遥か彼方のA氏へ
はじめてこのルー大陸の地に足をつけた日のことを、今でも覚えている。
雨上がり特有の湿った空気。
ぬかるんだ地面。
そして甘く熟れた果実の匂い。
もっともそれは果実ではなく、海の匂いだったんだけれども。
信じてもらえないだろうが、今はもうどこにあるかもわからない、私の故郷の海は、塩辛かったのだ。
ルー大陸を取り囲む海水から砂糖がとれるなんて子供だって知っていることを、私は知らなかった。
私の故郷では海水を蒸発させると塩になるのだから。
読者諸君、驚いたか?信じられないか?
私は実際声に出していた。
「私は、異世界に来てしまった」
ルー大陸で旅をはじめて三ヶ月が経った今だって、私は毎日この言葉を言っている。
もちろん尊敬と愛情を込めて。
ルー大陸は素晴らしい。
なんといっても食べ物が美味しい。
甘味が安い。
ろくな説明もなく銀貨三枚と鞄ひとつでこの果てのない旅へと私を放り込んだA氏に、心からの感謝を。
追記
もしこの書き付けを読んだなら、後生だ。
あなたに繋がっているこの鞄に醤油を一本差し入れて欲しい。
私の代わりに、そちらで生活をしているあなたなら、醤油の大事さは、もう分かるだろう?