない寝言を叫ぶなんて!
ああ、終わった…。
俺の高校生活が二年目の初めにして即終了しましたー。
ああ、俺はモブ眼鏡陰キャのうえに図書館で叫び出す狂人の烙印を押され、SNSで拡散した俺の悪口が学校中を駆け巡り、翌日学校に行って机を見ると『死ね!狂人!モブ眼鏡陰キャ!キモッ!』とか油性ペンで書かれていて、学校中の生徒から指さされて笑われるんだろうな死にたい死にたいまじ死にたい。
「あの…もうみんな帰っちゃったよ。図書館にいるのはわたしたちふ、ふ、二人だけだよっ」
花子の声で我に返った。
よくよく辺りを見てみると、だだっ広い図書館の中には人っ子一人いない。
――あぶねー、まじあぶねー!
誰にも俺のとち狂った所業を目撃されていなかったぜ。
え?
花子は除くよもちろん。
だって…花子だし。
「はあ、もう放課後かよ」
眩しい西日に思わず顔を顰めると、花子が慌てた声で言った。
「あ、あの…起こさなくてごめんね。あまりにも気持ちよさそうな顔で眠ってたから…ふふっ」
ぞぞぞーっと怖気が走った。
いや、まじかよ。
俺の寝顔見てたのかよ、このストーカーモブ陰キャ!
そもそもモブ眼鏡陰キャである俺の通常版の顔面を更に劣化させたモノをじっと眺めていただと…!
こいつ怖っ。
ストーカーの思考は理解不可能だ。
こいつ、もしかしてバグか?
「あの…ええと…さっき七瀬君が口にしていたことって何かな?」
え…?
俺が口走ったこと…?
その途端、電撃が俺の全身を駆け巡った。
「そうだよ、金だ!いくらモンスターを倒しても、倒しまくっても、金がドロップしないんだよ!バグかよ!」
…というか、よく考えたらあれは夢だった。
ふぅ、よかった。
流石にモンスターを倒して金がドロップしないなんて話はないからな。
あれはただの夢――
「おい花子…お前、俺の金見なかったか⁉」
「え!はぇっ!」
思わず花子を怒鳴り付けてしまっていた。
再び椅子から転げ落ちる花子を目の端で捉えつつ、俺は全身がゆっくりと冷たくなっていく感覚を覚えていた。
あの時――チュートリアルイベントの時に倒したシャドーの姿が脳裏にフラッシュバックする。
俺はあいつを、きちんと倒した。
だから、あいつは金をドロップしているはずで――
「いや、ドロップしてねぇ⁉」
え?
ここはあの悪夢の続きなのか?
それとも現実なのか?
いや、ここは夢の世界に決まっているよな…?
誰か、誰か嘘だと言ってくれぇ。
「クソッ、モンスターを倒せば金がドロップするはずなのに、その金がなかったらこの先どうやって生きていけばいいんだよぉ」
俺の呻き声に、花子はきょとんとした表情で言った。
「ええと…七瀬君?モンスターを倒しても…お金は落とさないよ?」
「馬鹿はお前だNPC!」
「はぇっ!」
またも花子がひっくり返り、今度は白いパンツが覗くが――まじでどうでもいい。
「敵を倒せば金やアイテムがドロップすんの!これ常識!」
「はぇぇぇっ!」
…クソッ、NPCに言っても伝わらないか。
バグだ。
これはバグに違いない。
何で金がドロップしていないのだ。
おーい運営さん、バグですよバグ!
早くバグ直してくだ――
「バグ報告できねぇ!」
「はぇっ!」
やばいやばいやばい、どうすればいい。
金がなかったら、アイテムが買えない。
アイテムが買えなかったら、俺の強化ができない。
俺の強化ができなかったら、一生ステータス固定器用貧乏キャラになってしまう。
それだけは絶対に避けなければいけない。
「クソぉ…どうすれば――はっ!」
そうだ、まだ一つだけ試していないことがあるじゃないか。
よく考えてみろ。
二次元のゲームの時には取得アイテムが戦闘終了時に表示されて、自動的に持ち物欄に入っていたじゃないか。
そして勝利報酬としての金は言わずもがな、ステータスウィンドウの所持金額欄に自動的に加算されているのだ。
「そうと決まれば――ステータスオープン」
すると、目前の空間が歪み、青色がかった半透明のプレートが姿を現した。
俺ははやる気持ちを抑えつつ、ステータスウィンドウに指を走らせる。
【所持金:3000円】
「よっしゃぁぁぁぁぁあ!」
「はぇっ!」
思わず、拳を握ってガッツポーズをしてしまった。
柄にもなく、口角が上がって満面の笑みを浮かべそうだ。
だが、これで証明された。
この仮想現実世界でも二次元のギャルゲーの時と同様に、敵を倒せば金を獲得することができ、俺はアイテムによる強化ができる。
そうと決まれば――
俺は試しに所持金を引き出そうと頭の中で念じてみた。
プロロン
「え?えええええ⁉」
花子が俺の手元を見て飛び上がっていた。
「ははっ」
確かな札の質感が俺の右手に伝わる。
手を広げて見てみると、そこには三枚の札があった。
ただし、馴染みのある札ではなく、夏目漱石の代わりに知らないおっさんが描かれている。
これがこのギャルゲーの通貨なのだろう。
まあ普通に毎日使っていたのだが、記憶を取り戻したこともあって新鮮に感じる。
「ええと…な、七瀬君?そのお金はどこから…?」
花子が頭の上にはてなマークを浮かべながら聞いてくる。
「あー…まあ手品だよ」
ゲームキャラに説明しても面倒臭いし、適当にはぐらかす。
「…?『てじな』って何?」
この世界には手品が存在していないのか?
まあ魔法が主流になっている世界観だから、あたかも『魔法』のように魅せる技術は発達していないのだろう。
更に頭の上にはてなマークを浮かべる花子を無視し、俺は思案した。
俺が倒したシャドーはレベル30。
ゲームではレベル×100円が討伐報酬として払われるから、この仮想現実世界でも同じルールが適応されるとみていい。
ステータス固定の上にレベルが上がらない――というかそもそもレベルの概念がない俺が強くなるにはアイテムや武器、防具の力でステータスを上げるしかない。
それらを手に入れるためには、ショップで買わなければいけない。
つまり、必然的に俺には金が必要になる。
金を手に入れるには、モンスターを倒さなくてはいけないということ。
この世界があのギャルゲーであることを考えると、『迷宮』があるはずだ。
もともと、このギャルゲーは魔法を駆使して戦うシミュレーションRPGであるので、所謂『モンスター』との戦いが想定されている。
この世界には『迷宮』と呼ばれるモンスターの巣窟が点在しており、この魔法高校も一つの迷宮を保有しているのだ。
この学校の生徒たちは授業の傍ら、迷宮に潜って実戦で魔法を磨く。
つまり、俺も迷宮に潜る機会があるのだ。
「な、七瀬君?」
黙り込んだ俺を見つめる花子を見て、思わず溜息をついた。
新学期が始まって――このギャルゲーのストーリーが動き始めてから、主人公は攻略対象とのフラグを立て、着実に酒池肉林(精神的に)のリア充街道を進み始めている。
なのに…なのに、俺はなんでこんなストーカーモブ陰キャの死亡フラグしか立てていないのだ…。
これが青春だと?
これがギャルゲーの青春なのか?
「ふざけんなよ!」
「はぇぇぇ!」
ふざけるな。
俺は『七瀬彩人』としてこのギャルゲーのプレイヤーになったのだ。
主人公ポジションでヌルゲープレイを決め込んでいる奴に負けてたまるかよ。
それに、俺は変わりたい。
現実世界でも、このゲームの世界でも、俺はずっと陰キャだった。
今更俺の内向的な性格が変わることはないが、それでも俺は前に進みたいんだよ。
これはチャンスだ。
俺は皆を見返してやる。
俺をガリ勉陰キャだと見下してきた奴らを見返してやる。
ステータス固定で育成できない器用貧乏キャラだが、それがどうした?
俺は金とアイテムの力でこのギャルゲーを成り上がってみせる。
「そして、俺は絶対手に入れてやる…まだ見ぬ隠し美少女キャラを‼」
「…ぇ?」




