アーバンノート王国へ
アーバンノート王国の国境の町に着いた。
門を守る兵士が、入国待ちの人々の身分をあらためている。
アーバンノートは雪深い国だ。
長く、凍えるような寒さの冬を乗り切るために、造酒産業が発達したと言われている。
あたたかい蜂蜜酒は脳をも蕩かす美味さだと評判だ。
また優秀な魔術師を多く輩出している国でもある。
アーバンノート魔法学校はルー大陸中の優秀な魔術師の卵が集まってくるというから、驚いた。
何より、五年前に魔王を倒した地がまさに、アーバンノート王国なのだ。
「次はアンタだ。早く前へ」
「はい」
私は書き付けを鞄にしまい、代わりに赤い財布と紹介状を取り出した。
「身分証か紹介状は持っているか」
「国が発行する身分証はありません。観光商会の紹介状なら持っています」
「よし、それを出せ。それから、その水盆に片手を入れて、質問にひとつひとつ答えるように」
「はい」
「ではいくぞ。名前、年齢、性別、出身国、職業……」
どういう原理なのかは分からないが、この水盆の前で嘘を言うとすぐにばれるらしい。
水が赤く光るとか、泡ぶくがたつとか、腕が溶けたなんて話も聞く。
年齢をひとつ間違えたくらいで腕が溶けたら笑い話にもならない。
ナムアミダブツ、と久方ぶりに思い出した我が神に祈りを捧げる。
「よし、最後に入国目的を言え」
「あたたかい蜂蜜酒を飲みに参りました」
「ハチミツシュ?」
「チュチュのことです」
「チュチュか。いや、チュチュだけが目的なのか?他には?」
「今のところは特にありません」
水は、いつまでも静かに佇んでいた。
生真面目な兵士は、しばらく水盆を睨みつけていたが、最後には入国許可証を書いてくれた。
「入国料は銀貨3枚だ」
私はネルシャ刺繍の財布の中から、銀貨3枚を取り出し、兵士に渡した。
覚えているだろうか。
私がこのルー大陸の地に降り立った時の全財産はたったの銀貨3枚だった。
銀貨3枚というのは、それなりに意味のある金額だったのかもしれない。
兵士は銀貨が紛い物ではないことの確認を終えると、しかめっ面はそのままに、門の先を指差した。
「通れ」
「失礼いたします」
「女、チュチュが飲みたいのなら春の陽だまり亭に行ってみるといい」
「親切な兵士さまに銀の星の御加護を」
「うむ。正直な旅人にアーバンノートの冬の恵みと慰めを」
そうして私は門を抜けた。
冬は、もうすぐそこ。
読者諸君へ
アーバンノート王国中の蜂蜜酒の情報を持って、またハルファントライク王国へ帰ることを約束する。
A氏へ
アーバンノートで魔王を倒した勇者一行の像を見た。
ルピナス•ラムレーズン氏が討伐に加わっていたとは驚いた。
ついでにアスパラガス•グリンピースなる大魔術師の像もあった。
彼が口に咥えていた細長いものは草煙草だろうか。
それとも極限まで細く巻いたルーパパッセなのだろうか。
そうだね、答えは聞かなくても分かる。
閲覧ありがとうございました。