第二十六話 牢獄の姫【アルトリオ】
「お前さま、ここで無理をしてはいけません。すぐに笛を隠してくださいまし」
ツェリは小声で僕にそう言ってきた。確かに武器もない状態で、大勢の騎士を相手に僕が出来ることなど何もない。
ツェリだけでも助けられないかと考えてみるものの完全に囲まれてしまっているこの状況はかなり厳しい。
笛を吹こうにも、外に出なければ遠くまで響かない。ここで吹いたところでジュードさん達には届かない。
「わかった」
何故かはわからないけど、ツェリのことは危害を加えるつもりは無さそうなのでそこだけは安心だ。
ここはツェリの言う通り、大人しく言うことを聞く振りをして、隙を見て助けを呼ぶのがいいのかもしれない。
「しばらくは大人しくしていてもらうぞ。少なくともオースレーベンとの話し合いが終わるまでは一歩たりとも外には出さん」
「オースレーベンとどのような話をするのですか」
「決まっている。霊峰ポイニクスをサクラステラの領土にするのだ」
「ごめんなさいねルイーゼちゃん。数日の辛抱だと思うけど地下の牢獄へ入ってもらうわ。でも、村での暮らしよりは美味しいものを食べられると思うわよ。ふふふっ」
どうやらオースレーベンとサクラステラの領土問題に巻き込まれてしまったということらしい。
「よしっ、二人を連れて行け。それからオースレーベンにはすぐにこの書状を渡しとけ。騎士がいただろう。そいつらに持って行かせればいい」
こうして、僕とツェリは地下の牢獄へ入れられてしまった。運がいいのか、大した持ち物検査もされることなく笛は隠し通せることができ、世話係ということで一緒の牢に入れられた。
夜や暗闇を怖がるツェリを1人きりにさせることがなくて、そこだけはほっとしている。
「それにしても困ったね。地下だと更に笛の音が届かないよ」
「そうでございますね。騎士様方も心配されていることでしょう。しかしながら、私たちに何か出来ることもありません」
牢獄の中は、薄暗くどこかカビ臭い。二人分のベッドと簡易トイレがあるぐらいで後は、何も無い。
壁も厚いようで、叩いてみてもビクともしない。ここから無事にツェリを助け出すことができるのだろうか。
「……ツェリは落ち着いているんだね。怖くないの?」
「はい、お前さまが近くにおりますので。それにサクラステラも今は私に危害を加える様子がありませんから」
霊峰ポイニクスを手に入れるまではツェリがルイーゼ様として生きている必要がある。それまでは大丈夫ということなのだろうけど、その秘密を知ってしまったからには、いつ何をされるかわかったものではない。
そうして少し目が慣れてきた頃に、斜向かいの牢獄から物音が聴こえてきた。ツェリは既に気づいているようで、目を細めてその奥の方を見つめている。
「だ、誰かいるのですか?」
僕の声に反応するように音がする。間違いない、この牢獄には他にも誰かがいる。
「わ、私はルイーゼ。ルイーゼ・サクラステラです。いや、今はもう何者でもございません……」
驚いた。僕たちの他に牢獄に囚われていたのは本物のルイーゼ様らしい。薄暗くてまだよく見えていないんだけど、確かにツェリと同じぐらいの背丈と思われる。
「僕たちはオースレーベンから来たのですが、ルイーゼ様の代わりに生きるよう命令されたのです」
「それは、申し訳ございません。私も何故このようなことになってしまったのか……」
「ルイーゼ様は何故戦わなかったのですか? あなたには大きな加護の力が宿っています。その力を持ってすれば逃げることぐらいは出来たのでは」
「ツェリは加護の力を持っている人を判別できるの?」
「まあ、何となくですけど。最近は加護を持っている人が身近に多くなりましたので」
身近に加護持ちの人がいるからと言って、その力を認知できるのはまたちょっと違う気もする。しかしながら、ツェリが言うとどことなく説得力があるから不思議だ。
それに、ルイーゼ様の反応を見るにツェリの言うことは当たっているっぽい。
「確かに私には水の加護があります。しかしながら加護のことは私以外に誰も知りません。何故そのようなことがわかったのでしょう?」
「それはまあいいとして、その力を私たちのために使ってみませんか? 私の隣にいる旦那さまも炎の加護を操れます。力を合わせればここを脱出するぐらいなら出来ると思うのですが」
「ツェリ、だ、旦那さまって!?」
「本当にその方が炎の加護を?」
「ええ、この鉄格子を熱で曲げて抜け出すぐらいは簡単にできるでしょう」
「えっ、僕そんなこと出来るの!?」
「なるほど。あなた方が囚われの身となった原因は私にもあります。もしも本当にその鉄格子を曲げて出てくることができるのなら、ここから抜け出すお手伝いを致しましょう」
僕が驚いてあたふたとしている間に、ツェリとルイーゼ様の話し合いは終わっていた。
というか、僕は本当にこの鉄格子を曲げることなどできるのだろうか。
この冷たくて硬く、全く炎の力を感じさせない鉄をどうすることができるというのか。




