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異世界旅日記  作者:
4/9

ドグラから甘味が消えた理由(ハポン→ドグラ→ラプラプ)

 私は今、ドグラにいる。

 ハポンからラプラプへ向かっていたのだが、ちょっとした問題が起こって、一週間も足止めをくらってしまった。

 悲しきかな、ドグラには甘味がなかった。

 ケーキもクーキェもドウナッツもアイスクリームもなかった。

 私はドグラの町中を駆け回り、叫んだ。


「そんな話は聞いていない!」


 店先に繋がれたドリュー種の竜が、冷めた目で私を見ていた。

 ドグラのマルミャッシェの具が甘いチクの実でなかったら、私は周囲の止める声を振り切ってラプラプへ単身旅立っていただろう。

 チクの実というものを初めて食べたが、芳醇な甘さ、とろけるような舌触りの果肉、舌に残るパンチの効いたスパイシーな残香。

 故郷で飲んだチャイという飲み物を思い出す。

 私を一週間生き長らえさせてくれたチクの実のマルミャッシェは素晴らしい味だった。

 チクの実のマルミャッシェの事を教えてくれた観光ギルドの職員に感謝を。


 問題も解決したので早く出発したいのだが、天候不良が続いたせいか、ここら一帯の魔素の濃度があがっているのだろう。

 魔素がうまく排出されず、かといって私の身体では、魔素が魔力に変換もされないものだから、有体に言うと調子が悪い。

 宿屋のおかみに魔素を散らす薬を譲ってもらったので、幾分呼吸が楽になった。

 おかみは私のことを高位の魔術師だと思ったようだ。

 昼食のおかずが増えていたので、私は沈黙を選んだ。


 おかみの勘違いは、ドグラという土地柄もあるのだろう。

 ドグラは人口300人程の小規模な宿場町だ。

 ドグラとラプラプの間に広大な魔の森があるのはご存知だろうか。

 ドグラを利用する人の多くは冒険者だ。

 ドグラで必要物資の補充と武器の整備を行い、魔の森で魔物を狩って、ラプラプにある冒険者ギルドへ売る…………少しペンを置く。





 せっかくなのでルー大陸に降り立った私が、最初に訪れた町について書いておこう。

 三ヶ月も前のことなので、だいぶ記憶もぼやけているが、食べた料理の名前と値段はちゃんと記録していた。

 ファンタルバル!

 私の数少ない美徳である。


 美食の国ハルファントライクの王都ハルファン、その東部に位置するファンデ地区。

 ファンデの特徴は、ファンデ地区丸ごとがハルファントライク最大のマーケットだということ。

 ファンデには国中の食材、料理、魔石、それに新作の魔道具なんかが集まってくる。

 ファンデの活気あふれる人々の顔を見れば、この国がどういう国なのかが分かるというものだ。

 私は瞬く間にファンデに、しいてはハルファントライク王国に魅了されていった。

 私がA氏のはからいで旅に出たことは以前も書いたと思うが、故郷の島から出たことのない私はハルファントライクの言葉なぞ知るはずもない。

 最初はとても苦労した。


「これはいくらですか?」


 その一言すら辞書で調べなければならない有り様だった。

 A氏手製の辞書には、ルー大陸の大まかな地図と手紙が挟まれていた。

 手紙には、ファンデにはとても美味しいクレープがあるよ、と気さくな文面で書かれていた。

 私はさっそくクレープ屋を探した。

 辞書をひき、拙い言葉を繰り返す。


「クレープ屋はどこにありますか」

「どうぞクレープを売ってください」

「あなたはクレープを知っていますか」


 なかった。

 よくよく辞書を調べてみると、どうやらクレープはハルファントライク語でルーパパッセと呼ぶそうだ。

 パセと呼んだほうが読者諸君には馴染みがあるだろうか。

 パセは、ルーパの豆粉を卵と水で溶いた溶液を、鉄板の上で薄く焼き、その上に生クリームとチュチュソース、ノアやキックリ等の季節の果物や木の実を乗せて、くるくると巻物パッセのように巻いて食べる昔ながらの菓子だ。

 片手で持て、口や膝も汚れないことから、貴族の娘さん方の間では、極限まで細く巻いたルーパパッセ(この言い方がいかに気取っているか、今なら分かる)が、お茶会の定番の菓子になっているとかなんとか。

 貴族の娘さんに生まれなくて良かった。

 そして、ルー大陸で最初に口にしたものがパセで良かった。

 パセを食べた瞬間、私この地で暮らして行けると確信したのだから。


 ファンデでの、忘れられない思い出がもう一つ。

 三店舗目のエゾという壮年の男が営むパセの屋台に並んでいた時のことだ。

 私の前に並んでいた細い腰の妙齢の女性がこう言った。


「生クリームとチュチュソースマシマシで」


 次に何が起こったか、わかるだろうか?

 生クリームとチュチュソースがマシマシになったパセが女性に手渡されたのだ!

 当たり前だって?そんなことはない。

 私がハルファントライク語にとてつもなく不自由だったことを思い出してほしい。

 その時の胸の震えを想像してほしい。

 私は店主に妙齢の女性の後ろ姿を指差して、つたない発音で、いまさっき聞いた、生クリームとソースが倍になる魔法の呪文を繰り返した。

 果たして、生クリームとチュチュソースとついでにレッドベリーのアイスがマシマシになったパセを受け取った瞬間の感動といったらない。

 200ガロン、銅貨にして2枚。

 値段も唸るほど安い。


 A氏の辞書は完璧で穴だらけ。


 私はこの町でもうひとつの出会いを得た。

 ルピナス•ラムレーズンという冒険者の男だ。

 ご存知の方もいるのではないだろうか。

 後から知ったのだが、彼はなかなかの有名人だったらしい。

 声をかけられた時、美丈夫とはこういう人物を指すのだろうと、ひとり納得した。

 陽に透けるような金髪と、エージェナーの花のような色の瞳。

 故郷の言葉で例えるなら【青紫の朝顔の君】といったところだろうか。

 190cmはありそうな身長。

 服装はシャツにズボン、それに申し訳程度の皮の胸当てをつけていた。

 いかにも固そうな腕には生傷だらけ。

 腰に携えた大きな剣に、肩に担いだ狼の死体。

 頬にべっとりついた獣の血を気にもしない様子で、ラム氏は紳士のそれで、私を食事に誘った。


「いま、なんといいましたか?」


 ラム氏の言葉を三度聞き返したのは、自分に自信がなかったからではない。

 言葉が不自由だったからだ。

 最初に断っておくがこれはまったくちっとも色っぽい話ではないのであしからず。


「俺は、魔物を狩ることを生業としている冒険者だ」

 

 私はラム氏の言葉を四度聞き返し、辞書を引いた。

 【バグノイヤ】が【魔物】と翻訳されている一行を見つけたときは、指先が震えた。

 光性の島の出身である私は、魔物など空想の動物としか思っていなかったのだ。

 読者諸君が、光性の島のことを、蜃気楼の一種と思っているようにね。

 ラム氏は、数年前に失踪したパーティーのメンバーのひとりの行方を、ずっと探していると言った。

 なんでもその人物は書き置きも残さず、家の荷物も全部残して、ある日突然消えたそう。

 とても力のある魔術師で、魔物に襲われたとは考えられないという。


 魔術師の名前はアスパラガス•グリンピース。


「緑色っぽい名前ですね」

「君は魔力の色が視えるのか?」


 視えるはずがない。

 ラム氏との会話はいつも噛み合わない。

 ラム氏は言った。


「ずっと途絶えていたアスパラガスの魔力の波動を感じて、追いかけてみたら、君がいた。アスパラガスはどこだ」


 もう少し柔らかい言い方をしていたかもしれないが、なんのことやら。

 ラム氏が一言喋るたびに辞書を睨むこと十数分。

 何年もそのアスパラガスという魔術師を探し続けていることからも分かるが、ラム氏はたいへん気の長い性質である。


「おや、どうやらその辞書からアスパラガスの魔力を感じる。それはどこで手に入れた?」

「ネットオークションで鞄を買ったら入っていたのです。出品者の粋なはからいといいますか、評価ポイントをあげる手段のひとつといいますか。そういうことはよく起こることでもあるのです」

「何を言ってるのかさっぱりわからない。ハルファントライク語で話して欲しい」


 辞書をめくりめくり、私は答えた。


「鞄を買った。オークション。出品者の顔や名前は知らない」

「オークション会場はどこだ」

「私の家」

「あんた、貴族か?」


 沈黙は金なり。故郷の言葉だ。

 クリストフは察しのいい男だったので、それ以上は私の身元は追及してこなかった。

 ひとつだけ言えることは、私にパセを極限まで細く巻く趣味はないということだ。


「ふむ、オークションか。あいつのことだ、手製の魔道具を売りながら日銭を稼いでいる可能性もあるな」


 今思えば、彼はそんな類のことを言っていた気がする。

 そして私は彼と別れた。


 要点がずれてしまったが、狼と思われた動物はヴァルフという名前だそうで、とても美味しかったということを書こうとしていたのだ。

 ファンデでヴァルフ料理を食べるなら黄昏のヴァルフ亭がおすすめだ。

 北の森で狩ったヴァルフを持っていくと、正規の買取金額にプラスして、お酒をサービスしてくれる。

 宿泊も可能だ。




 ファンデでの特筆すべき事柄は以上だ。

 昨日、ここドグラの町で久しぶりにラム氏を見かけた。

 相変わらずの軽装備。

 それがいかに非常識であるか、今なら分かる。

 ラム氏は10メートルもあるギャラビエを肩に担いで引き摺っていた。

 実にファンタルバル!だ。

 魔術師はまだ見つかっていないそうだ。

 難儀なことだ。

 ラム氏は一人乗りのドリュー種の竜を連れていた。

 その瞳に見覚えがあった。

 最初の日に見かけた竜は、彼の所有物だったようだ。

 ドリュー種の竜は砂糖が主食だという。

 さて、ドグラの甘味がどこへ消えたのか。

 読者諸君はもうとっくに気がついていたね?

 





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