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2. チュートリアルイベントⅠ

 思えば、俺にはここがゲームの世界だという認識がまだ定着していなかったのかもしれない。

 そして、俺は序盤で最も基本的で重要な――チュートリアルイベントの発生を忘れていた。




 事件は昼休みに起こった。

 俺はいつもの如く、三限終了とともに弁当を取り出すと僅か十分で完食するという陰キャスキルを発揮した。(花子は俺の怒涛の食事に若干引いていた)

 そして、図書館に行こうとしたその時、ちりちりと首筋を焼く感覚に襲われた。

 何かを忘れている気がしたのだ。

 なんだ?

 何か重要なことを見落としている気がする…。



 突然、窓が割れ、教室内に吹き飛んだ。

 窓ガラスが割れる凄まじい音が鼓膜を叩く。

「きゃぁぁぁぁ」

 女子の叫び声――というか山田花子の叫び声が教室をつんざいた。

 至近距離で百デシベル越えの叫び声は止めてくれ。

 だが、のどかな昼休みを壊した場違いな緊張に身体が硬直する。

 これは――もしかして、イベントか!


「グルルルゥゥゥ」

 教室に飛び込んできた影が、こちらを振り返る。

 あまりのリアルさに思わずちびりそうになった。

 二次元のスチルも美麗だったが、三次元になるとこれほど臨場感があるとは。

 そこには、三メートルくらいの大きな狼が、まるで陽炎のように立ち上る黒い影を纏いながら立っていた。

 あれは――

「――ッ」

「山田さん!」

 俺は席に座ったままの花子に飛び付き、地面に引き倒した。

 刹那、蹲った俺たちの上を風のブレスが爆裂する。

 断熱圧縮された空気の塊は壁に当たって弾け、建物の破片が俺たちに降り注ぐ――

「【風の障壁】」

 咄嗟に張った風属性中位魔法のバリアで降り注ぐ破片を弾く。

 逃げ遅れた人はいないか?

 教室内を見渡すが、幸運なことに誰もいない。

 その時、俺たち二人は昼休みに教室に取り残されたボッチだという悲しい事実を悟った。

 くそ、奴らめ、食堂で青春を謳歌しやがって。

 俺も友達と学食食べたいんだよ!

 その前に友達作りたい。


 視界の端で狼が息を吸うのを捉えた。

 まずい。

「山田さん、立って!」

 俺は混乱している山田さんを無理矢理引っ張って立たせると、爆風を背に受けながら教室から飛び出した。



「な、七瀬君…」

 俺の後を山田さんが必死で追走する。

 くそ、何で俺は見逃していたんだ、この――チュートリアルイベントを!


 このギャルゲー――タイトルは忘れた――は本格的なシミュレーションRPGを売りにしている()()()()()()()()()()()だ。

 その凝ったゲーム性に愛好者は多いらしいが、クソくらえだ。

 面倒臭いゲームなんてやりたくないんだよ、こっちは。

 サクサク進んで早くエロを見たいのだ!

 というか、なんでエロがないんだよ!

 間違えて全年齢対象のギャルゲーを買ってしまったことに腹が立つ。

 一万円も出して買ったゲームを投げ出すわけにもいかず、一応プレイはしたものの、全ルートのコンプリートは諦めた。

 そんな俺にとってのクソゲーの最初のイベントがチュートリアルイベントだ。

 本格的なシミュレーションRPGと銘打っただけあって、ゲームの進め方は慣れないと厳しい。

 そこで、最初にチュートリアルがあるのだ。

 俺としてはチュートリアルよりもエロが欲しかった。

 チュートリアルイベントでは『闇の帝王(笑)』なるラスボスの手下である魔法生物『シャドー』と呼ばれるモンスターが学校を襲う。

 主人公は食堂に侵入したシャドーを、クラスメイトのヒロインと…『七瀬彩人』の三人で倒すことになる。

 本来ならば俺は食堂にいるはずなのだが、陰キャの俺は教室で昼食をとるしかなかった。

 まあ、所詮雑魚相手のチュートリアルだし、俺がいなくなった程度で主人公たちが負けることはないだろう。



「ぎゃふっ」

 不意に、花子が足元を取られて無様に転んだ。

「山田さん、大丈夫か!」

 振り返ると、すぐ傍の曲がり角にあの狼型のシャドーが姿を現していた。

「な、七瀬君、わ、わたしを置いて、逃げて!」

 花子が蹲ったまま俺に叫んだ。

「NPCのくせに、攻略対象(ヒロイン)の台詞取るんじゃねぇよ」

 終盤にある闇の帝王との戦いで攻略対象の一人が主人公に言う台詞をモブの台詞に被せてくるあたり、やはり開発の手抜きは極まっている。

 それに、これは所詮チュートリアルだ。

 最初はかなりびびったが、これはゲームなのだ。

 ちょっとリアルなだけの、ただのゲームだ。

 そして、俺『七瀬彩人』は中盤以降はいらない子扱いされるが、()()()最強キャラなのだ。


「さて、犬っころ。俺の練習台になってもらおうか」

 というか、『犬っころ』って、かっこつけんなよ俺…キモイよ。

 俺は花子を後ろに庇うと、右手を構えた。

 構える俺に、シャドーが口を開いた――が、遅い。

「【石の杭】」

 俺が魔法を放つと、シャドーの四方から石の杭がせり出し、身体に突き刺さった。

「グゥゥゥ」

 シャドーが呻き声を上げながら倒れ込む。

 いつの間にかシャドーの上にポップしていたHPバーががりがりと削れ、半分ほど残して止まった。

 普通の人間は一つの属性しか扱えないが、ほとんどのシャドーは闇ともう一つの属性を持っている。

 闇は火・水・雷・風・土の基本五属性に勝る最強の属性だが、それではゲームとして成り立たないので、一つ属性を付加することによって弱点を作ってあるのだ。

 そして、目の前の狼型のシャドーの属性は風。

 つまり、風属性に勝る土属性魔法の攻撃が最も有効だ。

 しかし、腑に落ちないことがある。

 七瀬彩人というキャラクタ―はお助けキャラという性質上、序盤は主人公よりも高い能力が設定されている。

 こいつは序盤の序盤の敵ながら、先ほど放った有効属性である土属性の下位魔法を受けてもHPが半分ほどしか削れなかった。

 チュートリアルに出てくるシャドーのくせに、何でこんなにも耐久性があるんだ?

 ふと、シャドーの上にポップしているウィンドウを見ると、『Lv.30』と書かれてあることに気が付いた。

 あり得ない。

 見間違いか?

 しかし、目を擦っても、チュートリアルイベントにしては異常なほど高いレベル表記はそのままだった。

「まあいい。斃れなければもう一度やるだけだ――【石の杭】」

 再び、壁や床からせり出した岩の杭がシャドーの身体を食い破り、HPバーがゼロになった狼は塵となって消えた。

 ふう、終わった。

 レベル30のシャドーには驚いたが、優位属性の下位魔法二発で撃破か。

 一つの目安が分かってよかった。


「な、七瀬君…。あれ?七瀬君の属性って火じゃなかったっけ…?」

 花子が目を丸くして俺を見ていた。

 まあ、この際仕方がない。

「ほら、怪我見せてみろ」

 花子のHPバーは僅かながら減っている。

 つまり、彼女は転んだ時に怪我を負ったのだ。

 ゲームの時には『転ぶ』という動作自体がなかったから盲点だったが、この世界ではあらゆる動作がステータスに反映されるらしい。

 花子は左の膝に軽い擦り傷を負っていた。

 俺は彼女の膝に手を当てる。

「【治癒】」

 光属性下位魔法の【治癒】が彼女の傷を柔らかな光と共に治していく。

「えっ…えっ?あれ?あれれ?ちょっ、七瀬君、これ、光属性魔法だよね?嘘…」

 花子が混乱した目で俺を見上げる。

「いや、ええと…。俺、実は七つ全ての属性を使えるんだ。ただし中位魔法までだけど」

「え?え、ええええ⁉」

 全属性を扱えると言っても、所詮俺は主人公のお助けキャラ程度の存在なのだが。

「凄いです、七瀬君!凄過ぎです!」

「止めてくれよ、山田さん。俺はそんな大層な人じゃない。それよりも、ここを脱出しよう。いつまたシャドーに襲われるか分からない」

「は、はいっ」

 俺の言葉に、花子は慌てて立ち上がった。




 やけに静まり返った廊下を歩きながら、俺はどくどくと鼓動したままの心臓が胸を圧迫するのを感じる。

 この世界、リアル過ぎ。

 つい先ほどまでこの世界の住人として生きてきたが、記憶を取り戻した今、この世界がゲームであることは最早疑いようがない。

 しかし、二次元ではなく三次元の世界はやはりリアルに感じられる。

 シャドーが教室に飛び込んできた時は心臓が止まりそうになったし、花子が転んだ時には焦った。

 だが、この世界はゲームだ。

 シャドーに奇襲された時には咄嗟に障壁を張っていた。

 七瀬彩人は『常在戦場』という、奇襲に対して味方を守るパッシブスキルがある。

 恐らく『常在戦場』のスキルが発動したために、陰キャの俺が咄嗟に花子を守ることができたのだ。

 そして、あの狼型シャドーにはステータスウィンドウが表示されていた。

 今までそんなものは見たことがなかったが、この世界がゲームの世界だと認識したことで見えるようになったのなら説明がつくかもしれない。

 そうだとしたら――


「な、七瀬君っ」

 自分の名前を呼ばれて足が止まる。

 振り返れば、花子が小走りで追いついてきた。

「悪い。少し考え事をしていた」

 陰キャに対人スキルはあまりなく、歩幅が違う花子を気遣うことができなかった。

 肩で息をする花子をちらりと見ると、俺は内心溜息をついた。

 やはり、俺はゲームキャラとしての『七瀬彩人』には程遠い。

「少し休むか」

「う、うん」

 俺は壁に寄り掛かると、抱いていた疑問を解消するべく、虚空に手を伸ばす。

「ステータスオープン」

 その言葉に目の前の空間がぐにゃりと歪み、見覚えのあるものが現れる。

 半透明の青いプレートが、俺のステータスを表示していた。

 内心ほっとしたのは言うまでもない。

 中二病溢れるボイスで「ステータスオープン!」と叫んで何も起こらなかったら、恥ずかしすぎて憤死していたところだ。

「さて、俺のステータスは…」

 ステータスウィンドウを操作して、大体の情報を確認していく。

 

 

「やっぱりか…」

 全てのステータスを見終わると、俺は溜息をついた。

 俺の――七瀬彩人のステータスは、ゲームの頃と全く同じだった。

 まず、俺にはレベルという概念がない。

 そもそも、主人公のパーティーメンバーが揃わない序盤のお助けキャラとして存在しているので、育成ができないのだ。

 ギャルゲーで男キャラを育成するなんて誰もしたくないだろ?

 よって、俺はいくら敵を倒しても経験値を得ることができない。

 また、全ての能力値がAで固定されている。

 Aというと聞こえはいいが、能力値の限界はSである。

 育成可能な全てのキャラクターは成長補正こそあれ、能力値はSまで育てることができるのだ。

 そして、俺は火・水・雷・風・土・光・闇の七つ全ての属性を扱えるが、中位魔法までしか扱うことができない。

 つまり、火力のある上位魔法が使えないため、終盤にでてくる敵キャラに対抗することが難しいのだ。

 要するに、俺は育成不可能な器用貧乏キャラという無味乾燥なゴミキャラだ。

 五人全ての攻略対象がパーティーに加わる中盤以降は、必然的にパーティーから外される運命にある。

 全く、七瀬彩人というお助けキャラは不遇のキャラクター過ぎる。

 

 

「な、七瀬君…何やってるの…?」

 横を見ると、花子が若干引いていた。

「いや、ほら、ステータスだよ、ステータス」

 あれ、もしかして花子にはステータスウィンドウが見えていないのか?

 俺は花子に向き直るとそのまま接近した。

「う、うわわっ」

 近付くと、花子の顔がステータスウィンドウからせり出すように現れる。

 遠ざかると、花子の顔がステータスウィンドウに飲み込まれて見えなくなる。

 うはは、面白い。

 近付き、遠ざかると共に現れては消えるモブ陰キャ顔。

「な、七瀬君…」

 半透明の青いプレートからぬっと出ている涙目の花子の顔を見て頭が冷えた。

 モブキャラの泣き顔なんて誰得だよ。

 美少女の泣き顔を寄越せ。

 ただし二次元に限る。

 リアルな三次元の美少女は眩しすぎて目が死んでしまう。

「悪い。ちょっとした実験をやっていたんだ。…山田さん、何か見えた?」

 花子はふるふると頭を横に振った。

 俺以外には見えないのか?

 いや、花子のようなNPCには見えず、プレイヤーには見えているのかもしれない。

 とすると、あの主人公は俺のようにプレイヤーとしての自我があるのか気になるところだが、まあ今のところは置いておこう。

 ――そうだ。

「ステータスオープン」

 俺が花子に向けて手を伸ばすと――

 彼女から半透明の青いプレートがポップした。

「へぇ、モブキャラにもステータスがあるのか」

 新たな発見だ。

 花子のステータスをスクロールしていくと、驚いたことに、レベルと経験値バーが存在していた。

 つまり、花子は育成可能なキャラということだ。

 …。

 ちょっと待て。

 これはつまり、この山田花子というモブキャラは攻略対象なのか?

「いやいやいやいやいや、そんなわけあるか!」

 こいつはただのモブに過ぎない。

 恐らく、この世界に存在する全てのNPCに備わっているのだろう。

 だが、花子がステータスウィンドウを見ることができなかったように、NPCは自分のステータスを把握できていないのではないだろうか。

 俺はあることを思いついた。

「山田さん、『ステータスオープン』って言ってみて」

 急なお願いに、花子はたじたじとしながらも律義に唱えた。

「ええと…す、ステータスオープン?」

 しかし、何も起こらない。

「ええと…な、七瀬君?」

 花子は泣きそうな顔をして俺を見上げた。

だからモブキャラの涙目なんて需要ないんだよ。

「いや、それでいいよ」

 その時、俺はあることに気が付いた。

 花子のレベル表示がLv.11になっているのだ。

 何故こんな中途半端なレベルなのだ?

 それに、育成可能な序盤のキャラクターは全てレベル1から始まるものだ。

 こんなモブオブザモブの初期レベルが主人公を超えることは考えづらい。

 とすると、導き出される解は一つ――

「そうか、さっきの戦闘で得られる経験値が全て花子に入ったのか」

 つまり、花子は俺のパーティーに入っているという扱いになり、戦闘で得た経験値は育成できない俺ではなく花子に全て入るということだ。

 俺が花子のステータスウィンドウを弄れるということからも証明できる。


「な、七瀬君…?」

 独り言を呟く俺に、花子は上目遣いでおずおずと言う。

 うん、モブの育成ほど面倒臭くてやりがいのない作業はない。


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