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閑話 山田花子とモブ眼鏡Ⅰ

「がっこう、行きたくないなぁ…」

 思わず零れてしまった言葉は、窓から差し込む眩しい朝日に溶けた。

 学校に行きたくない。

 だけど、学校に行かなくちゃいけない。

 だって、今日は始業式だから。


「はぁ…やだな」

 すっかり明るくなった陽射しを避けるように、わたしは毛布を頭まで被った。

 しかし、寝具の隙間から光は差し込んできて、もうどこにも逃げ場所はないのだと悟る。

 ぎゅっと目を瞑ってみても、瞼を通り抜けて光はやって来る。

 二度寝しよう。

 それでも、中々眠れない。

 それもそのはずだ。

 もう一時間も前から目が覚め切っているのだから。

 身体はもう起きている。

 でも、わたしはまだ寝ていたい。

 全てを投げ捨ててでも、ずっと寝ていたい。



 こんこん、と扉が柔らかな音を立て、聞きなれた声が扉を隔てて落とされた。

「お嬢様。朝食ができましたよ」

 その低く優しい声は後ろ向きな心を少し軽くするも、ずっしりと沈んだ心は中々持ち上がらない。

 はぁ…起きたくないなぁ。

「お嬢様、失礼いたします」

 断りの言葉と共に、寝室の扉がきぃと開いた。

 その人物はこつこつと静かな足音をさせながらやって来ると、わたしの枕元で立ち止まった。

「ほら、起きてください。せっかく京香が作ってくれたご飯が冷めてしまいますよ」

 全く、爺もずるいな。

 そんなことを言われたら、起きるしかないじゃない。

 …仕方がない。

 わたしは被っていた毛布を引き下ろすと、のろのろと起き上がった。

 急に視界が明るくなって、目がしょぼしょぼする。

「…ずっと暗いところにいたい」

 ぽつり、とそんな声を漏らせと、頭を優しく撫でられる感触がした。

「人は暗いところにいては身を滅ぼしますぞ。お嬢様は光の中を歩いてください」

 その言葉の意外な重みに思わず顔を上げると、いつも通りの柔和な爺の顔があった。

 彼の名前はアルバート。

 五年前に山田家にやって来て、執事という体で働いている。

 とは言っても、わたしの家は由緒正しい家系ではなく、むしろ成金じみた家だから、執事だったりお手伝いさんがいるのは少し変な感じがする。

 しかし、爺は執事として働くことに強いこだわりがあるのか、わたしに自分のことを『爺』と呼ばせる。

 短く揃えられた髪には白髪が混ざり、銀色がかったグレーの髪は『爺』というほどには年老いた様子を感じさせない。

 彫りが深い異国の顔立ちに精悍な容貌は、むしろ年齢よりも若く見える。


「わたし、学校ではずっと日陰者だよ。友達なんて一人もいないし、勉強もできないし、魔法も上手くないし…」

 あー、いやだなぁ…学校に行きたくない。

「そんなことありませんよ。お嬢様の良さを分からない輩は目が腐っているに決まっています。全く…お嬢様はこんなにも清廉で健気で、美しいのに」

 出た出た、爺の社交辞令だ。

 …まあ、恐らく本気で思っているから余計(たち)が悪いんだけど。

 目を細めながらわたしを見下ろす爺を見て、背筋がむず痒くなった。

 全然そんなことないのに。

 むしろ逆で、わたしは卑屈で、意地が悪くて、美しくなんてない。

 そもそも、わたしはお嬢様ではないのだ。

 なのに、お嬢様と呼ばれる度、わたしは物語の中のお嬢様と自分を比較して暗い気持ちになる。

 本物のお嬢様は、偽物のわたしと違ってとっても綺麗だ。

 決して鼻がこじんまりとしていなくて、決して一重の野暮ったい瞼でもなくて、決してどこにでもいるような凡庸な顔立ちではない。

 本物のお嬢様は、外見も、内面だって美しい。

 何で、こんな私が…お嬢さまなんて呼ばれているのだろう。


「朝食はもうできています。早く食べないと遅刻してしまいますぞ」

 優しいけど優しくない爺の言葉に押され、しぶしぶわたしはベッドから降りた。




「おいおい、重役出勤かぁ、花子?」

 爺に連れられて食堂に行くと、そこには二十代後半くらいの女性――京香さんがわたしを睨みつけていた。

「全く、昨日まで普通に起きていたのに…。そんなに嫌か、学校ってのは?」

「ご、ごめんなさい…」

 彼女も爺と同じく五年前にやって来たお手伝いさんだ。

 京香さんは和風美人なのに、がさつでちょっぴり怖い人だ。

 そんな美人に睨まれると思わず竦み上がってしまう。

「まあまあ、京香。その辺にしてあげてください。お嬢様も悪気があって遅く起きたわけじゃあないんですから」

 そう言って京香さんを優しく宥める爺の言葉に、彼女はそっぽを向いて頭を掻いた。

「ほら、さっさと席について食べろよ。私らだって食べたいんだから」

「ご、ごめんなさい。あ、京香さん、いつもご飯作ってくれてありがとう」

 京香さんはいよいよわたしに背を向けると、調理場の方にすたすたと歩いて行ってしまった。

 でもわたしは知っている。

 彼女は照れ屋でとっても優しい人だ。

 言葉は乱暴だけど、京香さんのご飯はあったかくて美味しいし、彼女のおかげで広い家の中はいつもぴかぴかなのだ。



 わたしたちはいつも三人で食事をとる。

 お父さんとお母さんはお仕事でいつも家を空けている。

 二人の顔を見たのはもう何か月も前のことだ。

 それでも、わたしは寂しくない。

 爺と京香さんがいてくれるから。


「…はぁ」

 思わず溜息をついてしまった。

「そんなに私の料理が不味いか?」

「えっ、いや、そうじゃなくて…京香さんのご飯は美味しいよ」

 食事中に溜息をついてしまったわたしを京香さんが睨んだ。

「まあまあ、京香の料理は絶品ですよ。毎日京香の料理を食べることができて、爺は幸せものです」

「あっ…ああ…いや、そ、その…あ、ありがとうご、ざいます」

 京香さんは爺の言葉に顔を真っ赤にしてしどろもどろになっている。

 本当に分かりやすいなぁ、この人は。

「ごほん。…で、花子はそんなにも学校に行きたくないのか?」

 京香さんは心底不思議そうな表情で聞いてくる。

「えっ…それは…」

「私なんて碌に学校に行ったことがないから花子が羨ましいよ」

 京香さんが思いがけないことを口にした。

 それってどういう意味だろう。

 不登校…ではないのかな。

「ま、そのおかげでアルさんと会えたし、アルさんにも色々教えてもらったし…結果オーライだったけどね」

「ええと…それって…?」

 ごほん、と咳払いが聞こえ、言葉が途切れる。

「お嬢様が抱えている悩みは承知しております。ですが、内向的になっているだけでは成長できませんぞ」

 爺の言葉が胸に刺さった。

 分かってはいる…分かってはいるよ。

 それでも、わたしは自分の容姿には自信が持てないし、人との関わり方は上手くないし、勉強だってあまりできない。

 それに、もう一年生の時点でグループや力関係はできあがっててしまったのだ。

 わたしはカーストの底辺だ。

 もうどう足掻いてもそこからは抜け出せないよ。


「全く…うじうじしやがって」

 京香さんの言葉に肩身が狭くなる。

「ま、仕方ねぇか。ここは一つ、私が花子におまじないをかけてやろう」

「えっ?」

 思わず顔を上げると、そこには人差し指を伸ばした京香さんがいた。

「一つ、花子はイケメンに出会うでしょーう」

 彼女の言葉と共にわたしの方に向けられた人差し指が青白くぼうっと発光した。

 京香さんのおまじないだ。

 どういう原理かは分からないけれど、わたしが不安になったりしたときによくやってくれるのだ。

 正直なところ、効果はよく分からない。

 というか、えっ…イケメンって…。

「一つ、花子の危機にはイケメンな白馬の王子様が守ってくれるでしょーう」

 いやいや、白馬の王子様って…。

 そもそも危機なんてないよ。

「一つ、花子にはイケメンの友達ができるでしょーう」

 友達は切実に欲しい。

 …しかし、京香さんがイケメンに拘る理由はなんでだろう…。

 わたしは普通の女の子の友達が欲しいんだけど…。

「はい、お終い!ふぃー、いい仕事した」

 そう言って、京香さんは気怠そうに椅子の背もたれに寄りかかった。

「…そもそもこのおまじないって効くの?」

 疑心に溢れたわたしの言葉に、京子さんが聞き捨てならないと立ち上がった。

「効くに決まってんだろ。ああ?それとも私の力を疑ってんのか?へっ、どうせ私なんてまともに魔法すら使えないへぼ魔法使いですよーだ」

 京香さんはぷいっと横を向いて拗ねてしまった。

「まあまあ、京香のおまじないはよく効きますよ。爺も何度も助けてもらいましたから」

 本当かなぁ…。



―――――



 はぁ…。

 もうお家に帰りたいです。

 周りを見渡せば新品の制服に身を包んだ新入生や、クラス分けを見ながら一喜一憂している生徒たちがいる。

 頑張った甲斐もあり、なんとかAクラスに入れたものの、学校という世界で一番憂鬱な空間にいることには変わりがない。

 しかも『新学期』ならなおさらだ。

 誰もが浮足立つ新学期。だけど、わたしはそんな新学期が一番嫌いだ。。

 新しい学期、新しい教室、そして新しい顔ぶれ。

 もともと人付き合いの苦手なわたしは新しい環境で人の輪に入っていくことが大の苦手だ。

 ただでさえ、『学校』という空間が嫌いなのにあまつさえ新学期だなんて。

 もう何もかもほっぽりだしてお家に帰りたいよぉ。


 早朝なのにすでに騒がしい教室へと足を踏み入れる。

 あちこちで歓談している同級生たちの輪を、うつむきながら足早に避け進み、黒板に張られた座席表を見る。

 はぁ、目立つ場所だったらいやだなぁ。お隣の子は誰かなぁ。明るい子だったら逆に気後れしそう…。

 どきどきする胸を抑え、座席表にある自分の名前を探す。


「あった」

 窓に一番近い列の、一番後ろの席。

 席の場所は最良といってもいい。問題は隣の人だけど…。

「七瀬…彩人君」

 火属性の魔法使い見習い。学年一の秀才。魔法の腕も学年で随一だった。

 思い浮かぶのは、どんくさいわたしとかけ離れたすごい彼の姿。

 でも…なんだか親近感が湧いてしまうのは七瀬君に申し訳ないかも。

 でもでもやっぱり…

「ぼっち…だよね」

 ついぽろっと口から零れてしまったのは、やっぱり彼と似た者同士だからか。

 いやいや、さすがに七瀬君に対して失礼です!

 それでもいつの間にか彼の孤独な姿を目で追ってしまっていた。

 いつも気怠そうな七瀬君。筆記試験の成績はすごくいいのに、グループ実技は心なしかそわそわして気まずそうにしている七瀬君。お昼ご飯はあっという間に食べて、本を読んだり机に突っ伏して寝ている七瀬君。

 周りもそんな七瀬君に話しかけづらかったんだろうな…。

 でも、七瀬君も周りとどう関わっていいか分からなくて気まずそうだったなぁ…。

 うん。わかる。わかるよ。


 ぼっち同士だ。

 

 内心で失礼なことを申し訳なく思いつつも、やっぱり彼に親近感をもってしまう。

 うん。七瀬君がとなりでよかったかも。ぼっち同士だし、頭いいし、もしかしたら仲良くなれるかも。

 それに――

「ふふふ」

 一度だけちらりと見た、眼鏡を外した七瀬君の横顔を想像して思わず笑みがこぼれた。

 結構イケメンだったなぁ。

 誰も気づいていないと思う彼の素顔。

 明るい茶髪は目元まで伸ばし切っていなければ爽やかだし、野暮ったい黒縁眼鏡をかけていなければ、その整った顔立ちがはっきり表れて、きっとクラスの人気者だっただろう。

 もったいないなぁ。

 何故七瀬君があそこまで内向的なのかわからない。

 あれだけの容姿と頭の良さと魔法の才があったら、クラスのカースト上位…いや最上位にいてもおかしくないのに。

 ううん、でもでも、だからこそわたしが七瀬君に近づけるチャンスだ。

 いや、別に男女の仲とかじゃないけど、彼と仲良くなりたいな。

 あわよくばそこからさらに先に進めちゃったりして!

「――っふふ」

 危ない危ない、あともうちょっとでホームルームが始まっちゃう。それに七瀬君が来ちゃう。

 急いで席に着かなきゃ。


 わたしは足早に席に向かうと、憂鬱な…でもちょっぴり楽しみな新学期の空気に浸るのだった。




―――――




 七瀬君はホームルーム開始五分前に教室に入ってくると、黒板に張られた座席表を一瞥してまっすぐわたしの座る席の隣までやってきた。


「――っあ…」


 なんて話しかけよう。咄嗟に開いた口からは乾いた音しか出なかった。

 それはそうだ。まともにクラスメイトと話したことなんてないし。

 それに…男子に話しかけるなんて…わたしにはハードルが高いよぉ。


 そんなわたしの葛藤を気にも留めず――というかさほども気がつかずに、七瀬君は机に突っ伏して我関せずモードに入ってしまった。

 

 それから結構イケメンの編入生がやってきて(京香さんのおまじないじゃないよね?)、新学期の式が講堂で開かれて、新学期最初の授業が行われた。

 それらがつつがなく終わると、もうお昼休み。

 久しぶりの学校にわたしがぼーっとしていると、隣の七瀬君はあっという間にお弁当を食べ終えて、またいつもの我関せずモードに入りかけていた。

 今話しかけたら、七瀬君のことを邪魔しちゃうかなぁ。でも、今話しかけなかったらそのままずるずるとこの状況が続いちゃう。

 うーん、こうなったら話しかけるしかない!わたし、頑張れ!


「な、七瀬君…」

 ようやく絞り出した声は彼には届かず、周囲の喧騒に溶けた。

 …こほん。

「ええと…な、七瀬君」

 ちらちらと七瀬君のことを伺うも、机に突っ伏している彼は微動だにしない。

 もうちょっと大きな声じゃないと聞こえないのかな…。

「な、七瀬君」

 ぴくり、と彼の肩が動いた。

 どうやらわたしの声が完全に聞こえていないわけではないらしい。

 よかったぁ。

 それでも、やっぱり七瀬君は動かない。

 うーん、こうなったら…。


「七瀬君」

 半ば自棄(やけ)になりつつ、そしてちょっぴり恥ずかしがりつつ、彼の左肩をつついてみる。

 つんつん。

 わたしの指に反応して、思わずといった調子に七瀬君の身体がぴくっとなる。

 なんだかかわいい。

 うーんお願い。そろそろ応えて七瀬君!


 その思いが伝わったのか、七瀬君がゆっくりと起き上がった。


「七瀬君、ごめん。寝てたよね」


 わたしの声に反応して、七瀬君がこちらに顔を向けた。

 明るい茶色の前髪が黒縁眼鏡にかかり、そのまた眼鏡も顔を大きく隠し、七瀬君の素顔はいまだに見えない。

 それでも彼を直視してなんだか恥ずかしい気持ちになった。


「あの…、き…、あな…、えっと、七瀬彩人君だよね」

 You are Saito Nanase, aren’t you?

 英ノ国の言葉でいえば簡単だったけど、きみ、とか、あなた、という二人称を使うのが気恥ずかしい。

 というか、なんでここで本人確認しちゃうのわたし!一年生のときも同じクラスだったでしょ!


「…ぁ、ああ」

 当惑したように、七瀬君が答える。

 えーとえっと、なにか話続けなきゃ。


「その…七瀬君って頭いいんだよね。定期考査でもずっと一位だったし」

 捻り出したのはそんな言葉。

「…え…あ…」

 っまずい、七瀬君が困ってる…。


「それに、七瀬君の実技試験を見てたんだけど、火属性の上位魔法の一つ、【爆裂炎】もすごかったし…」

「ああ…」

 更に七瀬君の表情が暗くなったように見えたのは見間違いだろうか。


「ええと、だから、七瀬君ってすごいね」

「ああ…」

 口下手なわたしは必死に言葉を重ねることしかできない。

「ええと、わたしは勉強も魔法も皆より全然できないから、隣に七瀬君がいて心強いなぁって…」

「ああ…」

 他人の前でこんなに長文を一度に話すのは久しぶりで、気恥ずかしさと緊張からどくどくと鼓動する胸をそっと抑えると、静かに深呼吸した。

 とはいえ、さっきから反応に乏しい七瀬君にとある疑念が募る。

 もしかして…。


「その、実はわたし、去年も七瀬君と同じクラスだったんだけど…覚えてる?」

「え?あー…うーん…えっと…ごめん」

 その瞬間、世界が一瞬局所的に重くなったように感じた。

 七瀬君はわたしのことを認識していなかったのだ…。

 うん。確かにその節はあった。誰とも関わりをもたず、彼がクラスメイトとしゃべっている姿は一度も見たことがない。

 だが、そんな彼にさらに衝撃の事実を告げなければいけないのだ。

 はぁ。

「ええと、その、あの、うん、わたし…山田花子っていうの」

 やっと絞り出したわたしの本名は驚くほど平凡が極まっていて。一周回って割と本当に非凡が過ぎると思うのだ。

 何度両親を呪ったことだろう。

 一代で魔道具量販店を興した父が、「皆から覚えてもらいやすく、逆にその平凡すぎる名前がかえって話のネタになるだろう」とつけた名前だ。

 逆境をチャンスに変えてきた父だからこその発想だと思うが、父のような胆力もなにも持ち合わせていない平凡なわたしのことも考えてほしい。


「あの、ごめん。わたしの名前変でしょう。本当に…ごめん。生まれてきてごめんなさい」

 目を丸くさせる七瀬君に、思わずそんな言葉が口をついて出る。

 目の端が滲む。あ、まずい。

「いや、そんなことないよ。山田さんの名前は素敵だよ」

「えっ」

 思わぬ言葉に、もう少しで零れそうだった涙がひっこんだ。

「山田さんは、俺が今まで出会った名前の中で一番覚えやすいよっ…」

 うそ…。

「お、俺、あんまり名前を覚えるのが得意じゃなくて…。でも、山田花子ってすごくいい名前だ。俺、一発で覚えたから。っ…はぁ、俺、クラスメイトの中で唯一、山田さんの名前を憶えられた」

 呆然としながら、顔を真っ赤にして言葉を紡ぐ七瀬君をぼんやりと見ていた。

 喋り慣れていないのか、言い終わった後に肩で呼吸する七瀬君を見て、本気でこんなことを思ってくれているんだと感じた。

「えっ、本当に…?よ、よかったぁ」

 どっと疲れが押し寄せてきた。

 慣れぬ文字量を話した疲れ。自分のことを受け入れてもらえるかと揺れる不安感。そして、そんな自分を受け入れてくれた安心感、ちょびっと胸の奥に感じる熱くてほんわかする柔らかい塊。

「えっと、じゃあ、これからよろしくね」

「ああ」


 口下手だけど優しい七瀬君との再邂逅に、わたしは何かが変わるんじゃないかと思った。


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