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11. 主人公とヒロインとモブと花子

 MPが底をつき、HPが一割をきり、デバフが身体を雁字搦めにし、打つ手がなくなった俺は死を覚悟した。

 頭上に降りかかる死の刃を知覚したが、俺はどうすることもできなくて。

 死の間際まで逃避に意識を割いていたが、その瞬間は(つい)ぞやって来なかった。



「【紫電の瞬き】」



 無詠唱(サイレントスペル)で放たれた雷属性下位魔法が刹那の間を切り裂いた。

 それはどこか懐かしくて、かつて二次元だった頃のゲームを思い出した。

 (みなみ)(らい)の必殺といっても過言ではない先制攻撃だ。

 下位魔法であるこの魔法はダメージこそ限りなく低いが敵全体に状態異常『麻痺』を付与する。

 戦闘で一度きりしか使えない上に、先制を取れないと失敗するが、『素早さ』ステータスSと初期スキル『無詠唱(サイレントスペル)(段階Ⅰ)』を備える彼女の【紫電の瞬き】は凶悪な魔法と化す。


「光よ 彼の者の闇を切り裂け【聖光斬】」

「薔薇よ 彼の者の盾となれ【薔薇の障壁】」


 間隙(かんげき)に奔る光の白刃が完全に足の止まった敵に襲い掛かり、すぐ目前の地面から太い薔薇の蔓が飛び出して、フューゲルと俺を隔てる薔薇の壁が形成された。


「七瀬君‼」


 聞き覚えのある声が頭上から降って来て、柔らかく小さな身体に抱きしめられた。

「――っうぅ」

 俺を抱きしめた花子が咽び声を上げる。

 泣きたいのはこっちの方なんだが…。お前に抱きしめられたせいで、開いた傷口が刺激されるんだよ…。


「…は、なこ…」

 全身を犯すデバフに耐えながら俺はやっとの思いで声を出した。

「七瀬君っ――よかった」

 花子は泣きながら、抱きしめる力をさらに強くする。

 お前、無事に生還したらただじゃおかないからな…。

 にしても――

「なん、で、戻って来た…」

 気力を喉に集めて、必死に言葉を紡ぎ出す。

 花子の温もりを感じたとき、俺は刹那の安寧と絶望に支配された。

 そして同時に怒りすら湧いた。

 どうして戻って来たんだ。お前が来ても、状況は悪くなる一方だ。

 俺がお前の逃げる時間を稼いだ意味がなくなる。

「七瀬君を助けたくてっ。それに、(らい)ちゃんと神楽坂(かぐらざか)君が!」

 はっとした。

 ぼんやりとした頭で知覚した先程の魔法は、確かに主人公と一番最初の攻略対象(ヒロイン)である(かみなり)委員長のものだ。

「っ――ああ…そうか」

 薄眼を開くと、そそり立つ薔薇の壁の隙間から彼らが戦っているのが見えた。

「主人公と攻略対象(ヒロイン)か…」

 その二人がフューゲルたちと戦う姿は、かつて見た二次元のスチルを想起させて、小さな諦めとともに自嘲の笑みがこぼれた。

「――所詮、俺は…役立たずのゴミキャラか…」

「そんなことない!」

 傍らの花子が、呟いた言葉を真っ向から否定して。

「七瀬君はわたしにとって、一番の主人公だよ。この世界で一番の主人公なんだから!」

 そんな言葉を吐き出した。

 正直意味が分からなかった。

 なぜそんなに俺を買う?俺は序盤のお助けキャラに過ぎないゴミキャラだ。

 中位魔法しか扱えない上に、ステータス成長は見込めない。

 そんな七瀬彩人は何の役にも立たないのだ。



 ――それでも、俺は何か報われたような気がして。

 ささくれた胸が少し暖かくなるのを感じ、張りつめていた意識が闇に落ちるのがわかった。




――――― 




 不意に意識が覚醒する。

 起きねば。立ち上がらねば。戦わねば。

 衝動に立ち動かされるまま上体を起こすと、全身に激痛が走り、バッドステータスは未だに身体を蝕んでいるのだと知る。

 頭は熱で浮かされたようにガンガンと痛み、視界はぼやけ、耳鳴りが酷い。

 数秒の後、いくらか状態が緩和した俺の五感は、まだ戦闘が続いていることを知覚した。

 視界が色付き、音が戻ってくる。



「くっ、数が多い…。魔力が底を尽きそうだ…。僕がポーションを飲む間、攻撃を食い止めてくれ!」

「これ以上は無理よ!私も限界だわ!」

「わ、わたしも、もう、いっぱいいっぱいで…」



 激しい戦闘音、シャドーの咆哮、主人公たちの切羽詰まった声。

 それらが耳に入って来て、俺は歯を食いしばりながら立ち上がると、固く握ったままの杖を振り上げた。


「【暗黒の帳】」

 敵全体が漆黒の闇に包まれる。

「【悪夢(ナイトメア)】」

攻撃を繰り出そうとしていたシャドーたちは闇に飲まれ、盲目、睡眠、錯乱のバッドステータスを付与され、視界の奪われた空間で同士討ちが始まった。



「――えっ」

「彩人!」

「七瀬君!」


 思わぬ加勢に、フューゲルたちと対峙していた三人は俺の方を振り返った。

「援護する!俺が時間を稼ぐ間、体制を立て直せ」

 

俺は自分のステータスを見る。

少しの間『睡眠』状態にあったのか、HPは半分まで自動回復し、底を尽きかけていたMPも三割程回復している。

デバフは残っているが、自然回復で状態が解けたものもある。

十分には程遠い。しかし、戦える。


「【魅了(チャーム)】」

 闇属性の魔法で更に数体のシャドーを行動不能にさせ、行動可能な敵ユニットはフューゲル一人となった。


「このぉぉぉお、クソ餓鬼ぃ共ぉめぇぇぇ」

「さっきはよくもやってくれたなフューゲル。だが、これで形勢逆転じゃないのか?」

 怒気と焦燥を隠そうとしないフューゲルにチェックを突き付ける。

 だが、まだチェックメイトではない。

「ちぃぃぃ、こうなったぁらぁあああ、『アレ』を出すしかぁあないかぁあああ」

 フューゲルは杖を掲げ、虚空に召喚の門を創り出す。

「冥界の門よ 彼の者の前に姿を現せ【地獄の門】」

 瘴気の漂う空間の(ひず)みが収束し、『アレ』が姿を現した。


「うわぁ、お、大きい…」

「あれは…」

「――ドラゴンね。しかも真龍の血族よ」


 ――ドラゴン。それは数々のゲームで定番のボスキャラだ。

 この魔法あふれるクソゲーにおいてもドラゴンは強敵に位置づけられている。

 ドラゴンの難度は三つある。

 一つは亜竜――ワイバーンのようなドラゴンの血を引く魔法生物。

 次に、竜――在野のドラゴンで、一般に言われるドラゴンはこれだ。

 そして、真龍――この世界の神話において、世界が生まれたときから存在する伝説のドラゴン。繁殖は稀で、極めて長寿、そして非常に高い戦闘能力を誇る。


 瘴気に包まれた純白の闇のドラゴンを見上げる。



真龍 ガリムヴェルド(Lv.60)光属性(※備考:闇の魔力に浸食されている)



「くっくっく…恐ろしいぃぃだろぉぉぉおう。こいつはぁぁただのぉドラゴンじゃぁあねぇぇぇ。真龍の直系だぁぁぁ。お前らなんかぁぁぁ、一捻りだぁぁあ」


 竜と呼ばれるドラゴンは、ドラゴンの始祖である真龍の鱗から生まれた存在だと言われている。

 亜竜は竜が他のモンスターと交配した末に生まれた、血の薄まった種族を指す。

 そして、真龍は全ての生物の頂点に立つ。


 目の前に悠然と鎮座しているソレは、恐らく真龍の子供だろう。

 体長は三十メートル程。通常のドラゴンと同程度の大きさだが、真龍としてみるとかなり小さい。

 レベルも低く、恐らく幼体だ。

 だが、侮ることなかれ。真龍はただその存在だけで最強を誇る生物なのだ。



「こんな姿になって…。お前、この真龍をどこで――!」

 珍しく、主人公が声を荒げた。眉間に皺が寄り、激しい殺意でフューゲルを睨みつけている。

 そういえば、主人公『神楽坂輝聖』は古くから続く由緒正しき光属性の一族の直系だ。

 公式攻略本には、神楽坂家は光を司る真龍を崇拝していて、真龍にまつわるルートも存在するらしいが――詳しいことは忘れた。一周目の捨てルートでこのクソゲーを投げ出しちゃったし。


「僕がまだ小さかった頃…ちょうど十年前に、一族が守護していた真龍の卵が何者かによって盗まれたことがあった」

 主人公は呆然と呟く。

「もし…もしあの卵が孵化していて、もし真龍がどこかで生きていて、もし無事に成長していれば――ちょうどあれぐらいの大きさになっているはずだ…」

 不意にフューゲルが嗤いだす。

「くくくっ…。ああ、光属性の坊主ぅ…お前はぁぁ、あの神楽坂家のぉ一員かぁぁあ。そうだぁぁぁ、あれをぉ奪ったのはぁぁぁ闇の帝王、あのお方だぁぁあ」

 

 そういえば、そんな設定もあったかもしれない。

 終盤にフューゲルが生きていると、三体の真龍を従えた奴との戦闘が起き、それはもう地獄絵図になるのだ。

 何度も何度もロードを繰り返し、死にそうになりながら乗り切ったのを覚えている。まじで難易度が狂ってるこのゴミゲー。


 にしてもどうすればいいんだ。まだ成長途中の幼体とは言え、真龍だ。

 一週目しか経験していない俺は、フューゲル討伐ルートなんて全く知らない。

 しかも、真龍が出てくるなんて聞いていないぞ。

 アプデが入ったのか?それならそれでド鬼畜ゲーが過ぎる。


「皆、僕に力を貸してくれ。僕はあの真龍を――救わなければいけないんだ。この命に代えても」

 主人公は拳を固く握りながら、俺たちの方に振り返った。


「まぁ、あなたならそういうと思ったわ…。でも、そういうところが輝聖君のいいところなんだけど」

 

「や、やりましょう!あんなに綺麗なドラゴンが無理やり操られて苦しんでいるのは可哀そうだよ…」


 …なんだこいつら?攻略対象(ヒロイン)とモブが勝手にストーリーを進めているんだが。


「ありがとう皆。少しの間、時間を稼いでくれ。僕はその間準備をしなくちゃいけない」

 おいおいおいおい、俺一言もやるなんて言っていないんだけど?

 無言を同意に捉えるなよご都合主義主人公が!

 

 三次元になった選択肢のないオートモードのギャルゲーにおいて、悲しいことに陰キャにはどうすることもできなかった。




「晴天に轟く(いかずち)よ 彼の者を貫け【青天の霹靂】」

 素早さで頭抜けた雷委員長が先制してこの場を支配する。

 ポップしたステータスウィンドウを見ると、真龍のHPが僅かに減り、麻痺のバッドステータスが付与された。

 にしても雷属性中位魔法で十分の一も削れていないのか。レベル差と種族差があるとは言え、無理ゲーなんじゃないのか?


「薔薇よ――きゃっ」

 俺の与えたバッドステータスが解除され、正気に戻ったシャドーが花子に襲い掛かった。

「っ【風の俊足】」

 『常在戦場』のスキル効果で反応した俺は、魔法で加速して花子を庇った。


 ――くっ

 

 攻撃は逸れ、運よく回避に成功するが、混乱のバッドステータスによる同士討ちを生き残ったり、抵抗(レジスト)に成功したシャドーたちが次々に戦線復帰していく。


「【光の奔流】」

 光属性の全体魔法を重複起動して、シャドーを複数体同時に削ることに成功する。

 だが、俺の攻撃に耐えきった数体のシャドーが、主人公に襲い掛かってきた。

 奴は目を閉じ、詠唱を続け、とても抵抗できる状態ではない。


「クソッたれがぁ!」

 どこまでも七瀬彩人な俺は、パッシブスキルによって足が動いてしまう。

 俊足のバフがまだついている俺は、攻撃が着弾するよりも先に主人公の前に躍り出て――


「うっ――ぐっ、ああああああああ」

 無防備な生身で受け止める。


 ――痛い痛い痛い、死ぬ死ぬ死ぬ。

 全身を切り裂かれた俺は、すんでのところで生を掴んだ。

 血を噴き出しながら俺は激痛に倒れこむ。

 警告音とともに点滅するHPバーを睨みつける。

 そうでもしないと、全身の痛みに気が狂いそうだった。


「「七瀬君‼」」

 

 クソ主人公め、地獄に墜ちろ――


 血溜まりから持ち上げた腕は重くて。

 それでも杖は固く握られていて。

 俺は捨てキャラとしての役割を全うする。

「【暗黒の帳】」

 敵全体が再び闇夜に閉ざされる。

 しかし、俺は視界の端に、回復ユニットであるゴーレムのシャドーが真龍に近づくのを捉えて。

 先制で掛けられた麻痺のバッドステータス表示が、ポップする真龍のステータスウィンドウから消えたのを見た。

 

「【紫電の瞬き】‼」

 攻略対象(ヒロイン)が決定的なプレイングミスを犯す。

 無詠唱かつ最速必殺。真龍が攻勢に転じる間を考えればそれしか手段はなかったのだろう。

 しかし、悲しいかな、戦闘で先制の一度しか使えない魔法は杖から飛び出した瞬間に煙となって消えた。

 

「「――っ」」

 二人の叫び声が届くよりも早く、迫る真龍の唸り声が鼓膜を震わせた。

 

 蹲っていた上体が風圧で無理やり起こされる。

 血煙が舞い、至近距離で『咆哮(ハウル)』を食らった俺は硬直したまま、鼓膜が弾ける不快な感触を耳から流れ落ちる血とともに得た。


 行動不能のバッドステータスを付与された。

 意思が動けと身体に叫ぶ。しかし身体は一ミリたりとも動かすことができない。

 ただただ、俺は目の前にゆっくりと流れる刹那の光景を眺めることしかできなくて。

 

 闇に蝕まれた聖なる龍が息を吸い込む。純白の鱗に彩られた胸が大きく盛り上がる。

 紅い目が俺を見下ろす。

 感情は読み取れない。

 敵意もない。生存本能もない。

 そこにあるのは、淡々と命令をこなす機械仕掛けの操り人形で。

 『殺せ』と命じられた人形は喉奥で魔力を練り始めた。

 虫けらを跡形もなく消し去るのに、少しの息を吸い込むだけでいい。

 ただの溜息程度の吐息(ブレス)だけでいい。


 何もできない。

 硬直した俺は目を瞑ることすらできなくて。

 脳に記憶される間もなく、時が過ぎ去ってくれと願った。


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