第八話 ツェリについて【アルトリオ】
ツェリがこの村に来てから、もう半年も経った。今ではすっかり村に馴染んでしまっている。
ツェリは記憶喪失とは思えないくらいに活発で、村の奥様方ともすぐに打ち解けてしまった。その愛らしさからか古着を頂いたり、保存食などももらってくる。
ただ、夜になるとどこか落ち着きがなくなり、寝る頃になるとソワソワし始める。
どうやら、ツェリは夜の暗闇が苦手なようなのだ。布団に入ってるとしばらくして、僕の布団にもぐり込んでくる。
ツェリは少女とはいえ、その姿はとても美しいため僕もドキリとしてしまう。背中側から抱きつくようにして頭を擦りつけてきては、その温かさにホッとするのかしばらくして眠りについてしまう。
記憶喪失ではあるけど、やはり心の奥底に怖い思いをした記憶が残っているのではないだろうか。
最初は注意して、ツェリもいい年齢なのだから一人で寝ないとダメだよと伝えたものだが「よ、夜が怖いから……」と泣かれてしまっては何も言えない。
ツェリが泣き止むまで頭をゆっくり撫でてあげると、そのうちに落ち着いたのか静かに寝息を立てながら眠ってしまった。
「さっきは後ろ向きだったからよかったものの、目の前に美少女が寝ていて花のような香りがするとあっては……困ったものだな」
それからは、まるで至って普通のことであるかのように布団も一つしか敷かなくなってしまい、寝る時間になるとツェリは枕を持ってやってくる。
いつしか僕もそのあたたかさと鼻をくすぐるような良い香りがなければぐっすり眠れなくなってしまっていた。
ツェリは手先が器用で、古着から服を作ったり、傷んだ生地を継ぎ接ぎしたりと裁縫が得意だ。僕の服も直してくれたり、新しく作り直してくれたりする。
また、料理も得意で僕と同じように火を操ることに長けているようだ。薪を使い過ぎず最小限度の火を器用に操り、食材が一番美味しいタイミングを見計らったかのように仕上げる。
「ツェリは裁縫も料理も得意なのだから、きっと良いお嫁さんになるね」
「いやですよ、お前さま。身寄りのない私がお嫁に行くとしたら、お前さま以外には考えられません」
冗談にしても、絶世の美少女からそんなことを言われて悪い気はしない。
最初はこれだけの美貌なので、きっと貴族のご令嬢様なのかもしれないと思っていたのだけど、裁縫や料理が得意な貴族というのはちょっと違う気がする。
もう少し、下の身分……商人の娘あたりと考えるべきなのかもしれない。
頭も良く、器量よし。小さい頃からたくさんのことを学んで育ってきたのだろう。
「ツェリの両親は……。い、いや、何でもない」
「何ですか? お前さま、今日は白菜を頂いたのでお鍋にしましょうか」
「そうだな。何か手伝うか?」
「そうしましたら、先日の鹿肉を少し削いできてもらえますか」
「わかった」
普通に考えると旅の商いで盗賊や魔物の襲撃に合い、何とかツェリだけが生き延びたと考えるべきだろう。そう考えると、ツェリの両親はもう生きていない可能性が高い。
ツェリの前で親の話を出したり、迎えに来ると期待させることは言わない方がいいのかもしれない。
そういえば、ツェリには苦手なものがもう一つあった。何故かとても水を怖がるのだ。特に井戸から汲んだばかりの冷たい水ほど嫌がる。
直接触るのも嫌なようで、起床して顔を洗うのも水には触らず、僕が用意した布を桶に入れしぼったものしか使わない。
そういうことなので、水を使う作業、例えば水汲みだったり洗濯などは僕の役割になっている。
ただ水でも火で温めたお湯となると平気らしい。そういうことなので、飲むのは水ではなくお茶が多い。朝からお湯を沸かして、朝食から温かいお茶をいただく。
ツェリが来てからは家に火が消えることはほとんどない。だいたい、朝に火を着けるとそのまま夜まで着いたままだ。
ツェリも僕も炎を操るのが上手く、他の家と比べても何故か火持ちがとてもいい。なので、炭や薪代にお金がかかり過ぎているわけでもない。
「お前さま、鍋が煮えてきました。私はお漬物を切ってまいりますね」
「うん、いい匂いだね。この香りは何かな?」
「山で山菜を採っていた時に山椒の木を見つけまして」
「この独特の清涼感が山椒の香りなのだな。ツェリは物知りなのだな」
「山椒は肉や魚に合います。焼いても煮込んでもいいので、村の奥様方にもお裾分けしようと思いますがよろしいですか?」
「ツェリが採ってきたものだろう。ツェリの好きなようにすればいい」
僕はこういったやりとりを村の人たちとはしてこなかったので感心してしまう。