4. チュートリアルイベントⅢ
攻略対象である炎先輩(名前は忘れた)はもちろんのこと、意外にも強かった太郎先輩たちの奮戦により、道中シャドーには遭遇したが、俺たちは無事に講堂に辿り着いた。
緊張が解けたのか、何人かの一年生は講堂の入り口で泣き崩れてしまった。
ちらりと後方を見ると、花子が涙ぐんでいる姿が視界に入って、慌てて目を逸らした。
モブ陰キャの泣き顔って誰得だよ。
あー、嫌なもの見た。
講堂には既に多くの生徒が集まっていて、教師たちはひっきりなしに走り回っている。
興奮して騒ぎ立てる者、不安そうに囁き合う者、人目を憚らずに泣き出す者まで様々だ。
記憶を辿れば、確かにチュートリアルイベントの最後にはこんな場面があった。
だが…うるさい。
モブ共の声はいらないんだよ。
せめて女キャラの音声だけ流せよ。
あのギャルゲーは男キャラの声は徹底して排除していて、主人公の声はもちろんのこと、俺――七瀬彩人の声すら入っていない。
まあ、ギャルゲーをプレイしている最中に男の声がしたら、そりゃあ萎えるから共感できる。
だが…何故この世界は男キャラの声まで再現されているのだ。
俺以外の男キャラの声は雑音に等しい。
というか、主人公の声まで再現されているなんて本当にゴミだ、この世界。
俺は適当な所に腰を下ろすと、辺りを薄眼で見渡した。
この世界は、驚くほど再現性が高く、現実味を帯びている。
まるで、本当に異世界に来たかのように錯覚してしまいそうになる。
しかし、この世界はあの憎き全年齢対象のギャルゲーの世界で、登場人物はもちろん、設定も、イベントも全て同一のものだ。
キャラクターやシャドーにはステータスが存在しているし、敵を倒せば経験値を得られる。
有象無象が動いたり喋ったりしているが、それを除けばこれはあのギャルゲーなのだ。
この世界はゲームだ。
そう認識するしかないが、色々と不自然な点も出てくる。
まず、俺は何者で、ここはどこなのか。
俺にはこのゲームの世界で十六年生きた記憶があるが、それと同時に現実世界の記憶も保持している。
俺が転入してきた主人公を見た時、急に記憶が蘇った。
自分の名前やこの世界にいる経緯は思い出せないが、高校生として陰キャな人生を送っていたことは思い出した。
最初は別の世界に転生したのかと思った。
いや、よくあるだろ…『異世界転生』ってやつがさ。
しかし、俺には自分が死んだ時の記憶はなく、それにここはあまりにもあのギャルゲーに似すぎている。
したがってここは――仮想現実世界だと考えるのが自然だ。
つまり、VRゲームのようなものだろう。
俺の時代では五感を仮想世界とリンクさせるほどのVRゲームは存在していなかったはずだが、もしかしたら一般的にはなっていなかっただけでその技術は存在していたのかもしれない。
もしくは、その実験のために――俺が仮想現実世界に連れて来られたとか…。
そんな仮説はぶっ飛び過ぎているかもしれない。
しかし、どうあれ、この世界はゲームだ。
クソ、何で全年齢対象なんだよ!
せっかくの仮想現実世界なのにクソゲーだ、このギャルゲー!
まあ、それは仕方ないとして、次に主人公は何者なのだろうか。
本来ならば、プレイヤーは主人公の一人だけだが、俺もプレイヤーとしての自我がある。
俺が主人公のサポートキャラにプレイヤーとして成り代わるなんて、全くこのゲームを成り立たなくさせていると思う。
しかし、主人公はやっぱりプレイヤーのポジションであるはずなのだ。
つまり、俺と同じようにプレイヤーとしての自我を持っている可能性が高い。
主人公と接触した方がいいのだろうか。
まあ、それはまだ保留にしておくか。
まだまだ考えることはありそうだ。
しかし――
周りに意識を飛ばすと、リアルな雰囲気に身を包まれる。
この肌を纏わりつく生暖かい空気も、周りの喧騒も、床の感触も、全てが現実の世界のようなのだ。
本当に、この仮想現実世界を創った人はたいしたものだ。
ノーベル賞間違いなしだ。
本当にNPCたちが生きているかのように振舞っている。
しかし――俺だけが、この世界がクソったれなギャルゲーであることを知っている。
俺はこの世界をどうプレイしていけばいいのだろうか。
―――――
講堂の正面に位置するステージに一人の老人が立つと、周囲の喧騒は瞬く間に消えた。
「諸君、校長の私から話がある」
その老人が豊かな髭を蓄えた口を開くと、疲れたような低い声が講堂中に響き渡った。
ああ、やっと来たよ。
チュートリアルイベントの最後には校長の話がある。
確か、この襲撃は世界征服を企む闇の帝王(笑)によるもの、そしてこの襲撃により生徒が…確か三人死んだということ、そして我が魔法高校は闇の力には絶対に屈しない!…みたいなことを話すのだ。
正直、男キャラでしかも皺くちゃの老人が長々とログを埋めるのには辟易した。
ゲームの仕様上、初めての会話はスキップ出来ないようになっているので、会話スピードを最大にした上でエンターキーをひたすら連打しまくった。
しかし、よくよく考えてみると、これ二度目なんだよなぁ。
まじでスキップ出来ないかな、スキップ。
だが、俺の期待をあざ笑うかのように、校長の話はデフォルトスピードで進んでいく。
ゴミだ、このギャルゲー。
「まずは、諸君に恐ろしい思いをさせてしまったことを謝ろう。この学校には防衛魔法が何重にも張り巡らされているのじゃが、今回の襲撃で一部が突破されてしまった」
校長の言葉に、周囲が騒めき出す。
「そう、この襲撃は並大抵の者によるものではない。諸君、恐れずに聞いて欲しい。この襲撃は――あの、『闇の帝王』によるものなのじゃ」
校長がその名前を口に出すと、辺りがしんと静まり返った。
はぁ…、『闇の帝王(笑)』とか、白髭の校長とか、そもそも魔法学校という設定が某ファンタジー小説を丸パクリしているんだよなぁ。
開発の手抜きが半端ないって。
よくこれが数々のギャルゲーの中で『名作』の称号を得たのか甚だ疑問だ。
しかもエロないし。
全くゴミだ。
「食堂で襲撃にあった者たちは実際に聞いているじゃろうが、先ほど闇の帝王から犯行声明があった」
校長は話を続ける。
「諸君も知っての通り、闇の帝王はこの数年で勢力を拡大した闇の魔法使いじゃ。そしてその力は他の闇の者たちとは比べ物にならないほど強大なのじゃ。奴は世界を闇の力で征服しようと企んでおり、すでにこの日ノ国の半分が奴の手に渡ってしまった」
その悲痛な声は、生徒に伝播し、辺りからは不安そうな声が漏れ出る。
「奴はとうとうこの魔法高校に魔の手を伸ばした。そして、今日――」
校長は唐突に言葉を切り、豊かな白髭を蓄えた口を震わせた。
「――今日、この襲撃で…二人の生徒を失った」
途端に、講堂を痛いくらいの静寂が満たした。
静まり返った講堂に、数人のすすり泣く声がはっきりと響いた。
生徒が死んだ…。
そんな場面をぶっこんで来るし、人も結構死ぬから、手抜き感溢れる設定なのにシリアスで重厚なギャルゲーと化している。
実際、世界観は色々と突っ込みどころが満載だが、ストーリーはよく練られていて、シナリオがすごいギャルゲーと評価も高い。
まあ、正直俺はシナリオなんか気にもしないが。
…だが、待てよ?
さっき校長は二人の生徒が死んだと言ったが、本来ならば三人死ぬはずだったのだ。
何か気になるが、まあモブが一人や二人死んだところで何が変わるわけでもないだろう。
校長が重々しく口を開き、死んだ生徒への思い、闇の帝王への不屈の精神を時折感情を滲ませながら語っている。
正直、そんなことどうでもいい。
というか、本当にスキップ出来ないかなぁ、これ。
別にゲームのモブキャラが死のうが、闇の帝王が何を企んでいようが、心の底から興味がない。
ストーリーはどうでもいいから、はやくエロください…無理だけど。
はぁ、なんでこんなゲームを大枚を叩いてまで買ってしまったのだろうか。
―――――
校長のどうでもいい長話が終わり、モブキャラへの黙祷を済ませた俺は、なんと家に帰っていた。
闇の帝王(笑)による襲撃により、学校が臨時休校になったのだ。
新学期初日から死人が出て休校になるなんて中々ぶっ飛んでいる展開だ。
まあ、実際は二日間だけ休みになるだけだが。
その間に学校の防衛体制を見直したり、死んだ生徒に関わる諸業務などをやったりするらしい。
実のところ、主人公は襲撃の時に一緒に戦った一人の攻略対象と仲を深めているはずだ。
クソが!
なんで俺はこんな面白みのないキャラクターになってしまったのだろう。
器用貧乏で、育成ゲーなのに育成できない。
主人公とその攻略対象たちがイチャイチャしているのを脇で笑って見ている狂ったキャラクターだ。
実際になってみると身の毛がよだつポジションじゃないか。
主人公の親友キャラにならなくてよかったぁ。
主人公のことを考えるだけでいらいらする。
俺は明るいクラスのムードメイカー『七瀬彩人』というキャラクターを踏襲できなかったのに、主人公は『主人公』として振舞っている。
ちゃんとストーリー通りに、攻略対象と力を合わせて闇の帝王の手先を撃退したらしい。
プレイヤーとしては素晴らしいロールプレイだ。
クソ、羨ましい。
チーレムリア充め、死ね!
だが、俺は知っている。
この世界は『エロ』という単語の欠片も出てこない、大変健全な全年齢対象美少女ゲームなのだ。
ふふふ、主人公め、ざまぁ!
「ブブー、ブブー」
俺が家でだらだらしていると、突然携帯が振動した。
そう、このゲームには『携帯』が存在するのだ。
魔法(笑)が出てくるくせに、この世界には平気で自動車が道を走り、インターネットが世界を覆っている。
もっとも、その動力となっているのは全て魔力だ。
電線が『魔線』になっているのには白目を剥いた。
それはいいとして、一体どこの誰が俺に電話を掛けてきたんだ?
自慢じゃないが、俺の電話帳は真っ白だ(涙)
最早、俺の携帯はインターネットを使うための端末としてしか機能しておらず、誰かに電話を掛けたことなんて一度もない。
…いや、一回だけ出前を取ったことならある。
その時はただ注文するだけなのに、めちゃくちゃ噛みまくって悲惨なことになった。
数年前のその悲劇からは一度も電話をしたことがない。
つまり、俺の電話番号を知っている者は誰もいないはずだ。
俺は携帯の画面に表示されている知らない電話番号を見つめる。
振動は止まない。
はぁ、一体全体どこの誰だよ。
なんだか犯罪臭がしてならない。
サブキャラにこんなストーリーを用意しなくていいから。
全く、開発はなんでこんなどうでもいいところに労力を割くのだろうか。
クリエイターの考えることは分からない。
いやいや…もしかしたら、これはフラグなのでは?
俺はサブキャラだが、プレイヤーだ。
当然、俺にも何らかのストーリーが用意されているはずだ。
もしかしたら、これは新たな展開に繋がるフラグ…。
「……はい…もしもし」
俺は勇気を出して、見知らぬ番号から掛かってきた怪しげな電話を取った。
「な、な、七瀬君?え、ええと、わたし。わたしなんだけど…」
あまりの衝撃に、思わず握っていた携帯を落としそうになった。
オレオレ詐欺かよ!




