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7. 初めての迷宮Ⅰ

 この魔法高校の授業は選択制だ。

 もちろん、必修科目もあるが、自分の好きな科目をある程度自由に選べるという点においては日本の高校の制度よりも欧米のそれに近い。

 もっとも、ここは『日本』ではなく『日ノ国』という設定なのだが。

 要するに、ホームルームのクラスで授業を受けるのは稀で、必然的にバラバラになって授業を受けるのだ。

 だから、()()()()特定の人物と全く同じ授業を取り、()()()()特定の人物と隣の席になることは決してないのだ。

 そう、決して…ないはずだ。



「な、七瀬君。さっきからぼーっとしているけど、大丈夫?」

 ()()()()全て同じ授業を取り、()()()()全ての授業において隣の席になった花子が俺を見上げる。

 お前のせいだよクソガチストーカーモブ陰キャが!


「あ、あの…もしよかったら、紅茶でも飲む?眠気覚ましにいいよ」

 そう言って、花子は鞄から取り出した水筒を差し出した。

 ボトル式の、口を付けて直接飲むタイプだ。

 …何が入っているかも分からないというのに、あまつさえ…こいつが口を付けたかもしれない水筒に口を付けろと?

「あっ…!こ、これ、か、間接キス…になっちゃうね。ふふっ」

 なんねーよ、飲まねーよ、このストーカーめ。

「おい。次の問題、花子が答える番だぞ」

「えっ。あ、そうだ!…あー、どうしよう。この計算よく分かんないな」

 案の定、花子はわたわたし始めた。

 そう、こいつは勉強ができない。

 別に頭が悪いわけではないが、花子は色々と抜けているのだ。


「ったく…ほら、ここで魔法力学第一法則を使って式を立てるんだよ。基本中の基本だろ」

 全く、何故こいつはいつもいつも…。

「あ、ありがとう、七瀬君」

 モブ顔ににっこりと笑みを向けられても、俺は溜息しか出ない。

 開発め…俺に何か恨みでもあるのか?

 ギャルゲーだったら美少女を寄越せよ。



―――――



「さて、事前に周知していたとおり、Aクラスの皆さんは一足早く今日から『迷宮』が解禁になります」

 よく晴れた四時間目の授業で、担任の先生はそう宣言した。

「よっしゃぁー!待ってました!」

「ちょっと怖いかも、モンスターって」

「冒険者に、俺はなる!」

輝聖(こうせい)君、一緒にチーム組も?」

「ああ、(らい)となら楽しくなりそうだね」



 あーあ、うるせーなモブ共め。

 主人公はがっつりとフラグ立てているし、何かもう…萎えるわぁ。


「ということで、今日から迷宮に潜ってもらうから、早速チームに分かれてください。魔法の相性とバランスを考えて組んでね。あと、ソロはだめよ」

 先生の言葉に、Aクラスの生徒たちは声を掛け合って次々にチームを結成していく。

 案の定、俺のところには一人もやって来ない。

 まあ、いきなりやって来られても心の準備ができていないが、それにしても…。

 クソ、あのババァめ!

 いきなりチームを作らせんなよ!

 陰キャの気持ちなんて、ほんの少しも分かってないんだろうなぁ、先生様にはよぉ。

 『ペアを組んでー』という言葉がどれほど苦痛か分からないのだ。

 もう、名簿順とかでいいじゃん。

 なんで生徒の自由意志に任せるかなぁ。

 ああ、そうだよ、俺には一人も友達がいないんだよ悪いかよ。

 クソ、ああ、俺はこのまま突っ立って悪夢のような時間を過ごす――

「あ、あのっ…な、七瀬君…。わ、わたしと、ち、チーム組まない?」


 あー…一人だけいた。

 俺みたいな陰キャに話しかけてくる奴が。

 そいつ――花子は、顔を真っ赤にさせて俺を見上げている。

 まだ春の柔らかな日差しなのに、そんなにも肌が弱いのか?


「わっ、わたしじゃ…だめ…かな?」

 俺が黙り込んでいると、花子は俯いて呟いた。

 はぁー…仕方がないな。

「…ああ、組んでやるよ、花子と」

「ほ、本当?はぁ、やったぁ」

 そう言って、花子は満面の笑みを浮かべて小さく拳を握った。

 全く…仕方がない。

 こんなストーカーとはチームなんて組みたくもないが…。

 うん、仕方がなかったんだ。

 は、花子に誘われて嬉しかったとか…そーゆーのじゃないからな!




「よぉ。俺がお前らの担当になったC級冒険者の斎藤(げん)だ。これから一週間よろしくな」

 そう言って片手を挙げるのは、俺たちに割り当てられた二十代半ばくらいの指導員だ。

 迷宮に初めて潜る生徒にはチーム単位で冒険者の指導員がつく。


「あ、あの…わたしは…ええと、その、あの、うん、山田花子と申します。ええと、隣が、わ、わたしのチームメイトで、七瀬彩人君です。よろしくお願いします」

 おいおい、勝手に俺まで紹介すんなよ。

 俺だってそれぐらいできるわ。

「まだまだ未熟ですが、精一杯頑張りたいと思います。ご指導お願いします」

「お、おう。なんか照れるな。花子と彩人だっけ?これからビシバシ指導していくから覚悟しとけよ!まぁ、手加減すっから」

 そう言って、斎藤さんは後ろを掻いた。

 迷宮を探索してモンスターを討伐する冒険者には荒くれ者が多いイメージがあるが、この人は善人そうだ。

 

「それにしても、ペア…しかも男女のペアねぇ…。もしかしてお前ら付き――」

「ただのクラスメイトです」

「…お、おう」

 全く、男女のペアだからって邪推すんなよ。

 だいたい、このモブ陰キャストーカーと俺が付き合うわけないだろ。

 

「ま、まあとにかく、早いところ迷宮に移動しようぜ。他の奴らが集まり出すと混むからな」




 指導員――斎藤さんに連れられて迷宮の入り口にやって来た。

「ほら、お前ら生徒IDを出せ。本来の迷宮ならこれ――冒険者カードを出すんだ」

 斎藤さんはひらひらと俺たちに見せたカードを、重厚な門の脇に設置されているカードリーダーに(かざ)した。

 ピロリン、と軽快な電子音がして門がスライドする。

「ほら、早くしろ」

 俺たちは慌ててIDカードを出すと、斎藤さんに倣って受付を済ませ、真っ黒な大口を開ける迷宮へ足を踏み入れた。



 ガゴンと音がして、背後で門が閉まった。

 身を包む空気が変わり、思わず身を震わせてしまう。

 ぽかぽかと温かかった外の空気が、迷宮に入ると一気にひんやりとしたものになった。

 薄暗い迷宮の中には魔力灯が等間隔に設置されてあって、十分な視界が確保されていることが分かる。

 また、完全踏破こそされていないが、この迷宮には巡回している警備員がいて、しかも低層は完全にマッピングされている他、出てくるモンスターもレベルが低い。

 しかし、これから赴くのはやっぱり命をやり取りする迷宮なのだ。

 十全な警備体制と安全確保のもと、学校創立以来死者はいない。

 それでも、毎年怪我人は必ず発生するのだ。

 

「な、七瀬君…」

 首筋に生暖かい空気が流れ込むと同時に、左手を汗ばんだ手でぎゅっと握られた。

「うおっ」

 俺は慌ててその手を振り払い、花子から身を離す。

 キモッ。

 まじで止めてくれ、心臓に悪いから。


「よし、お前ら気ぃ引き締めろ。教科書や動画でモンスターを見たことはあるかもしれないが、これから遭遇するのはリアルなモンスターだ。俺がいるから大丈夫かもしれんが、迷宮の中だ、何が起こっても不思議じゃない。十分に気を付けろ」

「「はい」」

 俺たちは薄暗い迷宮の中を歩き出した。




「おい、お出ましだ…。お前ら、そこで止まれ」

 斎藤さんの声に、俺たちは足を止めた。

 通路の奥から姿を現したのは――

「す、スライム?」

 半透明な身体を震わせて、ゼリー状のモンスターがこちらに向かってぞりぞりと進んでくる。

「風よ 彼の者を束縛せよ【風の檻】」

 斎藤さんが片手を翳して魔法を唱えると、突如湧き出したつむじ風によってスライムは動けなくなった。


「あれは、風属性下位魔法の【風の檻】か」

「おっ、流石魔法高校の生徒だ。よく勉強しているな」

 斎藤さんは捕らえたスライムを俺たちの目前に持って来ると、その姿をはっきりと見せた。

「これがスライムだ」

 へぇー。

 画面を通して見た面影は残っているものの、三次元化してよりリアルになっている。

「なんだか、可愛いですね」

 花子がスライムを見下ろして能天気な発言をする。

「見かけはな。ただし、迷宮の深度が増すと、こいつらはえげつなくなってきやがる。何故だか分かるか?」

 斎藤さんが俺を見てきたので、口を開いた。

「迷宮は深層になるほど、空気に占める魔力の密度が上がり、存在するモンスターの強さや大きさが増します。スライムの体積は人間を超える大きさになり、強酸性の粘液を分泌し、冒険者を丸ごと飲み込む個体が増えて来るからです」

 俺の回答に、斎藤さんは満足そうに頷いた。

「百点満点の回答だ。ちなみに、認知されている冒険者の死因の一位がスライムによるものだ。これは『迷宮学』のテストに出るから覚えておけよ」

 斎藤さんははっはっはと笑う。

「あれ、斎藤さんってもしかして先輩ですか?」

「いやいや、お前らみたいに優秀じゃなかったから『国立第一魔法高等学校』には行けなかったよ。俺が通っていたのは第三魔法高校だ」

 へぇー…。

 というか、初めてこの学校の正式名称を知った。


「無駄話が過ぎたな。お前ら、このスライムを見ろ。何か気が付くことはないか?」

 花子がびしっと手を挙げた。

「あ、あの…紫色の核があります」

「そうだ。モンスターには等しく『魔石』と呼ばれる核があって、それを壊すか、モンスターに大ダメージを負わせることで倒すことができる。まぁ、俺たち冒険者にとってはこの魔石が主な収入源になっているから、核を壊すことは避けているがな。…ほら、こんな風に――」

 斎藤さんが掲げたままの右手を握り込むと、つむじ風が収束し、スライムの身体を削り取った。

「「おお…」」

 後に残ったのは、小さな紫色の魔石だ。

 俺はあることに気が付いて手を挙げる。

「斎藤さんがしているそのグローブってもしかして杖ですか?」

「おお、よく気が付いたな。正確に言うと、これは『グローブ型魔力伝達装置』だ。所謂杖――『杖型魔力伝達装置』が主流だが、冒険者の中にはこうした魔力伝達装置を使っている者もいるぞ。魔力伝達効率は杖と比べて落ちるが、ハンズフリーなところが利点だ」

 画面越しにプレイしていた時には全く気にしていなかったが、仮想現実世界でプレイヤーになってみると、武器や防具を選ぶ視点が変わって来るな。


「よし、お前らもスライムを倒してみろ。俺は湧きで見ているから、自由にやれ。何かあったら手を出してやるから、気楽にな」

 斎藤さんがそう言うと、奥から二体のスライムが湧き出してきた。

 そのスライムに目を凝らしてみると、ステータスウィンドウがポップする。



スライム(Lv.1)水属性


スライム(Lv.1)水属性



 底辺の強さだ。

 正直火属性魔法でも一瞬で蹴りが付くが、点数稼ぎもしておきたい。

 それに、花子がどこまでやるのかも見ておきたいところだ。

「花子、俺は水属性に対して劣位属性の火属性だ。水属性に対して中庸属性の花子が攻撃しろ」

 花子に指示を出しつつ、ちらっと斎藤さんを見る。

 うんうんと頷いている辺り、適切な状況判断能力があることを示せたみたいだ。

 よし、点数ゲットだぜ。


「う、うん。わ、わたし頑張る。え、ええと…、薔薇よ咲き誇れ 彼の者に刹那の幸せを与えよ【薔薇ノ楽園】」

 花子が振り上げた黒塗りの杖の先端から眩い光が溢れ出し――



 一面に真っ赤な薔薇園が広がった。



「――はっ?」

 

 地面を割って飛び出した幾重もの蔓が迷宮の通路中を覆い尽くし、辺り一面に真っ赤な薔薇が咲き誇った。

 目の前にいた二体のスライムの姿は影も形もない。

 目を凝らしても、スライムのステータスウィンドウは浮かび上がってこない。

 ああ、そうだ。

「ステータスオープン」

 俺のステータスを表示させて所持金を見ると、200円が加算されていた。

 今の二体のスライムのレベルは1だったから、レベル×100円で200円が加算されたということには納得できる。

 しかし、斎藤さんが倒したスライム分の金は入っていないのか。

 恐らく、斎藤さんは指導員という『お助けユニット』だから正式なパーティには含まれていないのだろう。

 ただ、花子が知らず知らずのうちに俺のパーティに組み込まれていたことは解せん。

 

「おいおい、いきなり上位魔法かよ。…にしてもすげーなこれ。この魔法だけで一財産稼げんじゃねーか」

 斎藤さんがどこか呆れたように言った。

 …というか――

「花子、これ攻撃魔法じゃないよな」

「うぅ…七瀬君、ご、ごめんなさい」

 薔薇の山に囲まれながら、花子は申し訳なさそうに縮まる。

「わ、わたし、攻撃魔法が苦手で…」

 それにしても、すごい魔法だ。

 一瞬で迷宮を薔薇園にしてしまった。

 花子の属性は確か土だったが、こんな魔法もあるのか。

 上位魔法を打ってもまだケロッとしているし、モブのくせに意外にやるじゃないか。

 Aクラスにいるだけの実力はあるのか。

 …そう言えば、Aクラスの中で俺だけが上位魔法を使えないんだった…。


「まあ、スライムは倒した?みたいだし、次に行きてぇんだが…。彩人、この薔薇燃やしてくれ。これじゃあ奥に進めん」

 斎藤さんが困ったように口を開いた。

 確かに、見ている分には綺麗だが、迷宮の中でこれをやられると迷惑極まりないな。

 でも、まぁ…。

「気にしないで。大丈夫だよ。な、七瀬君が見たかったらいつでも見せてあげるから。ふふっ」

 ちらりと横を見ると気持ち悪い笑みを浮かべながら花子がほざいてきたので、気にせずに燃やすことにした。

「斎藤さん、俺たちを炎から守ってください。――【炎ノ舞桜】」

 口にした火属性上位魔法は嘘だ。

 俺は火属性中位魔法の【火炎弾】を二つと風属性中位魔法の【暴風】を無詠唱で同時に起動し、【()()()()()()()()()()()()()を繰り出した。

 薔薇園に【暴風】で威力を増した【火炎弾】が乱れるように次々に突き刺さり、瞬く間に燃えていく。

 全ての属性の魔法が使える俺は、こんなチート(ずる)ができる。

 クラス決めがかかる学年末試験では、火魔法をベースに風属性で威力を上げ、土魔法で地面を抉って、火属性上位魔法【爆裂炎】を装った。

 普通に上位魔法を行使するよりも多くの魔力を消費し、比較的再現するのが簡単な上級魔法しか偽れないから面倒臭い。

 試験官が間抜けで助かった。

 と言っても、複数の属性を使える者は俺以外にこのゲームには存在しないから不正なんて見破れないのは仕方がないが。



「おお、火属性上位魔法か?すげぇな、Aクラスの奴らは」

 純粋に称賛の表情を浮かべている斎藤さんには申し訳ない。

 だが、俺はチート(ずる)をしてでも、いい成績が欲しいんだよ。


「あー…影も形もねぇな。まあ、雑魚の魔石なんてあってもなくても変わんねぇが」

 更地になった空間を見て、斎藤さんがぼやく。

「す、すみません…」

 花子が申し訳なさそうな顔をして言った。

「ま、結果オーライだ。次頑張ればいい」

 斎藤さんがあっけらかんと言うと、花子はますます縮こまった。

 だが…スライム相手にいきなり上位魔法を行使するとは、馬鹿なのかこいつ?

 バグか?

 全く、面倒臭い奴がペアになってしまったよ。

 チェンジできないかな、チェンジ。


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