七夕に想う 色の無い夜に・Colorless night~外伝~
――七夕に 私は願ってしまう。
加正寺琴音は夜中の住宅街をフラフラ歩いていた。
一応は不審者や警察がいないかは確認しているが
はぁ~~あ、と深い溜め息をついて、またフラフラ歩く。
途中コンビニで、ジュースとお菓子。
そして暗い公園へ向かう。
誰もいない。
結構大きな公園で、奥には池があったり橋があったり
遊具もあるので休日はピクニック客で溢れる。
なのでこんな夜でも、カップルやジョギングをしている人がいるのだが……
今日はいない。
「ラッキー」
良いことだ、と琴音は思う。
誰にも会いたくなくて、来たのだから。
人間なんて会いたくない。
ベンチに、座って
ブンブン虫を集める街頭の灯りの元
ジュースやお菓子を取り出し、ちょっとしたパーティー気分だ。
まだ6月だというのに、蒸し暑くて
冷たい炭酸ジュースが美味しく思える。
もちろんノンカロリー、脂肪の吸収を抑えるやつだ。
チョコのついたプレッツェルを口に入れたところで携帯電話を見る。
なんにも、なにも、なにもきていない。
なんの通知もない。
唐突に、別れると言われてそれっきり。
自分のベッドで寝ていたけれど色々したベッドだから
この場所にいるのが嫌で、親に黙ってこっそり深夜の冒険に出掛けた。
いつもはガンガン通知がきて、うるさいくらいなのに
こういう時に限って、なにもない。
今なら、どんな広告メールでも見てやるのに。
そんな気持ちにもなるし、全てがうざくも感じる。
心が黒く染まっていくようだ。
もっと!! と炭酸ジュースを煽るように飲む琴音。
友人達には、唐突に振られたなんて恥ずかしくて言えない。
SNSを開けば
みんなの恋人ショットが溢れてる。
「死のうかな……」
死んでやったら、どうなるだろう。
まだ16歳。
彼氏に振られて、傷心自殺。
池にでも飛び込んでやろうかな?
いやいや気持ち悪い。
そう思いながらも、琴音はずっと同じ場所にはいたくないので
お菓子をリュックに詰め込んで
奥の池に向かった。
怒りなのか、哀しみなのか
こんな失望感は初めてで、うまく対応できず
結局、琴音の目からは涙が溢れ出す。
自分で死ぬなんて無理だから、誰か殺してくれたらいいな。
そんな事を思いながら
池に着く。
どうしてだろう、本当に誰もいない。
なんて言えばいいのかわからない形の月が
ぼんやりと雲をまとって、星も見えず
どんよりした池を照らして、大した情緒もない。
暗い、黒い池。
やはり不気味だ。
ボチャン!!と何かの水音。
急に怖くなった琴音は、そこを離れようと池に背を向けた。
10分も歩けば
すぐ日常に戻れる。
そう思ったが――。
ギシャアアアアアアア
聞いたことのない音が背中で聞こえる。
聞いた事はないが、本能でわかる。
何かの咆哮だ。
そして大きな水音。
瞬間、震えと
全身から、臭う冷や汗が一気に出る。
何かが、後ろにいて――。
それが、自分を狙っている――。
琴音は一歩、一歩でも踏み出さなければと思ってはいるが
悪夢を見た時のように足が動かない。
グチャグチャと、何か、また音がする。
牙や舌が絡み合う音なのか
叫びたくても声が出ない。
しかし、ゆっくりと顔だけまた池に向けてしまう。
それもまた本能なのか、狙う驚異の目視確認。
池から出てこようとする、それは
頭には無数の腐った魚のような目玉が飛び出て
引き裂かれたような口からは無数の牙がある。
鯉を喰らったのか、牙に挟まっていてぶらりと揺れ
べチャリと落ちた。
「ぎゃああああああああああ!!」
そこだけ見て、琴音の口からは
生まれた時以来かと思えるような絶叫が発せられた。
途端に、無残に足がもつれひっくり返ってしまう。
「ひっ――ひぃっ!!」
情けない呻きしか出てこない。
もがく琴音に、化け物が近づいてくる気配がする。
この化け物とのハートフルストーリーだなんて可能性は0だ。
殺される殺られる喰われる!!
ふくらはぎに、化け物の粘液がべチャリとかかった。
「ひっ――」
もう情けない、肺の息を出すだけで精一杯だ。
その時、また違う、何かを感じる。
純粋な闇。
どっしりと這いつくばった身体を、そっと抱き上げられ
気がつけば
琴音は池のそばのベンチにいた。
「!?」
そして、刀を持った――天使??
黒い羽のようなものをまとった、刀を持った天使。
それが
たった一振りで、化け物を斬り落とした。
しかし、池からはまた同じ化け物が飛び出し天使を襲う!!
「危ない!!」
声が出た。
琴音の心配をよそに、ふわりと舞うようにして簡単に
天使は化け物を退治した。
爆発しそうな心臓の音。
ひどく頭痛がする。
涙も止まらない。
斬り捨てた後、何か水のような物を撒いて
煙が立っている。
それを終えた後
ゆっくりと天使は近づいてきた。
でも、その天使は――黒い闇。
禍々しい呪怨、怨念、怨霊をまとっている。
「ひぃっ!!」
琴音の恐怖に気付いた天使は、シュッと片手から刀を失くす。
すると、ただの少年になった。
「大丈夫ですか」
優しい綺麗な声。
また驚きで声の出ない琴音。
今まで見たなかで、一番美しい顔。
やはり天使なのか。
「動けますか?」
まだ恐怖でこわばる身体。
琴音は首を横に振った。
少年は背中にかけていたショルダーから携帯電話を取り出すと
どこかへ電話をかけ始める。
あまりに謎過ぎて琴音は混乱する。
その姿はまるで高校生。
「今から、救急車が来ますから心配しないでください」
「……」
こくこくと頷く琴音を見て、少年は安心させるように微笑んだ。
こんな時なのに心臓がドキリとする。
しかし、少年は琴音の足にかかった粘液を見て顔を少ししかめた。
「向こうでも詳しい説明がありますが……とりあえずこれを」
少年は、またバッグを開けると
次は七夕の短冊のような紙を渡してきた。
何やら読めない文字が書いてある。
震える指に持たせてくれる。
「これは御守りです。妖魔の体液は妖魔を呼ぶ、
でもこれはそこまで強くはありませんので
1週間ほどで消えるでしょう。
その間はこれを持っていてください。」
「……は、はい」
やっと声が出て、また少年は微笑んでくれる。
「救急車が来るまではおりますので」
「……はい」
ベンチで横になっている琴音を見ないようにして少年は守るように立っている。
たまに見える横顔が、ゾクリとする程美しい。
「……あの、なま……え」
「え?」
「おなまえ……お、おしえてください……」
「……すみません、お答えできないのです」
済まなそうに微笑む。
「……でも……」
琴音の心はそんな事なのに酷く落胆してしまう。
でも、何か、この人の事を知りたい。
そう強く思ってしまう。
「じゃあ……」
「はい」
「刀の名前は……?」
「え……」
刀には名前がある。琴音は刀をモチーフにしたアニメが大好きだったのでそれを知っていた。
せめてその名前だけでも知りたい。
少年は困ったように、少し笑った後こう言った。
「晒首千ノ刀」
「え……?」
「晒首千ノ刀、というんですよ」
なんて悍ましい名前の刀だったんだろう。
琴音の元に救急車が来ると、少年は一礼してどこかへ行ってしまった。
結局、入院までする事になったが
両親に泣きながら怒鳴られ抱き締められたり、
連日のように友人達がお見舞いに来てくれて
腐った失恋心はすぐにどこかへ行ってしまった。
「会いたいな……」
もう1週間はとっくに過ぎてしまったけれど
琴音は制服のポケットからもらった御守りを取り出す。
ショッピングモールに飾られた大きな笹には
同じような形の短冊が、沢山の願いとともに揺れる。
「ねぇねぇ、書いていいんだって――!琴音、書いていこう!!」
「うん!!」
死にたいなんて絶対にもう思わない。
あの時、全力で生きたいと思ったから。
もう、あんな思いはしたくない。
あんな恐怖はもう絶対に嫌だ。
でも、何故だろう
あの人に――また会いたい。
胸が締め付けられるくらい会いたくなる。
「えーなにそれ? 怪談?」
「ひーみつ!」
琴音の願いも、一緒に揺れる。
沢山の皆の願いとともに
ひらひらと、舞う、恋心。
――呪い刀のあの人に、もう一度会わせてください――
完
読んで頂きありがとうございました!!
朝に急に思いつき書き上げましたホヤホヤの短編です。
長編・色の無い夜に
の短編いかがでしたでしょうか?
主人公の名前も明かされませんでしたが
もし気に入ってくだされば是非長編のほうも覗きにきてくださいね。
評価、ブクマ、感想が
物書きのエネルギーになります。
是非お気軽にお客様の反応を見せていただけると、とても嬉しいです。
ありがとうございました!!