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異世界旅日記  作者:
2/9

サフランティアスの星祭り

ルー大陸のハルファントライク王国のサフランティアスという町での話。

 夏は夜。これは私の故郷の有名な書物の書き出しでもある。


 今年のサフランティアスの夏の星祭りは後から思い出しても涎が垂れる。

 女神の彫刻がごとく凛と佇むは、月に照らされた十段重ねのアイスクリーム。

 サフランティアスの一年をイメージしたというそれは、てっぺんに添えられた冬果実の代表のジュリの蜜絡めから始まり、甘酸っぱいノア、ほんのり甘いパーユ、香り高いファボ茶ミルク、美しい水色のラムール、よく熟れたキューマン、今が旬のトゥルマ、深煎りのキックリ、十種の白花の蜜、パチパチとした歯触りが特徴のパチット、別名淡雪の妖精とも呼ばれるシュレイトン……。

 中でも、今が旬の野菜、トゥルマのアイスクリームは最高だった。

 アイシュのミルクアイスによく熟れたトゥルマを練り込み、ナッツや果肉の代わりに、角切りのバターが入っていた。

 これが合うのなんのって。

 ユーマロン市長主催の氷菓大会の銀の星は、この十段アイスクリームを披露したキュリス菓子店のザックの胸に輝いた。


 キュリス菓子店以外にも美味しいアイスクリームを腹を壊すほど食べた。

 意地汚いなんてことはない。

 腹を壊すまで食べるのはサフランティアスでのマナーだ。

 ライラ氷菓店のルーマー塩のピンク色が鮮やかな塩アイスクリーム、クリスプス菓子店のパチットとクルワ蜜のハニーアイスクリーム、ソリアン精肉店のS級アイシュの至高のミルクアイスクリーム。

 溜息。

 一億の銀星が輝く空の下で、新しい友人たちと食べたアイスクリームは格別だった。


 マナーといえば、銀星のスプーンを忘れてはならない。

 銀星の欠片を丁寧に削って作られた銀星のスプーンは、光性の物質で、常にひんやりと心地よい冷気をまとっているのが特徴だ。

 魔性の素材をふんだんに使ったアイスの味を妨げず、繊細なアイスクリームの魅力を十二分に引き出してくれる。

 このスプーンを持たない者には三倍の料金をとっていいことになっている。

 決してボッタクリではないので、憲兵に文句を言ったりなんかすれば、とっつかまるのは諸君のほうだ。

 サフランティアスに行ったならば、是非一本購入することをおすすめする。

 

 憲兵を擁護するわけではないが、牢の中でも食後のデザートにアイスクリームをつけてくれるのは嬉しいサービスだった。


 さて、サフランティアスの星祭りに話を戻そう。

 ご存知の方も多いと思うが、サフランティアスの星祭りはハルファントライク王国の三大食祭りのひとつにあげられている。

 祭りの始まりは三百年も昔に遡る。

 美食の国と名高いハルファントライクの中でも最も古い祭りだそうだ。

 幾たびもの戦争や、つい五年前まで続いていた魔王一派との抗争で、国が荒れる中も、サフランティアスの星祭りが途絶えることなく祝われていたことは奇跡ともいえよう。

 キュリス菓子店の十段アイスクリームの三個目を食べていた時に、隣りに座っていた老婆が言っていた。


「この祭りだけが希望だった」


 老婆の前にも十段アイスクリームのガラスの器が置かれていた。

 老婆は、観光客然とした私の手を握り、分かっていると言いたげに首を動かし、慈愛の笑みを浮かべた。

 私の手から、老婆の手が離れたと思うと、手の中に違和感が。

 三角形に折り込まれた紙包みが残されていた。

 胃薬だ。

 実はさきほど同じ物をキュリス菓子店の店員がくれていた。

 アイスクリームを食べながら訥々と語る老婆の話は、面白かった。

 星祭りはルー大陸が光性の動植物で溢れていた時代からあるということで、サフランティアスのアイスのクリームを語る上で欠かせないのが光性の動物アイシュの乳と、銀星のスプーン。

 銀星のスプーンについての説明は先に述べた通りだ。

 お土産にも最適。

 熱が出た時に氷嚢としても使える。

 猫舌の私は、熱々の紅茶に砂糖を溶かす時にこっそり使っていたりする。

 あとは、そうだね、髪に飾ってもきれいなんじゃないかと思う。

 ……白状すると、銀星のスプーン屋にとても世話になったので、この場を借りて宣伝している。

 シルヴィアという名の銀の髪が美しい、美女だ。

 一宿一飯の借りは返したよ。


 アイシュの乳を飲んでまずびっくりするのが、濃厚な乳の味。

 魔性の動物ではないアイシュだが、特別な飼育方法で黒カウカウの乳よりも濃い乳を出すようになるのだ。

 黒カウカウはご存知だろう。

 ビロードのような光沢のある黒い毛皮のカウカウだ。

 どこへ行っても人気の食材。家畜の王。

 私の故郷の牛という動物に似ているが、黒カウカウの大きさはその倍はある。

 つまり、黒カウカウよりもアイシュの方が牛に近い姿をしているということだ。

 もっとも牛に、アイシュのような立派な尻尾は無いけれど。

 アイシュの乳で作ったアイスクリームについては「美味い」の一言。

 サフランティアスの氷菓大会の銀星の栄誉が四十九年に渡り、アイスクリームに与えられていることからも、その偉大さを感じ取ってほしい。

 そしてサフランティアスの先人たちが、価値のない光性のアイシュを、美味しいという一点に最大の価値を見出し絶滅させなかったことに、銀の拍手を。


 最後に、今大会で銀星を勝ち獲ったザック氏の言葉を記録に残しておこう。

 ザック氏は泣きはらした目でこう言った。


「これでやっと僕はサフランティアスの一員になれた」


 ザック氏はハルファントライク王国の辺境のパパポリスという村の出身だそうだ。

 商人の三男として生まれたザック氏は、サフランティアスのアイスクリームに心を奪われ、両親の反対を押し切りサフランティアスに単身移住した。

 ザック氏が十二の時だという。

 星の祝福とも呼ばれる銀髪、金髪の多いサフランティアスにあって、ザック氏の赤い髪はひときわ目を引く。

 大きな差別を受けたわけではないのだろう。

 どちらかといえば、観光客然とした者に、サフランティアスの人々はとても親切だ。

 私に胃薬をくれた店員や老婆や、友人のように。


「僕はこんなにもサフランティアスを愛している。それを知って欲しかった。伝わって嬉しい」


 一時の恋の熱ではなく、家族の愛情で。

 ザック氏のスピーチにサフランティアスの人々は涙した。

 たぶん、あの場で憤慨していたのは私だけだ。

 だってそうだろう。

 私は、とっくにザックの十段アイスクリームがサフランティアスの象徴になっていたのに。

 その張本人たるザックが、まだサフランティアスの一員だと思えていなかったなんて。

 なんてこったのパラリンカ、だ。


「【がんばれ】」


 思わず口を出た言葉の直訳は避けよう。

 私の故郷の言葉で、耳を塞ぎたくなるほど汚く相手を罵っていると思ってもらえればそれでいい。

 来年も再来年もその先もずっと、ここサフランティアスで、ほとばしる情熱と燃えるような赤い髪を持つザックという青年に会えることを、私は望む。


 名残惜しくはあったが、私は一生分の胃薬を鞄に詰め込み、サフランティアスの町に別れを告げた。




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