第十話 領主様の使い【アルトリオ】
それから数日が経って、村には綺麗な装備を整えたた領主様の使いという騎士様が二名やって来た。
領主様の使いが来るのは数十年振りとかで、村も朝からどこかそわそわと落ち着かない感じだった。
僕とツェリは村長に呼ばれていて、領主様の使いの方へ事情を説明することになっている。
「わざわざこんな娘一人のために、領主様の使いの方が来られるなんて驚きでございます」
「それはツェリが身分の高いご令嬢である可能性があるからなんじゃないか」
ツェリはないないと手を振って微笑んでいる。記憶喪失なのに、どこか自信ありげなその様子に僕は困った表情を返すことしかできない。
「ほれっ二人とも、そろそろいらっしゃるのだから静かになさい」
「申し訳ございません」
「失礼しました村長様」
ニコニコと全然怒った感じもなく、たしなめるように村長が言うと、入口近くにいた村長の奥様が「来たわよ」と小声で伝えてくれた。
「オースレーベン領エトワール様の使いで参りました。そちらにいるのが、身元が不明のお嬢様でしょうか」
領主様の使いは二名で来られていて、村長に挨拶を告げるとすぐにツェリのことを見てくる。
「こちらがツェリと、ツェリを保護している村の者でございます。本日来られたのは、ツェリのことで何かわかったということなのでしょうか?」
「実は隣領のサクラステラで領主様の三女であられるルイーゼ様が乗った馬車が行方不明になったとの連絡が入りましてな」
「金髪のロングヘアで瞳は深紅。歳の頃は十四歳と、この村で発見されたツェリと申す者と容姿、歳が似ているとなったのです」
やはり、ツェリは貴族のご令嬢だったのか。半年近く一緒に過ごしていたけど、ツェリの髪は艶やかでどこか華がある。瞳の色も吸い込まれそうになる美しい紅。
「ツェリの本当の名前はルイーゼと言うの?」
「お前さま、ツェリの名前はツェリでございます。お会いした時にツェリ・クレーンと申したではないですか」
「ツェリ・クレーン……」
「名前の記憶はしっかりあるのですね」
二人の騎士様もひょっとしたらという思いがあったのかもしれない。しかしながら、ツェリはあっさりと否定する。
「はい、名前だけはしっかり覚えておりました。それ以外のことは何も思い出せません。しかしながら、隣領で行方不明になったご令嬢がこの山の麓まで、どのようにしてたどり着けるのでしょう?」
ツェリは領主様の使いの騎士様に、これは何かの間違いでしょうと訴えているのだ。確かにオースレーベンの街ですら遠いのに、更に離れたサクラステラからどうやって来れるというのか。
「ルイーゼ様の乗った馬車は荒らされており、側に仕えていた騎士が何人も刃物で斬られ亡くなられています。ですので、盗賊に出くわしたのだろうと」
「そして盗賊がサクラステラからオースレーベンに逃げ込んだのではないかと考えているようなのです。そこへ、ちょうどツェリさんのお話があがってきたものですから、ひょっとしたらという話になったようなのです」
「つまり盗賊に連れ去られて、この山の近くまで来たのではないかとということですな」
「ツェリはどうやって盗賊たちから逃げおおせたのだろうか。この周辺に盗賊がいるのでしょうか?」
「オースレーベンの騎士が周辺を隈無く探っておりますが、今のところ何の痕跡も発見できておりません」
僕も狩人なので、何か人の手が入ったような気配というのはすぐに察することができる。半年もの間、そんな気配を感じたことは無かったし、もしも盗賊がツェリを追いかけているのなら、それなりに痕跡が残るというものだ。
「その、もし。私は盗賊には襲われていないと思うのです。この村に来たときも怪我はしておりませんでしたし、縄で縛られたような痕もありませんでした」
村長の奥様もうんうんと頷いている。そういえば、村長にツェリの話しをした時に奥様が身体調査をされていたのだった。
「そうなのでしょう」
「しかしながら、ツェリさんの情報がサクラステラにも届いてしまいまして……」
「つまり、私がサクラステラまで行って人違いであることを証明せねばならないということでございましょうか?」
「はい、その通りでございます」
「隣領と揉めるわけにもいかず、ツェリさんには大変申し訳ないのですが、サクラステラまでご同行願いたいのです。これが領主様からのお願いになります」
「そういうことでしたらしょうがないでしょう。その代わり、一つだけ条件がございます」
ツェリは、指を一本立てて領主様の使いに条件を提示してみせた。普通の村人ではなかなか出来ないことに、僕と村長はアワアワとどうしたものかと思って見ていたのだが、領主様の使いは申し訳ない気持ちがあったのか、あっさりと話を聞いてくれるようだ。
「うむ、話してみなさい」
「ご迷惑を掛けているのはこちらです。なるべくその条件とやらを叶えましょう」
「私からの条件はアルトリオと一緒に向かうことです」
何と、ツェリは僕と一緒でなければサクラステラには行かないと言ったのだ。
「あら、まあまあ」
村長の奥様がニコニコした表情でうんうんと頷いている。
「アルトリオというのは?」
「あっ、はい。私でございます」
「なるほど、ツェリさんを保護されている方ですね」
「つまり、そういうことなのですか?」
「……はい」
はい、じゃない。そんなこと言ったら騎士様方が勘違いしてしまうだろう。
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