第二十話 領主様との話【アルトリオ】
「まあ、突然騎士にならないかと言われてもアルトリオも混乱してしまうだろう」
エトワール様はそう言いながら僕達の正面の椅子に座って僕の反応を見ているようだ。
「念のためお伺いしますが、オースレーベンは近く戦争をしたり大きな魔物の被害に遭われたりしてるのでしょうか?」
「ツェリさんだったね。アルトリオのことが気になるのかな。安心してほしい、オースレーベンは至って平和な街だよ。現国王も穏やかな人々の暮らしを望んでいて周辺諸国との関係性も良好といえる。また、オースレーベン周辺に危険な魔物はそう多くはない」
言葉を付け足すようにジュードさんとヒューゴさんが会話に入ってくる。
「あれだけ大きなワイルドボアが狩れる君たちの村の方がよっぽど危険じゃないかな」
「そうだね、あれはかなりの大物だったよね」
騎士様とエトワール様の関係がとても近く感じるのは、若い領主様だからなのか、それともまた違う意味を持つのか。
「ふむふむ。次に聞きたいのは、アルトリオに支払われるお金についてです」
「しばらくは騎士見習いとして月に金貨十枚。騎士になればその倍を出すことを約束しよう。加護持ちなのだし、すぐに騎士になるのだろう?」
そう言ってジュードさんとヒューゴさんを見るエトワール様。そして、すぐに頷いてみせる二人の騎士様。
騎士様ってそんなにお金を貰える職業だったのか……。金貨一枚に慌てふためいていた自分が何とも恥ずかしい。
「それでは最後に一つ。何故アルトリオを騎士にしようと思われるのですか?」
「それはアルトリオが加護の力を持っているからに他ならない。オースレーベン周辺で加護を持っている者は全て騎士に勧誘している。それほどに加護の力は戦闘を左右するものだからね」
「もし断ったら?」
「もちろん無理強いするつもりはないが、君たちの住む村に多くの魔物の肉をオースレーベンに融通するよう税を増やすことになるかもしれないね」
「月にワイルドボア一頭ぐらい?」
「どうであろうな。その辺は君たちの村の村長と話をすることになるかな」
「むぅー」
僕の話のはずなのに、何故か食い気味にツェリが交渉しているのはどういうことなのだろうと思わなくもない。
でも、僕にはツェリのように質問をする言葉すら頭に浮かばない状況で、まだひどく混乱した状態にあった。そういう意味ではツェリに助けられたのかもしれない。
「あのー、この場はツェリがサクラステラのご令嬢であるかもしれないという話をするのではなかったでしょうか?」
「そうだな、その話もある。これだけ頭の回る者がただの村の者であるとは思えぬ。それはさておき、私もルイーゼ様とは会ったことがないのだよ。つまり、ツェリさんがルイーゼ様なのか判別しようがない。サクラステラに行って証明してもらう他ないのだ」
「オースレーベンにルイーゼ様を知るサクラステラ家の者が来ればもっと早いかと思うのですが」
「私もそのように話をしたのだけどね、とにかく連れてこいとの一点張りなのだよ。二人には迷惑を掛ける形になってしまい申し訳ないと思う」
エトワール様とサクラステラの領主様との関係性がよくわからないけど、そこは何となく察しなければならない所なのかもしれない。
「そういうことでしたら致し方ありませんね」
「私はルイーゼとやらでは無いのですが、行かねばならないと言うなら、しょうがないことなのでしょう。私はアルトリオが一緒であれば特に言うことはありません」
「うむ、二人ともありがとう。そして、アルトリオはツェリさんに愛されておるのだな」
愛されているか……。本当にそうならどれだけ嬉しいことだろう。ここまで優しく、そして美しい少女を僕は見たことがない。街で多くの人を見たけどやはりツェリが一番美しい。
「ツェリはまだ歳も若く寂しがり屋ですし、記憶がない影響なのか夜の闇を怖がることもあります。私で役に立つのなら協力は惜しみません」
「ツェリさんは良い出会い、そして縁に恵まれたのだな。アルトリオよ、騎士の話はサクラステラから戻って来るまで返事を待つ。ジュードとヒューゴも引き続き同行するから二人からも話を聞くといいだろう」
「はい、かしこまりました」
といっても、僕が断ると村長に迷惑が掛かるような不穏な話がされていたような気もする。
そもそも悪い話ではないのだから、この場で受けると言ってもよかったかもしれない。
ただ、少し気になることはある。
騎士になってオースレーベンに住居を構えたとしたら、ツェリはどうするのだろう。
村の奥様方とも仲が良く、狩りの腕前もひょっとしたら僕よりも上かもしれない。僕が居なくなれば家もそのまま使える。使い慣れた家であればそのまま村で暮らすという判断をするかもしれない。
そうなると、それはどこか心にポッカリと穴が空いてしまうような感じがしてしまって決心が鈍ってしまうのだ。
ツェリはこの話をどう思っているのだろうか……。
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