7
「すみません、お話が」
由衣さんが言った。
声のトーンを落としている。
「ど、どうしました?」
僕も同じくらいの声量で訊いた。
すぐ側に、あの美しい由衣さんが居ると思うと、心臓が激しく高鳴った。
「兄に聞きました。私の踊り…楽しかったと言っていただけたと…」
緊張しているのか、おずおずとした口調。
「本当に…本当に、そう思ってますか?」
「ええ!?」
「どうしてもそれが訊きたくて…失礼とは思いましたが…すみません」
何てことだ。
僕が考えていた以上に、あの踊りはこの村では重大な事案なんだ。
僕は雅人さんに、由衣さんの踊りのお世辞を伝えるべきじゃなかったのか?
自分の踊りへの評価を確かめに、こんな深夜に僕の部屋を訪れるほど深刻な彼女の気持ちに対して、これ以上、嘘をつくのはとんでもなくひどい仕打ちなのではないか?
僕は決心した。
「由衣さん」
「はい」
闇の中、お互いが見えないのも構わず、僕は頭を下げた。
「「あ」」
2人同時に声が洩れた。
お互いの頭が触れ合ったからだ。
危うく、彼女に頭突きするところだった。
「す、すみません」
「いえ、軽く当たっただけなので」
「そっちじゃなくて」
「?」
「踊りです。本当のことを言います」
「………」
「僕はよく分からなくて…楽しいというよりは…全然、何とも…評価できないんです。本当にすみません」
沈黙が流れた。
そして。
由衣さんが、すすり泣き始めた。
これはまずい!!
こんなことになるなんて、思いもしなかった。
村人たちの歓待を受けて、明日には楽しく珍しい思い出を胸に、この村から去るはずだったのに。
ややこしい状況になった…。
ようやく暗闇に慣れてきた眼に映る由衣さんのぼうっとしたシルエットに、僕は両手を伸ばした。
さめざめと泣く彼女の両方の二の腕をそっと掴む。
「すみません、由衣さん」
「いえ…」
由衣さんの泣き声は、少し収まった。
話す声は鼻声になっている。
「分かってました。私の踊りが楽しいなんて…そんなわけないって…」
いや。
上手いとか下手とか、楽しいとか楽しくないとか。
そういう話ではないのだ。
「私、もう…誰にも好きになってもらえない…このまま、ずっと独りで生きていくって…分かってます」
「いやいや!!」
僕はつい、大きな声を出してしまった。
小さなコミュニティの中で、恋愛に関する全てが、あの奇妙な踊りを基準に決められているなんて!
何たる不可思議だろう!
彼女はこの村から出さえすれば、その悩みをすぐに解決できるというのに。
それなのに村人の誰一人として、それに気づかない。
こんなのあり得るだろうか?