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8. 初めての迷宮Ⅱ

 再三再四繰り返すが、ここはシミュレーションRPG型美少女ゲーム(全年齢対象)の世界である。

 エロがないのである。

 ここまででもうクソゲー認定をしたいところだが、悔しいことにこのクソゲーは神ゲーと名高い。

 エロを省いたことによって、攻略対象たちとのプラトニック(クソくらえ)な恋愛を情緒豊かに描写し、目が離せないストーリー展開でプレイヤーたちの心を鷲掴みにした。

 端的に言えば、シナリオライターが巧かったのだ。

 そして、得てしてこういったシナリオライターはシリアス展開を要所にぶっこんで来る。

 俺としては、エロをぶっこんでくれと切実に思うが、十八禁じゃないことには仕方がない。

 俺は別にシリアス展開なんてどうでもいいのだが、世の人には受けるらしい。

 ほら、ヒロインと一緒に窮地を乗り切って仲が深まる的な?あの感覚を味わいたいと思う人結構いるでしょ。

 そんなのどーでもいいからエロください。

 …まあ、何が言いたいのかというと、この世界はそのクソゲーで、起こるイベントは大体シリアスなやつだということだ。

 そして、おまけに俺はまだ認識が甘かった。

 ここはあのギャルゲーの世界。

 そして俺は曲がりなりにもプレイヤーなのだ。



―――――



 俺たちは順調に迷宮を踏破していた。

 …それには少々…というかかなり語弊があるか。

 花子が使い物にならない。


「うぅ…ごめんなさい。役に立たなくてごめんなさい。生まれてきてごめんなさい」

 ただでさえモブ顔なのに、その顔をどんよりと曇らせて見るに堪えなくなった花子がぼそぼそと呟いている。

 モブ陰キャストーカーがそれやるとガチだから。

 怖いから。


「いやぁ、まあ仕方ない。人には得手不得手があるからなぁ」

 斎藤さんが必死で花子を慰めつつ、合間にちらちらとこちらを見ている。

 原因は、俺が不機嫌オーラを発していることだろう。

 もうNPCたちに気を遣うのは疲れたんだよ。

 おまけに、花子が――一つも攻撃魔法を使えないのだ。

 ゲームなのに攻撃魔法使えないって…なんでこの世界に存在しているの?

 バグなの?

 前々から思っていたけど、やっぱり花子はバグに違いない。

 モブ陰キャで、ストーカーで、お花畑しか出せない役立たずと来た。

 俺プレイヤーだよね?

 恐らく主人公もプレイヤーだと思うけど、なんで扱いに差があるのかなぁ?

 まじ開発死ね。


「ほら、彩人も機嫌直して」

 は?

 斎藤さんが臍を曲げた子供を宥めるような調子で俺に言った。

 NPCのくせにプレイヤーに意見するなよ。

「別に機嫌なんか悪くないですよ。そんなのどうでもいいから早く先に進みましょう。もっとテキパキ行動しないと他のチームに先越されますよ」

「いや…これ競争じゃねぇんだけど」

「ごめんなさいごめんなさい生まれてきてごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 …もうやだこのクソゲー。

 流石高性能AIというところか、指導員が指導員っぽくていらいらするし、花子はいよいよバグったのかひたすらぶつぶつと呟いている。

 ログアウトしたいよー…ログアウト?

「す、ステータスオープン」

 空間が歪んでせり出した半透明の青いプレートを齧り付くように見る。

 俺は馬鹿か?

 ゲームだから、もちろんログアウトできるんだよな?

 ログアウト、できるんだよなあ?




「――ログアウトが…できない…だと…?」

 あり得ない。

 あってはならないはずなのだ。

 しかし、ステータスウィンドウにはログアウトボタンが存在していなかった。

 男キャラの音声を消そうと探した『コンフィグ』ボタンがない時点で気が付くべきだった。




 まじかよ。

 俺、このゲームからログアウトできないのかよ…。

 …。

 ショックが大きすぎて何も言えねぇ。

 いや、おかしいとは思っていたんだ。

 プレイヤーなのに何故か主人公じゃなくて主人公の親友キャラになっていた。

 ギャルゲーなのに、適当に設定されたようなモブキャラに付き纏われた。

 というか、そもそも何で俺がこの仮想現実世界にいるのかもよく分かっていない。

 よく考えたらこれ、誘拐じゃね?

 何故かこの仮想現実世界で十六年も過ごしているし…。

 もしかしたら『七瀬彩人』として生きた記憶だけ埋め込まれているのかもしれない。

 どちらにしろ、ただの実験にしては常軌を逸している。



「おい、どうした?どこか具合悪い――」

「おぉぉぉっとぉぉぉ。こんなとぉころでどぉぉぉかしたんでぇぇすかぁぁぁぁ?」

 

 

 男がいた。

 黒く薄汚れたローブを身に纏った男がいつの間にか目の前に立っていた。


「なんだお前?同業か?生徒はどうし――!」

「おぉぉきぃな声でさけぇぇぶなよぉぉぉ」

 男がぎょろりとした目を暗いフードの中から覗かせた。

 その青白い首筋には、赤黒い蛇のような痣があった。


「お前!その印は…まさか、まさかお前は――闇堕人なのか‼」


 ――闇墜人(やみおちびと)

 それは闇の力に目覚めた禁忌の魔法使いを指す呼称だ。

 盗み、騙し、殺人などの罪を重ねた者や、心に闇を抱える者がある日突然闇の魔力に目覚める。

 闇の魔力に目覚めた者は皆等しく体のどこかに『蛇痕』と呼ばれる蛇を象った痣が現れるのだ。

 ――そして邪悪なる闇の刻印を首に宿した闇墜人が目の前にいる。


「まぁぁぁったくよぉぉぉ、いやになぁぁるぜぇぇぇ。この俺様ぁ『調教師(テイマー)』が直々にぃぃ来てやったってのによぉぉぉ、青くせぇぇ餓鬼ぃ二人しかぁ狩れなかったんだぜぇぇ」

 フードを被り、目を血走らせたぎょろ目の男が狂人のように唸る。

 実際もうキ〇ガイさんだろう。

 正直あんな気持ち悪いやつとは関わりたくない。

 あーお家に帰りたいよー。


「――っ、お前、まさかっ、あの『調教師(テイマー)』なのかよ!」

 斎藤さんが焦った声で叫んだ。

 調教師(テイマー)…。

どこかで聞いたことのある名前だな…。


「ああぁぁぁ、俺様が調教師(テイマー)――『七大堕天使(セブン・フォーラー)』が七席、フューゲル様だぁぁぁ」

 


 ――七大堕天使(セブン・フォーラー)

 確か、その名は闇の帝王(笑)の配下七名を指したものだ。

 闇墜人の中でも特に強力な闇の魔法使いたちだ。

 よくあるゲームでいうところの四天王ポジションで、このゲームではボスキャラ扱いだ。

 そして闇の帝王(笑)なるものは最終ボスで、さらに裏ボスもいるらしいが、一週目を何とかクリアしただけの俺はもう飽きてこのゲームを投げ出してしまった。

 ――そう、このゲームには『周回プレイ』が存在する…。

 もうこの時点でクソゲーだ。

 周回プレイとかとんだMゲーじゃねえか。

 しかも複数あるクリアルートをすべて埋めるのに時間がかかる上に、攻略サイトや公式攻略本を熟読しないと絶対に意図したルートに行けないという分岐条件の悪辣さ。

 しかも、育成したキャラクターは二週目以降には引き継げない。

 つまり、経験値ゼロスタートという鬼畜ゲーなのだ。

 【経験値2倍】や、【初期レベル10】などというちんけなクリア報酬はあるが、かなりのクリアルートを埋めてからではないと真クリアは難しい。

 …というか、初見プレイでハッピーエンドクリアはほぼ不可能なのだ。

 クリア報酬を複数積んだ状態でなければほぼ間違いなくバッドエンドクリアのルートに辿り着く。

 ちなみに俺はこのドMゲー要素に萎えて一週目で投げ出した。

 もちろんハッピーエンドクリアではない。

 最終戦で闇の帝王(笑)に敗れて、ヒロインたちを寝取られ(凌辱シーンは欠片もなかった)、全世界が闇の帝王(笑)に征服されるというものだった。

 もう救いようがない。




「――っい!おい!彩人っ、聞いてんのか!」


 尋常ならぬ剣幕の怒声に思考が中断される。

「こいつはやばい。お前らは逃げろ!俺が足止めをする!」

 斎藤さんが焦燥を隠そうともしない表情で叫んでいた。

 おいおい待てよ、なんでストーリーが勝手に進んでいるんだ。

 というか意識していなかったが、これ勝手にオートモード設定になっているぞ。

 まあ仮想空間ゲームの仕様上仕方ないが、一時停止したいな。

「ステータスオープン」

 一時停止ボタンを探そうとするも、どこにもない。

 そもそもマウスをクリックすればオートモードが止まるので、一時停止ボタンなんて存在するはずもなかった。

 だが、オートモードボタンもどこにも存在していない。

 スキップボタンも存在していなかったし、まじでクソゲーだろ。

 ――ってかちょっと待て。

 さっきのNPCのセリフは戦闘前の分岐ルートを選ぶ重要なシーンだったはずだ。

 やばいセーブだセーブ…。


「っセーブボタンがどこにもねぇーーーー‼」

 クソゲーここに極まれり。

 セーブボタンとロードボタンがなかった…。

 あり得ない。

 いくらクソゲーでもこれは流石にないだろう。

 目を凝らしてステータスウィンドウの端から端までを探すが、どこにもなかった。

 セーブができないことは、このゲームにおいて死を意味する。

 やり直しが一切できないのだ。


「くそっ、どうすればいい!」

 時間がない。

 しかし選択を誤っては絶対に行けない。

 何故ならこのクソゲーは死に戻りができないのだから。

 …死に戻り?

 何かが引っかかるが、左手を引く花子に意識が戻される。

「な、七瀬君…」

 縋るような目で俺を見上げる花子を見たとき、急に頭が冷静になった。


「斎藤さん、頼みます」

 俺はちらりと斎藤さんを見やると、すぐに花子の手を掴んで来た道へと走りだした。

「な、七瀬君!さ、斎藤さんは――」

 後ろに流れる花子の声を無視して、俺は花子の手を掴んだまま走り続ける。

 思考が頭の中でぐるぐると渦を巻く。

 あの場面では三つの分岐ルートがあった。

 一つ目は調教師(テイマー)フューゲルに戦いを挑んで勝つルート。

 しかし、これは特殊ルート扱いで、クリア報酬を積まなければほぼ達成することができない、所謂負けイベントなのだ。

 奇数ターンごとにフューゲルが召喚するシャドーを捌き切れず、かつ体力も攻撃力も高いフューゲルに圧殺されて10ターン経たないうちに死ぬ。

 チュートリアルイベントでユニットを育成し、シャドーを一撃で倒せるようにするか、無限に湧くシャドーを無視してフューゲルを叩けるようにするかしか道はない。

 いずれもクリア報酬なしでは到底太刀打ちできないのだ。

 だから、二つ目のルートはフューゲル戦敗北ルート。

 これはバッドエンドではなくただのゲームオーバーになってしまうので、周回が足りないプレイヤーは三つ目のルート――『人柱ルート』を選ばざるを得ない。

 すなわち、フューゲルを足止めするユニットを組んで、主人公と初期攻略キャラ――(かみなり)委員長、そしておまけの七瀬彩人の三人を逃がすというもの。

 人柱ルートでは迷宮挑戦前に、人柱にする三人の生徒を選んでパーティーに入れなければいけない。

 そして、その三人の人柱と指導員を含めた四人での戦闘イベントが発生する。

 この四人でフューゲルを五ターン足止めできれば、主人公たちは無事に逃走成功となる。

 ちなみに人柱たちはもれなく死亡が確定している。

 このゲームを作った開発は相当性格が悪い。

 こんなクソ展開誰が思いつくのか。

 賛否両論の嵐ではあったが、周回プレイをすれば死亡ユニットをゼロにできるので、そう考えれば救いはあるが。

 

 俺は花子の手を握りしめ、バクバクと鼓動する心臓を必死に抑えながらひたすら走る。

 後ろで響いていた戦闘音が聞こえなくなっていた。

 ――ゲームオーバールートに入っている。

 本来この人柱ルートでは事前に三人の生徒を集めなければいけないのだ。

 レベル50のフューゲルに対し、指導員はレベル30、生徒たちは一律レベル5というゴミパーティーだが、フューゲルが召喚するシャドーの弾除けとして三人の生徒の存在が重要になってくる。

 指導員だけだと、5ターンを耐え切れずにシャドーとフューゲルに圧殺されるからだ。

 5ターンを耐え切れずに戦闘が終了したとき、逃げる主人公たちがフューゲルに捕まってゲームオーバーとなる。


「くそがっ――」

 後ろから、着実に何かが近づいてくる音が聞こえる。

 しかも一つの足音ではない。

 ぞりぞりと気味の悪い足音をダンジョンの壁に反響させながら、それは逃げる俺たちへとその影をのばした


「おおおぉぉぉっっとぉぉぉ、はっけぇぇん。無様に逃げたぁ二匹の子ネズミ捕まえちゃったよぉぉぉぉ」

 フューゲルが、足を止めた俺たちの背後にうっそりと立っていた。

 濃厚な血の匂いが彼、そしてその後ろのシャドーたちから漂ってくる。

 びちゃびちゃと何かを咀嚼する音と、じゅるじゅると何かを啜る音が聞こえる。

 俺の左腕を痛いくらいに花子が抱きしめた。

 後ろを向けない。

 捕まってしまった。

 ゲームオーバーが確定した。

 それよりも、漂う死の香りに全身が震えた。

 仮想世界のアバターに搭載されている、無駄に高性能な五感が警鐘を鳴らす。

 これは、まずい。

 ゲームオーバーになったら俺はどうなるのだろう。

 もう一回最初からか?

 自動セーブはされているのか?

 そもそもやり直しは効くのか?

 もしかして――

 その先へと思考を進めようとして、俺は言い知れぬ恐怖を感じて頭を振った。

「な、七瀬君――」

 絞りだしたようなか細い声がすぐ隣から聞こえて、俺は我に返った。

 

「――うわっ」

 俺は咄嗟に花子を突き飛ばした。

 こんなNPCに何を迷っていたんだ俺は。

 こいつを囮にして逃げ出そう。

 俺が、プレイヤーが死んだら元も子もない。

 死にたくない。

 たとえゲームの世界でも、死んだらその先の保証がない。

 だったらNPCを囮にして、俺が生き残る。

 絶対に、俺が生き残る――




 そう、思っていたのに。

 何故だか、俺に突き飛ばされた花子はフューゲルとは反対方向に尻餅をついていて。

 俺はいつの間にか呆然とする花子を背にして立っていて。

 俺はまっすぐに、目前の邪悪と相対していた。



「っあ…な、七瀬君…?」

 呆けたような声を出した花子に胸が震えた。

「早く行けっ!」

 激しく混乱している俺の口から出てきたのは、そんな言葉だった。

「この、役立たずが!早く行けよクソ野郎!早くここから消えろよ‼」

 ひっ、という声が聞こえて、慌てて後方へ駆け出していく花子の足音が耳朶を打った。

 俺は何をしているんだ。

 思いとは裏腹に、咄嗟に花子を庇ってしまった。

 何故だ?

 俺が生き延びる最後のチャンスだったのに。

 まるで――魂が身体を動かしたかのような奇妙な感覚に陥った。

 後悔しているはずなのに、気持ちはすっきりとしていて、純粋な敵意は目前に向かっている。

「よお、フューゲル。お前は俺が殺す」

 胸に激しく湧き上がる殺意が恐怖を消した。

 こいつは殺さなければいけない。

 こいつが花子を――


「へえぇぇぇぇぇ。このクソ餓鬼がぁ、そんなに俺様に殺されてぇぇぇかぁぁぁ?このクソ野郎みたいにかぁぁぁぁ?」

 フューゲルが指した先には紅くぬちゃぬちゃしたモノがあって、シャドーが群がるソレが指導員だったことに気が付くのには十数秒を要した。

 

 目の前の惨劇に少し目を逸らしながら、迷宮の壁を反響する足音が聞こえなくなったことに胸を撫で下ろした。

 

 戦闘前セーブはできない。

 攻略サイトを開くこともできない。

 この結末を、俺は知っている。

 だが、しかし――


「お前に花子は殺させない」

 

 戦いが始まった――

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