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5. 学校の怪談――ストーカーの花子さん――

「な、な、七瀬君?え、ええと、わたし。わたしなんだけど…」



 咄嗟に声が出なかったのは仕方がない。

 俺以外誰も知らないはずの電話番号にかけてくる奴は、なんとオレオレ詐欺師だったのだ。

 「オレオレ」と言わない辺り、最近の詐欺の手口は巧妙化しているということなのだろう。

 女声を用いて電話をかけてくるなんて、全く女性経験ゼロの陰キャの心につけ込む卑劣な奴だ。

 

 だが…なんか妙だ。

 さっきの声どこかで――


「あ、あの…。わたし。は、花子です…」

「はぁ⁉お前かよ‼」


 我を忘れて怒鳴りつけてしまった。

 しかし、誰が俺を責められるだろうか。

 誰も知らないはずの電話番号を、今日会ったばかりの奴(実際は去年も同じクラスだったらしいが)に暴かれるなんて…。

 恐怖だ!

 何なのこのゲーム!

 ホラーゲームかよ!


 俺が恐怖でうち震えたまま黙っていると、花子が喋り出した。

「ええと、いきなり電話してごめんなさい。その、どうしても伝えないといけないことがあって…」

「ちょ、ちょっと待って。何で俺の携帯番号知ってんの?」

 震える声を必死に落ち着けながら、努めて平静さを装って返した。

「ええと、爺に頼んで…」

 はぁあ⁉

 花子の爺ちゃん何なのまじで!

「あ、爺は悪くないの。最初はすごく反対されたんだけど、でもやっぱり七瀬君に電話したくて、無理を言って調べてもらったの」

 いやいや、何で俺の携帯番号調べられるのさ。

 魔法使ったのか?

 …いや、魔法使っても無理か。


「ええと、それでね…その――七瀬君の眼鏡持って帰っちゃったんだけど…」

「はぁぁぁぁぁあ‼」

 こいつ、ストーカーかよ!

 やばいだろこいつ。

「ち、違うの。その、七瀬君が教室でわたしを庇ってくれた時に眼鏡を落としちゃって…。わたしは拾ったんだけど、七瀬君に渡す機会を失っちゃって、そのまま持って帰っちゃったの」

 咄嗟に眼鏡を触ろうとした左手が空を切った。

 確かに落としていたようだ。

 実はあれは伊達眼鏡だからなくなっても気が付きにくい。

 えっ、伊達眼鏡を掛けている理由?

 そりゃあ、眼鏡がないと落ち着かないだろ。

 眼鏡を掛ければ心なしか自分と周りの間に見えないバリアができるように感じる。

 そうすると、俺はそのバリアに守られている気分になって、ボッチだという事実が薄らぐような感じがするのだ…。

 なんか、涙が出そうになってきた。


「あの、ごめんなさい。明日持っていくから」

「えっ?明日って学校休みだけど」

「あの、学校じゃなくて、その、ええと――七瀬君のお家…ふふっ」


 急に背筋に冷たいものを押し付けられたかのような錯覚に陥った。

 は?

 こいつ、今なんて言った?

 お、俺の家…だと?

 まさか、こいつ俺の家まで調べやがったのか。

 ええ?

 このゲームってこんな仕様なの?

 まじかよ。

 いや、ギャルゲーだからストーカー少女がいるのは理解できるが、モブにストーカーされても恐怖しかないよ。

 これじゃあリアルにストーカーじゃねぇか。


 俺が黙り込むと、花子――もといストーカーは慌てたように口を開いた。

「あ、あの、ごめんね。爺は悪くないの。わたしが無理強いしちゃって…ふふっ。あっ、でも学校でも会えるもんね。あと二日後だからちょっと寂しいけど…でも、七瀬君の眼鏡があるから寂しくないや。ふふっ。なんか、恥ずかしいな」

 

 もう、冷汗びっしょりである。

 うわ…もう言葉が出ない。

 怖くて、怖くて、まじでぶっ倒れそうだった。


「…ちょっと疲れてるから、また今度ね」

 それでも言葉を捻りだした俺を誰か褒めて欲しい、

「あ、うん。急に電話しちゃってごめんね。あ、あの…また、学校でね…ふふっ」

 全身の毛穴がぱっかり開きそうになるような笑い声を聞くと、俺は脊髄反射の如き反応速度で通話を終了させた。




 まじで…学校に行きたくねぇ…。



―――――



 ストーカーモブ陰キャ、花子の襲撃から二日後、俺は重い身体を無理矢理立たせて登校した。

 仕方がない。

 授業に出席しなければ内申書に傷が付く。

 友達も恋人もいない陰キャだってプライドがある。

 成績だけはリア充に負けて堪るかよ!

 クソ、ストーカー女め、お前にも屈するものか!



 二日振りに登校した学校は、物々しい空気で包まれていた。

 校門には国から派遣されてきた魔法使いが検問を行っていて、更にはゴーレムや魔法生物が学校を防衛していた。

 あんなことがあったばかりだから納得の対応だが、ドラゴンまで連れて来るのはちょっとやり過ぎじゃないだろうか。

 人が使役できるくらいの階位だが、それでもドラゴンはドラゴンだ。

 仮想現実世界はやはり次元が違った。

 まるで御伽噺から抜け出てきたかのようなファンタジーの生物まで肌で感じることができるのだ。

 エロがないクソゲーだが、これはこれで男心が(くすぐ)られる。



 校内を歩いていると、やけに視線が気になった。

 時折見かける警備の魔法使いたちのものかと思ったが、やはり違う。

 俺は人と目を合わせるのが苦手だから、基本的にやや下に視線を合わせて絶対に他人と目を合わせないようにしている。

 そんなあからさまに陰キャアピールをしている俺は、いつもなら誰にも視線を向けられないはずだ。

 だが…ちらちらと視線が俺に振ってくるのを感じる。

 一人、二人なら気のせいかと思った。

 しかし、俺とすれ違ったかなりの数の生徒が二度見してくるのだ。

 はぁぁぁぁぁあ?

 内心まじでガクブルだった。

 なんで俺を見てくるんだよ?

 まじやめてよ、怖いから、

 流石に耐えきれなくなって、ふっと視線を上げてみると、一人の女子生徒と目があった。

「――っ」

 そいつは俺からすぐに視線を外すと、足早に立ち去って行った。

 

 えー、何で俺を避けるの?

 俺何かやった?

 モブ陰キャにその仕打ちはないでしょ。

 とっくに俺のライフはゼロよ?




 教室に入ると、まだあまり人が来ていないのか、閑散としていた。

 一番後ろの席に着くとこれ幸いとばかりに机に突っ伏す。

 うわぁー、死にたい。

 学校の奴らが何故か俺にガン飛ばしてくる件。

 クソ、NPCのくせに。

 眼鏡を付けていないせいか、防御力が著しく下がった気がする。

 やっぱり眼鏡がないと、モブ陰キャの俺は耐えられない。


「あ、あの…な、七瀬君?」

 耳元で声がして、ぞわりと首の毛が逆立った。

 あの忌々しい記憶がフラッシュバックする。

 くっ、この声は――


「花子…」

 俺は机に突っ伏したままちらりと左に視線を向けると、立ったままこちらを見下ろす――ストーカー女と目があった。

「――っぁ」

 俺と目があった花子は、小さな悲鳴を上げて後ずさる。

 って、はぁぁぁぁぁあ?

 お前もあの反応してんじゃねぇよ。

 朝から何なのお前らのその反応?

 めちゃくちゃ困るんですけど。


「あ、あの、ご、ごめんね。いきなり電話しちゃって。あの後爺からお小言貰っちゃって…。本当にごめんなさい」

 そう言ってがばりと頭を下げる花子に、俺は慌てて体を起こした。

「いや、いいから、いいから。それより座れよ」

 教室で急に頭下げて謝るなよ。

 人が見ているんだぞ。

 社会的地位が低い陰キャが誤解されたらこの先生きていけないんだよ。

 

花子はそんな俺の思いは露知らず、気持ち悪い笑みを浮かべながら席に座った。

「ふふっ」とかまじで怖いから。

モブ陰キャのお前が浮かべる笑みはやばいって。


「えっと…俺の眼鏡は?」

 俺の言葉に、じっとこちらを見つめていた花子は慌てたように鞄をごそごそし始めた。

「ええと、はい、これ。ごめんね、持って帰っちゃって」

 そう言って、何故か俺は黒塗りの眼鏡ケースごと眼鏡を返された。

 何この眼鏡ケース?

 何か高そうな空気を纏っているんだが?

 まあ、気のせいか。

 ぱかりと眼鏡ケースを開けてみると、中には新品かと見紛うほどピカピカになった黒縁の眼鏡が入っていた。

 ぞぞぞーっと怖気が走る。

 おそるおそる手に取ってみると、レンズには一点の曇りもなく、ところどころ傷が付いていたフレームにはコーティングがしっかりと施されていた。

 

 きもいきもいきもいきもい!

 何なんだこいつ怖っ!


「ええと、眼鏡付けないの?あ、眼鏡付けないなら付けないままでいいから。むしろ付けないでいた方が――あっ…」

 音速で眼鏡を装着する。

 気持ちが悪いほどぴったりと収まった眼鏡に戦慄を覚えるが、こいつと相対するのに眼鏡という名のバリアは必要不可欠だ。

 いっそのこと炎の壁を立ててやろうか?


何故か残念そうな表情に戻った花子に視線を向けると、またあの気持ち悪い笑みを返された。



―――――



 【悲報】ギャルゲーがホラーゲーにクラスチェンジした件。

 …と題するべきだろうか、この状況は。

 前言撤回だ。

 稀代のモブ陰キャ、山田花子はただのストーカーではない。

 ガチストーカーだった。

 まず、奴は俺の携帯電話番号と住所だけではなく、俺の個人情報についてかなり深いところまで知っているとみていい。

 何気なく、「お前のお爺ちゃんすごいな。俺のこと何でも知ってんの?」と言ったところ、「お爺ちゃん…?ああ、爺のこと?ふふっ、ちょっと口煩(うるさ)いけど、わたしが頼み込めば七瀬君のこと、何でも調べてくれたよ」と奴はのたまった。

 奴の口は止まらず、花子は得意げに俺の個人情報をべらべら話し出した。

 俺の家族構成から、俺も知らない家族の裏の姿まで露呈された時には、既にもう顔面が真っ青だった気がする。

 なにが、「七瀬君のお父様は英ノ国へ、お母様は米ノ国へ出張に行かれているんだよね?それも、表向きは通訳で、本当は日ノ国の秘密エージェントとしてご活躍されているんでしょ?すごいです!」っだ!

 そう言えば、現実世界でゲームをプレイした時は、確かに『七瀬彩人』には家族の姿が見えなかったし、この仮想現実世界での十六年の記憶をさらってみても、両親はよく海外へ出張に行っていた。

 彼らは仕事についてはあまり喋らなかったし、帰ってくるといつもお土産を買って来てくれたから、何も疑問に思わずにそういうものかと受け入れていた。

 しかし、俺の両親が国の秘密エージェントだって?

 そんな攻略本に載っているかどうかすら怪しい情報を得ているなんて…。


 だが、奴は更にやばかった。

 例えば、今日の弁当のおかずを当てるだけに留まらず、総カロリーを計算した上にアドバイスまで寄越しやがったのだ。

 いや、余計なお世話だから。

 というか、まじ怖ぇよ。

 冗談で、「今日の俺の下着の柄なんて知らないよな」と言ったら、「えっ、黒地に赤と黄と青のストライプが入ったトランクス――きゃっ…ふふっ」と衝撃の回答をしたのだ。


 え?

 ええええええええええ?


 その瞬間、比喩でなく俺の脳の機能は一瞬全停止した。

 頬を染めながらこちらを見つめるモブ陰キャは、もう、ガチもんのストーカーになり果てたのだと悟った。

 …まじで引っ越したい。

 でも、この花子の前には小細工は何も通用しない気がする。

 というか、元凶は花子だが、一番の原因は奴の爺ちゃんにあるのではないだろうか。

 花子のストーカー願望を止める良心があるのなら、何で流されるんだよ!


 恐らく、俺は厄介なジョーカーを引いてしまったのだ。

 この世界がVRゲームになったことで、ほぼ全てのキャラクターに高度なAIが搭載されたと俺は考えている。

 でなければ、あそこまで自然な会話はできないはずだからだ。

 本来、山田花子というキャラクターは定型文を延々と喋り続けるだけのNPCに過ぎない。

 しかし、高度なAI技術のおかげで、モブキャラにも何らかのイベントが発生するような、より複雑なシチュエーションを生み出すことができるようになった。

 そして、俺が花子に必要以上に関わったせいで、花子のイベントを呼び起こしてしまったのだ。

 まあ、花子はモブ陰キャの容姿なので、攻略対象ではないことは確定だ。

 だが、それ以上に厄介なキャラクターになってしまった。

 俺の隣の席だから特殊なキャラクターであることは容易に考えられるが、まさかストーカーキャラだったなんて、一段も二段も想像の上を行っている。

 クソ、開発が捻くれ者の集団に思えてくるのは俺だけだろうか?

 この仮想現実世界のことも、俺の役割も、何も知らされていないが、まさか意地悪をするためだけにこんな大掛かりな装置を用意したんじゃないだろうな?


 …よし、決めた。

 今からでも遅くはない。

 花子とは、必要以上に関わりを持たないようにしよう。

 奴のフラグを徹底的に叩き折っていけば、破滅的なストーリーを修正できるんじゃないか?

 …まあ、ストーカーに遭ったことがないから、ストーカーの対処法なんて分からないけど。



「――図書委員がまだあと一人決まっていないのですが、誰かやる人いませんかー?」

 考えごとをしていたら、いつの間にか委員会のメンバーを決めていたらしい。

 黒板の前で、攻略対象である委員長が仕切っている。

 うわー、めっちゃ可愛い…。

 流れるような黒髪ときめの細かい乳白色の肌が相まって、彼女の整った顔立ちを一層際立てている。

 二重(ふたえ)(まぶた)がぱっちりと開いた双眸は透き通るように純粋だ。

 委員長らしい口調と仕草が彼女の勝気さを可愛らしく包んでいる。

 流石は攻略対象。

 だが、その隣に副委員長として立っている主人公を見て、冷めると同時に怒りがふつふつと湧き上がってくる。

 クソリア充が!

 チュートリアルイベントの時に共闘してフラグ立てやがって!

 俺はモブ陰キャガチストーカーのフラグを立ててしまったんだぞ!

 ふざけんなよ!


 俺は、困ったように辺りを見渡す委員長を見て閃いた。

――いや、待てよ、これは好機だ。

 正直、委員会に所属するなんて真っ平ごめんだが、もし入ればこのストーカーと顔を合わせる機会が少なくなる――

「――っ「はい」」



「えっ、七瀬君と山田さん(・・・・)、二人とも立候補してくれるの?」

 は?

 はぁぁぁぁぁあ?

 隣を見ると、俺とほぼ同時に手を挙げた花子がこちらを見ていた。

「ふふっ」

 冷や汗がどっと噴き出る。

 いや、まだ決まったわけじゃない。

 各委員会のメンバーは二人まで。

 図書委員には既に一人立候補していたので、定員はあと一人のみ。

 俺がその枠に入るか、または委員会に入らなければいい。

 こういう時はじゃんけんだろ?

 やってやるよ。

 今こそ、モブ陰キャガチストーカーのフラグを断ち切――


「あっ、やっぱ俺止めるわ。別にそんなに真剣に立候補したわけじゃないし、なんか真面目そうなあの二人がやればいいんじゃね」

「あら、確かにそうね。じゃあ、図書委員は七瀬君と山田さんでいいかしら」

「ああ、僕もいいと思うよ、(らい)

 え?

 何勝手に降りてんだよモブ。

 それに、慣れ慣れしく攻略対象の名前呼びやがってクソ主人公!


「じゃあ、次の委員会は――」



えっ?



「あ、ええと、これからよろしくね、な、七瀬君。ふふっ」


 盛大に地雷を踏み潰したと気が付いたのは、全てが後の祭りになった頃だった。


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