第三話 ショートスピア【アルトリオ】
僕がドノバンさんの鍛冶を手伝うように言われたのは偶然のことで、たまたま家の片づけをするために古くなって着れなくなった衣服やごみを家の裏で燃やしていたのがきっかけだった。
ごみを燃やすのを見て火の扱いが上手いとか言われて、その時は何を言っているんだこの人はとしか思わなかったのだけど、どうやら僕には炎を思った通りに調節できる才能があるらしく、それは鍛冶師であるドノバンさんが長年経験してきてようやく辿り着いた境地なのだという。
ドノバンさんは僕の燃やすごみを見ながらため息をつき、頬杖をつき、その炎の揺らめきに魅せられてしまったらしい。
「綺麗な火じゃな……。アルトリオは火の精霊様に魅入られた者かもしれんのう」
「それはまた大袈裟ですね」
僕としては、火が大きくなり過ぎないように、また煙が出過ぎないように風向きを考えながら村の迷惑にならないように調節していただけなのだけど、普通の人はそんなこと簡単には出来ないのだという。
割と小さい頃から火を扱っていたのだけど、いつの間にやら得意になっていたらしい。村の人には内緒で、川魚を焼いて食べていたからだろうか。
下級村人であり、狩人の僕は山で仕留めた生き物は全て村長へ持っていかなければならない。でも、下級村人であるが故にその報酬は少しだけで、でも子供一人であればなんとか生活できるぐらいのものでしかなかった。
両親を亡くした僕が生活するための手段として、狩場の一部を継承させてくれただけでも村長には頭が上がらない。ひょっとしたら、内緒で川魚を食べていたことも知っていながら見逃してくれていたのかもしれない。
僕が狩場を継承してからのここ数年は極端な不猟になることもなく、村の狩人の方もそれなりに魔物を狩っていた。
これが不猟続きで、村に肉が全然ない状況だったのなら、僕の狩場はあっさり取り上げられてしまっていたかもしれないし、ここで生活し続けることは難しかったと思う。
きっとそれは運にも恵まれていたのだろうけど、ようやく村の狩人として一人でやっていける自信がついた頃だった。
「アルトリオ、狩りに出ない日はわしの手伝いをせんか? もちろん、ちゃんと報酬も出すぞ」
「ドノバンさんのお手伝いですか。でも、僕は鍛冶を見たこともやったこともないのですけど……」
「アルトリオは火を操る能力が高い。それに狩人としてそれなりに強靭な肉体を持っておる。鉄を叩くにも力は必要じゃ。これほど鍛冶師に向いておる者はおらんよ」
報酬を聞くと驚くぐらいの金額を提示された。一体どんな大変な作業をしなければならないのか多少の不安はあったのだけど断るという選択肢はなかった。
「では、お願いします。明日は罠道具のメンテナンスをするので、明後日には伺えると思います」
「わかった。待っておるよ」
お手伝いということだったので、火の管理や薪割りが中心なのだと思っていたら、ドノバンさんは僕に一本のショートスピアを打ってみろと指示をした。もちろん、何度かドノバンさんの打ち方を見てからだったのだけど、これが思いの外、上手に打ててしまった。
「やはり思った通りじゃな。鉄の熱を感じ、火の強さを自在に操れておる」
自分で打ってみて驚いた。見本となるショートスピアがあったからイメージしやすかったとはいえ、この長さに打つにはどれぐらいの火力と強さで鉄を伸ばせばいいかが感覚でわかってしまったのだ。
「自分でも驚きました。打ち方によっても鉄の伸びが違います。もっとドノバンさんの打ち方を見て学びたいと思います」
「うむ。教えがいがありそうじゃわい」
もちろん、売り物として考えると形を綺麗に整え、刃を研ぎ仕上げるまでの実力は僕にはない。
一人前の鍛冶師への道のりはまだまだ遠いのだろうけど、鍛冶師として一番大事な部分は本能的に理解できてしまっているというのが自分でも不思議でならなかった。
その日から僕はドノバンさんを師匠として、狩人と鍛冶師の二つの仕事をするようになった。狩りで使っている罠道具も自分で思ったようにつくり、またメンテナンスもできるようになったことで、罠掛かりもよくなったような気がする。
そして、最初に打ったこのショートスピアは獲物を仕留める際に、そして身を守る時に使用する武器としてドノバンさんが丁寧に仕上げてくれたものをプレゼントしてくれた。
芯がしっかりとしていて手に馴染む素晴らしい逸品だ。もう何年も使用しているけど、使い込むごとに馴染んでいく感覚がある。
ドノバンさんを見ていて感じたこと。僕が鍛冶師として目指すのは、汎用性のある弱い製品を造ることではない。
もちろん、すぐに壊れたり刃こぼれした方が鍛冶屋としては儲かるのかもしれない。大きな街で多くのお客さんが来る鍛冶屋さんならそれでもいい。そういう安い製品を求める人もいっぱいいるのだ。
でもこの村のように、ものを大事に扱う人に提供するものは、長年に渡り愛着を持ってもらい使い続けられるもの。
可能であればその人に合った至高の逸品を造り上げることが大事なのだ。ドノバンさんが僕にくれたこのショートスピアのように。
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