第九話 昇級のご馳走【アルトリオ】
今日は肉もとれたし、僕の昇級が決まったということでツェリがご馳走を用意してくれることになった。
僕の昇級をまるで自分のことのように喜んでくれるツェリが何だかいつも以上に可愛らしく思える。
「お前さま、何をそんなにニヤニヤしているのですか?」
「ち、違う。その、ツェリにはいつも助けられてばかりだなと思ってね……」
実際に昇級したのは狩りの成果によるところが大きい。特に今年に入ってからの狩りはその半分近くはツェリの手柄なのだ。
「何をおっしゃいますか。私がこの村に住まわせてもらっているのもお前さまのお陰なのです。少しぐらいお手伝いさせて下さいまし」
ツェリは狩り以外にも掃除、料理、ご近所付き合いまで完璧にこなす。何というか僕が苦手としていた部分を補ってくれる。
調理に使用している調味料や、お漬物等は近所の奥様方と物々交換で入手したものだ。僕はそういったことを苦手にしていたので、塩が無くなれば我慢をしていたし、母が亡くなってからはお漬物なんて食べなくなっていた。
「ツェリが来てから村の人たちとの距離が縮まったよ。小さな村だからやはり助け合っていかないとならないのだなと、ツェリを見てとても感心しているんだ」
「村の女性陣は、お前さまのことをかなり勘違いしておりました」
「勘違い?」
「私はお前さまが優しいことを知っているのですが、奥様方からすると無口で表情もあまりなく、少し恐がられていた節すらあります」
「そ、そうだったのか……。まあ狩人なんてのは、群れずに孤独に仲間を作らず仕掛けを秘匿して魔物を獲る職だからね。僕にそのつもりがなくても、話し掛けづらいというのは頷けてしまうかな。村で話をするのも村長かドノバンさんぐらいだったしね」
「でも、最近はその評価も変わってまいりました。お前さまは、笑うようになりましたから」
「そうか、笑うようになったか」
それは、やはりツェリのお陰だろう。ツェリと一緒にいると楽しい。
ツェリと笑いながら会話をしていると、珍しそうに見られた気がしていたが、どうやら気のせいではなかったようだ。
「お前さま、今日はボア肉たっぷりに野菜を煮込んだ鍋にします。お肉は脂の多いところをもらって参りましたのできっと美味しくなりますよ」
ツェリの料理は見事なもので、火の扱いがとても上手だ。慣れた奥様方でも火をつけるのは苦手な人もいるのにツェリは失敗がない。
火加減も僕のように炎と語り合えるかのように操ってみせる。きっと、ツェリは鍛冶の腕もあるに違いない。
「ツェリの料理は美味しいから楽しみだよ。どれ、僕は串肉でも作ろうか」
「はい、肉と串はそちらに用意しております。塩はそちらの瓶に」
「うん、準備万端だね。今日はお腹いっぱい食べようね」
ボア肉の赤身肉を串に刺していき、適度に塩を振っていく。たったこれだけで、美味しいボア肉串の出来上がりだ。
串を鍋の周りに刺していき遠火でじっくりと炙っていく。
我が家では、床を抜いて炭火で暖をとりながらそこで湯を沸かしたり鍋料理を作る。
一応、火事にならないように石で囲ってあり、ある程度の距離をとっている。それでも、我が家では炎の扱いが僕もツェリも得意なので何も心配することはない。
朝まで火を維持するにはどのぐらいの炭や薪を用意すればよいかわかっている。
「そういえば、近々オースレーベンの街から領主様の使いが村に来るそうだよ。ツェリのことが何か分かればいいのだけどね」
「それは誠でございますか。私は今の暮らしが気に入っております。このままお前さまと一緒に暮らしすことができれば十分でございます」
こんな美少女にそう言ってもらえるのは嬉しいことだが、これだけ美しく頭の良いツェリのことだ。どこかの国のお姫様だと言われても驚かない。
「ツェリ・クレーンという名前から何かわかるといいのだけどな」
ツェリがこの村に来てからもう半年近く経つ。一晩だけ泊めるという話から、いつの間にやらこんなにも長い時間を一緒に過ごすことになってしまった。
「うーん、どうでしょうね」
記憶が戻るといいなとは思いながらも、記憶が戻ってこの家からツェリがいなくなってしまうのは、やはりどこかさみしい気もする。
両親が亡くなってからはずっと一人で暮らしてきた。ツェリと楽しく話をしながら過ごす日々は、僕に忘れていた家族の温もりを思い出させてくれる。
ツェリにはどこへも行ってほしくないというのうが僕の本心だ。
もしもツェリが、オースレーベン周辺で商いをする商家の娘だったとしても、この半年もの間に誰も探しに来ないというのも不思議な話だ。
そうなると、やはり盗賊や魔物に襲われてツェリだけが生き延びたという可能性が高いのかもしれない。
真実を知ることはツェリにとっても辛いことになるのだろう。思い出さない方がいいこともきっとあるのだから。
「お前さま、鍋が煮えましたよ。そろそろいただきましょう。いっぱい食べてくださいまし。今日はお祝いなのですから」
「ああ、そうだね。今日は久し振りに贅沢をしよう」
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